4話「クレイジー執事」
ヤクザ事務所を出た俺は、成田国際空港まで直通のバスが出ている東京駅に移動していた。
ここからならバスで1時間ちょっともすれば空港に到着するため、15時半頃までのバスに乗れれば待ち合わせの時間には間に合うだろう。
「でも、まだまだ時間があるなぁ……」
ここまでの移動に1時間ほどかかったのだが、今はやっとお昼を過ぎたところだ。朝早くから組長と交渉していたお陰で微妙に時間が余ってしまった。
「せっかくだし、散歩でもするかな」
ついでにお昼ご飯もどこかで食べたい。
そう考えながらあてもなく日比谷公園を散策していると、道の真ん中で号泣している男の子と女の子がいた。
「めっちゃ泣いてる……」
少しだけいる通行人はみんな見て見ぬ振りで通り過ぎていくが、その気持ちは少し分かる。
子供達には可哀想だが、下手に声をかけて危ない人だと思われるのは怖い。
「まぁ、今の俺には関係ないか」
ここで万が一捕まっても8日後には爆死だ。ニューヨークに行けなくなるのは残念だが、それはそれで仕方がない。
「君達どうしたの?迷子?」
「「ぶわぁあああああああああ!!」」
号泣が大号泣になった。そりゃそうか。急にこんな陰キャが話しかけてきたら誰でも驚いてしまうだろう。
「えっと……この指を見てごらん。ほいっ」
「「……!?」」
小学生の時に流行っていた親指が移動するマジックを見せると、子供達は驚いた表情のまま固まった。
だが、俺の手札はまだまだある。
「次は小指を、ほいっ」
「と、とれた!」
「すごーい!」
「まだまだあるぞ」
コインの瞬間移動やお札を消すマジックを続けて見せると、いつの間にか子供達は泣き止んでいた。それどころか、目を輝かせて笑っている。
昔妹を泣き止ませるために習得したマジックが初めて役に立った。
「少し聞きたいんだけど、君達は迷子なのかな?」
「えっと……」
「お、お兄ちゃん。知らない人とはなしちゃダメって、お母さんがいってたよ」
「あ、そうだった」
「教えてくれたらこの魔法のコインをあげよう」
「「迷子です!」」
2人に100円玉を1枚ずつあげた。
「お父さんとお母さんとはぐれちゃったのかい?」
「そうなの。私たちをつれていこうとする人がいて、にげたらはぐれちゃったの」
「一緒にいた人は、おそってきた人とたたかってて、僕たちだけにげたの」
「……そ、そうか」
なんか、予想以上に複雑な事情を抱えているらしい。ただの迷子ではなさそうだ。
「いたぞ!!」
そう考えていると、遠くのほうでこちらを指差す2人組の怪しげな男達に見つかった。よく見ると拳銃っぽいものを手に持っている。明らかに只事じゃない。
「もう時間がない!殺せぇ!」
男の1人がそう叫ぶと、2人はこちらに向かって容赦なく発砲してきた。
周辺にちらほらといた通行人はすでに逃げ去っている。
なにこの状況?ほんとに日本?
「とりあえず逃げるか」
怯える子供達を抱え込むように抱き上げ、必死に公園の中を走った。
運命の神様の話は本当だったようで、放たれた無数の銃弾は俺に当たらないどころか掠ることすらない。
この調子なら、俺が盾になるよう抱え込めば子供達も無傷で済むはずだ。
「はぁ、はぁ……おえっ」
しかし、陰キャで帰宅部の俺の体力は早々に限界を迎えようとしていた。
「もっと、体力……つけとけば、よかった……」
走り始めてわずか数十秒。もうすでに肺が破裂しそうなほど痛い。
それだけでなく、子供達の年齢はおそらく5〜6歳くらいのため、2人合わせて40キロ近い体重がありそうだ。それを支える腕は先ほどからプルプル震えてるし、足もガクガクだ。
銃弾には当たらないかもしれないが、このままだと疲労で死ぬ。
「くそっ!全然当たらねぇ!」
「大丈夫だ!もうすぐ追いつく!」
背後から迫ってくる男達。
距離が近くなるほど銃の命中率は上がるため、先ほどよりも弾が近くを通るようになった気がする。
もしかすると死ぬかもしれないという恐怖が頭をよぎるが、それでも必死に足を動かす。
「ん?なんの音……ぐぁあっ!」
「がふぁっ!」
直後、森の中を突っ切ってきた黒塗りの車が、男達を勢いよく跳ね飛ばした。
男達は手足がよろしくない方向に曲がっているが、まだかろうじて生きているようだ。
「ゆうき!ゆうり!無事だったか!」
「「お父さん!」」
車の助手席から降りてきた初老男性が子供達にすぐ駆け寄り、2人を優しく抱きしめた。
この人が子供達の父親なのだろう。
「あなたが坊ちゃんとお嬢様を助けてくださったのですね。本当にありがとうございます」
「うわっ!」
