第七十五話「傾国の秘宝」
『ゴオォォォ――』
吹きすさぶ突風は止み、室内が静寂に満たされた頃。
俺は高々と積み上がった残骸の山を認めると、ほっと息を吐いた。
「終わった、か……」
「うん……、やっと」
時間にして、一時間にも満たない戦闘。
だが体感にしてみれば、籠城戦にも匹敵する程であった。
それ程までに王は厄介で、強大な存在だったのである。
「あ。そうだ、お兄さん‼ ボクのこと、ぶっ飛ばしたでしょ⁉」
「ん? ああ、仕方ないだろ。細切れになるのと、どっちが良い?」
「いや、そうかもしれないけど、しれないけどさ……。むむっ」
装備品のコンディションを確認していると、亜麻髪少女から一つ苦情を貰う。
確かに、彼女を吹き飛ばした件については申し訳ないと思っているが、
あの時はあれしか方法が無かったのだから致し方ないだろう。
だから、むぅと膨れながら頬を抓ってくるのは止めて欲しい。
『フム。中々、心地ノ良イ風デアッタナ』
「「――――⁉」」
と、すると。
そんな俺たちの他愛ない会話に、割って入るかのように。
突如、一つの声が室内に響き渡った。
声。
俺のモノとも亜麻髪少女のモノとも異なる、低くくぐもったような声。
それは、つまり――。
「嘘だろ、おい。流石にもう、万策尽きたぞ……」
「え……。も、もう、身体動かないんだけど……」
ガシャガシャと騒音を奏でる残骸の山から顔を出したのは――、骸骨の王。
纏うマントは傷一つなく、金色の王冠は色褪せぬ輝きを放っている。
奴はその漆黒の眼窩に憤怒の色を宿すと、真っ直ぐに此方を見据え――。
『合格ダ』
「は――?」
「え――?」
否。特段感情の籠っていない声色で、そう告げたのだった。
『合格ダ、ト言ッタノダ。我ガ試練ノ、突破ヲ認メヨウ』
残骸の山から全身を出した骸骨の王は、尚も続けてそう言い放つ。
此奴は何故、生きている。
此奴は何故、動いている。
此奴は何を、言っている。
数多の疑問が渦を巻き、一種の錯乱状態に陥る。
どうするべきだ?
逃げるべきか?
戦うべきか?
俺が今すべきことは、何だ?
(ザイン、今なら殺れる。合わせてくれ)
(う、うん。分かったよ、お兄さん)
刹那の思考の末、一つの答えに辿り着いた俺は、亜麻髪少女へ向けて思念を飛ばした。
一見無傷のように見える王だが、竜巻旋風によるダメージは蓄積されている筈。
ならば、殺るなら今。
二人同時に最大火力を叩き込めば、然しもの王とてタダでは済まないだろう。
『早マルナ、小童共。朽チ果テタ此ノ身デモ、貴様ラヲ屠ル程度ノ余力ハ残シテオル』
俺と亜麻髪少女が速攻を仕掛けようと、一歩足を踏み出した瞬間。
王は呆れたような口調でそう言い放つと、不可視の剣に右の手を添え――。
『シッ――――‼』
「「――――⁉」」
次の瞬間。
背後から、金属の柱が粉々に砕け散る音が聞こえてきた。
それと同時、頬を伝う、一筋の汗。
「な、何が……」
何が――、起こったのか。そんなことは、分かり切っていることだ。
先の戦闘で幾度となく経験した、居合切りの太刀筋。
だが王は今、抜刀の構えを取っていなかった筈――。
『構エナド取ラズトモ、同程度ノ出力ハ可能ダ』
この日幾度目とも知れぬ空を切り、振り返る骸骨の王は綽々とそう答える。
つまりはそう言うことか。
俺たちは冗談でも何でもなく、奴に手加減されていたと言う訳だ。
「「っ――――」」
『尚モ歯向カウカ、受ケ入レルカ。利口ナ貴様ラナラ、違ウコトハ無イデアロウ?』
信じ難い、信じたくない事実に、二人揃って閉口してしまう。
俺たちは所詮、奴の手の平の上で転がされているのだ、と。
