11話「俺様の名前はキューブ」
ノアさんの運転で到着した場所は、宮殿のような見た目の超高級ホテルだった。
入り口の正面に車を停めると、ノアさんから車の鍵を受け取った係員が車を運転して駐車場に停めにいった。
洋画で見たことがあるシステムだ。本当に現実であるんだな。
「す、凄い……」
ホテルは外観も凄かったが、中にあるパーティー会場はもっともっと凄かった。
会場の壁側には様々な料理や飲み物が並んでおり、ビュッフェスタイルで自由に取れるようになっている。他にも、バーカウンターやカジノや個室の休憩所なども存在し、どんな人でも楽しめるような作りになっていた。
なんか、もう凄い。語彙力が吹き飛ぶほど凄い。
「パーティーの参加者は著名人ばかりだけど、今回はカジュアルなパーティーだからいちいちあいさつする必要はないわ。礼儀とかもあまり気にしないで気軽に楽しんでいいわよ」
俺がガチガチに緊張しているのを察してくれたのか、エマさんがそんな優しい言葉をかけてくれた。
冷静に考えると、著名人と言われても誰が誰だかわからないし、話しかけられても何と言っているのかわからないし、こういう場所での礼儀なんて全然知らない。
エマさんの言う通り、気軽に楽しめばいいのだろう。
『彼女はどこの女優だ……?』
『美しいな……』
『あの方はどこの俳優さんかしら、素敵だわ』
『是非ともうちの事務所に招きたいな』
エマさんとノアさんと一緒に歩くと、周囲の人達がこちらを見てざわめきだした。
最初はサムライボーイだと気付かれたのかと思ったが、俺ではなく明らかにエマさんとノアさんのほうを見ている。
『あのちんちくりんは誰かしら?』
『きっと2人の付き人よ。明らかに吊り合ってないもの』
俺に視線を向けてくる人達も時折いるのだが、高校のクラスメイトと同じような、明らかに馬鹿にしている顔をしていた。
なにが正義のヒーローサムライボーイだよ。聞いてた話と全然違うんですけど!
「あの、1人で適当にぶらついてもいいですか?なんか、俺がいる意味あるのかなって……」
「思っていたより、この会場にいるみんなのサムライボーイへの関心が低かったみたいだね。まぁ、少しくらいならぶらついてきてもいいと思うよ。話しかけてくる人もいなそうだから、通訳も必要ないだろう」
悪気はないのだろうが、ノアさんの言葉がガラスのサムライハートに突き刺さる。
サムライボーイとしてチヤホヤされるかもしれないとかちょっと期待しててすんませんっした。
「ここにいる人達がニュースに疎いだけよ。世間にはあなたの正しい行いに好感を示している人がたくさんいるわ。見た目だけで評価する人達の言葉なんて気にしないで、堂々としていなさい」
「あ、ありがとうございます」
おそらく、俺を励ましてくれたのだろう。エマさんの言葉がヒビだらけのサムライハートに染み渡る。
「今回の任務であなたの存在が鍵になることに変わりはないから、その時まで少し息抜きをしてていいわよ。出番が来たら呼ぶわ」
「呼ぶわって、スマホとかないんですけど……」
そういえば、持っていた貴重品は捕まった時に全部没収されたままだ。今どこにあるんだろ。
「これを渡しておくわね。それ単体で市販のスマートフォンより高機能な優れものよ。出番が来たときはそこにメッセージを入れるわ」
そう言いながら見たことのない形状のスマートウォッチを渡された。おそらく、市販されていない特別製だろう。
失くさないよう大切に使おう。
「私にメッセージを送ることもできるから、もし何かあればすぐに呼びなさい」
「わかりました」
どこかへ行くエマさんとノアさんを見送り、さっそくビュッフェを楽しむ。
知らない料理ばかりだがどれも美味しい。肉、魚、サラダ、変な色のデザート。どれも絶品だ。空腹だったことを差し引いてもめちゃくちゃ美味い。
「ふぅ、満足」
1時間ほど無心で食事を楽しんだ後はふらふらと会場を見て回った。
会場の一角にあるステージでは何らかのイベントが始まっており、壇上の司会者が色々説明しているが、何を話しているのか全然わからない。
カジノコーナーは完全に大人の空間と化していて、酒を片手にギャンブルを楽しむダンディーなおじさまや妖艶なお姉さまばかりがいる。
ポーカーのルールとかは一応知ってるが、ちょっと近寄り難い雰囲気だ。
「どこで暇潰そうかな……ん?」
腕につけたスマートウォッチから着信音がしたため、何気なく画面を見る。すると、「12番の個室に入れ」というメッセージが届いていた。エマさんからだろうか?
