第七十三話「王の試練 ④」
ザイン視点。
(そろそろ、限界なんじゃない?)
(う――。そ、それは……)
(あんまし無茶しないでよ。命あっての物種なんだからさ)
(ごめん。でも……、今回だけは、ボクにやらせて)
(そう、なら好きにしなよ。――の望みは、――の望みなんだから)
*
「……以上が作戦の概要――。って、聞いてるか、ザイン?」
「――――」
「ザイン、大丈夫か?」
「――あ、うん、大丈夫。聞いてるよ。ごめんなさい、ちょっと疲れてて」
「いや、此方こそ済まない。本当なら、休ませてやりたい所なんだがな」
膝を立てた姿勢のまま、心配そうな表情で覗き込んでくる美女、改め美丈夫。
アレフの大人びた声を聞いて、ザインは現実世界に引き戻される。
どうやら少しばかり、上の空になっていたようだ。
「大丈夫だよ。ボクだって、アウトローの端くれなんだからね」
正直な所大丈夫とは言い難いが、此処で余計な心配を掛けても仕方がない。
ザインは精一杯元気な声を絞り出すと、痛む指先を我慢しサムズアップ。
「そうは見えないがな。まあ良い、始めるぞ」
「ん? あ~、いや。分かったよ」
その言葉は空元気に対してか、無法者に対してか、将又両方か。
孰れにせよ、今から何をすると言うのだろう。
聞きそびれてしまった内容を確認するのは、憚られるというものだ。
「動くなよ」
そう短く言葉を刻み、ザインの肩を優しく掴む、血濡れの淑女。
赤黒く染め上げられた姿すらも美しい。だが、その正体は銀髪の青年だ。
男性であることを認識していて尚、混乱させられる中性的な魅力。
そんな性を超越するかの如き存在を前にして、しばし呆然としていると――。
「「――――」」
顎を優しく撫でられ、視界が暗転した瞬間。
ふと、鉄の味がした。
否、鉄の味は元からしていた筈。
ならば、これは何だろうか。
自分のモノとは少し異なる、血液のテイスト――。
「――――⁉」
分かった。
理解した。
が、止められない。
ザインの小さな身体は一瞬の硬直を経て、次第に力を抜いていく。
そして終ぞ、垂れ下がる両の手。
「ぁ――」
受け入れてしまえば心地の良い、唾液の交換。
始めはゆっくりと、次第に激しく。
互いの口唇と舌先は、まるで円舞曲を踊るように絡み合う。
密着する身体。
感じる息遣い。
当然、血と汗の匂いが鼻孔を撫でるが、不思議と嫌な感じはしなかった。
気付けばアレフの両手は、ザインの後頭部に添えられている。
「「――――」」
それから、どれほどそうしていただろうか。
長くもあり、短くもある。
仲睦まじい〝恋人〟の交わすような甘い接吻は、やがて終わりを迎えた。
「――――。にゃ、にゃにゃ……、にゃにを⁉」
「猫かお前は。というか、話聞いてなかったのか?」
やれやれと言った様子で、唇から垂れる唾液を拭う仕草すら艶めかしい。
アレフの澄ました顔を見て、我に返ったザインの頬はみるみる赤く染まっていく。
「ご、ごめんにゃさい……。最後の方、聞き逃してましたにゃ……」
「なら、ちゃんと確認しろ。それが原因で作戦が失敗したら、どうするつもりなんだ」
幼子を叱るような調子で諭してくるアレフを、ザインは直視することが出来ない。
何故、何で、どうして。
咄嗟に飛び出る猫語は、動揺と恥辱の表れだ。
「お兄さん、さ……、もしかして慣れてるの? プレイボーイって奴?」
耳まで真っ赤に染めながら。ザインは言葉を詰まらせつつも問い掛ける。
それほどまでに、アレフは上手かったのだ。
男女のイロハを知り尽くした、蕩けてしまいそうなほど濃厚な口付け。
でも、彼が色事を好んでいるようには、余り見えないのが不思議だ。
「まぁ、初めてでは無いが……。不快じゃないと感じたのは、お前が初めてかもな」
首筋を人差し指で掻きながら、そう答えるアレフは少しだけ頬を染めていた。
その事実に、ザインは少し安堵する。
自分一人で盛り上がっていた訳ではないのだと。
彼も自分とのキスで、恥じらいを感じているのだと。
「へ、へぇ、初めて……」
それに――、初めて。
これまでしたキスの中でお前が一番だと。唯一無二だと。
そう言われているも同義な言葉に、ザインも悪い気はしない。
と言うか、これではまるで〝恋人〟の睦言のようだ。
「それで、何でこんなことを……?」
「考えてみろ。分かるだろ?」
頭部をトントンと叩きながら問うてくるアレフに、ザインは軽く思考する。
何故か、何故なのか、何故なのだろうか……、あっ。
「ボクが可愛い過ぎて、我慢出来なくなった……、とか?」
「はぁ……。お前はもう少し緊張感を持て。良いか、今度は心と身体の双方に〖魅了〗を掛けるぞ」
口を衝いて出た戯言に、項垂れるアレフ。
普段仏頂面をしている彼の、こうした姿を見るのは面白い。
そんな場違いなことを、ついつい考えてしまう。
「でもさ、だからって何も……。べ、ベ、ベロチューしなくたって……」
「口に出すな、恥ずかしい。今回は相互だ、俺の感情も乱さなきゃならないだろ」
自分からやるのとやられるのとでは、まるで勝手が違う。
主導権を握ってさえいれば、行為中も比較的平静を保てる。
それはザイン自身、身を以って痛感していることだ。
