第七十六話「再びの楽園」
「ッ――⁉」
「キャアァァアァァ――⁉」
玉座下の魔法陣を踏み、転移を果たした俺たちはと言うと。
蒼く染まる空中を、自由落下していた。
そして――。
『ザバァァン――‼』
そのまま、勢い良く水面へと打ち付けられる。
痛――。くはないが、
全身の傷口に入り込む水が、得も言えぬ不快感を与えてきた。
「カハッ――」
「ぷはっ――」
一度全身浸かった後、空気を求めて顔を出す。
それにしても王の奴、転移ポイントを空中に設定しやがったのか。
最後まで気の利かねぇ野郎だ。
『――疑問。貴女方は、何故落下してきたのですか?』
髪を掻き上げ、目を擦り。
ゆっくりと瞼を開けた俺たちの前で無機質な声を放つのは――、銀髪の淑女。
絹糸の如く透き通った濡れ髪は太陽光に照らされ燦然と煌めき、
その美しい紅色の双眸には僅かながら驚きの色が灯っている。
そして何よりも。
彼女は今、純白のタオル一枚抱えただけの、非常にセンシティブな状態であった。
これは倫理的に良くない。そんなことを考え、目を逸らそうとしたのだが――。
気付いてしまった。釘付けにされてしまった。
彼女のその、異質さに。
「え……。な、何……」
「義足、義腕……。いや、それどころじゃない」
手に持つ純白のタオルで大事な部分を隠しながら。
その美しい顔を向けてくる銀騎士の半身は、髪と同じ銀色に覆われていた。
『回答。端的に言えば、私はサイボーグなのです』
「サイボーグ……。いや済まない、覗くつもりは無かったんだ」
「ご、ごめんなさい。見られたくなかったよね……」
『杞憂。お気になさらず。私は気にしていませんから』
他者の隠していた秘密を、暴いてしまったような気がして。
思わず謝罪の言葉を紡いだのだが、杞憂だったようだ。
それにしても、サイボーグか……。
人体の機械化についての研究は、
主にスフォルツァ帝国やダグラス王国で進められていたと記憶しているが、
今やそのどちらもが亡国。
彼女のような存在は、既に絶滅危惧種と言えるだろう。
『請求。それより、何があったのかご説明を。中身が入れ替わっている件も含めて』
「あ、ああ……」
そんな俺の思考を遮るかのように。
本当に気にしていない様子の銀騎士は、相も変わらず抑揚のない声でそう言った。
しかし彼女の言う通り、今は騎士団の面々との対話が先決だ。
話す内容のことを考えると、少々億劫ではあるのだが……。
*
『成程……。俄かには信じ難い話だな』
それから少し経って。
とある建物の内部――、人魚の隠れ家とでも呼ぶべき内装の一室。
俺たちは騎士団の面々に囲まれ、治療をされながらの事情聴取を受けていた。
「だろうな……」
「ですよね……」
目の前で顎に手を当て、考え込む仕草を見せる金髪の美女、金騎士。
だが、それも無理ないだろう。
俺と亜麻髪少女の相互魅了だけなら兎も角、
四階層から最下層へと転移し、迷宮の主に認められたと言うのだから、
胡散臭いことこの上ない。
それに彼女らは、実力の不足から迷宮深部の探索を禁じられていたのだ。
俺たち二人だけで合格できる筈は無いと、そう認識していることだろう。
『ん? 待て。それは、どうしたのだ?』
と、何かに気付いたのだろうか。
金騎士は俺たちの指へと視線を向けると、短くそう尋ねてきた。
「ああ、これか。『試練』突破の証として貰ったモノだ」
「そうそう。実はこれ凄くって――、うげっ⁉」
言いながら指輪を外し、金騎士へと手渡す。
その際、余計なことを言おうとした亜麻髪少女に、軽く天誅を下しておく。
『これは、先代陛下がルミナスに譲られたモノと同じ……。成程、その話本当やもしれぬ』
