3話「外国に行こう」
学校から逃げきった俺は適当なゴミ捨て場に制服を捨て、用意していた私服に着替え、駅前の格安ビジネスホテルでくつろいでいた。
「まだニュースにはなってないみたいだな」
テレビやスマホでニュースを確認してみたが、まだ騒ぎにはなっていないらしい。
あの学校が騒ぎになる覚悟で警察に連絡するとは思えないが、大黒田が裁判沙汰にする可能性は充分にある。少なくとも、ネットに流した画像や動画が見つかれば近いうちに警察が動き出す可能性は高いため、もう家には帰らないほうがいいだろう。
ちなみに、スマホには学校から何度も電話が掛かってきていたが、全て無視して着信拒否にした。
「残ったお金で観光とかしたかったけど、どこかで捕まって警察署で爆死とかは嫌だなぁ……とりあえず、起きてからまた考えるか」
まだ18時だが、今にも意識を失いそうなほど眠い。その眠気に身を委ねながら、徹夜と復讐の疲れを癒すように意識を手放したのだった。
◇
爆死するまで残り8日。
12時間以上爆睡したおかげで頭の中は驚くほどすっきりしており、徹夜と復讐の疲れも綺麗さっぱりなくなっていた。むしろ、復讐で心が少し軽くなったおかげか、体調はいつも以上に絶好調だ。
「さてと、次の目標だけど……やっぱり外国に行こう」
コンビニ弁当を食べながら色々と考えた結果、やはり死ぬ前に一度は外国に行ってみたいと思った。
このまま日本各地を観光するのもありだが、最後くらいはもっとぶっ飛んだことをしてみたい。それこそ、外国へぶっ飛んでみたいと思ったのである。
「早速向かうとするかな」
朝食を済ませてホテルをチェックアウトした俺は、身の危険も顧みずとある場所へと向かった。
「お願いします!組長さんに合わせてください」
「ここは遊び場じゃねぇんだ。ガキは帰れ」
俺の住んでいる街には有名な二つのヤクザ事務所が幅を利かせており、ここはそのうちの一つである山田組の事務所だった。
何故ここへ訪れたのかというと、偽造パスポートを手に入れるためだ。
今まで外国に行ったことも行こうと思ったこともない俺は、もちろんパスポートなんて持っていない。今から作る時間も当然ない。
そうなると外国へ行くには偽造パスポートを手に入れるしかないと思い、ネットで検索をかけたところ、ヤクザ絡みの記事ばかりがヒットしたのである。
頼み込めばもしかすると偽造パスポートを作ってくれるかもしれない。そう思い、ここへ訪れたのだ。
「お金ならあります。300万円くらいなら用意できます」
「金の問題じゃねぇんだ。ここはお前みたいなガキが来ていい場所じゃねぇんだよ。まだ優しくしてやってるうちにとっとと帰りな」
先ほどからいくら頼み込んでも、門番らしきヤクザの人にずっと断られ続けていた。この門番さんもさすがにそろそろキレそうだ。
「どうしたんだ?何だそのガキは?」
門番さんと押し問答を続けていると、建物の奥から小太りのおっさんがやってきた。
「親父」
親父ということは、組長か!
