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第八話  暴君の本質

 アリスが急に頭を下げてきたので、ダキアは反応に困り、たじろいだ。



「な、何よ、急に」



「感服いたしました」



「はい?」



「ダキア様のこれまでの言動、心より感服いたしました。その姿勢、見習いたく思います」



 少女は困惑した。なぜ、自分が賞賛されているのかが、まったく理解できていなかったからだ。


 ようやく見つけた心の隙間、そして、目の前の少女の本質、アリスはそれに付け入るべく、ここぞとばかりに攻め込んだ。


 そう、ここが攻め時だ。アリスはもう一度眼鏡を動かし、城攻めを開始した。



「ダキア様、あなたはご自身を化物だなんだと卑下なさっていますが、それは違います。その怪物としての姿こそ、あなたの誇り、あなたの強さ、あなたの本質。そして、ダキア様の本質とは、ずばり“優しさ”と“愛情”でございます」



「……馬鹿じゃないの? あなた、頭大丈夫? 私は悪魔! 私は怪物! 人の想いという呪いを一身に受け、この世に落とされた忌むべき存在。それがなに? 優しさ? 愛情? 何を根拠にそんなことが言えるの?」



 怒りと困惑が半々、見た目相応の駄々っ子、アリスの瞳にはそう映っていた。



(牙がなければ、本当に可愛いんだけどね)



 慌てふためく少女の姿に対する、アリスの本音であった。


 しかし、今は可愛らしい暴君を愛でる時ではない。閉ざされた心という要塞を落とすべく、アリスの城攻めは再開された。



「ダキア様は言いました。目に付いた片端から手を差し伸べたと。神から、世界から見捨てられた者を次々と拾い上げたと。あなたは捨てられし者、人ならざる者、その全てを救い上げようとしている。その信念、その優しさ、神と世界に背を向けようとも、それを成し遂げようとなされている。それがあるからこそ、あなたは怪物のままでいられるのです。牙を生やし、悪魔や怪物に身を置こうとも、その心は気高くも、神に、世界に、反逆する道を選ばれた」



「物は言い様ね。そんな大層なものじゃないわよ。日陰者が日陰者としても暮らせる場所を作っているだけ。神が捨てたから拾っただけ」



「それでも、この館に住まう者にとっては、安住の地を与えてくれた立派な主君なのです」



 アリスはジッと少女の目を見つめた。吸血鬼の目を見続けると心を囚われ隷属するなどと言われていたが、そんなことないなとアリスは心の中で苦笑いした。


 本の知識は玉石混交。むしろ重要なのは、そこから正しい知識を選び出せる知恵なのだと、今更ながら感じていた。


 少なくとも、目の前の少女の瞳はとても澄んでいた。



「先程のメイド、イローナと申しましたか。彼女の所作を見ていれば分かります。一つ一つの動作がとても丁寧で洗練されており、王侯にお仕えする者として恥ずかしくない態度を心掛けておりました。それは主君たるダキア様への忠義があればこそです。下手な振る舞いをして、来客になじられては、主人の方へも泥を塗ることになるからです。他の方々は無論、相応しい態度で挨拶をされていました。……あ、門番だけは少々いただけませんでしたが」



「そう、あの兄弟には後で食事抜きを通達しておくわ」



 小鬼ゴブリン兄弟は客人への無礼な振る舞いの罰として、食事抜きが確定した瞬間であった。



「そうした諸々の事を含めて、皆がダキア様を慕っているからですよ」



「そうね。みんな、よくやってくれていると思うわ。私みたいな怪物に、童の姿の主人に、よく尽くしてくれていると思う。でも、それは愛だとか、優しさとかじゃない。神への当てつけの結果でしかない」



「それでも、救われた者がいるのです。朽ち果てるだけの者、彷徨うしかない者、全てをひっくるめて、ダキア様は手を差し伸べた。あなた様は誰よりも真面目で、誰よりも優れた愛情を持っておられます。なぜこのような方を怪物だなんだと罵れましょうか!」



 アリスの周りは王侯貴族ばかりだ。上に立つ者は皆の規範とならねばならず、それをよく見ていた。そして、目の前の少女は小さな体に似合わず、それを成そうとしていると感じ取った。


