第七十八話「都の刺客」
第五階層はスキップしました。
『やったニャー‼ 外が見え――、ふごっ……』
『シャティー、静かにしなさい。敵前ですよ』
『そうだよ~。此処からは、隠密モードなのです~』
五階層『試練』部屋の手前。
金属壁を無理矢理ぶち抜くようにして掘られた抜け道を進んだ俺たちは、
迷宮の出口と思しき場所まで辿り着いていた。
赤騎士の話が正しければ、此処は既に帝城の裏手であろう。
「光……? 待て、出口は隠されているのではなかったのか?」
『案ずるな。出口付近には、高度な隠蔽術式が掛けられていてな。外からは絶対に分からないようになっているんだ』
「隠蔽系統の魔道具? でも、それって……」
『存在しない筈、か? 表向きはな。だが、それを創ってしまった天才がいたんだ』
抜け道へと差し込んでくる、太陽の光。
それを見て、出口が剥き出しになっているのではと懸念したのだが、
どうやら杞憂であったようだ。
それにしても、隠蔽系統の魔道具か……。
何とも嬉しそうに話す金騎士の姿から察するに、
その天才とは恐らく先代の女帝陛下のことであろう。
『まぁ、この話は今度じっくりするとして……。一先ずルミナスからの合図を待つぞ。此処でなら連絡を取り合える』
そう言って金騎士は懐から〖念話〗の魔道具を取り出すと、動作確認を始める。
余談であるが、迷宮内での魔道具の使用は結界故か封じられていたため、
この場所は迷宮の外という扱いなのだろう。
と言うか、その所為でギーメルへの定時連絡をすっぽかしているのだが、
今度繋いだ時、何を言われることか……。何とも憂鬱である。
「了解だ。ならばその間、私が軽く偵察をしてこよう」
『偵察か、そうだな……。〖暗殺〗の使える貴公に行ってもらえるのはありがたいが、その身体では使えないのだろう?』
「いや、彼女には〖運命の共同体〗があるからな。問題なく使用出来るさ」
と、それは兎も角。
金騎士の命に首肯した俺は、自ら偵察役を買って出る。
確かに彼女の言う通り、今の俺はウィムの持つスキルしか扱うことは出来ない。
しかし、それならば。〖運命の共同体〗で拝借してしまえば良いだけの話だ。
「あ、じゃあボクも行こっか?」
「いや、君は此処で待機していてくれ」
「むっ、何さ。ボクが居たら邪魔だって言いたいの?」
「何故そうなる……。もし何か問題が起きた時、思念ですぐに伝えられるだろう?」
「確かに……。そっか、分かったよ。でも、あんまし無茶はしないでね。お姉さん、すぐ自分のこと犠牲にしようとするから」
噛み付いてきたウィムに対して冷静に告げると、彼女は納得したように引き下がる。
しかし〝犠牲〟とは、何のことであろうか。
そんなつもり、微塵もないのだが……。
「一体、何の話だ?」
「その感じだと、分かってないみたいだね。もっと自分の命、大切にしなよ」
怪訝に思い問い掛けると、ウィムは何処か幼子を諭すような口調で言い返してくる。
命を大切に……、またか。
俺は別に、自分の命を擲とうなんて思っちゃあいない。
その時その時、状況に応じて合理的な判断を下しているだけだ。
戦闘において俺より優れている奴なんて殆ど居ないし、大抵俺の方が上手くやれる。
今回に関しても、隠蔽系スキルの使える俺が適している、タダそれだけの話だ。
だから、そこに自己犠牲などという高尚な行動理念の入り込む余地はない……、筈。
そうでなきゃ、ギーメルの奴に顔向け出来ないだろう。
『ハハッ、言われているぞ。貴公はもう少し、人に頼ることを覚えたらどうだ?』
「頼る……、か。必要とあれば、当然そうするさ」
『本当か? まぁ、我々も既に同志だ。存分に頼ってくれ』
慈しむような表情で此方を見据える金騎士は、その豊かな胸に拳を当て、答える。
『そうニャ。お姉さんには、色々と助けられてるからニャ。信頼してるのニャ』
『ん~、80点~。ユフィちゃんの超絶パゥワーを貸すには、及第点ってとこかな~』
『信頼はしていませんが、最低限の協力はします。当然、陛下のためですが』
『わ、私如きに……、何が出来るとは思えませんが……、何卒……』
「あ、ああ……。よろしく頼む」
そして各々団員たちから送られる、四者四様の言葉。
最初はどうなるかと思ったが、案外受け入れてくれているのだな。
性別を偽っているのが、少々心苦しいくらいだ。
