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生抜同盟 ―白黒傭兵の冒険手記―  作者: 白崎凪
第一章:王国騒乱篇
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第六話「紅の射手 後編」

――砂嵐が止む――


 流石にあの規模の砂嵐を長時間持続させる程、魔力に余裕はないらしい。


「射撃手が表に出てくるとは、ずいぶんと舐められたもんだな?」


 アレフは身体に付いた砂塵を払いながら、軽く挑発して相手の出方を覗う。

 はっきり言ってこの時のアレフは満身創痍で、余裕などは一切なかった。

 しかし、相手に隙を見せた瞬間が自身の最期であると、直感的に理解していたため

 なおも強気に語りかけていく。


「何とか言ったらどうなんだ? お前には口が付いていないのか?」


(姿を現したということは、接近戦もいけるという事か? 

 奴が暗視系のスキルを持っていないとも限らない。日没までには決着(ケリ)を付けねえと)


 言葉とは裏腹に焦りを募らせるアレフ。


 相手の戦力が図れない状況で一対一(ワン・オン・ワン)をするのは本意ではないが、

 既に状況は逃走が許されない段階(フェーズ)まで進んでしまっている。


「そんなとこで突っ立ってないで、こっちに来いよ。――引導を渡してやる」


 顔全体を覆う不気味なペストマスクの影響でその表情は伺えないが、

 身長と体格からアレフと大差ない年齢であることが推察できる。


「はあ……。とんだ腰抜け野郎だな。来ないんだったらこっちから行くぞ?」


 アレフは勢いよく地面を蹴ると、狩人のもとへと突貫する。

 穿たれた肩部には弓矢が刺さったままになっているが、

 先端に施された「返し」の影響で、引き抜くことも容易ではない。


 絶え間なく悲鳴を上げ続ける肩部を無視して、徐々にギアを上げていく。

 アレフの現在の敏捷力は81。

 それにスキルの「敏捷力上昇(小)」も加わってかなりの高速機動を実現している。


 両者の距離約百(メトロン)


 それを一瞬にして零にすると、右手に持つ一振りの直剣を低く構える――


「悪く思うなよ――」


 アレフの放つ銀色の剣尖が狩人の首筋を襲う。

 迎撃も回避も間に合わぬほどの早業。

 渾身の一撃は、先ほどまでの劣勢を覆す、致命の一撃へと変わる――


『ブウゥン!!』


 アレフの剣尖は、微動だにしない狩人の首を撥ね飛ばさんと――


『…………』


 ――否、そのまますり抜けた。


「―――!?」


 アレフは驚愕していた。


 自身の剣が狩人に当たらなかったから――ではない。


 ――眼前に迫る剣尖を知覚しながらも、

 狩人は一切回避する素振りを見せなかったのである。

 ――その立ち姿に焦燥の色は含まれていなかった。


(何故俺が偽物であると分かった――!?)


 アレフは直前に展開していた〝投影(プロジェクション)〟を解除しながら思案する。


(砂塵ごと投影しているから、砂嵐(サンドストーム)が原因ではないはずだ……。なら、一体……)


 相手の出方を覗うための先制攻撃。

 それを軽く()なされたアレフは、驚愕のあまり動揺を見せた。

 

 ――それは互いの命を懸けた戦場において致命の失策(ミス)と化す。


「―――!?」


 突如として眼前に躍り出る真紅の影に、コンマ一秒――アレフの反応が遅れる。

 圧倒的な速度で命を刈り取らんと迫る、血濡れの短剣――

 アレフは咄嗟に〖危機回避〗を発動することで、それを回避――


 したかのように見えたが、真紅の剣尖はアレフの頬を切り裂いていた。


「くそっ……!」


 苦悶の表情を浮かべながらも回避モーションの継続を選択したアレフは、

 その勢いのまま一度距離を取るべくバックダッシュを敢行する。

 しかし紅の狩人は短剣を突き出した格好から無理矢理方向転換すると、

 それを上回る速度でアレフへと肉薄した。


(速すぎる……!) 


 再び放たれる真紅の剣尖を、(すんで)の所で受け止めたアレフ。

 しかし、不安定な体勢での鍔迫り合いは狩人に軍配が上がった。


 アレフの腕を真紅の剣尖が襲う――


「ガアァァア!?」


 そこからは一方的だった――


 アレフの所持するスキルは〖危機回避〗・〖蜃気楼〗・「操縛布(そうばくふ)」・

「敏捷力上昇(小)」の四つのみ。

 優秀なスキルではあるものの、

 どちらかといえば戦闘を回避するためのスキル構成であるといえる。

 またステイタスも全体的に高水準ではあるが、狩人の動きを見る限り

 ほとんどの項目で劣っていることが分かる。


 距離を取れば、風と土による魔術の応酬。

 しかし接近戦を試みれば、音を置き去りにするかの如き鋭い剣尖がアレフを蹂躙する。

 辛うじて生きているのは〖危機回避〗の恩恵によるものだろう。


 本日何度目とも知れぬ傷を負いながら、アレフは思案する。


(このままでは不味い……)


「ドスッ――ドスドスドスッッッ!!」


 思考する時間を与えないとでも言わんばかりに放たれる『石弾(ストーンバレット)』を

 ギリギリのところで躱しながら、アレフは逆転の一手を打ち出すために動き出す。


(奴任せになるのは(しゃく)だが仕方ない……。失敗したら間違いなく死ぬだろうな)


