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第11話

 銃口を向け合いながら、俺達は部屋の中心でクルクルと回っていく。


 張り詰めた空気を切り裂くように先に動いたのは、晴人だった。


「パチン」


 甲高く無機質なプラスチック音。スイッチ一つで、すぐさま視界が暗闇に包まれてしまう。


 瞬間。晴人が壁を蹴り、距離を一瞬で詰めようとする。俺は物を蹴散らしながら、躊躇なく床の上で前転を決めてそれを受け流す。


 お互い残り一発の余裕のない戦いながらも、俺はなるべくあいつの銃弾を誘うように反応よりわざと行動を遅らせていた。


 あいつは焦ると冷静でいられなくなってしまうことを、俺は知っている。壁に体をぶつけながら、そんな本心半分、虚勢半分を考える。


 心の中だけではなるべく余裕があるように振る舞いたかったのだ。そうじゃなければ、こいつには絶対。


 飛び込んだ勢いまま、晴人は立膝でこちらを向く。その手の先には、もちろん青メッキの銃口。


 俺はいつも座っている椅子を回転させ、顔を即座に隠す。舌打ちが聞こえたような気がして、不思議と口角が上がった。


 後手に回ってられない。俺は椅子を盾にしながら次の考えを練る。


 その猶予は、本当に一刹那。俺は椅子を手で押して右側に動かしてから、床に転がっていた布団の中に全身を潜らせた。


 ひとまず頭を狙われることはない。このまま背後を取れるかと思ったが。


 気配がしない。俺はさながら軍人、さながら晴人、のように布団の中で静かにほふく前進を進める。


 暗闇なのが、今度は俺に功を奏していると感じた。こうなると、あいつがいるのは。布団の中で左足を曲げ、右足を伸ばして体勢を低くする、その姿はまるでジャンプ前のバッタのよう。


 そして俺は床を足で思いっきり蹴る。暗闇の中を飛び上がり、更にはしごの持ち手を手で押して、推進力にすると。


「……何!?」


 いた!お前は本当にここが好きなんだな!


 手をひっかけ、俺は体をロフトに登らせる。銃口を勢いよく向けると、晴人は全身を捻らせ、決して広くないロフトを転がる。


 銃口を、右斜め上、左下、左、というように動かし、晴人の動きに反応しようとする。


 だが、頭を捉え切ることが出来ない。今撃つのは流石にギャンブルがすぎる。


 もっと確実性がないと。俺はこいつを、必ず仕留めるんだ。


 このロフトに二人きり。そんなクソ狭いシェアハウスはすぐに終わる。俺は自分から距離を詰めた。あいつは距離を詰めたがっていた。


 だったら、次のあいつの行動は!


