2話「運命の悪戯」
帰宅した俺の行動は早かった。
画像や動画の編集方法をネットで調べ、いじめの証拠になると思って集めていたデータを見やすいように編集。
各種SNSと大手動画サイトYooTubeのアカウントを作成し、そこに編集した動画のほとんどを投稿した。
その後、有名な大手掲示板サイトの3ちゃんねるに『今まで受けたいじめ内容公開スレ』というものを見つけたため、そこに日記にメモしていたいじめの内容をいくつか書き込み、証拠を投稿したSNSとYooTubeのURLも貼り付けた。
そのおかげか、投稿した画像や動画を見てくれた人がすでに何人かいるようだった。
すぐに消されるとは思うが、一人でも多くの人にいじめの事実が知られて、いじめてきた奴らが生きづらい思いをしてくれたらと強く願う。
「少し疲れたけど、気分はいいな」
一通り終えた頃には朝になっていたが、とても清々しい気分だった。
編集作業も投稿作業も途中からは苦労より楽しさが勝っていたように思う。意外と新しいことに挑戦することが好きな性格だったのかもしれない。
「どうせなら生配信っていうのもやってみるかな」
徹夜の疲労はあるが、謎の達成感に身を任せて駅前の総合ディスカウントストアへ行き、必要となりそうな物資を揃えた。
自撮り棒にもなるスマホ用三脚、バケツ、ペンキ、ラッカースプレー、スモーク花火、おもちゃのジョークナイフ、それらを運ぶ大きなリュックなどなど……。
結構な金額になってしまったが、両親が残してくれたお金がまだ残っていたため、支払いは何も問題なかった。
制服や教科書を何度も買い替えたせいで前より大分減ってはいるが、10日間は余裕で豪遊できる金額だ。
「こんなことにお金を使ってしまって本当にごめんなさい。あと、死んだら地獄行きかもしれないから、あの世で一緒に遊んでやれなくてごめんな」
そう話しながら、両親と妹の写真が飾ってある仏壇にお線香を供え、手を合わせた。
あの世があるとは思っていなかったが、運命の神様が言っていた天界があるとしたら、天国や地獄も本当にあるのかも知れない。というか、天界が天国的な場所なのかもしれない。
だとすれば、優しかった両親と明るくて誰からも好かれていた妹はきっと天国にいることだろう。
自ら命を絶とうとしたり復讐のために両親が残してくれたお金を使っている俺は、天国に行けない気がする。
自殺しようとしたことを少し後悔したが、もう後戻りするつもりはない。
「いってきます」
残りの9日間は思うがままに精一杯生きようと心に誓い、制服に着替えてから家を出た。
◇
学校へ着くと、時刻はもうすぐ15時になろうとしていた。今は6限目が始まっている頃だろう。
「もっと早く告知をしておくべきだったな……」
そう呟きながら、掲示板サイトやSNSに生配信の告知を行った。
平日の15時など見てくれる人はほとんどいないかもしれないが、1人でもいてくれればそれで構わない。
そう思いながら配信を始める。
「えーっと、映ってますか?まぁいいか。今から俺のことをいじめてた奴らに復讐したいと思いまーす。まず、内履きも外履きも汚されたり燃やされたりして何度も買い替えさせられたので、いじめてきた奴らの外履きを全部駄目にしてやりまーす」
主犯格である大黒田害と、いじめに参加していたとりまき連中の外履きを外に並べ、ラッカースプレーでカラフルに染めた後、家から持ってきた生ごみをパンパンに詰めておいた。
今までされてきた事に比べればほんの些細な仕返しだが、少しだけ気持ちが晴れた気がする。
だが、まだ俺の復讐は終わらない。
「次は直接仕返しをしまーす」
自撮り棒を付けたスマホに向かってそう話しながら、用意したバケツの中にペンキを流し込み、水で溶く。
途中で見回りの先生に出会ったが、「授業で先生に頼まれました」と適当な言い訳をしたら見逃してもらえた。
「あそこが俺の通っていた2年3組の教室でーす。今は授業中ですが、中へ突撃していじめの主犯格だった奴にペンキをぶっかけたいと思いまーす」
そう話しながら教室へと入ると、先生を含めた全員が大きなリュックを背負いながらスマホとバケツを持った異様な俺の姿に驚いていたが、その視線を一切気にせず三脚を立て、スマホを設置する。
「あそこで目を見開いている大男がいじめの主犯でーす。よいしょっ!」
「ぐあああっ!何しやがんだてめぇ!」
勢いよく真っ黒なインクを浴びせると、大黒田が驚いた様子で立ち上がった。
周りの席の生徒にも被害が出ているが、いじめられていた俺を見てあざ笑っていた奴ばかりだったのでむしろ復讐する手間が省けた。大黒田の近くの席だったことを後悔するがいい。
「か、影野くん!?な、何をしているんだね!」
偶然にも事なかれ主義の担任が授業を行っていたため、邪魔はされなくて済みそうだ。
ごちゃごちゃと何か言っているが、直接止めには入らないだろう。
「影野、てめぇ……ぶっ殺してやる!!」
「動くな。他の全員もだ。動いたら痛いぞ」
おもちゃのナイフを見せながら、大黒田とクラスの全員にそう脅しをかけた。
ここまできて誰かに邪魔をされるのは嫌だし、そもそも大黒田自身が身長180以上もある巨漢のため、襲い掛かられたらその場でアウトだ。さすがに殺されはしないとは思うが、骨の一本や二本は簡単に折られるかもしれない。
