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男の子でもいいかも?

 スナッフムービーさながらの残酷シーンが昼間から公衆の面前で再生されてしまったのだ。

 駅構内で電車待ちしていた人々が一斉に悲鳴を上げた。日常の穏やかなひと時に、R指定の出来事。

 ほら、いくよ? とボンボンが言った。

 生まれたての小鹿のように、身を震わせて、にしきはシャルルの身を案じた。

 ボンボンがシャルルに歩み寄り、肩を担いで電車の外へ出ていった。にしきも後を追う。

 騒ぎとなった駅を離れ、三人はタクシーに乗り込んだ。

 ボンボンが運転手に万札を渡し、ホテルへ向うように言った。

 ボンボンの手渡す万札の束より、ボンボン達がタクシーに乗り込む時に、放り込んだシャルルの様子を見て、運転手は黙っていられなかった。

「お客さん、困りますよ、厄介ごとは」

「運ちゃん、氣にすることはないよ、応急処置は済ませてる。休ませたいんだよ」

 不承、簡単に言いくるめられた手は、ため息を吐くとタクシーを走らせた。にしきはシャルルを抱きしめ、ボンボンは車窓からそとの風景を眺めていた。

「あー、にしき君、外みて、外」

 ボンボンが不謹慎にも、はしゃいで外を見るように、と促す。

 涙がにじむ眼で、車窓を見ると街並みのあちこちに桜の花が咲いていた。

「知ってるよね? 桜の寝根元には、人の骨が眠ってるんだよ。その世界観が、この国を象徴している。人の犠牲の上に、僕らは生活している。なんて残酷なんだろうね」

 ボンボンが胸元から電子タバコを取り出し、口に銜えて煙を出した。

 レッドブル味だよ、とボンボン。

 客の蛮行に運転手は反応しなかった。

 一心不乱に運転を続けていた。



「アリシア・V・ケストラー、彼女は西洋の有力者の一族。そしてこの国にもコネがあって都内にも土地やビルをもっているんだ。この間のカフェの時は慌てたけど、僕の素性を明かしたら協力してくれると快諾してくれたよ。その勢いは君への純粋な想いみたいだけどね」

 ボンボンは部屋の中にあるテーブルと二つある椅子を旋回しながら歩いていた。時折電子タバコにして煙を吐き出し、ベッドに横たわり目元に包帯を巻いているシャルルと、シャルルを心配しているにしきに視線を向けていた。

「医者に見せても無駄だ。奴の指先に呪いが仕込まれていた。僕がなんとかするよ」

「君はぼくたちに何をしてくれるの? 正直今は君に期待できない?」

「おいおい、それは言っちゃだめだよ。君も大人にならないとね」

 主様、とシャルル。

「そいつは氣分屋。日和見さんですから、敵に回すような発言は控えてください。今私は視力を失いました。今後敵が多いと、主様望みが叶えられなくなりますよ?」

 お前はまず自分の事を考えろ、とにしきは叫び、テーブルを蹴った。テーブルが倒れて、音が響く。

「ボンボン、お前はあの電車であいつに何をした?」

 怖い怖い、とボンボン。

 ボンボンもにしきの向かいの椅子に腰を下ろして、脚を組む。

「僕も引き出しが多い方でね。これ見て?」

 と言ってボンボンは右手で右眼を広げた。

 東洋人特有の黒い瞳が、白目から変色して紅い瞳になった。生物特有のナチュラルなそれとは明らかに異なる、人工的な意図がそこに垣間見えた。

「これ、魔眼なんだ。手に入れるのに多大なる投資が必要だった。けど、僕、諦め悪いからね。欲しいモノは何が何でも手に入れるたちなんでね♪」

 けどね、ボンボンは振り返ってシャルルを見やり、右手を顔から離した。

「彼女・シャルルは悪魔とは言え、万能ではない。それも眼球潰されたら、回復のしようがないよ。にしき君、君の願いは僕が叶えようか?」

 にしきの脳裏に今までに悪魔であるシャルルとの契約で多大なる犠牲を重ねてきた。

 それらがまるで無意味になることは避けたかった。魂を差し出すまでに、時間制限を追加することで魂が日々奪われるオプションとは何だったのか? 