「じゃあお姉さん、気を付けてね」
「ああ、行ってくる」
それから、最後に。
ウィムは心配そうな表情で此方を見詰めると、小さく手を振りながらそう言ってくる。
俺はそんな彼女に対して短い言葉と軽い首肯で応えると、
光差し込む迷宮の出口へと向かっていった。
*
久方振りの太陽光を、全身に浴びながら。
天を仰ぐ視線の先には、煌びやかな城郭。
(此奴が『アルマニク城』か。いやにデカいな……)
乳白色と紅色を基調とした城郭は、諸所に金色を鏤めた絢爛仕様。
その贅の限りを尽くしたような姿は、どちらかと言うと宮殿に近い装いだ。
また、城周りの堀には水が張られ、日の光に照らされて燦然と煌めいている。
地面は砂、周囲には鬱蒼とした木々。
オアシスのど真ん中に城が建っている、
としか言い表しようのない光景が、目の前には広がっていた。
(いや、見惚れている場合じゃないだろう)
と、城郭の美しさに目を奪われていたのも束の間、すぐに意識を切り替える。
俺は何も観光に来た訳ではないのだ。
(先ずは軽く、見回りといくか)
音が出ない程度の深呼吸を一つ、暫し堀沿いを進んでいると。
遠くから、足音と話し声が聞こえてきた。
俺は息を潜め、その場で静止する。
『作戦の首尾はどうなんだろうな?』
『上々だそうだ。司教様が出向いていらっしゃるのだから、当然と言えば当然だろう』
此方へゆっくりと近付きながら。会話を続けているのは、二人の男たち。
その身に纏う修道服から察するに、奴らはゾディアック教の修道士であろう。
ならば、何か重要な情報を漏らすのではないかと。
そんな淡い期待を込めて、俺は耳を欹てる。
『しかし、何処行っても女・女・女でイヤになるぜ。据え膳食わねぇのは男の恥だろ?』
『お前がいつ女に言い寄られたってんだ? バカなこと言ってねぇで真面目にやりやがれ』
『あーあ、絶世の美女と名高い女帝さん。一度で良いから、抱いてみてぇなぁ……』
『はぁ、お前という奴は本当に……。女帝の身柄は司教様が拘束してらっしゃるんだ。無理に決まってるだろう』
理性の欠片もない欲望を吐露する男に、深々とため息を吐くもう一人の男。
その会話の内容から汲み取るに、戦乙女が敵の手中にあるというのは事実なのだろう。
それに、彼女を無力化した司教とやらの存在も。
『ま、しゃあねぇか。んじゃ、真面目に見回り続けますか』
その後もしばらく盗み聞きを続けていたが、どれも聞くに堪えない内容ばかり。
もう少し有益な情報は無いのだろうか、と。
そんなことを考え、他の修道士を探そうと動き出しかけた――、その時だった。
「〝虹の断罪〟」
空間を捻じ曲げる不可視の波動――、暴力的な魔力の奔流を肌で感じ取った。
『ドオォォオォォン――‼』
「――――⁉」
脳内を席巻する緊急のアラートに従いバックステップを取ると、
直後、眼前へと降り注ぐのは――、七色に輝く幻想的な光の矢。
(不味い、気付かれたか――⁉)
それから慌てて上空を見上げると、そこには魔法帽を深々と被った細身の人物が、
まるでその場所に透明な地面があるかの如く、悠々と浮かんでいた。
恐らく奴は、教団からの刺客であろう。
俺はすぐさま偵察の失敗を悟り、ウィムへと思念を送ろうとするが――。
(ウィム‼ おい、ウィム‼)
(――――)
彼女からの思念が、返ってくることはなかった。
それどころか、気付けば彼女の視覚や聴覚といった感覚さえ、失われている。
「あちゃー、外しちゃったか。相変わらず、僕の神経を逆撫でするね」
慌てふためく俺を余所目に。
細身の人物は少しずつ下降してくると、
ややおどけたような、だが明確な怒気を孕んだ声音でそう言った。
そして、そのまま帽子の鍔を上げ――。
「僕の前に姿を現したってことは、そういうことでしょ? 規約違反だもんね?」
「――――⁉」
自らその正体を現した人物の髪色は、焦げ付くような暗い茶色。
そして、それとは対照的に淡く輝く、橄欖石色の双眸。
俺は此奴を何処かで――、何てレベルではない。
「お、お前――」
「あ? ん? え? ちょっと待って。もしかしてその感じ、兄貴だったりする?」
敵意剥き出しの雰囲気から一転、その声に焦燥を募らせる魔術師然とした男。
何とも締まらない、此奴の名は「ベート・オリゴー」。