とりあえず、指示に従って休憩用の個室コーナーへと行き、12番の部屋に入る。
「結構広いな」
中は10畳ほどの広さがあり、テレビやパソコンやベッドだけでなく、浴室やトイレも完備されていた。宿泊用の部屋をパーティーの最中だけ休憩部屋として開放してる感じなのだろう。
「おっ、またメッセージか。えっと……『パソコンを起動して届いているメールを開け』か」
指示通りパソコンを付けてメールを開くと画面が一瞬だけ真っ黒になり、3Dの立方体の画像が映し出された。
『やっとあんたと話せるぜ』
「うわっ、喋った!」
立方体に現れた口が動き、機械的な声で話しかけてきた。っていうか、立方体に口があるのちょっと気持ち悪いな。
『はじめましてサムライボーイ。俺様の名前はキューブだ。聞いたことあるだろ?』
「いや、全然ないです」
『そ、そうか……』
心なしか少し落ち込んでいる気がするが、キューブなんて名前本当に聞いたことがない。ソーリー。
『まぁいいか。今はそんな話どうでもいいんだ。それよりもあんた、さっさとそこから逃げたほうがいいぜ』
「えっ?逃げたほうがいいって……」
『あんたに会いたがってるパーティーの主催者、アンドリュー・ブレンってやつは相当なイカれジジイだ。見つかる前にさっさと逃げたほうが身のためだぜ』
「えっと、どうしてそんな助言をしてくれるのかはわからないけど、俺にも会わなきゃいけない事情があるんだ。だから逃げられない」
そのイカれジジイとエマさん達が仲良くなるきっかけを作らなければ、悪の密入国ヴィランサムライボーイのままになってしまう。
そもそも、足にはGPSが付いてるし無一文で言葉も通じないため、逃げるにしても限界がある。すぐ捕まるだろう。
『逃げる手伝いもしてやるし、隠れて暮らせるように新しい身分だって用意してやるよ。だから早くそこから逃げたほうがいい。下手すると死んじまうかもしれないぞ?』
機械的な音声だが、俺のことを思って説得してくれているという意思は伝わってくる。おそらく、本気で俺のことを心配して忠告してくれているのだろう。
だが、誰だかわからない相手の言葉を素直に信じるほど俺はピュアじゃない。
「逃げる云々の前に聞きたいんだけど、どうして君は俺を助けようとしてくれるんだ?っていうか誰?」
エマさんから借りたスマートウォッチにメッセージを送ってきたり、休憩室のパソコンにアクセスしてきたり、俺の知り合いにここまでパソコンに詳しい人はいない気がする。
そもそも、こんな異国の地で俺を助けてくれる知り合いなどいない。
『あんたは知らなかったみたいだが、俺様は世界的に有名な超天才ハッカーでな。あんたにはでかい恩があるから、それ返すためにちょこっと助けてやろうと思ったんだ』
「でかい恩……全然記憶がない。本当に誰?」
最近人助けをした記憶は日比谷公園の件と銀行強盗の件くらいしかない。
そういえば、昔は困っている人を放っておけない性格だった気もするが、家族を失って塞ぎ込んでからは他人を助ける心の余裕なんて一切なかった。
『まぁ、俺様のことはどうでもいい。それよりも早く逃げろ!もう時間が……』
「休憩中に申し訳ございません。影野守様はいらっしゃいますでしょうか?」
自称天才ハッカーくんが話し終える前に、部屋の外から声がした。どうやら、誰かが俺を呼びに来たらしい。
『行ったら危険だ』
「そう言われても、窓も開かない仕様だからもう逃げられないよ」
窓は開かないよう固定されており、換気扇は明らかに人が通れる大きさじゃない。この部屋から出られるのは扉だけだ。
「どうせ怪我したり死んだりすることはないだろうから、とりあえず行ってみるよ。助けてくれようとしてありがとな」
『おい!ちょっ……』
あと4日は何があっても死ぬことはないどころか、体に異常が起こることもないはずだ。
そう考えた俺はパソコンの電源を落とし、部屋に呼びに来たスーツ姿の男達に大人しく連れていかれたのだった。