 アレフが狩人との攻防で得られた情報は主に二つ。


 一つ目は、狩人が「探査」の互換スキルで

 アレフの幻影を見破ったわけではないということ。

〖蜃気楼〗を見破るには、(シルバー)以上の探査系スキルが必要となるが、

 もしそれを所持しているのであれば、そもそも『砂嵐』を用いる必要はない。


 では何故アレフの幻影を見破ることができたのか――


 ――その答えは「殺気」である。


 殺気とは、生物が他の生物を殺そうとするときに生じる気配や空気を示す言葉であり、

 やや曖昧なニュアンスを孕んでいるが故に、眉唾物だと否定するものも多い。

 しかしアレフが「そんな奴がいるならこの場に引きずり出してやりたい」と

 現実逃避気味に思案してしまう程、この場には濃密な死の気配が充満していた。


 紅の狩人から放たれる視線は凍てつく光線のようで、マスク越しにも拘らず、

 心身ともに震え上がらせるには十分すぎる程の殺気を纏っている。

 今まで幾度となく死線を潜り抜けてきたアレフは、その存在を認識していたはずだが、

 極度の焦燥感と痛苦から、他者にも感じ取れることを失念していたのだ。


 故に狩人は、抜け殻とも呼べるアレフの幻影に脅威を感じなかったのである。


 二つ目は、狩人の攻撃が規則的であるということ。

 アレフの姿を見つけ出すために『砂嵐』を起こす知能を持ち合わせているかと思えば、

 時折ただ短剣を振り回すだけの攻撃を仕掛けてくる。

 実際その単調な攻撃は、

 その威力と速度からアレフにとって脅威以外の何物でもないのだが、

 そのスタイルは効率を重視しているようにも感じられる。


 また、魔術による遠距離攻撃と短剣による近接攻撃は、

 ほぼ一定の周期で繰り返されており、どちらが効果的か試しているというよりは、

 データ収集を行っていると表現した方がしっくりくるほどである。


 敵の弱点を探りつつ、最も効果的な攻撃を繰り返し行う――

 まさに機械兵(オートマタ)もかくやという、

 最適解を求める戦闘スタイルに苦しめられたアレフだったが、

 徐々にその全容を捉えつつあった。


 狩人が遠距離攻撃から近接攻撃に切り替える瞬間――

 そのタイミングを見計らって、アレフは再び地面を勢いよく蹴り上げる。

 身体が狩人に届くまでの僅かな時間――それを使ってアレフは隠蔽を展開した。


 ――それとほぼ同時、吹き荒れる砂嵐がアレフを襲う。

 ほとんど条件反射のように発せられた砂塵の嵐によって、

 アレフの身体は浮き彫りにされる――


 しかし、アレフはそれを先読みしていた。


 事前に生成していた四体の「布人形」を左右に展開すると、

 隠蔽状態のまま距離を詰める。

「布人形」はスキル「操縛布」によってつくられた人形(ひとがた)で、

 それ単体では只の布の塊に過ぎない。

 しかし〖蜃気楼〗による隠蔽効果を付与することで今この状況に限り、

 アレフの分身としての役割を果たすことができるのだ。


 アレフは殺気を押し殺しながら、狩人へと肉薄する。

 狩人にとっての異常事態(イレギュラー)。それを前にした奴の行動は――


 当然逃げの一手だ。一度態勢を立て直し、遠距離攻撃で本体を仕留めようとするだろう。


(そうはさせるか……!)


 アレフは狩人との距離を1(メトロン)まで詰めると、自身の持てる最大の力で「殺気」を放った。


『…………!』


 眼前まで迫る、透明人間からの濃密な殺気。

 それを感じ取った狩人は、その本能のままに殺気の発生源にむけて刃を向ける。


 真紅の剣尖が、三度(みたび)アレフを切り裂かんと迫る――


 ――しかし狩人の放つ短剣はアレフの眼前で、ピタリと静止した。


 左右に展開していた四体の人形達。

 アレフの合図をトリガーとして解き放たれたそれらは、狩人の身体を拘束していたのだ。


 ペストマスクを外し、真っ先に狩人の口を塞ぐ繊維の奔流。

 中級(銀)魔法までなら、魔法名を口にし

 軽くイメージするだけで発動が可能なのだが、

 口を塞がれてしまった狩人にはそれが叶わない。


 鼻から下を包帯の如く、ぐるぐる巻きにされた狩人は、成す術もなく地に転がった。


 アレフはそれを見届けると、

 上級治療薬(ハイポーション)を飲みながら、狩人にとどめを刺すため動き出す。


 最適を求めるスタイルは確かに脅威であったが、

 同時に動きを予測しやすいという欠点を備えていた。

 アレフはそれを利用し、狩人の動きを誘導したのだ。


 地に付してなお、言葉を発さない狩人。

 いっそのこと機械兵(オートマタ)であれば――というアレフの淡い期待は、儚く崩れ去った。


 深淵の闇の如き黒髪は長く無造作に伸びきっている。

 切れ長の瞳は綺麗な藍玉色(アクアマリン)をしているが、

 精魂尽き果てたようなその様子からは一切の感情が読み取れなかった。


(昔の俺にそっくりだな……)


 地面に転がる狩人の姿を、アレフは昔の自分と重ねてしまう。



「お前、俺と組まないか――?」



 同情か気紛れか、気付いた時にはそんなことを口走っていた。


 

 ――これが俺とアインの奇妙な関係の始まりだった――


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