ずっとゴネていれば偉い人に会えるかもしれないとは思ったが、まさか組長が出てくるとは思わなかった。
だが、好都合だ。
「外国に行きたいんです!偽造パスポートを作ってください!」
「おい!このガキ……」
「がっはっは!中々威勢のいい坊主じゃねぇか。暇つぶしに話くらいは聞いてやるよ。入りな」
「ありがとうございます!」
組長さんの案内で応接室っぽい部屋へと通された。
「飲み物は何がいい?」
「えっと、コーラでお願いします」
「がっはっは!遠慮のねぇ坊主だ。悪いが今はちょっと切らしてるみてぇだな。おい、急いでコーラ買ってこい」
「はいっす」
下っ端っぽい組員さんをパシらせることになってしまった。申し訳ない。
「悪いが、コーラが用意できるまでお茶で勘弁してくれ。茶菓子は好きなものをとっていいぞ」
そう言いながら、組長さん直々にお茶と茶菓子を用意してくれた。
しょっぱいものから甘いものから高そうなものまで、よりどりみどりのお菓子が目の前に並べられている。
「さてと、それで?坊主は外国に行きたいのか?」
「はい、今すぐに行きたいんです。でもパスポートがないので、偽造パスポートを作って欲しいんです」
「ったく、どこでそんな悪い知識を入れたかは知らねぇが、偽造パスポートをすぐ作るなんて無理だぞ」
「え、そうなんですか?」
組長さんが少し呆れた表情で説明してくれる。
「偽造パスポートってのは本物をコピーしたり一部を差し替えて作るんだが、何にしても本物のパスポートが必要になってくる。坊主の偽造パスポートを新たに作るより、自分で申請して作ったほうが早いだろうな」
「そ、そんな……」
パスポートの取得には最短でも8日くらいかかるとネットには書いていた。つまり、俺に残された時間を全部使っても外国に行くことはできないのだ。
「まぁ、パスポートがなくても外国に行く方法自体はある」
「ほ、本当ですか!?」
「ほら、結構前に訴えられたどっかの元社長が外国に逃亡した事件があったろ。あれと似た方法を使って積荷に紛れ込めばいい」
そういえばそんな事件があったことを思い出した。
たしか、大型の荷物ケースの中に入って飛行機に乗り込み、そのまま外国へ逃亡したとニュースで報じていた気がする。
他にも、某有名アニメの主人公が旅行バッグの中に入って外国に行ったという話もあった。
それが実際にできればパスポートがなくても海外旅行に行けるはずだ。
「お願いします!その方法で今すぐ外国に行きたいです!」
「何でそんなに急いでいるかは知らねぇが、頼まれたからと言って簡単に送れるわけねぇだろ。こっちには何のメリットもねぇ」
「お金なら、それなりにあります」
「坊主。これは金の問題じゃねぇんだ。外国への密入国は手伝うほうにも大きなリスクがある。下手すりゃうちの組ごと潰されかねねぇ。そんな危険を冒してまで、坊主を外国へ送る理由はねぇな」
お茶を啜りながらそう話す組長さんの言葉はもっともだった。
今の俺が出せる金額の全てを支払ったとしても、この組にはデメリットしかないのだろう。
「敵対している斎藤組の弱みになりそうな情報が手に入るなら考えなくもないが、金を積まれた程度じゃ話になんねぇな」
「……えっ、斎藤組の弱みを教えれば外国へ送ってもらえるんですか?」
諦めて北海道か沖縄にでも行こうと思っていたが、組長さんのほうからまさかの提案をしてくれた。
実は、斎藤組の弱みとなりうる情報を俺は持っている。そもそも、この山田組にお願いしにきたのもそれが理由だった。
「組長さんは、斎藤組が大黒田議員と裏で繋がっていることは知ってますか?」
「舐めてもらっちゃ困るな。そのくらいの情報は当然知ってる。そもそも、ウチより規模が小せぇ斎藤組が調子に乗っている理由はそこにある。残念ながら、繋がっている証拠はねぇがな」
「証拠ならありますよ。このUSBメモリの中に入ってます」
「……なんだと?」
前に大黒田からいじめを受けていた時、『俺の父さんは斎藤組とも繋がりがあんだぜ!』『斎藤組を裏で支えてやってるのは俺の父さんなんだ!』と自慢をしていたことがあった。
もちろん、ペン型カメラでその時の映像も音声も全て記録してこのUSBの中に入っている。
「ただ、ペン型カメラで撮影したものなので映像と音質は保証できません」
「まだ中身を見てねぇからわからねぇが、使いもんにならない証拠なんて意味ねぇぞ」
