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生抜同盟 ―白黒傭兵の冒険手記―  作者: 白崎凪
第三章:蒼紅少女篇
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第七十二話「王の試練 ③」

想定よりも長引きました。


 それから、どれほどの時間が過ぎただろうか。


(お兄さん‼ 結構、いや、かなりヤバいかも……)

(分かってる。クソッ、考えろ……)


 縦横無尽に逃げ回る俺たちを追って、押し寄せる亡国の戦士たち。

 右手には剣を、左手には盾を、頭部には兜を、胴体には鎧を。

 完全武装したその正体は、肉も魂も宿していない人体の成れの果てだ。


 そして背後では奴らの主が淡々と間隙を狙い、命を刈り取らんと佇んでいる。

 正しく、終わりの見えないデスレースと言った所だろうか。


(ごめんなさい……、お兄さん)


 風魔法で器用に攻撃を往なしていた亜麻髪少(ザイン)女だが、それも長くは続かない。

 彼女は短く謝罪の思念を飛ばすと、自身を庇わせるように俺の身体を操作した。


『ザシュ――‼』


 すると直後、風の防壁を掻い潜って飛んでくる、一筋の剣戟。

 切り裂かれた肩口からは血飛沫が飛び散り、遠くで肉体の悲鳴が鳴り響いた。


(っ――。一々気にするな、仕方ないだろ)


 俺の身体は痛覚を騙しているが、亜麻髪少(ザイン)女の方はその限りでは無い。

 故に彼女の身体が傷付くことだけは、何としても阻止しなければならないのだ。


 とは言え、興奮状態の身体にも限度というものはある。

【矛盾の転換】によって耐久力を失った身体は、

 既に無数の切創が刻まれ、血は滴り、骨は折れ、肉が露呈してしまっている始末。

 動かなくなるのも、時間の問題だろう。


(で、でも、どうしよう。ボ、ボクじゃあ、やっぱりダメなのかな……)

(弱気でいちゃダメ、なんだろ? 諦めるな、何か手はある筈だ)

(――う、うん。分かった、頑張るよ)


 嘆くような亜麻髪少(ザイン)女の思念に対して。

 そう嘯いて見せるが、打開策など簡単には浮かんでこない。


 何せ骸骨兵士の一体一体が、高い能力と技術を持ち合わせているのだ。

 中級魔法程度では致命傷を与えられず、魂無き存在故か〖魅了〗も通じない。

 その上、奴らの背後から件の居合切りが飛んでくるというのだから、

 理不尽此処に極まれりである。


『何時ゾヤノ魔術師ハ寸刻デ蹴散ラシテイタガ、貴様ラハ論ズルニ値セヌ俗物カ?』


 押し寄せる骨の奔流に悪戦苦闘していると、安全圏から聞こえてくる(キング)の嘲笑。

 その内容を咀嚼している余裕は無いが、恐らく俺たちへの失望を唱えているのだろう。

 勝手に期待して勝手に失望するとは、何ともご都合主義なことだ。


(はぁ、はぁ――。や、やっと抜けれたよ……)


 それから、更なる攻防を経て。

 兵士の虚を突く華麗なステップで、一先ずの危機から脱してみせた亜麻髪少(ザイン)女だが、

 既に精神的な疲労はMAXに近い様子。

 しかし、今彼女にダウンしてもらうにはいかない。

 それ即ち、二人の〝死〟を意味するのだから。


(済まない。もう少しだけ粘ってくれ)


 亜麻髪少(ザイン)女に全ての負担を押し付けてしまっている現状に対して、

 申し訳なさや自分への怒り等、様々な感情が渦を巻くが、それらを一度全て押し殺す。

 俺に出来ることは、唯思考することだけ。

 それを妨げる邪念は捨て置くべきだ。


(せめて片方、どうにかしねぇと……)


 苦しい現状を打破するには、王か兵士のどちらかを機能停止に追い込む必要がある。

 しかし、兵士は身体を粉々に砕いてやらない限り、

 王の号令によって何度でも動き出す仕様となっているのだ。


 ならばと、王を直接叩こうとしても、当然ながら兵士たちが邪魔をする。

 正しく盤石の理不尽フォーメーション。

 唯一、居合切りの瞬間だけは王がフリーとなるのだが、

 そんな危険な状態の奴に近付けよう筈もなく――。


 いや、待て。居合切りの瞬間、か。


(ザイン、少し試したいことがある)

(うん、分かったよ。――って、え、え、あれ?)


