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お嬢様、御冗談を♪

彼女は王女だった。

 と言っても日々ティアラを頭につけて、慈善活動をしたり、お城で生活するだけの王女という中世の王女ではない。

 現代の、旧王族の、ヨーロッパに在住している地位のそれだった。

 オカリナ・D・ランページ。

 それが彼女の名だった。

 普段のオカリナはドイツ・EU内で過ごし、美術館や表参道を行き来してその目に美しいものを刻んでいた。己の心が常に平和で安定することで、自分の世界から周囲に波及する。

 それは幼いころから読書に勤しんで得た知識をもとにしていた。

 そして彼女自身の行動・発言が周囲に与える影響あるのも彼女はわかっていた。名家の子女たるもの責任ある行動を求められるのだ。

うかつに夜遊びなどできるはずがない。

 そう、理想であれば——



「ジュリア、あなたこんなところで何してるの?」

 少年は顔に白い化粧を塗りたくって、何かの仮装なのだろうか? 口紅も派手に唇が裂けているような演出も。

 オカリナは使用人のジュリアの姿を眺めた。

「お嬢様、何もかも私の悪行がばれたせいです。その贖罪をさせてください」

 そう言うとジュリアは屈した。

 そんなジュリアを背後から近づき、同じくオカリナの前に屈していく女子がもう一人いた。

「お嬢様、もうじきハロウィンです。使用人たちも皆、イベントに向けて期待しています。お嬢様の仮装の用意もしますので、こちらジュリアのようなクオリティをご期待ください」声がうわずりながら、メイドのアリアは言った。

 オカリナはアリアからジュリアに視線を戻すと、ミニスカートが乱れても意に介さずジュリアの頭に脚を置いた。

「ジュリア、あなたいつからあたしの許可なく自由に仮装の選択出来るようになったのかしら? 教えてくださる?」

 ジュリアも声がうわずるのを抑えながら、しかし視線をオカリナに向けて弁明を返した。

「私のほうで、お嬢様の好みに相応しいものを選択できた、と考えたのですが——」

「——あなた何様? あたしの何を理解してそんな選択をしたわけ? 今夜の定期のお仕置きに追加ね」

 オカリナの脳裏に夕刻手にかかるお仕置きのレパートリーが浮かぶ。どんな顔をしてその罰を罪人が受けるのか。

 オカリナの脳内でのたうち回る使用人・ジュリア達の様子が何通りも再生できた。

 落胆した、恐れからくる震えがジュリアを支配した。

 隣のアリアもおでこに汗がたまり、化粧が溶けてていく。

 ふと、オカリナは氣配を感じて、自室の角部に背後を移す。

 ——お嬢様

 部屋全体に反響する中性的な声。

「シャルル、まだあなたの出る幕じゃないわ。夕飯の時を待って」

 洋々としていたオカリナは、バツの悪い表情を浮かべて、たじろいだ。

 彼女にとって頭の上がらない存在なのだ。

 超常的な存在。

 ランページ家に代々仕える魔。

 それだけでも十分掴みどころが無いのに、彼女にとって父母達以上に頭が上がらないお目付け役でもあった。

 使用人達も身を寄せ集あった周囲を警戒していた。

 気配はオカリナの背後に顕現する。

 オカリナの影・水面から人体の部位が浮かび上がって現れた。

 シャルル・フォン・ランページ。

 少女のような少年の面影を残している顔。

 両目とも紅い瞳。

 スラっと伸びた長身に黒を基調としたスーツ。

 オカリナは生唾を一つ飲み込んだ。

 幼少期の頃からずっと彼女の世話人として生活してきた。しかし、近年父母の付き添いでオカリナ達とは離れていたのだ。それが父母の帰還とともにオカリナの実家での悪行も明らかになることが、彼女にとって最大の恐怖だった。