「てめぇみたいなカスが本物のナイフなんて持ってくるわけねぇだろうが!そんなおもちゃで俺を止められると思うなよ!」
大黒田にナイフの刃の部分を掴まれ、あっという間にへし折られた。
いっそのこと本物のナイフを持ってこればよかったと後悔しながら、反対の手に持っていたバケツを必死に振り回して抵抗する。
「はっ!無駄に足掻いてんじゃねぇ!さっさとぶっ殺してや……ガッ!?」
偶然顎にバケツの角がクリーンヒットしたようで、大黒田はそのまま意識を失って倒れた。
まさかの展開に、クラスの全員が驚愕の表情で固まっている。
「もしかして……」
ふと、運命の神様の言葉を思い出した。
『10日後の君の体は何の異常もない健康そのものな状態なんだけど、大爆発に巻き込まれて死んじゃうんだ。木っ端微塵だね』
あの言葉が本当だとしたら、大爆発で木っ端微塵になるまで俺の体に異常が起こることはないということになる。
もしかすると、危ない事態に陥っても今起こったような運命の悪戯で助かるのかもしれない。
「深く考えるのは後だな。それよりも今のうちに……」
そう呟きながら、大黒田のカバンや机の中のものに向かってラッカースプレーを吹きかけ、カバンの中にあったスマートフォンやゲーム機を全て踏み壊した。
俺が今まで失ったものに比べれば大したことはないが、少しでも悔しがってくれたらありがたい。
ついでに、不要となったスプレー缶やインク容器は捨てるのが面倒なのでカバンの中に詰め込んであげた。
「か、影野くん!い、いい加減に……」
「あ、大丈夫です。これで最後なんで」
口だけの担任にそう返しながら、大量のスモーク花火に火をつけて教室中にばら撒いた。
「火事だー!2年3組の教室が燃えてるぞー!」
そう叫びながら非常ベルのボタンを押し、他のクラスの人達も騒ぎ出したところで学校の外へと逃げ出す。
「あ、忘れてた。えーっと、これで配信を終わりまーす。アーカイブはチャンネルに残しておくので、よかったら見てくださーい……っと、こんなもんでいいかな」
生配信を終えて校門から出て行こうとすると、後ろから駆けてくる足音が聞こえてきた。
振り向くと、そこには隣のクラスの委員長を務める黒髪ロングの美少女、伊織佳奈がいた。
「か、影野君……」
「伊織さん」
彼女は幼稚園からの幼馴染で、俺が家族を失って人と距離を置くようになるまではよく一緒に遊ぶ仲だった。
その頃のことを伊織さんも覚えてくれているのか、時折話しかけにきてくれたり、大黒田にいじめられている時はよく助けてくれた記憶がある。
才色兼備で友達も多く、父親が有名な外資系企業の社長である伊織さんには、大黒田も何も言えないようだった。
「この騒ぎって、もしかして影野君の仕業なの?」
「うん。もう我慢できなくて、大黒田と学校のみんなに少しだけ復讐しようと思って騒ぎを起こしたんだ」
クラスメイトや担任だけでなく、大黒田の親の顔色を伺って何もしてくれなかった他の先生方や一緒になっていじめてきた他のクラスの生徒などなど、復讐したい相手はキリがないほど学校にいる。
できることなら一人一人に復讐していきたいが、そんな時間は残されていないだろう。
そのため、最後のスモーク花火によるボヤ騒ぎと非常ベルは、そいつらへのちょっとした復讐として行った悪戯のようなものだった。
「でも、伊織さんには感謝しかないから。迷惑をかけて本当にごめん」
学校の全員を巻き込んだ復讐がしたいと思ってはいたが、できれば伊織さんだけは巻き込みたくなかった。
思い返してみると、味方になって助けてくれた人は伊織さんしかいなかったのだ。
「ううん。私のほうこそ、影野くんが私に見えないところでもいじめられてるってわかってたのに、一人にしちゃダメだってわかってたのに、もう限界だってわかってたのに……助けてあげられなくて、本当にごめんなさい」
伊織さんに謝ったと思ったら、逆に泣きながら謝られてしまった。
俺がいじめられるようになったことも、一人になったことも、伊織さんのせいでは一切ない。それなのに、伊織さんは本心から謝ってくれているようだ。
「もう一度言うけど、伊織さんには本当に感謝しかないよ。たぶん、伊織さんがいなかったら、もっとずっと早くに限界がきてたと思う。だから謝らないでほしい」
「それでも、影野君は私のことを助けてくれたのに、私は……」
「ごめん伊織さん。もう少し話していたいんだけど、もう行くね」
校舎のほうを見ると、避難中の生徒達が何事かとこちらを見ている。先生方が駆け寄ってくるのも時間の問題だろう。
「か、影野君!また、会える?」
「……うん。きっとね」
もう会えないと知った時にもっと悲しむとわかっているのに、最後に伊織さんが悲しむ顔を見たくないと思い、咄嗟に嘘をついてしまった。
自分勝手な思いで大切な人に嘘をついてしまった罪悪感。
こんなに心強い味方がいるのに、勝手に命を絶とうとした自分への怒り。
最後の最後に、好きな人と話すことができた喜び。
様々な感情が入り乱れながら、校舎に背を向けて走り出した。
「影野君、またね!」
「……」
その言葉には何も返すことができないまま、俺は学校を後にした。