 晴人は体を捻りながら、足で壁を蹴る。床を滑りながら体を半回転させ、反対側の壁も足で蹴ると。


「まさかそっちから来てくれるとはなぁ!」


 晴人の体が目の前から飛び込んできて、俺の体に覆い被さってきた。そいつの銃口は俺の鼻先に触れる。


「じゃあな」


 晴人の重みで逃げ出せない。捨て台詞を吐いたそいつの顔が、憎たらしくも、俺にとっては滑稽に見えた。


「ってね!」


 俺は寝っ転がったまま、銃を持ってない側の指をロフトの崖にかける。そして晴人に視線を合わせると、そのロフトの崖を俺は手のひらで思いっきり押した。


 背中が滑り、俺と俺に乗っかった晴人が動き出し、俺達は向き合っている状態でロフトから落ちていった。


「え」


 空中で浮いたような感覚などなく、俺達はその暗闇へと下がっていく。気づいたように焦燥していく晴人の顔。


「お前!?」


 俺は空中で晴人の肩を掴み、そいつを無理やり隣に並ばせる。そしてそのまま俺達は勢いよく床に叩きつけられた。


「うあっ!」


「ぐあっ!?」


 布団を敷いていたから恐怖心は和らげられたが、痛みまでは嘘をついてくれなかった。


 体の側面がジンと痛む。俺と同じような痛みを感じているだろう、顔をしかめている晴人。


 作戦は成功。俺はすぐに銃口を向けるが、執念か、晴人は腕を押さえながら即座に立ち上がろうとする。


 だが、その瞬間。あいつがフラリと一瞬よろけて壁にぶつかる。

 その振動故か、棚の上から何かが地面に落ちていくのが見えた。


 晴人はそれを追いかけるように咄嗟に走り出す。あの位置にあるのは、確か、あれだった気がして。


「くっ!」


 必死に両手を伸ばした結果、晴人は床に散らばった物につまずき、地面に座り込む。

 その手にはバイオリンを抱いていて、壁に背中を寄り掛かからせていた。


「はぁ……」


 晴人の出した息。俺はその瞬間、スイッチを点ける。部屋が光に包まれる。彼の手に抱いたそれを見る顔がはっきりと見えた。


 それはどこまでも柔和で、初めて見せた安堵の表情。


 だが、その目はすぐに大きく目を開くこととなった。


「……あ」


 俺は容赦なく銃口を突きつけていた。彼は一瞬だが、勝負を忘れているような、そんな必死で、純粋な顔をしていた気がした。


 これでもかというほど、俺は銃口をあいつの顔に近づける。

 あいつは最初は驚いていたが、その光景を理解した途端、彼はより壁に寄りかかった。


 目から徐々に力が抜けていくようで、そしてあいつは小さく鼻で笑った後、目をゆっくりと閉じた。


 俺は、歯を食いしばる。引き金をゆっくりと押し込んでいく。


 ……じゃあな。


「バン!」


 銃声が鳴り響いた。鼻を刺してくる、銃口から上がる煙。


 そしてそれは、壁からも上がっており。俺は銃を持っている手を震わす。


 壁が焦げたように、黒く染まっていた。銃弾の痕が煙と共に、さっきまで湧き上がっていた殺意の存在証明をしている。


 でも、俺は。俺は。


 晴人が目を見開いた。俺を見た後、右を振り向き、すぐそこの焦げた壁を目に入れる。察した瞬間。


 晴人は今までにないほど眼光をほと走らせ、立ち上がって俺の首の襟を掴む。その勢いのまま、俺は部屋の玄関側の壁に力無く叩きつけられた。

 

「お前……!わざと外しただろ……!」


 襟を掴まれ、二度も三度も激しく背中を叩きつけられる。鼻先が当たるほど近いそいつの顔は、どこか怒りと悲しみが混じったような、そんな目の奥で。


「違う……!俺は」


 俺は、なんでこんなことを。もう玩具となってしまった銃を手に収めたまま、背中を叩きつけられる度にその力の抜けた腕も一緒に壁にぶつかる音がする。


「あぁ!?」

 

