第七十七話「乾杯」
短
四階層『楽園の試練』終了まで――、残り二時間。
「…………」
「…………」
アレフとザインは二人きり、何とも気まずい表情でテーブルに向かい合っていた。
騎士団の面々は「ゆっくり休め」との言葉を残し、その姿を消している。
「ぐすっ、ぐすっ……。もう、お嫁に行けないよ……」
「はぁ……。気持ちは分かるが仕方ないだろ。それに見てもないし、触れてもいない」
耳まで真っ赤に染めながら。半泣きで言葉を漏らすのは、アレフの姿をしたザイン。
そして、そんな彼女を宥めるのは、ザインの姿をしたアレフだ。
「ザイン、水でも飲むか?」
「う、うん……。ありがとう」
小さなカップに水を注ぎつつ問い掛けるアレフに、ザインは小さく首肯する。
どうして、こんなことになってしまったのか。
それは身体状況の確認、及び汚れを落とすためのシャワーに起因する。
互いの身体を操作しながらの水浴びは、酷く困難を極め――、以下略。
そしてそれからしばらく、沈黙の時間が続いて――。
「――そ、そ、そう言えばさ……。な、名前で呼んでくれるのは嬉しいんだけど、ボクのことは家名というか、愛称で呼んで欲しいんだ」
「名前……? あ……」
ようやく少し落ち着いたザインが吃りながらも言葉を紡ぐと、
アレフは一瞬、「何を言っているのか分からない」とでも言いたげな表情を浮かべる。
が、すぐに気付きを得ると、それを驚いたものへと変化させた。
そう。彼自身、気付いていなかったのだ。
いつの間にかザインを、名前で呼んでいたことに。
「『ウィム』って言うんだけど……』
「『ウィンクルム』を縮めて『ウィム』か……。何かこう、もう少し無かったのか?」
「あはは、まあね。でもさ、ボクの大好きな人が付けてくれた愛称なんだ」
すっかり平静を取り戻したザインは、幸せそうな、懐かしむような表情で答える。
「それにしても、家名の方か。珍しいな」
「うん。これは今、ボクだけの名前だから」
「まぁ、お前が良いなら何でも良いが。もうしばらくの間よろしく頼むよ、ウィム」
「えへへ……。こちらこそよろしく、アレフ‼」
互いに名前を呼び合い、正面から相手を見据える。
そこにあるのは、そう。信頼と友愛の形だ。
「そうだ、乾杯しない? 無事に生き残れたお祝いにさ」
「祝杯か、良いぞ。――つっても、中身は水だけどな」
「やた。じゃあアレフの分、ボクが注ぐね」
嬉しそうに言いながら、今度はザインがアレフのカップへと水を注ぐ。
そして、各々カップを片手で持つと、軽く差し上げ――。
「カンパーイ‼」
「乾杯」
カツンと、思いのままに打ち鳴らした。
途端、零れる水滴とはじける笑顔。
アクアリウムの中を泳ぐ魚たちも、何処か祝福ムードであった。
「こういうのも悪くない、か……」
満面の笑みを浮かべるザインを見遣りながら。
そう小さく溢すアレフは、自然と吊り上がる口角に気付いていたのだろうか。
想定よりも長くなったので、一度章を切ります。
絶望的な投降頻度ですが、四章もお付き合い頂ければ幸いです。