 王とは何か、主君とは何か、それを成さんと、常に考えて行動しているように見えた。


 それが分かっているからこそ、この館の者も敬愛を以て、主君に接しているのだと。


 主君は家臣を愛し、家臣は主君を愛す。主君は家臣の手本となるために努力し、家臣はそんな主君に恥をかかせまいと努力する。これほど理想的な主従はそうはいない。



(なお、私は本の誘惑に抗えず、堕落しきってますけど~)



 貴族のお嬢様らしからぬ行動には反省を覚えつつも、改める気はなかった。目の前の少女ほど、意志力に自信がないし、他の楽しみを見出せなかったからだ。



「ダキア様、あなたは愛に飢えておられる。それは仕方のないこと。生まれたときから囚われの身で、外に出たらば石を投げつけられる迫害の身。それは愛情なき荒野を彷徨ったことでありましょう。ですが、そんな冷たく乾いた大地にあって一点、母より受けた温もりだけは覚えていた。違いますか?」



「母は私を殺そうとした」



「いいえ。あなたに罪過を負わせぬため、あえて死を選んだのです。地獄に落とされようとも、あなたを抱きしめて耐え抜こうとしたのです。それを心のどこかで理解してきたからこそ、あなたは他人に対して知らぬはずの愛情を注げるのでありましょう。なぜなら、あなたの受けた母からの愛情は、紛れもない本物の愛情だったのですから」



 少女の瞳が揺らぎ始めた。間違いなく動揺しており、怪物だ化物だと罵る輩ばかりのこの世界で、愛の溢れる主君という評価は初めてであったからだ。


 さて、もう一押しか、アリスは一度深呼吸して高ぶる気持ちを抑えた。



「ねえ、アリス、私は何人もの人間を殺して喰らったと言ったわよ。それでも怪物だとは思わないの?」



「思いません。私が豚を食するのと、何が違うのですか?」



 キッパリと言い切るアリスに、少女は目を丸くして驚いた。



「ダキア様程度で怪物なのでしたら、私の周りの方々は“私も含めて”全員が怪物ですわ。なにしろ、皆が皆、醜悪極まる世界の住人にございますれば。ああ、ですから、お気になさることはありません。私が豚や牛を食べるように、ダキア様の口に合う物がたまたま“人”であっただけの話です」



「……あなた、本当に変わっているわね」



「はい。なにしろ、あなたと同じく、神に反逆する者ですから」



 アリスは眼鏡を外し、それを机の上に置いた。何事かと思い、少女はアリスと置かれた眼鏡を交互に見やった。



「眼鏡を外してしまえば、私はダキア様の姿をまともに見ることも叶いません。神はこう言った、『本ばかり見ずに、周りもよく見ろ』と。でも、私は神の教えを無視し、罰として視力を奪われた」



「いやいや、それはあなたの生活習慣の結果では!?」



「そうあれかしと神は述べ、そして世界は生まれた。ゆえに、世界のすべては神の御心の内。神は人々に自由な意思を与えてくれました。その自由なる意思をもって、人は天使にも悪魔にもなれる。なれるのであれば、自由なる意思によって立ち返ることもできる」



 アリスは眼鏡を拾い上げ、視界を取り戻した。



「神の言葉に耳を傾け、聖者となるか、あるいは逆に耳を塞ぎ、悪党となるか。それは人それぞれの想い次第。そして、私は悪魔の誘惑に負けた。そう、眼鏡によって、人が生み出した利器によって、神の忠告に反逆し続ける」



「いや、だから生活習慣だって!」



「それもまた神の御心の内。あなたが人を襲うのもまたそうなのでしょう。ならば、罪は問えない。ただ、あなたが立ち返るのを、神はジッと見守っていることでしょう」



 言いたい事を全て言い終わったアリスは、ここで一呼吸を置いた。


 そして、指で十字を切り、ダキアに向けて見えざる聖印ホーリーシンボルを解き放った。


「悪魔よ、悔い改めよ! なんてね」



 アリスは冗談めかして悪魔祓いの真似事をした。


 しばしの沈黙の後、途端に少女は笑い出した。大きな椅子に腰かけて、床に届かぬ足を前へ後ろへ揺らし、何度も何度も拍手をした。



「ごめん、私の負けだわ。こういう時は、先に笑ってしまった方が負けよね。アリス、あなたは食べないでおきましょう」



「そうですか。それは助かりました。家族にどうやって遺書を届けようかと悩まずに済みました」



 アリスも釣られて笑ってしまい、部屋の中には二人の笑い声が響いた。



              ~ 第九話に続く ~

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