俺たちの命は、奴の気分如何に委ねられているのだ、と。
そんなこと、一体誰が信じたいと思えるのだろうか。
「チッ、分かったよ。降参だ、降参」
「ボクも、降参だよ……」
これ以上抗っても、そこに意味なんて見出せない。
俺はこの日、人生で三度目となる敗北宣言を唱えた。
*
「単刀直入に聞こう。お前は一体、何なんだ?」
傲岸不遜な態度で玉座に腰掛け、此方を見下ろす骸骨の王様。
俺たちはそんな摩訶不思議存在と、何故か謁見のような形で対談していた。
『抽象的ナ問イハ好マヌノデハ無カッタノカ? マア良イガ。時ニ貴様ラヨ。四種ノ神器ニ関スル伝承ヲ、聞イタコトガアルカ?』
「おい。俺の質問に対する回答は何処に行ったんだ?」
今まで殺し合っていた敵と、仲良く談笑――。
なんて光景は、微塵も想像出来ず。
試練の〝合格〟とは、俺たちを油断させるための罠なのではないかと、
そう捉えてしまったのだが、どうやらそういう訳でもないらしい。
『ソウ焦ルデナイ。先ズハ、我ガ問イニ答エヨ』
「ボクは無い、かな……」
「はぁ、俺はそうだな。集めると凄いことが起こる、とか、何とか……」
それにしても、神器に関する逸話、か……。
確か戦乙女は、四種類全てを集めると何かが起きると言っていたが、
特段興味が無かったので、それ以上聞くことはしなかった。
『此レマタ、随分ト抽象的ナ答エデアルナ。他人ニ厳シク、自分ニ優シクハ疎マレルゾ』
「お兄さん……。それじゃあ、何も知らないのと変わんないよ?」
「余計なお世話だ。で、何が起きるってんだ?」
俺の回答が望むものでは無かったのか。
王と、何故か亜麻髪少女までもが突っ込んでくる。
と言うか、何故俺は説教されているんだ?
『四種ノ神器ガ集イシ時、異界ヘノ扉ガ開カレル――。古ヨリノ言イ伝エ也』
「あ? 何だそれ。オカルトは教団だけにしやがれ」
『戯言ノ類デハ無イ。正真正銘ノ真実ダ』
「あーそうかよ。そりゃあ大層なことで」
何を言い出すかと思えば、異界だと?
徧界、幽世、並行世界。全く以って荒唐無稽な話だ。
『ソノ様子ダト、信ジテハオラヌヨウダガ……。マア良イ、孰レ分カルコトダ』
そんな、俺の心情を見抜いたのか。
王は仕方ないと言った様子でジェスチャーを取ると、意味深長に呟く。
その反応が、余りにも尤もらしく。
迷宮や奴自体の神秘性も相俟って、ともすれば真実なのではないかと、
思わずそう考えてしまったのはご愛嬌である。
「仮にそうだとして、お前と何の関係があるってんだ?」
『我ハ試練ノ監督ヲ任サレテオル。ソシテ此レガ、合格ノ証ダ』
俺の率直な疑問に対して短く答えた王は、続けて二対の指輪を差し出してきた。
黄金のリングに巨大な緑色の宝石をあしらった、かなり値打ちのありそうな代物。
「これは何だ?」
「わぁー、すっごく綺麗‼」
『異界ヘノ通行証――、ノ一部ト言ッタ所ダ。肌身離サズ持ッテオクガ良イ』
受け取って確認してみても、やはり唯の高級感ある指輪にしか見えない。
だがこう言った代物ほど、得てして曰く付きだったりするものだ。
「呪いの装備とかじゃないだろうな?」
『案ズルナ、寧ロ逆ダ。貴様ラニトッテ、無視出来ヌ恩恵ガ得ラレルデアロウ』
「ん? どういうこと?」
疑惑の眼差しで問い質すと、王は安心させるような口調で返してきた。
しかし〝恩恵〟とは、一体どういうことであろうか。
『ソノ指輪ヲ装備スルト、任意ノスキルノ性能ヲ一段階、引キ上ゲルコトガ出来ル。互換性ノアルモノ限定デハアルガナ』
「は――?」
「え――?」
余りにも信じ難い内容を聞いて、俺たちは再び呆けたような声を漏らす。
奴は今、何と言った?