俺の「会いたくない人物ワースト3」に名を連ねる、中々に稀有な逸材である。
「――わ、悪い兄貴‼ 色々と、その……、早とちりしてしまったようだ」
「――――」
魔術師はじっと俺の顔を覗き込んだ後、
己の失態に気付いた様子で、五体投地をしながら謝罪の言葉を紡いできた。
先程までの憎悪と憤懣に満ちた雰囲気は、一体何だったのかと。
そう問い質したくなるほどの変容振りに、思わず閉口してしまったが致し方ないだろう。
「と言うか……。お前、俺が見えているのか?」
「まぁね。そんなチンケな隠蔽術、僕にとっては意味の無いものだからさ。それにしても、随分と憎――、可愛らしくなったね、兄貴」
「うるせぇ。色々とあったんだよ」
土下座の姿勢からすっと立ち上がった魔術師は、今度は揶揄うような口調でそう言った。
それにしても〖暗殺〗スキルで姿を晦ましている俺を、造作も無く捉えるとは。
奴は「探査」系統の上位スキルでも所有しているのだろうか。
と、そんなことを考えていた折、俺は一つ重要な事柄を思い出した。
(ん? 待て、アイツらは――⁉)
そう、それは直前まで盗み聞きをしていた、二人の修道士の存在。
先の轟音は間違いなく、奴らの耳に届いていた筈。
しかし、慌てて視線を戻してみても、二人には何の動きも見られなかった。
「大丈夫、大丈夫。ちゃんと空間を歪ませてあるからさ」
すると、辺りを見渡す俺を見て、その胸中を察したのだろうか。
魔術師は両手を大きく広げて見せると、安心させるような声色でそう言った。
「どういう意味だ?」
「うーん、一から説明するのは面倒なんだけどさ。まぁ簡単に言えば、今僕たちが居る空間と彼らのいる空間は、ちょっとばかしズレているってことだよ」
「――――? それのどこが簡単なんだ……」
魔術師の言はいまいち的を射ないが、
今俺たちは、隔離された空間に居るということなのだろうか。
もしそうならば、ウィムとの接続が遮断されたのは恐らくその影響であろう。
「ま、それは兎も角さ。兄貴がヴァロワール帝国まで来るとはね。姉御のことが、そんなに心配だったのかい?」
「別に。《白金》スキルに関する情報を、聞き出そうと思ったまでだ」
「お、これが俗に言う〝ツンデレ〟って奴ですか。男のは需要無いと思ってたけど、兄貴のは何て言うか、アリだね……」
「ちっ、気色悪ぃな……。で、何故お前は此処に居る? てか、そもそもどうやって入国したんだ?」
にやけ面でそんなことを宣う魔術師に、背筋が凍る程の不快感を覚える。
が、今はそれよりも、奴の所在の方が先決だ。
「前者は仕事柄色々と、ね……。後者は転移でひとっ飛びさ」
「転移ったって、帝都の中までは入れない筈だろう?」
「結界があるから、かい? そこはまぁ、裏技を使ってって感じかな」
その場でクルクルと回転しながら、ピエロの如くおどけて見せる魔術師。
しかし、真面目に答える気が無いのだろうな。
奴の秘匿癖は治っていないらしい。
「じゃあ、質問を変えるぞ。《白金》スキルとは、一体何なんだ?」
「何、か……。うーん、中々に難しい質問だね」
ならばと、趣向を変えた質問を投げ掛けると、今度は腕を組んで長考に入る魔術師。
スフォルツァ帝国で散々思い知らされた、《白金》スキルとやらの力。
その正体について知っておきたいと思ったのだが、奴が素直に答えるかどうか……。
「それについては、姉御を救い出すことが出来たら教えてあげよう。兄貴には今、もっと知るべきことがある筈だろう?」
「まぁ、そうだが……」
案の定と言うべきか、回答を先送りにされてしまった。
だがまあ、魔術師の言うことも一理ある。
俺が現状把握しておくべきなのは、
敵の戦力や帝城への安全な侵入ルート等、戦乙女救出に関するエトセトラ。
余計な情報を叩き込むと、ノイズになりかねないからな。
「分かったよ、じゃあもう失せろ。お前に用は無い」
「えー。つれないこと言うねぇー、兄貴。折角、良いモノあげようと思ったのにさ」
これ以上話していても意味が無いと軽く手を払うと、唇を尖らせそう返す魔術師。
奴は続けて懐へとその手を伸ばすと、何やら小瓶のようなモノを差し出してきた。
「何だ、これは?」
「上質な状態異常回復薬だよ。大方〖魅了〗か何かで入れ替わってるんだろう?」
「状態異常回復薬……。それでどうしろ、と?」
