この男、できる
夜の舞踏会での一幕で接触できる。
シャルルはかぶりを振ったが、まだ安心している。愛すべき愛娘の何度目かの不純異性交遊がアジア人で、おまけに年上。
シャルルもオカリナの氣性の荒さに感づいていたが、そんな女子を射止めた男だ。相当人間としての魅力が高いだろる。
宙から手帳を取り出し、カレンダーを確認した。シャルルのページを操る手つきはどことなく震えている。
次の舞踏会の開催は——、とシャルル。
「今週末よ」とオカリナ。
「そのサルも立派に踊れるのね?」
「他の人よりもうまかったわよ」
ふん、とシャルル。
イレギュラーな東洋人。
エキゾチックな変わり種にオカリナは心惹かれたのだろう。この子も日々の憂さ晴らしを使用人たちで発散していたようだ。そして非日常のスリルを味あうことに快感を覚えてしまっていたのだろう。今まで家庭教師たちは何をした?
おまけに子種の香りもする・・・
これはワンちゃん・・・
週末までオカリナたちはシャルルの不在の時期を上書きするように、教育的指導が乱用された。
使用人たちの中にはオカリナへの恐怖はもちろん、嫌悪感を抱く者が多かったが、シャルルのスキルで記憶の修正が行われた。ギスギスした人間関係ではいつ下の立場の人々から寝首を掛かられるか分かったものではない。
そのバッドエンドを修正して最適な環境を作り出すのもシャルル・執事長としての役割だ。
♪
場所は名門貴族デヴォウ家の屋敷。
フォルクスワーゲンの最高車に乗ってオカリナとシャルルが招かれた屋敷に到着した。
出迎えたそのデヴォウ家の屋敷の使用人達は甲冑を着て仮装していた。
静止した車のドアに触れようとした使用人の肩に触れて、車に乗って居たはずのタキシード姿のシャルルがドアを開けてオカリナをエスコートした。
オカリナは女子学生の仮装。ミニスカートが際立っていた。ガーターを着けている。
使用人たちは顔を見合わせたが、職務に集中することにして騒ぎはなかった。
デヴォウ家の御曹司が屋敷の玄関口まで出てきて、夜のパーティー客一人一人に着いて回っている。
眼帯に海賊の帽子を被っていた。
お家柄、氣品、氣配り。
どれを取っても名門貴族としての誇りをうかがわせる。男女問わず、けして不快感を覚えることなく、デヴォウ家の御曹司、ケルトフォンデヴォウ。ケルトは来客たちに接していた。
そこへシャルルに手を引かれてオカリナ他たちが通りかかった。
「こんばんは、ミスオカリナ。先日に続き今夜も来てくれてありがとう。今夜も楽しんで」
オカリナの片手を手に取り、キスをした。
オカリナは微笑してスカートの端を掴み、膝を折った。
「ミスターケルト、今夜はお招きいただきありがとうございます。楽しいひと時を過ごしたいです」
お互いに笑顔のキャッチボールをする。
そこでオカリナは人差し指を立てた。
「ミスターケルト。今夜はアジア人の殿方
いるかしら? 先日の極東の話題の続きがまた聞きたくて」
ケルトははにかんだ表情をつくった。
またあの男か、と。
「僕のことはケルト、と呼んでくれたら嬉しい。確かあのアジア人は10分前に着いて、庭で池を眺めていたよ。他の方々と語り合っていた」
場のホストはケルトなのに、主役が他所の、それもアジア人だというあべこべな事態にケルトはいら立っていた。
東洋人であり、それも地の果ての極東出身者。そんな輩に白人で名門貴族の家柄が穢されるなんて。
しかし、ケルトは勝者の余裕を持って事に対処しようと努めた。
「僕はまだ来客たちの対応をしなければならない。ミス・オカリナ。先に行ってくるといいよ」
ありがとう、とオカリナ。
口元に手を当て投げキスをした。
「あたしのこともオカリナで良いわよ。行って来るわね」
シャルルが先導してオカリナ達は屋敷の池に向かった。
ながらも、あえて無視した。
オカリナ達は夕暮れの夕陽が差す庭を歩いた。
誰もがそう簡単に侵入できない壁。
庭師によってよく手入れされた花壇や樹々。
子供たちが遊ぶのに適した遊具。
そんな庭を二人は風景を楽しみながら歩いた。二人は吞気だった。
シャルルも自分の宝を疵物にされた、その復讐を考えてはいなかった。それ相応の責任を取らせることは頭にあったが...