「オカリナ、私たちの留守、いい子にしていましたか?」

「も、もちろんよ。あたしいい子でお勉強も進んでたわ。ねー? ジュリア?」

 ジュリアも、アリアも、身体を寄せ合い、震えていた。

 シャルルが歩み寄る。

 ジュリアの頭上に手をかざし、眼を閉じて顔を空に向けた。ジュリアの身体が白銀の色を醸し出し、頭部からシャルルの片手に吸い寄せられた。

 シャルルはかぶりを振ってオカリナに向き直る。

「お嬢様?」

「え、と?」

 シャルルは一歩、脚を踏み出した。

 しかし、次の瞬間すでにオカリナの目と鼻の先にいた。オカリナの認識が追いつくのが先か、シャルルは片手をオカリナの顔の前にかざし、掌からジュリアの時と同じ光を浴びせた。

 悲鳴を上げてのたうち回るオカリナ。

 それを静観して眺めるシャルル。

「あなたがそれを生み出したんですよ? 他者に浴びせた恐怖を思い知りなさい」


 シャルルはジュリアたちに向き直って、笑顔をつくった。両手を上げてにこやかに。

「人の上に立つ者が、階級が低いからと言って蔑むのはおかしいです。人を導くのならそれ相応の心持でいなければいけません。お嬢様、私の眼が黒いうちは貴女を立派なレディにします。貴女のお父さんからの意思です」

 床で氣を失っているオカリナをしり目に、シャルルは使用人たちに主を介抱するよう促した。

 テキパキとオカリナをベットまで連れて行き、寝間着に着替えさせて寝かせるジュリアたち。

 ため息を付くシャルル。

 よく反乱が起きなかった、と感慨深いものを感じた。

 抑圧や差別で人の心は壊れていく。

 一度壊れたモノは二度と治らない。

 シャルルは過去にそうした犠牲者をたくさんみてきた。同じ過ちは避けたい。

 ランページ家に仕える使い魔として、シャルルは自身の影響を発揮すべきだと痛感した。

 父母の面倒は十分見てきた。

 あとは次世代のオカリナや子息たちを面倒みていかなければ。



 ランページ家は血筋としては名門の、西洋に名だたる一族だ。オカリナには何人も兄妹姉妹やいとこがいた。

 その中でもオカリナは長兄家族の血筋。

 貴族達の血統を慮る上では結婚相手も多かった。

 オカリナは17歳になる。

 お年頃の女の子だった。

 政略結婚など論外。

 自由に恋愛して、貴賤婚でもしたいと野望を企んでいた。それを可能にするには、魔の存在であり、一族の長老のような存在のシャルルを懐柔しようとオカリナは考えていた。

 早朝、オカリナは目覚めると素早く身支度を整えて住まいの今に向かった。

 季節は冬。

 暖炉の向いに長いソファーに腰かけて読書にいそしむシャルル。銀縁の眼鏡をつけているが伊達だ。彼女に見えないものは無い。

 おはよう、とオカリナ。

 三島由紀夫の文庫本・禁色を置いて、視線をオカリナに向けた。

「おはよう、私の天使」

 一方オカリナは視線を下に向けて歩み寄る。

 ねえ、シャル。

 オカリナに配慮して、シャルルは文庫本を傍らのテーブルに置く。

 そして笑みを浮かべてオカリナに微笑んだ。

「どうしたのかな? 私の天使ちゃんは」

「お父様・お母様にはできない話、いい?」

 シャルルは伊達眼鏡を取ると、それを宙に投げた。眼鏡は地面に落ちる前に光の粒子となって霧散する。

 渋い表情をつくるシャルルは口元に手をかざした。

「内容によるね。私達が戻るまでに何があった?」

「あのね、驚かないでね? 実は、その——」

 紅い瞳の輝きが強くなりだした。

「できちゃった、彼氏くん」

 シャルルは立ちあがってオカリナの頭部に手をかざした。

 オカリナの身体が白く発光した。

 シャルルは眼を閉じて上を向いた。

 数秒経過。

 オカリナの発光が止み、シャルルは床に膝を付いた。

「私のいない間にこんなことに——」

「——シャルは悪くないよ、あたしが好きでしたことだから」

 まだ繋がる術はある。

 極東から外遊で着ている東洋のプリンス。

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