 と、一つの可能性が脳裏に浮かんだ直後、亜麻髪少(ザイン)女から送られてくる焦燥の思念。

 それと同時。二つの視界の内の一つが、徐々に近付いてくる床面を映し出し、

 もう一つは、メガネのレンズが曇るかの如く急速に霞みだした。


(ま、待って。お兄さんの身体が、動かせないんだけど――⁉)

(っ――、マズいな。ガタが、来やがった、か……)


 異変を察知したのも束の間、徐々に曖昧になっていく俺の意識。

 想定よりも早く、身体が限界を迎えてしまったようだ。

 しかし、此奴は本気でマズい。

 このままでは成す術もなく、骸骨の餌一直線だ。


(くっ……。何とかしなきゃ‼)『〝風纏(ウィンド・ウェア)〟‼』


 支援魔法を唱える亜麻髪少(ザイン)女は一転、自身の身体で俺を抱えての疾走を始める。

 しかし、こと敏捷力に関しては数段劣る彼女の身体だ。

 これまでギリギリであった、骸骨からの逃走劇を演じ切れる訳もなく――。


((――――⁉))


 次の瞬間。


 骸骨兵士の鋭利な歯牙が、俺の右腕に深々と突き立った。

 そしてそれは、左腕、右脚、左脚、肩口、背部と連鎖していく。


「「ァア――――⁉」」


 失われていた筈の痛覚が、生命の危機を訴える。

 既に限界を迎えた身体を餌だとでも認識しているのか、

 骸骨の咢は紅の軍服を容赦なく引き裂くと、

 皮膚を剥ぎ、骨を砕き、肉を毟り、グチャグチャと味わうように咀嚼する。


 全身を少しずつ喰われていく、そんな何物にも勝る恐怖体験。

 それに伴う激痛と不快感は興奮状態すら貫通して、俺の精神を強く蝕んできた。


「ァ――」


 そして次なる獲物(ターゲット)は、風魔法の使い手たる少女。

 感覚遮断後、何とかして俺から骸骨たちを引き剥がそうとしていた彼女であるが、

 健闘虚しく、その小さな身体も奴らの毒牙に掛けられた。


「「――――」」


 口の端から、血泡が溢れる。

 痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。

 薄れかけていた意識も、途方の無い激痛によって覚醒への一途を辿る。

 いっそそのまま噛み殺してくれと、そう願わずにはいられない。

 だが奴らの主は、そんな滑稽な死に方を許してはくれなかった。


『弱キ頭ニ罪ハ有ルガ、弱キ手足ニ罪ハ無イ。

 最期マデ抗ッテ見セタ不足ノ勇者タチヨ、セメテ我ガ剣ノ前ニ散ルガイイ』


 赤く染まる視界の先には、既に予備動作を終えた王の姿。


 奴の足先は、真っ直ぐ此方を捉えている。

 奴が、地を蹴り上げる。

 奴が、疾走する。

 奴が、迫る。

 死が、迫る。


 何か、ないか。何か、何か、何か、何か、何か、何か、何――。


「「――――」」


 己が生命の終焉を悟り、瞼を閉じた――。


 刹那。


『ガギィィイィィン――‼』


 瞬く、金色の光。

 二人の血塗れの身体は、宙へと投げ出された。


「ガッ――⁉」

「うっ――⁉」


 もんどりを打ち、そのまま強く地面へと叩き付けられる。

 生きているのが不思議な程、ボロボロになった身体からは、

 生命の源が止め処なく零れ落ち、横倒しになった二人は血の海に沈んだ。


「カハッ――。な……、何が……」

「ゴボッ――。か……、壁……?」


 文字通り血反吐を吐きながら。

 朦朧とする意識の中で、寸刻先まで居た筈の場所に視線を向ける。

 そこには、地面から繋がって天井まで伸びる――、金属の壁。


 まるで無理矢理引き伸ばされたかの如く、ぐにゃりと歪曲したそれは、

 ともすれば、金属製の床が変形して形成されたのだろうか。

 そんな、つい先程まで存在しなかった筈の不可解な壁は、

 直方体の部屋を丁度二分するように、端から端まで長く聳え立っている。


 まるで意味が分からない。

 全く以って状況が掴めないが、一先ず一命を取り留めたようだ。

 唯それも、風前の灯火であるのだろうが。


「「――――」」


 身体と精神を繋ぎ止めるため。

 俺はボロ雑巾と見紛う右腕を奮起させて、懐から上級治療薬(ハイ・ポーション)を取り出した。

 痙攣する指先を労わりつつ、それをゆっくりと呷る。

 すると、少しずつ、少しずつだが、失われた身体が元に戻っていく。


「ゲホッ――。ザイン、生きてるか?」

「うん、生きてるよ……」

「ポーションは飲んだか?」

「飲んだよ……」


 何とも淡泊な生存確認であるが、互いに喋る気力など残されてはいないのだ。

 隣で横たわる少女の全身は紅に染まり切っているが、命に別状は無い様子。

 一先ず、心配は要らないだろう。

 