 激しい濁音の混じったような晴人の声。とうとう指の力まで抜け、そして俺は遂に銃を床に落とす。

 彼の気迫と自分の選択の両方に責められていたからだろうか。俺が絞り出した声は酷く震えていて、すぐに消えていきそうだった。


「……だって。俺よりも、やっぱりお前が生き残った方が」


 それを言い切る前に、晴人はその右手で俺を思いっきり殴った。俺は床に倒れ込む。熱くなる頬を手で押さえながら、あいつの方を振り向く。


「お前……何すんだよ!」


 晴人は銃を床へと投げ捨て、再び俺の頬に拳を喰らわす。体が壁に打ち付けられ、反発する間も無いまま俺は胸ぐらを掴まれた。


「ふざけんな!これは正々堂々戦うバトルじゃなかったのか!?情けなんていらねえんだよ!お前、俺を舐めてんのか!?」


 拳が次々と飛んできて、それを喰らう。喰らう。喰らう。俺は自分の思いが踏み躙られたような気がした。


 息を吐く度に、唇が震えてくる。俺は晴人の胸ぐらを掴み返し、拳を固く握り込むとそれをその憎たらしい顔に強くぶつけた。


「俺は!お前みたいに!才能のある人間じゃねぇんだよ!」


 晴人が吹っ飛び、床を滑っていく。近づく。激しく掴み合い、お互いの拳が中を舞う。俺は涙ながら、続ける。


「俺が生き残っても!どうにもなんねえんだよ!いくらやっても!結果を出せない俺に!」


「どの口が言ってんだ……。ふざけんなぁ!」


 より覇気を増したパンチが俺の方に炸裂する。晴人は床に倒れそうになる俺を許さないように、首を掴んで顔を近づける。


「俺は!ずっと、ずっと、お前に全部奪われてきたんだよ!」


 拳を顔に喰らう。だがその痛みなんかもうどうでも良かった。俺は彼の言葉に耳を疑う。俺が、あいつから奪う?


 俺なんかがあいつから奪えるはずなんて。


「小学校の時からそうだった。俺が好きだったクラスメイトの三咲さんは、俺の作品には目を向けず、お前が作った折り紙だけを見てた」


 三咲さん。朧げな記憶の中にいる。唯一、晴人以外にクラスで話しかけてくれたクラスメイトの。


「中学で絵で金賞を取った時、俺が心から尊敬していた新谷先生は、お前の絵を一番評価していた」


 新谷先生。思い出した。賞なんか関係ない、と深くうなづき、常に俺の味方でいてくれたあの。


「高校でバイオリンをした時も!同じ音楽スクールに通っていた乃木さんは、俺の演奏だけではなく、お前の演奏を見に行っていた」


 彼女。覚えている。俺達の演奏を聴いて、拍手を続けてくれた、たった一人の観客の……!


「だから、俺は結果を追い求め続けた!俺がお前を超えられるのは、世間からの評価だけだと思ったからだ!そして成果を出し続ければ俺もいつか大切な人に認められると、そう願ってた。でも……」


 ほんの少しだけ襟を掴む力が弱まる。晴人は顔を俯かせ、手を小刻みに震えさせる。


「俺は……!世界で一位になれなかった……!その大会の会場には早苗さんもいた……!俺は彼女を失望させてしまった。だから、俺は、もう……!」


 目の前で少しずつ、だが確実に崩れ落ちていく晴人。

 俺は彼の震える体を見て、その言葉に嘘がないと初めて理解出来た。


 忘れていた。いつの間にか、記憶の底で蓋をしていた。失敗の層が積み重なり、俺は小さな成功に気づけていなかったのだ。


 確かにいた。数えるほどしかいないけど、それでも、認めてくれた人が。


「ううっ、うあああぁぁぁ……!!!」


 声にならない叫びが膝から聞こえる。俺を認めてくれた人がいた。挑戦しろと言ってくれた人がいた。


 それなら、今度は。


「早苗先輩は……お前のバイオリンを好きだって言ってたぞ」


「嘘をつくなぁ!」


 再び首を掴む力が強くなる。こちらに顔を向け、彼はただ口から言葉を吐き流す。


「先輩も結局お前の作品に惹かれていた!目の前で見ただろ!?俺はもう何をしても無駄なんだよ!」


「そんなことない!早苗先輩は!」


 その続きを言おうとして、澱んでしまう。


「このこと、晴人には言わないでね?」


 先輩の声。


「小太郎君のその積極性、無理」


 声。


 俺は、また誰かを傷つけてしまうのではないか。言葉が、浮かんでは沈む。

 何も出てこない。何かをしなきゃ。でも、本当に俺がしていいのか。


 頭だけを動かし、ただ口を開けて、そのまま。


 俺は吹っ飛んだ。晴人の拳を勢いよく顔面に喰らい、壁に打ち付けられる。


「もう俺は、何をしても意味ねぇんだよ!」


 衝動にだけ身を任せるように、晴人は声を荒げる。

 目線を下に落とし、先ほどまで抱き上げていたそれを拾い上げると。


「こんなもの!こんなものおおおお!」


 黒いカバーを千切るように破り、中からバイオリンが引き摺り出される。

 それを天に高く持ち上げ、晴人はそれを床に向かって。


 だめだ。だめだ、そんなの。やっぱり、俺は。俺は!


