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7話「充電切れてる……」



 爆死まで残り7日ちょっと。


 激しい衝撃を受けて目覚めると、まだキャリーケースの中だった。乱暴にぶん投げられたらしい。

 それからしばらくすると何かに乗せられて移動している感覚があり、また投げられた。荷物ってこんな扱いなんだな。


「とりあえず、早く着替えたい……」


 延べ13時間以上のキャリーケースの旅。俺の膀胱括約筋は耐えきれず、おむつの中はしっとりと濡れていた。

 おむつが優秀なのか鼻が慣れたのかは分からないが、匂いはそこまで気にならない。ただ、とにかく不快だ。早くおむつを脱ぎたい。


『起きてたか』

「うわっ、眩しっ」


 しばらくキャリーケースの動きがないと思っていたら、突然蓋が開かれた。

 目を細めながら周囲を見渡すと、煉瓦造りの広い空間に大型のバンと外国人が何人かいた。おそらくここはどこかの倉庫で、彼らが俺を運んできてくれたのだろう。


「外出て、右歩く、街」


 キャリーケースの蓋を開けたタトゥーだらけのヤンキーアメリカ人が肩を叩きながらそう言ってきた。

 おそらく、街への行き方を教えてくれたのだろう。


「go」

「あ、はい」


 言葉が伝わったと分かると、早く出ていけと言わんばかりに手で追い払うような仕草をされた。

 凝り固まった足をほぐしながらリュックから取り出した靴を履き、全開のシャッターを抜けて外へ出て行く。

 ニューヨークが今何時かは分からないが、空を見上げるともう夕方だった。


「あ、すいません」

「what?」

「トイレ、えっと……ウォータークローゼットどこ?」

「……there」

「えっ?」


 ヤンキーアメリカ人が指差す方向はただの路地裏だった。そこらへんでしろという意味らしい。密入国者には厳しい世の中だ。


「Bye」


 ヤンキーがそう言い残した直後、倉庫のシャッターが勢いよく降ろされた。密入国者だから仕方ないとは思うが、冷たい対応だ。

 とりあえず路地裏でおむつを脱ぎ、近くにあったゴミ箱に投げ捨てた。


「あ、ウェットティッシュも入れてくれてたのか」


 パンツを取り出すためにリュックを漁ると、そこにはウェットティッシュが入っていた。お陰でパンツを汚さずに履けた。


「んー……やっぱりちょっと臭うな。だから消臭スプレーも入れてくれてたのか」


 キャリーケースの中では慣れてしまっていたが、服や体はちょっと臭くなっていた。

 さっきヤンキーアメリカ人に冷たくあしらわれたばかりのため、ウェットティッシュに消臭スプレーという組長の気遣いが心に染みる。


「気を取り直して、ニューヨークを楽しむとするかな」


 正直、今ここがニューヨークなのかもわからないが、言われた通り右に向かって歩き始める。

 周囲には洋画でよく見る煉瓦調の建物や近代的な建物まで様々あるが、どれもアパートやマンションっぽい。仕事帰りのサラリーマンや買い物帰りの奥様らしき人も歩いているため、ここは住宅街なのかもしれない。


「見た感じホテルとかはなさそうだから、まずは街に……あっ!そういえばお金!」


 今夜泊まる場所を探そうと思っていると重大な失態に気がついた……俺、日本円しか持ってない。

 銀行で両替できるかはわからないが、とりあえず場所を調べようと思いスマホを取り出す。


「あ、充電切れてる……」


 思い返せば、ビジホ宿泊以降スマホは一度も充電していなかった。

 アホなことに、外部バッテリーなんていう便利アイテムは準備していないため、スマホを復活させる術がない。


「そういえば、組長がくれたタブレットがある!」


 充電の切れたスマホに絶望している中、黒澤明作品で埋め尽くされたタブレット端末の存在を思い出した。それを使えばどこかのフリーWi-Fiスポットからネットにアクセスできるかもしれない。


「あ、こっちも切れてる……」


 そう考えて電源をつけようと試みたが、うんともすんとも言わなかった。

 実は眠剤で凌げるほどキャリーケースの旅は甘くなく、驚くほど暇だった。そのため、組長のおすすめ度が高い作品を3本ほど視聴していたのである。

 正直めちゃくちゃ面白かった。そして、3本目を見終わった時点で充電はめちゃくちゃ減っていた。


「とりあえず歩きながら銀行探すか……」


 銀行を探しながら歩くこと約3時間。空はすっかり真っ暗になっていた。

 日本とは様式の違う建物が多いせいで見逃してしまった可能性もあるが、銀行は全然見つからない。

 かわりに超広い公園っぽい場所は見つかった。公園内には大きな池やお店も存在し、トイレや水飲み場もある。


「そういえば、お腹すいたなぁ……」


 飲食店を目にして自分が空腹だったことを思い出してしまった。思えば、組長がくれたエナジーバー以外何も食べていない。お茶ももう空だ。


「せめて水で誤魔化すか……」


 水飲み場でパンパンになるほど胃とペットボトルに水を詰め、再び歩き出す。

 しかし公園は想像以上に広く、30分ほど歩いてもまだまだ先があった。もはや森だ。


「なんか眠くなってきたし、もうこの公園で寝ちゃおっかな」


 夜にも関わらず人はそれなりにいるしホームレスっぽい人達もいる。

 もっと遅い時間になったら人通りも少なくなって危険かも知れないが、路地裏で寝るよりはずっとマシだろう。


「この木陰にしよう」


 目立たなそうな上に寝心地も悪くなさそうな木陰を見つけ、腰を下ろした。

 キャリーケースの中で爆睡したのだが、やはり疲れは取れていなかったらしい。すぐに心地よい眠気が襲ってくる。


「眠剤は必要ないかも……」


 念のため貴重品は服の中にしまい込み、リュックを枕がわりにしてそのまま横になる。

 人生初の野宿を楽しむ間もないまま、俺は意識を手放したのだった。



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