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生抜同盟 ―白黒傭兵の冒険手記―  作者: 白崎凪
第三章:蒼紅少女篇
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第七十三話「王の試練 ④」

ザイン視点。


(そろそろ、限界なんじゃない?)

(う――。そ、それは……)

(あんまし無茶しないでよ。命あっての物種なんだからさ)

(ごめん。でも……、今回だけは、ボクにやらせて)

(そう、なら好きにしなよ。――の望みは、――の望みなんだから)




            * 




「……以上が作戦の概要――。って、聞いてるか、ザイン?」

「――――」

「ザイン、大丈夫か?」

「――あ、うん、大丈夫。聞いてるよ。ごめんなさい、ちょっと疲れてて」

「いや、此方こそ済まない。本当なら、休ませてやりたい所なんだがな」


 膝を立てた姿勢のまま、心配そうな表情で覗き込んでくる美女、改め美丈夫。

 アレフの大人びた声を聞いて、ザインは現実世界に引き戻される。

 どうやら少しばかり、上の空になっていたようだ。


「大丈夫だよ。ボクだって、アウトローの端くれなんだからね」


 正直な所大丈夫とは言い難いが、此処で余計な心配を掛けても仕方がない。

 ザインは精一杯元気な声を絞り出すと、痛む指先を我慢しサムズアップ。


「そうは見えないがな。まあ良い、始めるぞ」

「ん? あ~、いや。分かったよ」


 その言葉は空元気に対してか、無法者(アウトロー)に対してか、将又両方か。

 孰れにせよ、今から何をすると言うのだろう。

 聞きそびれてしまった内容を確認するのは、憚られるというものだ。


「動くなよ」


 そう短く言葉を刻み、ザインの肩を優しく掴む、血濡れの淑女。

 赤黒く染め上げられた姿すらも美しい。だが、その正体は銀髪の青年だ。

 男性であることを認識していて尚、混乱させられる中性的な魅力。

 そんな性を超越するかの如き存在を前にして、しばし呆然としていると――。


「「――――」」


 顎を優しく撫でられ、視界が暗転した瞬間。


 ふと、鉄の味がした。

 否、鉄の味は元からしていた筈。

 ならば、これは何だろうか。

 自分のモノとは少し異なる、血液のテイスト――。


「――――⁉」


 分かった。

 理解した。

 が、止められない。


 ザインの小さな身体は一瞬の硬直を経て、次第に力を抜いていく。

 そして終ぞ、垂れ下がる両の手。


「ぁ――」


 受け入れてしまえば心地の良い、唾液の交換。

 始めはゆっくりと、次第に激しく。

 互いの口唇と舌先は、まるで円舞曲(ワルツ)を踊るように絡み合う。


 密着する身体。

 感じる息遣い。

 当然、血と汗の匂いが鼻孔を撫でるが、不思議と嫌な感じはしなかった。