受け取った指輪を注視していた金騎士は、やがて驚いた様子でそう言った。
しかし、そうか。
先代の女帝陛下とやらも『王の試練』をクリアしていたのだったな。
ならば、彼女たちが同じ指輪を見たことがあっても、何ら不思議はない。
『で、ですが。二人だけでクリアするなど……』
「どうやら、私たちは加減されていたようなのだ。それに……」
『それに……?』
「少し聞きたいのだが、最下層の話を先代陛下から聞いたことはあるか?」
少しばかり機嫌の悪そうな表情で、疑いの視線を向けてくる森霊娘。
その視線に対して、文字通り死ぬほど頑張ったとでも返すのは簡単だ。
だが、それで彼女らは納得しないだろう。
『ああ、聞いているぞ。何だ、その正体を当ててみせようとでも言うつもりか?』
「いや、違う。骸骨の王だろう? 奴はその手に剣を握っていたか?」
『む、合っているな。と言うか、当たり前だろう。奴が使っていた神器を、先代陛下が貰われたのだから――。あ……』
そこまで会話を続けて、金騎士は何かに気付いたように声を漏らした。
俺は戦闘中、頭の片隅でずっと疑問に思っていたのだ。
骸骨の王は何故、得物を握っていないのか、と。
その答えは単純――、剣を誰かに譲り渡してしまったからだ。
「二回目以降は、難易度が大幅に下がる仕組みになっているのだろう。神器を得られない代わりにな」
『成程、合点がいった。魔物たちは復活すれど、神器までは復活しないだろうからな』
納得の表情で小さく頷く金騎士は、その手の平に拳を打ち鳴らす。
しかしそう考えてみると、先代の女帝陛下とはどれ程の傑物だったのだろうか。
加減の有無については分からないが、神器を握った王をも上回る実力とは、全く以って想像が付かないな。
『ニャーニャー。ちょっとで良いから、触らせてニャー』
「ちょ、シャ、シャティーちゃん⁉ お姉さんの許可がなきゃダメだよ‼」
『ユフィちゃんからもおねが~い。今はジェミニちゃんの身体なんでしょ?』
と、俺たちが真剣な話をする傍ら、何とも気の抜けた話し声が聞こえてきた。
見れば貝殻のベッドの上。
猫耳娘と寝袋娘が亜麻髪少女の身体を触らんと迫っている。
常時であれば微笑ましいと言えなくもない光景。だが、今だけは本当にマズい。
俺の性別が騎士団の面々にバレてしまっては、楽園から地獄へ急転直下だろう。
「止めてくれ。私の身体は、玩具じゃないんだぞ」
『えー。イイじゃん、減るもんじゃニャいし』
『そうだよ~。お姉さん、絶対着瘦せするタイプでしょ?』
俺の制止などお構いなしと言った様子で。
手をワキワキとさせながら迫る二人は、宛ら好奇心の暴走戦車だ。
と言うか、着瘦せとは如何に。
寧ろ存在しない胸を、衣服で誤魔化しているのだが。
『止めろ二人共……。ん、そう言えば貴公、髪型を変えたか?』
「あ、ああ……。ちょっと、気分転換に……」
見かねた金騎士が二人を制止し、ホッとしていたのも束の間。
浴びせられる、至極当然の疑問。
色々とあった所為で忘れていたが、ショートヘアにしていたのだったな。
騎士団の面々からしてみれば、不可解極まりないことだろう。
『あ、ほんとニャ。カッコカワイイって感じで、すっごく良いニャー‼』
『ユフィちゃんは気付いてたし~。お姉さん、もしかして恋でもしたの~?』
が、流石は年頃の女子と言った所か。
迷宮のド真ん中でイメチェンを決めた事実よりも、その風貌をつついてきた。
そして二人は金騎士の言から手を渋々引っ込めると、代わりにまじまじと眺め始める。
『スピー……。お魚さんがいっぱい……。むにゃむにゃ……』
そして、そんな喧騒を意にも介さず。
陰少女はベッドから転がり落ちたであろう床面で、スースーと寝息を立てていた。




