【天使】養殖(3)
「用意はいいそかりか?」と、金髪褐膚に赤眼の【神女】。
「あんさんに力さずける、言うてはるんや」と、長身猫背にして風采あがらぬ【天使長】。
とまどいつつも、「……はい」
答えた少女は、だしぬけに頬を【神女】の両手に包まれ、唇重ねられよった。
おお……とあわてて【天使長】、背中むけて国籍不明な美女と極東アジアン少女との濃口な接吻を見んようにしながら、おそるおそる、
「こない物怖じな子にいきなり……この調子で行くつもりやったら、いつか捕まりまっせ?」
「吾と吾が族を制裁するパワーが、かかる国家に存在するそかり?」
「……おまへんな」
口から一度離れた相手の微笑を、少女は力なくにらんで、
「ファースト……」
と、抗議しかけたものの。【神女】はやさしくそのルビー色の瞳を細め、ふたたび。
舌をからめられ、唾液を送りこまれ、思考が止まって、
(……香水? 食習慣?)
薔薇の香りに満たされる。
やがてようやく、口中が冷たい外気に解放され。
少し上気した声で告げられたんは、
「汝は吾が遺伝情報を摂取した。多感な粘膜を通じて中枢神経をシェイクされ、汝はいまから20秒だけ、脳の語学領域が人類の限界を超えて活性化しておるそかり。ゆえに即、マスターせよ。【超準語】を。【天使】の言語を。チャンスは人生一度きりそかり。これを逃すと吾が唾液も、もう効を成さぬ」
「あの、神女はんもうその辺で」
「状況をよく見て、言葉を『心の離陸』に沿わせよ……。あと5秒」
(そんな!)
と、抗議を思う時間さえもどかしく、加速された少女の思考の回転は形而上のフライホイールと化して、近過去と近現在の認識を経めぐりよった。
キンチャクレ……フラッシュモブ……パニック……群集心理……脳の語学領域……【超準語】……。
ビルの隙間から飛び出すように、少女は大通りへと駆けもどり。
刃物を突き出した巾着人間たちに追われ、パニックの奔流になり果てた群衆を見つめて。
逆巻くいくつもの人群れの渦がぶつかり、盛り上がり、少女の体を飲みこもうとした瞬間。
少女の唇がまたたくように動いて、
「海ヨ……割レろ!」
群衆が、真二つに割れた。(『【天使】養殖(4)』に続)