 気付けばアレフの両手は、ザインの後頭部に添えられている。


「「――――」」


 それから、どれほどそうしていただろうか。

 長くもあり、短くもある。

 仲睦まじい〝恋人〟の交わすような甘い接吻は、やがて終わりを迎えた。


「――――。にゃ、にゃにゃ……、にゃにを⁉」

「猫かお前は。というか、話聞いてなかったのか?」


 やれやれと言った様子で、唇から垂れる唾液を拭う仕草すら艶めかしい。

 アレフの澄ました顔を見て、我に返ったザインの頬はみるみる赤く染まっていく。


「ご、ごめんにゃさい……。最後の方、聞き逃してましたにゃ……」

「なら、ちゃんと確認しろ。それが原因で作戦が失敗したら、どうするつもりなんだ」


 幼子を叱るような調子(トーン)で諭してくるアレフを、ザインは直視することが出来ない。

 何故、何で、どうして。

 咄嗟に飛び出る猫語は、動揺と恥辱の表れだ。


「お兄さん、さ……、もしかして慣れてるの? プレイボーイって奴?」


 耳まで真っ赤に染めながら。ザインは言葉を詰まらせつつも問い掛ける。

 それほどまでに、アレフは上手(テク)かったのだ。

 男女のイロハを知り尽くした、蕩けてしまいそうなほど濃厚な口付け。

 でも、彼が色事を好んでいるようには、余り見えないのが不思議だ。


「まぁ、初めてでは無いが……。不快じゃないと感じたのは、お前が初めてかもな」


 首筋を人差し指で掻きながら、そう答えるアレフは少しだけ頬を染めていた。

 その事実に、ザインは少し安堵する。

 自分一人で盛り上がっていた訳ではないのだと。

 彼も自分とのキスで、恥じらいを感じているのだと。


「へ、へぇ、初めて……」


 それに――、初めて。

 これまでしたキスの中でお前が一番だと。唯一無二だと。

 そう言われているも同義な言葉に、ザインも悪い気はしない。

 と言うか、これではまるで〝恋人〟の睦言のようだ。


「それで、何でこんなことを……?」

「考えてみろ。分かるだろ?」


 頭部をトントンと叩きながら問うてくるアレフに、ザインは軽く思考する。

 何故か、何故なのか、何故なのだろうか……、あっ。


「ボクが可愛い過ぎて、我慢出来なくなった……、とか?」

「はぁ……。お前はもう少し緊張感を持て。良いか、今度は心と身体の双方に〖魅了〗を掛けるぞ」


 口を衝いて出た戯言に、項垂れるアレフ。

 普段仏頂面をしている彼の、こうした姿を見るのは面白い。

 そんな場違いなことを、ついつい考えてしまう。


「でもさ、だからって何も……。べ、ベ、ベロチューしなくたって……」

「口に出すな、恥ずかしい。今回は相互だ、俺の感情も乱さなきゃならないだろ」


 自分からやるのとやられるのとでは、まるで勝手が違う。

 主導権を握ってさえいれば、行為中も比較的平静を保てる。

 それはザイン自身、身を以って痛感していることだ。

 