感動の再会を眺めていると、白髪白髭のダンディーな執事っぽい男性がいつの間にか隣に立っていた。凄い隠密能力だ。声をかけられるまで存在に気付かなかった。
ちらりと車を見ると運転席には人が乗っていないため、この人が運転して男達を跳ね飛ばしたらしい。クレイジー執事だ。
「子供達から魔法使いのお兄ちゃんが助けてくれたと聞いたよ。本当にありがとう。君は息子と娘の命の恩人だ。是非とも何かお礼をさせてくれ」
「いや、当然のことをしただけなので、お礼はいいです」
子供達のお父さんから凄い感謝されたが、正直お礼はいらない。
どうせ明日にはニューヨークだし、8日後には爆死する運命なのだ。そんな俺のために時間やお金を浪費させてしまうのはとても申し訳ない気がする。
「そういうわけにはいかない。こう見えても財産と権力はそれなりに持っているんだ。何か望みがあるなら叶えられると思うし、是非とも叶えさせてほしい」
こう見えてもというか、素人目でも明らかに高いとわかるスーツやら靴やら腕時計を見るに、相当なお金と権力をお持ちなのだろう。
そもそも、こんな都心のど真ん中で拳銃持った相手と戦っている時点でとんでもない人だと思う。
「お礼と言われても……あっ」
何か言わないと引き下がりそうにないと思い適当なお礼の内容を考えていると、お腹が空いていたことを思い出した。
バタバタしていたせいでまだお昼を食べていなかった。
「あの、実はまだお昼ご飯を食べてなくて、美味しいご飯が食べたいです」
「美味しいご飯……はっはっは!そうか!よしわかった。セバス、彼に最高のランチを奢りたい。予約しておいてくれ」
「かしこまりました。何かご希望の食べ物はございますか?」
セバスと呼ばれた白髪白髭執事さんがそう聞いてきたが、特に希望なんてない。お腹が膨れればなんでもいい。
「えっと、なんでもいいです」
「かしこまりました。それでは、銀座にある寿司の杉林でよろしいでしょうか?ミシュランにも選ばれている最高級店でございます」
「あ、じゃあそこでお願いします」
「おすしー!」
「すしだー!」
子供達も話を聞いていたようで大喜びだ。というかこれ、一緒にお昼を食べる流れか?
「ご主人様。この後のご予定は……」
「もちろん全てキャンセルだ。妻の予定もキャンセルして合流するよう伝えてくれ。子供達の恩人とランチを楽しむ」
「かしこまりました」
一緒どころか、奥さんも来る流れとなっていた。
あと、いつの間にか現れていた黒服集団が淡々と瀕死の男達を回収している光景がちょっと怖い。
「そういえばまだ名乗っていなかったね。私は北大路大介というものだ。よろしくね」
北大路って……日用品から軍事関連までさまざまな事業を展開している日本屈指の超大手企業がそんな名前だった気がする……たぶん気のせいだろう。
「えっと、影野守です。お昼ご飯よろしくお願いします」
「はっはっは!任せてくれ。それでは行こうか」
その超高級寿司屋さんとやらは、日比谷公園から車で数分ほどの場所にあった。お腹が空いているのを察して近くのお店を選んでくれたらしい。
中に入ると店員さん総出で出迎えてくれた上に、昼時なのにも関わらず他のお客さんは誰一人としていなかった。もしかすると、わざわざ貸切にしてくれたのかもしれない。改めて北大路さんは只者じゃないと感じた。
「影野君は好きなネタはあるかい?」
「えっと、食べられないものは特にないのでなんでも大丈夫です」
「はっはっは。好き嫌いがないのは素晴らしいことだ。きっと親御さんの教育が良かったのだろうね」
「そうですね。自慢の両親です」
父さんと母さんはとても優しく、時に厳しく、自分達よりも子供のことを第一に考えてくれる自慢の両親だった。
もうこの世にはいないが、両親のことは今でも心から尊敬している。
北大路さんが両親を褒めてくれた嬉しさを噛み締めながら、達筆な字で書かれたお品書きを眺める。
「ゆうきとゆうりも見習わないとダメだぞ?」
「ぶーっ、だって、お野菜にがいんだもん」
「しゃりしゃりするのきらーい」
「好き嫌いをなくしたら魔法使いになれるよ」
「「!!」」
俺の一言で2人の目の色が変わった。震える手でお品書きを開き、かっぱ巻きとかんぴょう巻きの文字を見つめている。
「すみません。余計なことを言ってしまったかもしれないです」
「いやいや、むしろありがとうね。仕事が忙しくてあまり構ってやれないから、私も妻もついつい甘やかしてしまうんだ。影野君が言ってくれたおかげで助かったよ」
