第七十四話「王の試練 終」
入れ替わり前提で呼称しています。
※アレフの中のザイン→ザイン ザインの中のアレフ→アレフ
『幾多ノ〝欠片〟ノ温床タル心魂――。貴様ハ一体、何ナノダ』
重厚な防壁を叩き切り、金属片を踏み鳴らす骸骨の王は、
その深淵を湛える眼窩に疑念の色を宿し、問う。
「そういう抽象的なの、止めろっつーの。何って何だよ、何って」
「お兄さん……。ボクの『カワイイ』を損なうんだけど……」
お前は一体、何なのだ――、と。
似非魔術師にも同じことを問われた記憶があるが、よもや哲学的な話なのだろうか。
俺は生憎と、その手の言葉遊びは苦手なんだ。
『分カラヌノナラ良イ。今ハ未ダ……、ナ』
「だったら喋るなクソが。お前のそのダミ声、聞いててイライラすんだよ」
「お兄さ~ん。ボクのキャラが、崩壊しちゃってるんですけど」
口を衝いて出る暴言に、亜麻髪少女からの苦情。
確かに、彼女の甲高い声で紡がれるそれは、かなり違和感がある。
『ダガ、コレ以上ノ加減ハセヌゾ。我ガ試練スラ越エラレヌト言ウノナラ、死シテソノ力、返上シテ貰ウトシヨウ』
「あ? いまいち噛み合わねぇな。会話する気あんのか、アイツ?」
「それはお互い様だと思うよ、お兄さん……」
的を射ない、一方的な王の戯言に、苛立ちが募る。
しかも、さんざっぱら殺そうとした挙句加減とは、今更何を言っているのか。
そう憤りたくなるが、しかし、いつまでも奴と与太話をしている訳にもいかない。
俺は一度深呼吸して気持ちを落ち着かせると、亜麻髪少女に向けて思念を飛ばす。
(動くぞ、済まないが頼む)
(了解、任せてよ)
コンマ一秒にも満たない、刹那のやり取りを経て。
亜麻髪少女は小さくなった俺を両手で抱えると、地面を強く蹴り上げる。
『〝風纏〟』
そして俺は彼女に対して、支援の風魔法を行使した。
途端、重力に逆らって軽やかなステップを踏む、血濡れの細脚。
(どうしたら良い? 後ろ行っても、逃げ場ないよね?)
(一先ず、上空へ行くぞ)『〝風螺旋〟』
俺たちと王たちとの距離は、先の時間で充分に稼げているが、
未だ広く聳え立つ金属壁の影響で、逃げられる範囲は凡そ二分の一にまで狭まっている。
故にルートをしっかりと見定めつつ、奴らを躱していく必要があるのだ。
『逃ゲテイルダケデハ、傷一ツ付ケラレヌト言ッタ筈ダガ』
逃げの姿勢を取る二人を認めた王は、低くくぐもった声で再びの煽りを入れる。
そして、その声と呼応するようにして、兵士たちも行軍を加速させていく。
「「「「「ギ――――」」」」」
主に絶対の忠誠を誓う骸骨の戦士たちは、仲間を足場にすることさえ厭わない。
奴らは互いを踏み台にして高く跳躍すると、俺たちの居る上空へと迫ってきた。
(クソッ、鬱陶しいな……)
数こそ100から60程へと減少しているが、一体一体の能力の高さは健在だ。
少しでも気を抜けば、すぐにでも追い付かれ、再び咢の餌食となることだろう。
『次ハ金属壁ゴト、貴様ラヲ切リ裂イテ進ゼヨウ』
そして、その背後。
家臣たちに守られる安全圏は、相も変わらず王の特等席だ。
奴が抜刀の構えを取ることで再び完成した、絶望の布陣――。
いや、違う。
これは唯の、見掛け倒しだ。
(ザイン、あれを)
(りょーかい、どぞ)
そう言って亜麻髪少女から受け取ったのは、綺麗な青色を湛える魔力回復薬。
俺はそれをグイと飲み干すと、元は紫色であった血染めの杖に魔力を集結させ――。
