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5話「おむつ」



 成田国際空港の待ち合わせ場所へ向かうと、事務所の門番さんとコーラを買いに行かされていたパシリさんが待っていた。


「すみません、お待たせしましたか?」

「いや、まだ予定の時間より早いくらいだ。もう準備はいいのか?」

「大丈夫です。よろしくお願いします」

「おうよ。それじゃあ車の中で準備するぞ」


 門番さんの指示に従って黒塗りのバンの中に入ると、人一人軽く入る大きさのキャリーケースが用意されていた。

 内側にはふかふかのクッションと共に様々な器具が取り付けられている。


「このキャリーケースは赤外線カメラを通しても普通の鞄の中身っぽく映るよう細工してあるんだ。これに入ってれば問題なく飛行機に乗れるぜ」

「えっ、それだけで荷物検査とかスルーできるんですか?」

「まぁ、そこは念のために色々手も回してあんだよ。だから大丈夫だ」


 このキャリーケース以外にも色々裏で仕込んでいるらしい。ヤクザの手際凄いな。深くは聞かないでおこう。


「それだけじゃなく、このキャリーケースには酸素量や温度や湿度、気圧の調整機能なんかも付いてる。見た目以上に中は快適だろうよ」

「でも、ちょっと狭いですね」

「贅沢言うな。お前の大きさなら寝返りだって打てるだろうが」


 確かに、ほぼ体育座りのような体勢で耐えることになりそうだが、なんとか寝返りは打てそうだ。


「あ、これどうぞ」


 門番さんの説明を聞いていると、パシリさんがおむつを渡してきた。


「吸水性が一番高いやつです。2回分は余裕で吸ってくれると思います」

「えっ、2回って、トイレはこれにするってことですか?」

「当たり前だろ。このキャリーケースにトイレはついてねぇ」

「でも、そこは我慢すれば……」

「フライト時間と到着後に安全な場所までキャリーケースを運ぶ時間を考えると、おそらく14時間近くはこの中だ。それでも我慢できるのか?」

「うぐっ……」

「あ、これもどうぞ」


 16歳にしておむつのお世話になるという状況に絶望を感じていると、パシリさんが小さめのリュックを渡してきた。


「何ですかこれ?」

「それは親父からの選別っす」


 中を確認すると、タブレット端末とエナジーバーにペットボトルのお茶。それと、消臭スプレーとお薬が入っていた。


「キャリーケースの中は圏外なんで、暇つぶしのために親父おすすめの映画をダウンロードしてあるタブレット端末と、軽食と飲み物と、どうしても寝付けない時用の眠剤が入ってるっす」

「おおっ!わざわざすみません。組長さんにもありがとうございますとお伝えください」

「了解っす」


 ニューヨークへ行くための準備は何もしていなかったため、これは非常にありがたい。ただ、消臭スプレーは何に使うんだろう?キャリーケースの中では使わないほうがいい気がするので、間違えて吹きかけないよう気をつけよう。

 

「そういや、そのデカいリュックには何が入ってるんだ?」

「えっと、通帳とか財布とか充電器とか着替えとかですかね」

「言っとくが、親父が用意したリュックに入る分だけしか持っていけないぞ。入り切らない分はこっちで預かっといてやるよ」


 たしかに、キャリーケースにこのリュックは入れられないため、中身のほとんどは持っていけないだろう。というか、このデカリュック自体が中に入らない。

 組長が小さいリュックを用意してくれて助かったという安堵と同時に、自分の準備不足を改めて痛感する。


「通帳と財布と充電器だけ持ってくので、他は処分してもらってもいいですか?」

「あ?いいのか?着替え以外にも使えそうなもん結構入ってるだろ」

「もう必要ないので大丈夫です」


 そう答えると門番さんは何かを察してくれたようで、それ以上は何も聞かないでくれた。


「どうして捨てるんすか?勿体無いっすよ。また日本に帰ってきた時全然使えますよこれ」


 パシリさんはあまり空気が読めないらしい。


「余生はアメリカで過ごす予定なので、それはもう必要ないんです」

「あ、そうなんすね。そしたらこの服とかもらっていいっすか?まだ使えそうなんで」

「どうぞどうぞ」


 適当な説明で納得してくれた上に、リュックの中身も有効活用できて良かった。


「あ、パンツは1枚持ってきます」

「あ、そうっすね。あっち着いたら着替えに必要っすもんね」


 できれば我慢したいが、流石に14時間は無理だろう。


「そろそろ時間だ。おむつ履き終わったらキャリーケースの中に入れ。なるべく動いたり声を出したりもするなよ」

「わかりました」


 そう説明を受け、組長さんの用意してくれたリュックを抱えながら蹲るような形でキャリーケースの中に入った。

 今更だが大介さんに渡航のお願いをすればよかったのではと思ったが、本当に今更なのでどうしようもない。


「それじゃあ達者でな」

「お元気でっす」

「色々とありがとうございました。お2人も組長さんもお元気で」


 蓋を閉められた後はどこかに運ばれたり何かの上を移動している感覚があったが、数十分ほどすると収まった。

 どうやら、無事に飛行機へと積み込まれたらしい。


「それにしても、思ってたより快適だな」


 閉所恐怖症の人には地獄だろうが、壁はふかふかなのでまるで布団にでもくるまっているような安心感がある。

 温度も湿度も快適なため、ここなら14時間くらいは充分耐えられそうだ。


「そういえば組長おすすめの映画って何だろ?」


 そう呟きながらタブレットの中を見てみると、フォルダには黒澤明監督の作品がぎっしり詰まっていた。

 また、メモ帳アプリには各作品に対する組長の評価や感想などがびっしり書かれている。


「……とりあえず、もう寝るかな」


 アニメ映画にしか興味のない俺はそっとタブレットを閉じ、眠剤を飲んで意識を手放した。

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― 新着の感想 ―
[一言] ここは「生きる」を鑑賞するところでしょう。
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