1話「こんな世界、滅びればいいのに」
高校2年の夏休みが明けた登校日。
学校に向かって歩いていた時は、長い休みを挟めば何かが変わるかもしれないという漠然とした期待を胸に抱いていた。
しかし、結局は何も変わっていなかった。
エスカレートしていくいじめ。ああはなりたくないと俺を見下すクラスメイト。事なかれ主義で見て見ぬ振りの担任教師。
頼れる家族も友人もいない俺には、他に逃げ場などなかった。
「こんな世界、滅びればいいのに」
そう呟きながら学校の屋上で1人佇む俺、影野護は、16年の短い生涯を終えようとしていた。
「大丈夫。君は今日死なないよ」
落下防止用のフェンスに手をかけた直後。背後から声をかけてくる存在がいた。
振り向くと、白いパーカーを着た小学校低学年くらいの男の子がそこに立っていた。
「……迷子か?」
「迷子でもないしここの生徒でもないし、そもそも人間でもないよ」
「……冗談がうまいな」
不思議な雰囲気を纏っているとは思うが、どう見ても人間に見える。
もしかすると、ちょっと早い中二病なのかもしれない。俺も昔は自分が特別な存在だと思い込んでいた時期があった。
「どう見ても人間に見えるし中ニ病っぽい言動かもしれないけど、全部本当だよ。僕は人間ではないし、君は今日死なない」
「……!?」
今考えていたことは口に出していない。
読心術の類だろうか?だとしても正確すぎる。もしかして、俺の頭が作り出した幻覚か?
「どう思ってもらってもいいけど一応説明しておくね。僕は神様って呼ばれてるような存在で、天界からやってきたんだ。ちなみに、同僚のみんなからは『運命の神』って呼ばれてるよ。よろしくね」
自称運命の神は、そう言いながらペコリと頭を下げてきた。つられて俺も頭を下げる。
「ところで、その運命の神様が俺に何の用ですか?」
「特別に君の運命を教えてあげようと思って、わざわざ天界から馳せ参じたんだよ」
「そうですか。わざわざありがとうございます」
「反応薄くない?」
そもそもこの少年が神様だという話からして飲み込めていないため、反応も何もない。
「まぁいいや。何度も言うようだけど、君は今日死なない。そういう運命だからね」
「あ、そうなんですね」
「全然信じてない様子だけど話を続けるね。君が死ぬのは10日後の今だよ」
「10日後の今……」
スマホで日付と時間を確認すると、今は8月30日の15時ちょうどだった。
「10日後ってことは、9月9日ですか?」
「そうだよ。君はその日に死んじゃうんだ」
陽気な声でそう説明する自称神様に懐疑的な視線を向けながら問いかける。
「運命の神様は人の未来がわかるんですか?」
「人というか未来というか、この世の全てのものの運命がわかるね。例えば、3秒後に小さな地震がおきるよ」
「……うわっ!」
「ほらね」
自称神様が予言した直後、本当に小さな揺れを感じた。
「2秒後に救急車のサイレン。4秒後に野球部の打った球がそこのフェンスに当たる。5秒後にあそこの駐輪場の自転車がドミノみたいにバタバタ倒れる……」
驚くことに、自称神様の話す予言は1秒の狂いもなく次々と現実になっていった。
もしかすると、運命の神というのは本当の話なのかもしれない。
「もう一度聞きたいんですけど、俺は10日後に死ぬんですか?」
「そうだよ。確定した運命を変えることはほぼ不可能だから。君は10日後に死んじゃうね」
あっけらかんとした表情で運命の神はそう話した。
「どう死ぬんですか?もしかして、病気とかですか?」
「うーん。まぁ、ここまで話しちゃったから別にいいかな……10日後の君の体は何の異常もない健康そのものな状態なんだけど、大爆発に巻き込まれて死んじゃうんだ。木っ端微塵だね」
「木っ端微塵、そうですか……」
むしろ、それを聞いて少し安心してしまった。
爆発に巻き込まれるなら苦しむ時間はほとんどないだろうし、ここから飛び降りるよりも死ぬ可能性は高い。
というより、運命の神様が死ぬと言っているのだから確実に死ぬのだろう。
死の恐怖を乗り越えながら、わざわざ自分で命を断つ必要はないのだ。
「教えてくれてありがとうございます」
「一応信じてくれてたみたいだね。よかったよかった」
そう話した運命の神様は、満足げな表情で手を振ってきた。
「それじゃあ、僕の役目は終わったからもう帰るよ。できれば、死ぬまで精一杯生きてくれると嬉しいかな」
運命の神様はそう言い残すと、まるで最初からそこにはいなかったかのように消えてしまった。
先ほどまでの出来事は現実だったと思うが、もう確信が持てなくなってきている。
「まぁいいか。今の出来事が幻だったかは10日後にわかるだろう……それよりも、これからどうしようかな」
つい先ほどまで死ぬことばかり考えていた俺の思考は、いつの間にか、残された10日間をどう生きるかということだけに向けられていた。
賛否両論ある作品になりそうですが、あまり長くはなりませんので、最後までお付き合いいただけると嬉しいです。