「大丈夫です。その中には俺が学校でいじめられていた映像や画像も入っていますので」
「あ?それが何の役に立つってんだ?」
「そのいじめの主犯格の生徒が、大黒田議員の息子さんなんです。ちなみに、いじめの動画はスマホで隠し撮りしたものもあるので、高画質のものも多いですよ」
「……ほう、それは興味深いな」
そこまでを伝えると組長さんの目の色が変わった。
目の前のデータがあれば大黒田議員と斎藤組の繋がりを証明できなかったとしても、大黒田議員を失脚させることは可能かもしれないと考えたのだろう。
「悪いが、先に中身を確認させてもらってもいいか?」
「いいですよ。ちなみに、大黒田議員とヤクザの繋がりを証明できそうな動画は23番と35番の動画ファイルだったと思います」
「わかった。すぐ確認させる」
組長さんはUSBメモリを持って部屋の外に出ていった。
そのすぐ後にコーラが届いたため、それを飲みながらお菓子を食べ、ふかふかのソファーでくつろぐ。
「待たせちまったな」
大体1時間くらい経った頃、組長さんが戻ってきた。
「結果を先に伝えさせてもらうが、この中のデータは俺達にとって相当価値があるものだった。これを渡してくれるなら、すぐにでもお前さんを外国に飛ばしてやるぜ」
「ほんとですか!?」
所詮は素人撮影の動画なのでそこまで期待はしていなかったのだが、組長さんは使えると判断してくれたらしい。ありがたい。
「あ、そういえば言い忘れていたんですけど、復讐のために今渡したデータの一部をSNSとか動画サイトとかにアップしてるんです。まだ全然見られてないと思うので、消したほうがいいですか?」
「大黒田を脅す手はそもそも考えてねぇから、ネットに上げた動画はそのままでもいいぜ。俺らはこの証拠をつかって大黒田をすぐに潰すつもりだからな」
それを聞いて少し安心した。
俺がネットに流した動画が拡散されれば、大黒田議員の立場は危うくなるかもしれない。もしも組長さんが大黒田議員を脅して協力関係を取り付ける予定だったら、逆にその邪魔をしてしまうところだった。
「他の動画もいくつか見させてもらったが、どれも酷えもんだった。お前さんの顔を立てる意味でも大黒田は即座に潰す」
「ありがとうございます」
「だが、ネットの動画が見つかるとお前さんのほうがヤバいんじゃないのか?何かしらの方法で報復してくる可能性もあるぞ?」
「それは大丈夫です。何も問題ありません」
あと8日で俺は爆死するし、残りの日数は外国で過ごす予定だ。大黒田の父親が何をしてこようがもう関係ない。
「お前さんがそう言うなら何か考えはあるんだろうが、せいぜい気をつけるんだな。それよりも外国へ行きたいって話だが、どこか希望はあるか?」
「できるだけ早く行けるなら場所はどこでもいいです」
「随分と適当だな……まぁ、一番早いのとなると、今日の夕方の便がある。別の奴が乗る予定だったが、そこにお前さんを割り込ませてもいい。行き先はたしか、アメリカのニューヨークだな」
「ニューヨーク!是非それで行きたいです!」
どこで聞いたかも覚えていないが、ニューヨークはなんか凄い都市だったはずだ。死ぬまでに一度くらいは行けたらいいなと思っていた場所でもある。
「言っておくが、帰りの便は不定期だ。一応連絡先は教えとくが、すぐに帰りたいと言われても簡単には帰らせてやれないぞ」
「あ、それは大丈夫です。帰ってくるつもりはもうないので」
そう答えると組長さんが一瞬目を見開いたが、「そうか……」とだけ呟いてあえて何も聞かないでくれた。
「それで、何時にどこへ行けばいいんですか?」
「今日の17時までに成田国際空港の南棟にある駐車場地下一階のこのポイントに行け。あとはそこに待機しているうちの組のもんの指示に従ってくれりゃ、明日にはニューヨークだ」
組長さんがそう言うと、部下らしき強面の大男が地下駐車場の場所とポイントが記された地図を渡してきた。
「ありがとうございます。それでは17時に、よろしくお願いします」
そう言い残して外へ出ようとすると、組長さんが声をかけてきた。
「もしもお前さんが日本に帰ってきて行く当ても完全になくなっちまった時はウチに来な。面倒見てやるよ」
「……ありがとうございます。お気持ちだけ、受け取っておきます」
「そうかい。そりゃ残念だ」
本当に残念そうな顔をしている組長さんとはそこで別れ、俺は事務所を後にした。