 シャルルを傍らに、にしきは絶望を覚えた。

 シャルルの学生服を握り、顔を埋める。

 そこへボンボンがにしきの髪の毛握り、床に放り投げた。倒れるにしき。

「これだからお子様は」

「お前に何がわかる? ぼくは全てをさらけ出してここまできた。それが、そんなのってないよ」

 ボンボンはシャルルを指差し、人の欲望を叶える存在を糾弾する。

「魔の存在と関係をもった時点で、君は堕落しているんだよ。たとえ高貴な血であろうと、君に石碇の姓を名乗る資格はない」

 にしきは顔をシャルルの胸に埋めていた。泣いていたのだ。

 主様、申し訳ございません、とシャルル。

 お前は謝らなくていい、とにしき。

「まあ、君らの門出が暗礁に乗り上げているけど、僕はお助けするよ。それが僕にの役回りだからね」

 お前は、とにしきは涙をこらえながら立ち上がった。

「ぼくがこの国に来たのは復讐を果たすためだ。そしてぼくはこいつに、シャルルに魂を捧げる。それでいいんだよ」

 溢れる涙を拭いながら、ボンボンに向き合った。

「がんばるね、ほんとは目の前の僕のこと怖くて堪らない癖に、虚勢を張ってる。どこまで続くかな?」

 ボンボン! とシャルル。

シャルルもベッドから立ち上がった。

 視力が皆無の中で、ふらつきながらボンボン達の方に歩を向けた。

 にしきが駆け寄る。

「ほら、どっちが支えていく方なのかわからないじゃないか」

「あなたに言われるようなことではありません」

 にしきがシャルルの肩を担ぎ、ボンボンと対峙する。

 ボンボンは笑みを浮かべ、首をかしげて眼を閉じた。

「君らから憎悪を覚えるいわれはない。そもそも僕は君らの味方だよ。今夜はシャルルちゃんに僕の秘術をお届けするよ」

「魔眼の移植でもしてれくれんですか?」

 ボンボンは首を横に振った。

「それは割に合わない。けどそれ相応のモノはプレゼントするよ」

 ボンボンは歩き出して、にしきを押しのけシャルルをベッドに押し倒した。

 その夜、シャルルの悲鳴がホテルの一室に響いた。



 ホテルのラウンジににしきはいた。昨夜の宿泊先の部屋にいられなかったからだ。そして無防備にも長椅子に横たわり、一夜を明かした。複数のビジネスマン達がその場から浮いているにしきへチラチラと視線を向けた。

 平日の早朝から、容姿が美少女で服装が学ランの少年が居たら、誰もが振り向きざまに視線を向けてしまうだろう。

 身なりがスーツ姿のビジネスマンで、体形が肥満体の男が一人、辺りへ氣を向けながらにしきのそばに寄っていった。

 何度か咳払いをして、寝ているにしきとの距離を近くにしていく。

 男の太ももと、にしきの頭が肉薄して来た時に、男は唾を飲み込んだ。

 そして左手をにしきの髪の毛へ触れた時に声がした。

 男を直視する少女・アリシア。

「あなた、一体何してるんですか?」

 男は自分の行おうとした男の性を目の前に見せつけられた氣がした。そして自分は犯罪者の烙印が相応しいのか、と泣きたくなった。

「そうよ、自分のしようとしたことで苦しみなさい」

 ごめんなさい、と口にして男はラウンジを後にした。

 アリシアはその様子を腰に手を当てて眺めていた。去り際に男のけつに蹴りをお見舞いして。

 そんな騒ぎとは打って変わって、寝ているにしきへ、アリシアは近寄って唇へ口付けした。

「お姫様はね、お姫様のキスで眼が覚めるのよ」

 んー、と寝ているにしき。

「起きなさい、あたしのお姫様」

 にしきは身体を起こし、眠たそうに顔をこする。

 え?