やがて人々の話し声や歓声が飛び交う場までたどり着く。
池。
日本でいうところの野球ができるくらい広い。
その池を背後に男が一人、女性陣を向えて笑顔で会話していた。
お嬢様、とシャルル。
「あのドラえもんですね? お嬢様といかがわしいことをした男が」
シャルルの声に殺氣を感じながら、氣ダルそうにオカリナは頷いた。バツの悪そうに、そして秘部をみられたように顔を赤らめた。
シャルルは談笑している場を壊すのはリスクがあると考えた。場の支配者を攻撃すれば、その場の制裁はその愚か者が集中砲火を受ける。そしてシャルルは感じ取った。
全身真っ青なドラえもんの仮装をしていた。
アジア人は只者ではないことに。
シャルルも魔を根源とする存在。
そして、アジア人からも常人にはない、シャルルも自身と同等の匂い・オーラを感じ取った。
シャルルの脳裏に、仙人になる仙道や東洋の皇帝を癒した氣功などの知識がフラッシュした。その道を極めた者であると肉眼で認めたのだ。敵に回すのは得策ではない。
どう接触すべきか、と思考を巡らせていた。
オカリナ、とドラえもんが呼びかけてきた。
ドラえもんのマスクが脱げて男が顔をさらした。
シャルルは眼を見張った。
オカリナは手を上げて振った。
「真崎、久しぶり」とオカリナは言った。
緊張感ねーな、この娘は、とシャルルは飽きれた。
数十人の視線がオカリナとシャルルに集中している。真崎の流暢なドイツ語に、観衆は酔いしれており、まだまだこれから話題が尽きないと興味津々な様子だ。
下手に動けば名門王家の家紋に傷がつく。
出鼻をくじかれたシャルルは巻き返しを図ろうと、笑顔をつくり、初対面でもあった真崎にフレンドリー笑顔を向け近づいた。
「ミスター・真崎。今宵は貴殿に出会えて嬉しいです。今までどのような楽しい話題だったのか、私たちにも教えてくださると嬉しいです」
真崎は近寄ったシャルルの手を取り、キスをした。シャルルはまた、眼を見張った。
シャルルの衣装は黒スーツに長い髪を後ろで束ねている。まさに男装。
シャルルは己を一目で女性と見抜いた真崎の観察眼に氣押された。
「お嬢さん、オカリナの従者の方ですね? お名前は何というんでしょうか? 良かったら仲良くしてくれると嬉しいです」
真崎の容姿にさらにシャルルは驚愕した。
彼は実年齢より若さを保っている。
それも数十年単位。
シャルルにはそれが感じ取れた。
真崎の意味深なウインク。
シャルルのそれを見抜いている。
長いこと敵が居なかったシャルルにとって新手の敵にするにはリスクが大きい。
なんとか無難に事を収めるように、シャルルは思考を巡らせる。
「私はシャルル・フォン・ランページ。ランページ家の執事長です。貴殿よりも長く生きてます」
「ああ、ではオカリナのお母様というところかな? 只者ではないですね」
シャルルの笑みが引きつってきた。
この男、手練れだ。
人間であることは近寄った段階で認識できた。しかし、悪魔であるシャルルには天敵であるキリスト教・イエスズ会や天使のそれを感じ取った。
どう出るべきか、思索を巡らせる。
「そんなに考え込むモノでもないですよ? もっとオープンに行きましょう♪」
シャルルは笑い出したくなった。
思考に干渉してくるサイキック系なのか?
相手は千年生きてきたシャルルのそれを超える何かを持っている。そしてそれを活用して成功をおさめてきた人物。