だからこそ今回、仕掛ける側のアレフは、
平静を保てなくするために、態々ディープキスを選択したのだろう――。
って、何を真剣に考察してるのさ。まったく恥ずかしいなあ、もう。
「そう、それじゃやろっか……、って言いたいんだけど、相互魅了って可能なの?」
「それもさっき説明したんだがな。結論から言うと可能だが、元に戻らなくなる」
その熱、未だ冷めやらず。
両手で自分の頬を挟み、気を引き締め直すザインに、アレフは不穏な言葉で返す。
「え――。そうなの?」
「手段が全く無い訳じゃないがな。ああそれと、能力更新が来れば自動で戻るぞ」
アレフの言によると〖魅了〗スキルを双方向から行使した場合、
両術者による制御が効かなくなるため、能動的な解除が出来なくなるのだとか。
一応、先のような大きいダメージを負うか、異常回復スキルでの解除は可能らしいが、
前者は極力避けたいし、後者はスキル持ちの人材を探す必要がある。
「じゃあ王を倒せたとしても、しばらくそのままってことだよね?」
「ああ。自傷する手もあるが、それは追って考えよう」
「そっか……。ん? 待って、お風呂とかどうするのさ?」
「言ってる場合か。それも後でだ」
素っ気ないアレフの返答に、むぅと膨れるザイン。
膨れながらも、今後の展望について思案する。
もしそのまま、相互魅了の状態が続くのなら。
着替え・手洗い・入浴など、全てアレフに委ねるということに――。
「ひぅ……‼」
そこまで考えて、ザインは暴発する。
今は目下の戦闘に集中するべき。
そんなことは、当然理解している。
だが、どうしても頭から離れないのだ。
アレフとの、甘い接吻の記憶が。
「ザイン、どうした? やれそうか?」
「ひゃ、ひゃい……‼」
またしても自分の世界に入っていたザインは、アレフの接近を許してしまう。
その際、思わず飛び上がった所為で、全身を激痛が駆け巡ったのはご愛嬌だ。
「っ――‼。んだ、だいじょう……、び」
「何やってんだ、お前……。まぁ、準備が出来たら言ってくれ」
原因が自身にあるとは露知らず、アレフは呆れたような表情を浮かべて見せる。
そんな憐憫の眼差しを受け取ったザインは、五月蠅いほどに脈打つ心臓を抑えると、
何とか平静を取り戻し、再びのサムズアップ。
「だ、大丈夫だって。もう良いよ」
「そうか。なら先ず、共有を頼む」
ザインはアレフの指示に従って【運命の共同体】を行使、感覚の接続を開始する。
途端倍増する痛苦に、表情を歪める二人。
しかし何とか持ち堪えると、互いの両手を翳し、息を合わせて短く唱える。
「「〝心身魅了〟」」
次の瞬間。
意識が消え、意識が芽生えた。
器を失い、器を獲得した。
自分が別の存在に成り代わるような、そんな奇妙な感覚。
「――成功だな」
「――んにゃ……。やっぱり、すっごく変な感じだね」
ザインの声でアレフが、アレフの声でザインが。
それぞれ入れ替わった声帯で、変化を確かめるように言葉を紡ぐ。
相互の〖心身魅了〗+【運命の共同体】。
その式の和は、「心と身体の入れ替わり現象」と言った所だろうか。
厳密に言うと少し違うのだが、長くなるので此処は割愛。
「痛みは無いし、身体も動く。よし、大丈夫だ」
「お兄さんがボクの声で喋ると、違和感すごいね……」
身体の動作確認をしながら話す自分に、ザインは思わずそう溢す。
そして、その声が想定よりも低いことに、少しビックリする。
「俺が『ボク』って言ってるのも、相当な違和感だがな」
「ボクが『俺』って言っているのも、大概だよ……」
それは正しくお互い様。
心身を入れ替えたことで生じる違和感は、簡単に拭うことは出来ない。
「まあ良い。ところで、この後の作戦は理解しているか?」
「うーん、多分……。いや、ごめんなさい、もう一回お願いします……」
話を最初から聞いていなかった訳ではない……、のだが、
どれくらい上の空になっていたか、ザイン自身分からないのだ。
取り敢えず平身低頭、両手を合わせて謝罪の意を表明する。
「俺が謝ってるみたいだな……。まったく、次はちゃんと聞けよ」
自身が頭を下げる姿に、一瞬だけ複雑な表情を浮かべるアレフだったが、
しかしすぐに切り替えると、数分前と同じ内容を淡々と話し始めた。
そして――。
『ドオォォオォォン――‼』
「「――――⁉」」
作戦の大部分を語り終えたタイミング。
王が金属の壁を打ち破り、此方側へと乗り込んできた。
更には追随して雪崩れ込んでくる、骨の奔流。
「ぅ――」
ガチガチと歯牙を鳴らしながら、漆黒の眼窩を向けてくる骸骨の兵士たち。
つい先程、身体を貪られた相手を前にして、戦慄が走る。
怖い。恐ろしい。
目の前の現実から、思わず目を逸らしたくなる。
「何だ、怖くなったのか? 安心しろ、俺が居る」
「ぇ……ぁ……。そっか、えへへ……。うん、信頼してるよ、お兄さん」
そっと優しく背中を撫で、恐怖を和らげてくれる、自分の姿をした小さいアレフ。
お兄さんの手の平から伝わる温もりが、ボクに勇気をくれる。
それに今のボクは、お兄さんの身体を借りているんだ。
ボクにだって、やれるはず――。
「見ててよ。――――、――――」