「え? じゃないわよ。こんなところで寝てるなんて。はしないわよ?」

 にしきは首をひねる。

 そして思い出したように座り直す。

「そっかぁ、ぼく昨日——」とにしきはつぶぶやく。

「寝ている場所無いならあたしの部屋でも招待したのに」とアリシア。

「え? 君もここに宿泊してたの?」

「違うわ。ここはあたしの所有している物件」

 えー、とにしきは驚く。

「お金持ちなんだね、アリシアさんは」

「やめて」

 ん? とにしき。

「あなたには愛子と呼んでほしいわ」

「それって実名じゃないよね? 芸名?」

「とにかく、あなたからは愛子って呼んで欲しいの。よろしくね?」

 はい、とにしき。

 にしきは立ちあがると、愛子を置いてラウンジを後にした。それが氣に喰わなかった愛子も後に続く。

 どこへいくのよ? と愛子。

 ぼくの部屋だよ、とにしき。

 にしき達が案内されていた部屋に着くと、呼び鈴を鳴らした。

 秒で部屋のドアが開き、ボンボンが笑顔で出迎えた。

「夜にどこまで行ってたの? 心配したよ」

「ぼくのシャルは大丈夫?」

 もちろん、とボンボンは身を避けて、部屋の奥がわかるようにした。部屋の奥ではシャルルが椅子に座っていた。顔には黒いバンダナが巻かれている。しかし、シャルルはにしきを認識して、顔を動かす。

「お前、ぼくのシャルに何をした」

 にしきはボンボンに向かい合う。

 主様、とシャルル。

 シャルルは既ににしきの隣にいた。

「ボンボンは私の眼を拡張してくれたのです。魔眼こそ無いものの、私には以前に増して、知覚が広がりました。これで主様の宿願も叶います」

 うん、とにしき。

「へー、にしき君、この子と仲良いんだ?」

「別によこしまな仲ではないよ」

「じゃあ、違うならあたしと付き合ってよ」

 うー、とにしきは赤面する。

「何ですか? あなたは?」とシャルル。

 笑顔でマウントを取る愛子に対して、相対するシャルル。 

「ねーねー、君ら学校行かなくていいの?」

 あ、と三人はボンボンを見た。



 学校ではシャルルの顔のバンダナが、にしきの顔のタトゥーより話題になった。教師達はシャルルの掛けた術式でバンダナが眼に入らない。

 奇異の眼で見てくるのは生徒たちだけだ。

 なぜ、生徒には分けてさらしたのか?

 認識を周知することでにしき達の存在が周囲に定着する。結果、生徒たちが認識した縁起が広く知れ渡り、存在としての根源が不動のモノとなる。

 要は、確固たる存在になることで、存在そのものが希薄なボスとは異なる世界を作れて、対抗できるようになることを図った。

「来ると思うか? シャル、ここまで乗り込んで来るとか...」

「術式は完璧です。私も、ボンボンも対策しましたから」

 ん、とにしきは頷く。

 そこへ神司とボンボンが人だかりを押しのけて前にでた。

「にっしー、家はいつでも歓迎だぞ? それから——」

 神司はにしきの耳元で囁く。

「良くないことが起こったんだってね? ボンボンが防ぎきれないくらいだからよっぽどのことだと思う。けど、石碇家はもっとセキュリティ高い。大船に乗ったつもりできてくれよ? 親父もタイミング良く帰省してる。昨日問い詰めたら白状して、ヨーロッパでも浮気旅行してたってげろってた。あいつ最悪だよ」

 そう、とにしき。

「ぼくと神司は従兄弟ということだね? どっちが兄かな?」

 神司はグッドサインをつくり、俺だ、と自己主張した。

「大丈夫だ、俺がお前を守ってやるよ」

 わー、兄さん、とにしき。

 その様子をクラス中の生徒たちがみて歓声を上げた。

 男子達は美男美女のカップリングが兄妹という認識に。女子達にはBLカップリングに。

どちらにしてもクラスの花形。誰もが羨まむコンビだ。

 男子達はならと、シャルルの隣をめぐって虚しいバトルが切って落とされた。外国の、それもドイツ系のヨーロッパ人とお近づきになりたい。そう誰もが考えた。

 手負いの様子。

 力になりたい。

 踏まれたい(?)