怪し気な小瓶の中身は、異常回復作用のある液体だそう。
しかし、この手の薬は魔物の攻撃には有効だが、スキルに対しては効果を示さない筈。
故にそれをどう使えば良いのか、俺には理解出来ないのだが……。
「上質なと言っただろう? スキルにもちゃんと効くから、試してみなよ」
「本当か? そんな薬、聞いたことが無いんだが……」
差し出された小瓶を前にして棒立ちしていると、魔術師から返答を貰う。
怪しい、実に怪しい。
とは言え、奴が嘘を憑く意味は無いだろうし、嘘を憑いているようにも見えない。
俺は奪うように黄色のそれを受け取ると、コルクを開け呷らんとし――。
「あーでも、やっぱ今飲むのは止めてくれ。ほら、僕人見知りだからさ。知らない娘と二人切りにされると、どうにも気まずくてね」
「は? ああ、いや、そうなるか……」
やや慌てた様子の魔術師に遮られた。
確かに奴の言う通り、
今回復薬を飲んでしまうと、俺とウィムの意識は逆転してしまうだろう。
気まずい云々はどうでも良いが、そうなると偵察の続きがやりにくくなるからな。
「ああ、それと。城へ侵入するなら、明日がオススメだよ。騎士団の出迎えに人員が割かれるから、城の守りが手薄になる」
「明日……。待て、何故お前が知っている?」
「何だ、兄貴も知っていたのかい? まぁ、僕は何でも知っているんだ。兄貴のこと以外は、だけどね」
俺の率直な疑問に対し、大袈裟にもそう言ってのける魔術師。
しかし、何故奴は騎士団の投降だけでなく、その日程まで把握しているのだろうか。
騎士団と組んでいる俺たちですら、本隊の動きを捕捉出来ていないというのに。
いや、戦乙女の危機を一早く予見してみせたこの男のことだ。
今更その情報網に疑念を抱くのは、ナンセンスかもしれない。
「だったら教えてくれ。お前の知ってる、戦乙女救出に役立つ情報全て」
「別に良いよ――、って言いたいとこなんだけどさ。何でも教えてあげちゃうのは、面白くないと思わない?」
何でも知っているならばと、俺はちっぽけなプライドをかなぐり捨てて頭を下げる。
が、返ってくるのは、そんなふざけたような回答だけ。
「んなこと言ってる場合じゃねぇだろ。頼む、礼なら必ずする」
「うーん、兄貴に貸しをつくるチャンスではあるんだけどね……。じゃあ、姉御が捕らえられているのは彼女の私室、オマケに神器は敵の手中……、とかどうだい?」
「それも有用だが、他には無いのか? 敵、司教とやらの正体とか、その能力とか」
今魔術師の言った情報も有用と言えば有用だが、正直想定出来る範疇の内容。
俺が本当に知りたいのは、奇怪な能力を用いると噂の〝司教〟に関してだ。
戦乙女を救出する際、一戦交えるであろう敵の主力。その真髄。
「それは言えないね。何せ、僕の方が規約違反になっちゃうから」
「規約規約って、一体何の話をしてるんだ。お前は誰かの差し金で動いているのか?」
「悪いけど、この話への詮索は無しで頼む。兄貴といえども、容赦出来ないよ?」
そう言って俺の顔を覗き込んでくる魔術師の表情は、真剣そのもの。
何があっても、口を割るつもりはないらしい。
「だったら……」
ならば、取れる手段は唯一つ――、実力行使だけ。
俺は手の平の中で小さな風の刃を生成すると、それを細く鋭く研ぎ澄ませ――。
「――――」
「利口だね。でもどっちにしろ、兄貴じゃ僕に勝てないよ? 今の段階では、だけど」
魔術師へ向けて放つ寸前、霧散させた。
どうやら今の俺は、冷静さを欠いているらしい。
敵の根城へ攻め込もうというのに、態々敵を増やしていては世話ないし、
何よりも奴の実力は未知数だ。
実際、俺の戦意にも気付いていたようだしな。
「じゃあそろそろ僕は行くよ。こう見えて、仕事の真っ最中なんだ」
俺から向けられた戦意など、全く以って意に介さず。
魔術師は魔法帽を深く被り直すと、再び空中へと浮かび上がった。
明らかに尋常でない、奴という存在。
何度か見ている筈の背中が、酷く不確かなものに見えたのは気のせいだろうか。
「お前は一体、何者なんだ?」
「何者、ね……。僕はしがない賭博師さ。失って尚希望にBETする、酔狂者のね」
思わず溢した問い掛けに、奴は軽く振り返ると、
小さなウィンクを残して大空へと消えていった。
「兄貴……。くれぐれも僕と同じ轍は踏まないように――」