 あれ――。

 というか、いつから喋れるようになったのだ。

 そう言えば、身体も僅かだが動かせるようになっている。

 いや、そうか。

 恐らく過度の痛みによって、身体を支配する〖魅了〗状態が解けたのだろう。

 ただ、余りにも痛覚を上積みし過ぎた所為で、その変化に気付けなかったようだが。


「ザイン、もう一本飲んでおけ」


 そんな馬鹿げた事実に、命あることの奇跡を痛感しながら。

 俺は二本の治療薬を懐から取り出すと、片方を亜麻髪少(ザイン)女へと手渡した――。


 その瞬間。


『ガギィィイィィン――‼』


「「――――⁉」」


 耳を劈くような甲高い音が、壁の向こう側から聞こえてきた。

 恐ろしく鋭い何かが金属を蹂躙する、そんな破壊と暴力に満ち満ちた音色。

 そして直後、部屋全体が大きく揺れる。


「奴は――。そうか、壁の向こう側か……」

「お、お兄さん。一体、ど、どうなってるの……?」

「さあ、詳しくは分からないが……。俺たちはあの壁に助けられたらしい」


 詳しいことは、何一つとして分からない。

 だが、一つだけ。

 眼前に聳え立つ金属壁が王の居合切りを阻んだ、という事実だけは理解出来た。

 そして今こうしている間も、その身を削りながら奴の猛攻に耐えているのだろう。


「それと――、見てみろ」


 脳内を席巻する緊急のアラートを無視し、血溜まりに沈む上体をゆっくりと起こす。

 それから周囲へと視線を巡らせると、亜麻髪少(ザイン)女に向けてそう促した。


「え――。何、これ……」

「骸骨兵士の残骸だろう。肥料に出来そうなくらい、粉々になってしまっているがな」


 俺たちの周囲に点々と散らばるのは、金属製の兜、鎧、剣、盾、それから骨粉。

 平等に与えられた装備一式は、そのどれもが例外なく凹み、拉げ、歪み、潰され、

 守っていた筈の兵士たちの骨身を、あろうことか粉々に砕いていた。

 その数、凡そ30体分と言った所だろうか。


部屋特有の仕掛け(ステージ・ギミック)、じゃないよな……」

「ボクたちが死なないための安全装置ってこと? 矛盾してない?」

「それは、そうなんだが……。いや、止めだ。考えるだけ無駄だろう」


 俺たちが生命の危機に陥った瞬間、都合良く形を変えた『試練』部屋の金属たち。

 それを安全装置として捉えるには、余りにも不可解な点が多過ぎる。

 危機と言うのならそれ以前にも幾度となく直面していたし、

 何より舞台機構が危険を排除してしまっては、『試練』を行う意味がまるでない。


 後は俺たちが何らかのトリガーを引いた、という可能性もないではないが……。

 まぁ、考えるだけ時間の無駄だろう。

 今は他に、やるべきことがある。


「これからどうしたら良い? 多分あの壁も、ずっとは保たないよね」


 二本目の治療薬を創傷部へ施しながら、亜麻髪少(ザイン)女が気怠げな声で問い掛けてくる。

 壁がどの程度の厚みを誇っているのか定かではないが、

 王の居合切りは金属をも粉砕するチート仕様だ。