 健全な男子なら皆そう考えるではないか。

 男子達は我先にと、シャルルに近寄った。

「お氣もちだけで充分ですよ」

 シャルルがぴしゃりと頭を下げる。

 しかし、男達の闘志は燃えていた。

 華奢な体躯のシャルルに群がる。

 あのー、ほんとにー、とシャルル。

 騒ぎが納まらないクラス。

 見かねたボンボンが動いた。

 右手で顔を覆い、クラスの男子達に向った。

 たちまち男子達は各自、自分の座席に座っていった。

 すごい、何したの? とにしき。

 ボンボンがにしきの耳元で舌打ちする。

「僕の魔眼は相手に幻を見せることができるんだよ。一日に3回しか出来ないけどね」

「それ以上すると、どうなる?」

「んー、凄いことになる」

 へー、とにしき。

 おい、と声がした。

 振り返ったにしきに神司が近寄った。

「今日な? モヤモヤは早く納めたい」

 うん、とにしき。

 女子達の歓声がクラスの中に響き渡る。



 学校から下校時間。

 セダンに乗り込んでいたにしきとシャルル。

 石碇家の使用人達が介在する車。

 神司を送迎する車はいつも一台だが、今日は石碇宅にお招きする名目で二台来たのだ。      

 シャルルとボンボン。

 にしきと神司。

 それぞれ指定された車に乗り込んで石碇宅へ。道中神司はにしきと語らっていかなければならないと考えていた。

 ヨーロッパでのにしきの暮らしぶりは、切れ目なく援助があって慎ましやかに日々を送っていた。

 来日の理由としては母オカリナ。妹レイの仇を討つため。

 石碇家についての知識は皆無で、父・真崎には、他に愛人がいたことも知らなかったのだ。

「うんうん、だいぶ納得したよ。にしき、君は絶海の孤島にいたんだね」

「はい、ぼくは母からは何も。それに父のこともそんなに。それで顔すらあまり覚えていないんです」

「薄情な人だね、親父は。俺からもガツンと言ってやるよ」

「兄さん、喧嘩は...」

「こんな可愛い弟のためなら俺は——」

 兄さん! とにしきは慌てる。

「おっと、私情が走った。ごめんごめん」

 ねね、と神司。

「あの相方さんとはどこまでいってる?」 

「シャルのことですか? そこそこかな」

「なら、俺はどう思う?」

 兄さん? とにしきは首をかしげた。

 しかし、送迎車を二台で、シャルルと別便に指示され、神司から質問攻めにあうくらいだから、にしき・本人に神司が氣があるのかと考えるのも自然だ。そこに生産性があるのか、ないのか。神のみぞ知る。

「兄さん、断っておきますが、ぼくは男ですよ? 何か勘違いしてませんか?」

「それは百も承知よ。俺は今、一世一代の大勝負に出てる」

 にしきは両手で自分を、身体を抱きしめた。

 悪寒。

 恐怖。

「兄さん、やめて」

 顔をにしきに近づけていた神司は、ふと我に帰ると、自分の犯した過ちに氣付いた。

 ごめん、俺、とんでもないことを、と神司。

 にしきの潤んだ瞳から涙が流れる。



 ボンボンとシャルルが乗る車内では沈黙tが支配していた。厳密には、ボンボンの使い魔であって、ボンボンの一部の蝿たちの蠢く音が怪しく幽かな音で存在を主張していた。

 しかし、時がきてシャルルは主人の異変を感じ取った。その様子をボンボンも察して、身構える。

 おやおや、とボンボン。

「君の大事な大事なご主人様の一大事かな? 今は移動中だから、どうするか、僕にもわからないけど」

「あの男、神司...許すまじ」

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