スキルの性能を引き上げる、と言わなかっただろうか。
「う、嘘だろ?」
『疑ウノナラ、指輪ニ魔力ヲ込メタ後、自身のスキル欄ヲ見テミヨ』
百聞は一見に如かず。
俺は手に持っていた指輪を適当な指に嵌めると、言われた通り魔力を注入。
そして同様に手の甲にも魔力を込めると、浮かび上がってくる文字列に視線を注いだ。
すると――。
―――――――――――――
×【矛盾の転換】
〇〖暗殺〗→【宵闇の使者】
〇〖魅了〗→【蛇姫の誘惑】
〇「簒奪」→〖怪盗〗
―――――――――――――
「な、何だ、これ……」
「凄い、こんなの初めて見たよ……」
丸マークの付けられた〖銀〗以下のスキルの横、矢印の先には、
その上位互換スキルの名前が刻まれていた。
恐らくスキルの進化、レベルアップが可能であることを示しているのだろう。
『選ベルスキルハ一月ニ一ツダケ、途中デノ変更モ不可能トナッテオル』
思わず言葉を失う俺たちを見て、王は指輪の持つ制限について説明する。
いや、それでも凄いなんてものじゃない。
これは革命的、傾国の秘宝だ。
『ドウダ。コレデモ、要ラヌト申スカ?』
「いや、元々要らないとは言ってないだろ。有難く貰っておくよ」
「あ、ありがとう。骸骨のお爺ちゃん?」
返却をちらつかせてくる王に対し、やや慌てて言葉を返す。
こんな大層なモノを持っていると知れれば、多方面から命を狙われること請負だが、
それに関しては言わなければ良いだけの話。
メリットとデメリットを比べてみても、どうするべきかは明白である。
『礼ニハ及バヌ。イヤ……、礼ニ及ベバ、良イノダガナ』
亜麻髪少女の紡ぐ純粋な謝礼に対して、王は何やら物憂げな表情で呟く。
その意味について気にならないでもないが、どうせ今の俺には理解出来ないだろう。
「ああ、それと、四階層に戻りたいんだが」
「あ、そうそう。ボクたち、あの楽園みたいな所に戻して欲しいんだ」
暫し迷宮や指輪についての閑談を重ねた後。
俺たちは、何故か少し打ち解けた王に対して願いを告げた。
『貴様ラ〝堕落〟シタクチカ。ナラバ此ノ下ノ魔法陣カラ、何処ヘデモ行クガ良イ』
たった二行の説明だけで、俺たちの現状を理解したのか。
王は軽く頷くと、自身の足元――、豪奢な玉座の下を指差した。
やはりと言うべきか、玉座には脱出への鍵が隠されていたらしい。
『我ガ調整シテヤル故、暫シ待タレヨ』
とは言え、王が操作をしない限り、作動しない仕組みだったようだが。
玉座から優雅に立ち上がった王は、その手に魔力を込めると、一気に解放。
そして、その奔流にあてられた魔法陣は、次第に淡い緑の輝きを放ち始めた。
『此レデ良イ。希望通リ、四階ノ試練部屋ニ繋ゲテオイタ』
「そうか、なら俺たちは行く。殺そうとした件については、水に流してやるよ」
「お爺ちゃん、じゃあね。ま、色々あったけど、結果オーライってことで」
魔法陣の先には地獄が待っている――。
なんて可能性もないではないが、圧倒的な実力を誇る骸骨の王のことだ。
俺たちを殺したいのなら、回り諄い真似をする必要も無いだろう。
俺たちは各々適当な挨拶を告げると、魔法陣の中へとその身を委ね――。
「そう言えば、結局お前は何者だったんだ」
『試練ノ監督ト……。イヤ、ソウデハ無イカ。今ハ亡キ国家ノ主、ソノ成レノ果テダ』
「そうか……。道理で見た目が厳つい訳だ」
『ソウ言ウ貴様ノ容姿ハ、ソノ言葉遣イニ似合ワヌモノデアルナ』
そんな皮肉を最後に交わし、無骨なモノトーンの部屋を後にしたのだった。