『〝狂乱気流〟』
勢い良く、解き放った。
「「「「「ギァ――――」」」」」
途端、骸骨兵士の群れを襲うのは、荒れ狂う暴風。
空気中に発生した渦を中心として螺旋状に展開する風の刃は、
奴らの防具を貫いて骨身をバラバラに切り裂いていく。
しかし、致命には至らぬ斬撃だ。
常時であれば身体も防具も、王の号令によって瞬く間に再生することだろう。
だが――。
「「「「「――――」」」」」
骨の山と化した兵士たちが、再び動き出すことは無かった。
(ビンゴだな。やはり、両立は出来ないらしい)
(やった、これで大分楽になるよ)
途中での軌道修正が出来ない等、何かと制限の多い居合切りだ。
兵士の再生という緻密な作業を並行して行えるというのは、聊か不自然ではないか。
そう考え試してみたのだが、やはりビンゴだったようだ。
そして恐らくだが、途中でのモーション中断も出来ないと見ている。
(この後の作戦、覚えてるよな?)
(うん。今度はバッチしさ)
これで兵士たちの妨害は無くなり、ようやく振り出しに戻った形。
後は王の動きを読み切って回避するだけ。なんてことはない。
とは言え、決め手が無いのは此方も同様――。
と、王は思っていることだろう。
「一瞬で、カタを付けるぞ」
二本目の魔力回復薬を優雅に呷りながら。
そう言って笑うアレフの瞳には、信頼と闘争の色が灯っていた。
*
(右上だ)
(りょーかい‼)
『シッ――――』
アレフを横抱きしたザインは、脳内に響く声に従って右上空へと跳躍する。
直後、二人の左下を通過していく不可視の一閃。
『ヨモヤ、ソコマデ見抜クトハ……。ダガ、我ガ奥義ヲ封ジレバ良イダケノ話』
空を切り、二人の背後へと回った骸骨の王は、振り向きながら感嘆の声を上げる。
そして、そのまま両手を高々と掲げると、尚も続けて――。
『〝永遠ノ生命〟』
完璧に対策された居合切りを放つくらいなら、家臣たちを使って二人の消耗を図る。
至極真っ当で、合理的な判断だ。
だがそれこそが、アレフの術中。
「だよな。そう来るよな」――『〝狂乱気流〟』
それは無慈悲なる、リスポーンキル。
迷いなく突貫するザインに抱えられたアレフは、骨の山が人形を成す前に魔力を解放。
産声を上げさせることもなく、再びの殲滅を果たして見せた。
そして一先ずの役目を終えたアレフは、ザインの邪魔にならぬよう地面へと自由落下。
「構えてねぇお前なら、安心して近付けるだろ?」
既に両者間の距離は100mを切っている。
これまでは、抜刀の構えが抑止力となっていた訳だが、今は違う。
兵士の邪魔も入らず、接近のリスクも低い瞬間。正に千載一遇の大チャンスだ。
「はぁぁぁあぁぁぁ――‼」
らしくもない大声を上げながら。
ザインは細剣を握り締め刺突の構えを取ると、全速力での疾走を続ける。
高い敏捷ステイタスに魅了効果を上乗せした突貫は、弾丸の如く。速い。
『キィィイィィン――‼』
次の瞬間――、金属と金属がぶつかり合う、甲高い音色が鳴り響いた。
白銀の刃と不可視の刃による、壮絶な鍔迫り合い。両者譲らぬ、互角の攻防。
だが、それも長くは続かない。
「うっ――⁉」
先に音を上げたのは――、ザインだった。
やはりと言うべきか、【矛盾の転換】によって防御力を失った身体は脆い。
ザインは治り掛けていた腕の骨が、少しずつ砕けていくのを知覚していた。