 いずれは破壊され、奴と再びの対面を果たすことになるだろう。

 だから、俺が先んじて行うべきこと、それは――。


「ザイン、お前だけでも逃げろ」

「え――?」


 緑色に輝く転移結晶を差し出しながら言い放つと、

 亜麻髪少(ザイン)女は「何を言っているのか分からない」とでも言いたげな、

 困惑した表情を浮かべて見せた。


「一度『クラリス』に戻れと言ったんだ。殺人とやらは、国が落ち着いてからにしろ」

「お、お兄さんは?」

「俺の用事は一刻を争う。それに、無策で残る訳でもないから心配するな」


 転移結晶で『クラリス』に戻ること。

 それ即ち作戦への不参加、戦乙女(ダレット)を見捨てることを意味する。

 彼女が本当に危機に瀕しているのか、正直今でも信じ切れていないし、

 騎士団の面々の実力なら、容易に救い出せてしまうかもしれない。


 だが不思議と感じる、胸騒ぎがするのだ。

 俺は絶対に、帝都へ行かなければならないと。


「ボクだってそうだよ。それにさ――、どうせ此処、転移出来ないでしょ?」


 暫し顎に手を当てて思考していた亜麻髪少(ザイン)女は、やや不満気な様子で口を開いた。

 確かに彼女の言う通り、意地の悪い地下迷宮のことだ。

 全域に転移不可の結界が張り巡らされていても、何らおかしくはない。


 だがそれでも、試してみなければ分からない。

 その価値は、十分にある筈だ。


「やってみなくちゃ分からないだろ? 良いから言うことを聞け」

「何? そんなにボクに居なくなって欲しいの?」


 俺の返答が、癪に障ったのだろうか。

 亜麻髪少(ザイン)女は語気を強めてそう言うと、今度はイラついたような表情を浮かべる。

 別にそんなつもりでは無かったのだが……、少々言い方が悪かったか。


「違う、そういう訳じゃない。俺は、ただ――」

「ふふっ、冗談だって。ボクを思ってのことなのは、ちゃんと分かってるよ」

「なら――」

「でもダメ。ボクの用事も、何物にも代えられないくらい重要なんだ」


 反省と弁明の意を込めて言葉を紡ぐと、

 すんと表情を変え、悪戯っぽく笑って見せる生意気少女。

 それにしても、こんな状況でも冗談を言うとは。

 つくづく、食えない女である。


「本当に――、残るんだな?」

「うん、そうだよ」


 此方を真っ直ぐ射貫いてくる覚悟の眼差しに、何も言えなくなってしまう。

 まぁどの道、これ以上言い含めても意味が無いだろう。


「そうか……。なら一つ、抗ってみるか?」

「良いね、乗ったよ」


 彼我の力量差は圧倒的、且つ俺たちは既に満身創痍。

 策だって、成功率が決して高いとは言えない。


 でも、何でだろうな。不思議と絶望感は払拭されている。

 彼女とならば、何か事を起こせる。

 そんな確信にも似た、希望が渦巻いていた。


「精々、吠え面かかせてやるとしよう」


 決戦のファイナルラウンドまで――、あと少し。


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