 だからこそ今回、仕掛ける側のアレフは、

 ()()()()()()()()()ために、態々ディープキスを選択したのだろう――。

 って、何を真剣に考察してるのさ。まったく恥ずかしいなあ、もう。


「そう、それじゃやろっか……、って言いたいんだけど、相互魅了って可能なの?」

「それもさっき説明したんだがな。結論から言うと可能だが、元に戻らなくなる」


 その熱、未だ冷めやらず。

 両手で自分の頬を挟み、気を引き締め直すザインに、アレフは不穏な言葉で返す。


「え――。そうなの?」

「手段が全く無い訳じゃないがな。ああそれと、能力更新が来れば自動で戻るぞ」


 アレフの言によると〖魅了〗スキルを双方向から行使した場合、

 両術者による制御が効かなくなるため、能動的な解除が出来なくなるのだとか。

 一応、先のような大きいダメージを負うか、異常回復スキルでの解除は可能らしいが、

 前者は極力避けたいし、後者はスキル持ちの人材を探す必要がある。


「じゃあ(キング)を倒せたとしても、しばらくそのままってことだよね?」

「ああ。自傷する手もあるが、それは追って考えよう」

「そっか……。ん? 待って、お風呂とかどうするのさ?」

「言ってる場合か。それも後でだ」


 素っ気ないアレフの返答に、むぅと膨れるザイン。

 膨れながらも、今後の展望について思案する。

 もしそのまま、相互魅了の状態が続くのなら。

 着替え・手洗い・入浴など、全てアレフに委ねるということに――。


「ひぅ……‼」


 そこまで考えて、ザインは暴発する。

 今は目下の戦闘に集中するべき。

 そんなことは、当然理解している。


 だが、どうしても頭から離れないのだ。

 アレフとの、甘い接吻の記憶が。


「ザイン、どうした? やれそうか?」

「ひゃ、ひゃい……‼」


 またしても自分の世界に入っていたザインは、アレフの接近を許してしまう。

 その際、思わず飛び上がった所為で、全身を激痛が駆け巡ったのはご愛嬌だ。


「っ――‼。んだ、だいじょう……、び」

「何やってんだ、お前……。まぁ、準備が出来たら言ってくれ」


 原因が自身にあるとは露知らず、アレフは呆れたような表情を浮かべて見せる。

 そんな憐憫の眼差しを受け取ったザインは、五月蠅いほどに脈打つ心臓を抑えると、

 何とか平静を取り戻し、再びのサムズアップ。


「だ、大丈夫だって。もう良いよ」

「そうか。なら先ず、共有を頼む」


 ザインはアレフの指示に従って【運命の共同体】を行使、感覚の接続を開始する。

 途端倍増する痛苦に、表情を歪める二人。 

 しかし何とか持ち堪えると、互いの両手を翳し、息を合わせて短く唱える。


「「〝心身魅了(オール・チャーム)〟」」


 次の瞬間。


 意識が消え、意識が芽生えた。

 器を失い、器を獲得した。


 自分が別の存在に成り代わるような、そんな奇妙な感覚。


「――成功だな」

「――んにゃ……。やっぱり、すっごく変な感じだね」


 ザインの声でアレフが、アレフの声でザインが。

 それぞれ入れ替わった声帯で、変化を確かめるように言葉を紡ぐ。


 相互の〖心身魅了〗+【運命の共同体】。

 その式の和は、「心と身体の入れ替わり現象」と言った所だろうか。

 厳密に言うと少し違うのだが、長くなるので此処は割愛。


「痛みは無いし、身体も動く。よし、大丈夫だ」

「お兄さんがボクの声で喋ると、違和感すごいね……」


 身体の動作確認をしながら話す自分(アレフ)に、ザインは思わずそう溢す。

 そして、その声が想定よりも低いことに、少しビックリする。


「俺が『ボク』って言ってるのも、相当な違和感だがな」

「ボクが『俺』って言っているのも、大概だよ……」


 それは正しくお互い様。

 心身を入れ替えたことで生じる違和感は、簡単に拭うことは出来ない。


「まあ良い。ところで、この後の作戦は理解しているか?」

「うーん、多分……。いや、ごめんなさい、もう一回お願いします……」


 話を最初から聞いていなかった訳ではない……、のだが、

 どれくらい上の空になっていたか、ザイン自身分からないのだ。

 取り敢えず平身低頭、両手を合わせて謝罪の意を表明する。


「俺が謝ってるみたいだな……。まったく、次はちゃんと聞けよ」


 自身(ザイン)が頭を下げる姿に、一瞬だけ複雑な表情を浮かべるアレフだったが、

 しかしすぐに切り替えると、数分前と同じ内容を淡々と話し始めた。

 そして――。


『ドオォォオォォン――‼』


「「――――⁉」」


 作戦の大部分を語り終えたタイミング。

 王が金属の壁を打ち破り、此方側へと乗り込んできた。

 更には追随して雪崩れ込んでくる、骨の奔流。


「ぅ――」


 ガチガチと歯牙を鳴らしながら、漆黒の眼窩を向けてくる骸骨の兵士たち。

 つい先程、身体を貪られた相手を前にして、戦慄が走る。

 怖い。恐ろしい。

 目の前の現実から、思わず目を逸らしたくなる。


「何だ、怖くなったのか? 安心しろ、俺が居る」

「ぇ……ぁ……。そっか、えへへ……。うん、信頼してるよ、お兄さん」


 そっと優しく背中を撫で、恐怖を和らげてくれる、自分の姿をした小さいアレフ。


 お兄さんの手の平から伝わる温もりが、ボクに勇気をくれる。

 それに今のボクは、お兄さんの身体を借りているんだ。

 ボクにだって、やれるはず――。


「見ててよ。――――、――――」


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