痛くはない。が、一度限界を迎えてしまった身体は、思うように機能しないのだ。
(辛いだろうが耐えてくれ。頼りにしてるぞ、ザイン)『〝風縛〟』
すると後方から、そんな思念と共に風の鎖が飛んできた。
そして、それはザインの全身を縛り上げると、揺るがぬよう空気中へと縫い付ける。
(あ、ありがとう? ――、って……)
支援にしては聊か荒くはないかと、思わず文句を念じそうになるザイン。
しかし、当のアレフは三本目の魔力回復薬片手に、何かを忙しそうに集めている。
所詮、自分への支援は片手間なのか、と。
場違いにもそんな不満が渦を巻くが、ザインの抱く緊張感は次第に解されていった。
「むっ、見てろよ‼ ボクにだって、やれるんだ――‼」
相も変わらず平常運転なアレフに憤るザインは、その感情を骸骨の王へとぶつける。
すると、王優位だった攻防は一転、再びの拮抗状態へと縺れ込んでいく――。
『貴様ハ〝器〟ノ腰巾着デハ無イト申スカ。ナラバ示シテ見セヨ、ソノ蛮勇ヲ』
のも束の間、今度は王がそのギアを上げ、放つオーラを倍増させた。
当然押し込まれる、ザインの身体。
だが彼女も、負けてはいない。
「らぁぁぁあぁぁぁ――‼」
再びの咆哮は、己を奮い立たせるための、魂のビートか。
ザインは持てる力の全てを、両手に握る細剣の剣尖に込めた。
一点集中。研ぎ澄まされた刺突と、圧倒的な暴力とのぶつかり合い。
だが、そんな魂と理不尽の鍔迫り合いは、一人の男によって無粋にも遮られた。
(ザイン、ありがとう。準備は整った)
短く思念を飛ばし、獰猛に笑う男――。アレフは、真紅の杖に魔力を集結させる。
そしてゆっくりと、その口を開き――。
『〝竜巻旋風〟』
それは〝狂乱気流〟と並んで、風属性中級の中でも上位に属する魔術。
しかし、高が上昇気流の渦程度で、骸骨の王が倒せる訳も無い。
そんなことは、この場に居る全員の共通認識だ。
ならば――。
『――――⁉』
竜巻が、唯の竜巻であろう筈がない。
上昇気流を伴う円錐型の渦は、大量の金属を巻き込み誇大化していた。
名付けるなら、そう。『〝金属竜巻〟』と言った所だろうか。
「沈め」
アレフがザインに任せていたのは、王の視線誘導、並びに時間稼ぎ。
始めから、彼女に倒して貰うつもりは無かったのである。
まぁその辺はやる気を削がないためにも、若干濁して伝えていたのだが。
『ゴオォォォオォォォ――‼』
アレフが杖を振るうと、
竜巻は床面に散らばる骨や武具の残骸、金属壁の欠片を吸い込みながら、
更なる誇大化を果たしていく。
直径凡そ50mにも及ぶ、巨大竜巻。
その尋常でない速度も相俟って、構えを取っていない王が逃れられる道理は無かった。
(お兄さん‼ このままだと、ボクも細切れになるんですけど――⁉)
(分かってる、少し待ってろ)
だがそれは同時に、鍔迫り合いを続けるザインも逃れられないことを意味している。
そこで、アレフは再び杖を振り翳すと、もう一つ風の流れを作り出す。
『〝風螺旋〟』
「え――。キャアァァアァァ――⁉」
ザインの側面、唐突に現れた突風は、彼女の身体を勢い良く押し流していく。
竜巻の速度をも上回る、横殴りの奔流。
そんな凄まじい風に攫われた彼女は、錐揉み回転しながら吹き飛ばされていった。
そして、その直後――。
『――――』
誇大化し切った気流の渦は、唯一人残された王の身体を全て飲み込んでいった。
「チェックメイトだ、躯の王よ」