北大路さんは笑顔でそう答えながら、おすすめの寿司ネタをいくつかとかっぱ巻きとかんぴょう巻きを注文してくれた。
それからしばらくして、お寿司を堪能しながら談笑していると北大路さんの奥さんがお店に到着した。
「遅れてすみません。大介の妻の北大路結衣です。お話はお聞きしました。子供達を助けてくださり、本当にありがとうございました」
「影野守です。こちらこそ、いいお寿司ありがとうございます」
「ふふふっ、遠慮なく食べてくださいね。もちろん、これは子供達を助けていただいたお礼ではなくただのお気持ちですから」
「えっ……?」
俺としては寿司だけで充分なのだが、北大路夫婦にとってはまだお礼にもなっていないらしい。
「さてと、妻も到着したところで、先ほどの公園での出来事について少し説明させてもらうよ。巻き込んでしまった影野君には知る権利があるからね」
そんな始まりと共に、先ほどの出来事についての簡潔な説明が始まった。
大介さんの会社はとある事業で海外に大きなシェアを誇っているのだが、それによってとある国のマフィアグループから目をつけられ、争うことになってしまったらしい。
しかし、大介さんは圧倒的な資金力と人脈を駆使してそのマフィアグループを壊滅。抵抗してきた残党もほとんど片付けたのだが、最後の悪あがきとして複数人の暗殺者が日本に送られ、直接命を狙われたそうだ。
「暗殺者は私と妻ばかりを執拗に狙っていたんだけど、最後の最後で子供達に狙いを移したようでね。警備も今までの流れから私と妻を中心に固めてしまっていて、完全に隙をつかれた形になったんだ」
「あの、そんな話ここでしていいんですか?」
「大丈夫。ゆうきとゆうりは私達の後継者としてもう色々と知っているからね」
「お父さんはゆうきが幼稚園の時からマフィアとたたかってたんだよー」
「ゆうりもあんさつしゃの話しってるよー」
まだ幼いのにマフィアとの抗争や暗殺者との戦いなども教えられているとは、凄い英才教育だ。
「だからこそ、改めて感謝を伝えさせてもらうよ。影野君がいなければ私達は命より大切なものを失うところだった。本当にありがとう」
「私からも、本当にありがとうございました」
「「魔法使いのお兄ちゃん、ありがとうございました!」」
「いえいえ、当たり前のことをしただけなので、本当に気にしないでください」
どうせ近いうちに爆死する人間なので、感謝とか負い目とかは感じないでもらえるとありがたい。
「ついてはお礼に関する話をしたいのだが、影野君は何か欲しいものやして欲しいことはないのかい?」
「欲しいものやして欲しいこと……」
正直、何も思い浮かばない。
頼めば世界一周とかも叶えてくれそうだが、今からでは楽しむ時間がない。
たぶん、ニューヨークを楽しんだらそれでタイムアップな気がする……あっ、ニューヨーク!
「時間は……もう16時!?ヤバい!」
「どうしたんだい?」
「あの、早速お願いしたいんですけど、すぐに成田国際空港へ行きたいんです。実はそこで大切な待ち合わせがあるんです」
「そうか。何時までに着けばいいんだい?」
「待ち合わせは17時です」
「任せてくれ。セバス」
「すでにヘリの用意はできております。発着場までは10分ほど、そこから成田国際空港までは20分もかかりませんので、お時間には充分間に合うかと」
まさかヘリで行くことになるとは、大事になってしまった。
「私達がいると遅れてしまいそうだね。お礼に関しての話し合いはまた後日にするとしよう。時期を見てこちらから連絡するから、よければ電話番号を教えてもらえないだろうか?」
「あー……わかりました。スマホの電話番号はこれです。あと、できれば8日後以降に掛けてくれるとありがたいです」
「8日後以降か、わかった。そうするとしよう」
お礼はいいですと伝えても話が長引くだけな気がしたので、俺が爆死した後に電話を掛けてもらうことにした。
ゆうきくんとゆうりちゃんの命を軽んじている訳ではないし、大介さんたちには恩返しできなかったモヤモヤが残ってしまうかもしれないが、俺はこのお寿司とヘリによる運送だけで充分満足なのだ。
「それではもう行きますね。お寿司ご馳走様でした」
「うん。それではまたね」
「またお会いしましょう」
「魔法使いのお兄ちゃんまたね!また魔法見せてね!」
「野菜食べて私も魔法使いになるから!またね!」
「うん。ゆうきくんもゆうりちゃんも、ばいばい」
またねという言葉は残さず、セバスさんの案内で寿司屋を後にし、ヘリで成田国際空港へと向かった。
ちなみに、ヘリの操縦もセバスさんが行っていた。絵に描いたような万能執事の姿がそこにはあった。