「やめろおおおお!!!」


 俺は晴人に体を突っ込ませる。俺と晴人は大きな音と共に、勢いよく壁に激突した。


 宙で手から離れたバイオリン。俺は必死で腕を伸ばし、その曲線で囲まれた艶やかな体を引き寄せる。


 掴んだ。その時、俺は初めてあいつのバイオリンを触った。不思議と暖かった。

 俺はそれを置き、晴人の体に乗る形で胸ぐらを掴む。


「俺はずっとお前が羨ましかった!みんなに注目されて、多くの人を喜ばせて、それが!」


 もう、ブレーキがない。浮かんだ言葉を全て口に溢す。


「でも……そんなんじゃ意味ねぇんだよ!」

 

 晴人も俺の胸ぐらを掴んでくる。力がぶつかり合う感覚。俺は引き下がらない。


「いくら失敗しても、挑戦し続ける限り結果はいつかついてくる。続ければいつか誰かから認められるはずだ!だからお前も、またバイオリンをみんなの前で!」


「俺は何回もそれを経験してきた!だからうんざりだ!俺が心の底から誰かに認められることなんて、もうないんだよ!」


「だったら!」


 俺の声で空気がキンと震える。彼の顔が強張る。


「……俺が!お前のことを認めてやる!」


「……は?」


 呆然とした表情。一瞬力が抜け、また再び晴人は強く掴み直す。


「お前!俺を馬鹿にしてんのか!?」


「俺はお前を心から尊敬してる!人より秀でた技術と繊細さをお前は持ってるんだよ!」


「……そんなの!」


「俺は、ずっと隣で見てきた!お前を!だから分かる!お前はすごいやつだって!」


 自分でも何を言っているか、分からなくなっていた。それでも俺は止まらなかった。俺は今までで一番大きく息を吸い、晴人と目を合わせる。


「だから!俺は何があっても、お前を一生認め続けるよ!」


 はぁ、はぁ、と余韻の吐息が口から漏れる。晴人は、それを聞き、しばらくの沈黙の後。


「ふっふっふ、はっはっはっは」


 腕で目を隠し、乾いた笑いをこぼしていく。


「お前……本当のバカだろ……」


 彼の頬には、一滴雫が流れていた。彼は腕で目を拭い、果たして俺の首元を掴み、顔を近づける。


「だったら!」


 俺は思わず生唾を飲む。次の言葉に意識を集中させる。


「お前こそぐずぐずしてんじゃねぇよ!」


「はぁ?俺はぐずぐずなんて……」


「挑戦してもいいのかな、なんて言ってんじゃねぇよ馬鹿。俺に諦めんななんて言った責任は取ってもらうぞ」


 不敵な笑み。それはいつものあいつの顔だった気がした。なぜか嬉しかった。


「道連れだよ!何が起きても、お前は挑戦から逃げんじゃねぇぞ!」


 そう言われて、俺は心の奥が徐々にあったかくなってくるのが感じた。頬の殴打痕を撫でながら、その痛みを染み込ませていく。


「ああ」


「ふっ、それじゃあ……答えは一つだな」


 俺がうなづいた後、晴人は手で落ちていた銃を手繰り寄せて、こちらに銃口を向ける。


「……じゃあな」


 言葉と共に、彼は引き金を引き。


 バン、という大きな銃声音が部屋に響き渡る。


 その音は、こだまして。過去も、未来も、震わせた。

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