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生抜同盟 ―白黒傭兵の冒険手記―  作者: 白崎凪
第三章:蒼紅少女篇
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第七十話「王の試練 ①」


『堕チ果テタ世界ヲ塗リ替エル力ガ、貴様ラニハ有ルカ? 此処ハ最下層――、王ノ試練』


 広い室内に響き渡る、低くくぐもったような声。

 その声の主は部屋の最奥部、豪奢な玉座に鎮座したまま此方を睥睨していた。


「アイツは……。待て、今最下層と言ったか?」

「う、うん。間違いないよ」


 明らかに異質なオーラを放つ人影の存在に戦慄するも、すぐに思考を切り替える。

 奴の言葉が正しければ此処は迷宮の最下層――、つまり地下十四階層ということになる。


「マズいな。早い所、四階層へ戻らねぇと」


 金騎士(オリア)の話によると、地下十一階層以降の攻略難易度は桁違いとのことだ。

 まぁそれは彼女の言葉を反芻するまでもなく、

 人影の放つ圧倒的存在感を前にすれば、嫌でも理解(わか)らされる明白な事実であるのだが。


「でも、どうやって⁉ 多分ボクたち、閉じ込められちゃってるよね⁉」


 しかしこれまでの『試練』の扉は全て、

 挑戦者全員が部屋内に入った瞬間、即閉ざされる仕組みとなっていたのだ。

 俺たちの後方100m、悠然と聳え立つ最後の扉だけが例外であるとは考えにくい。


「だろうな……。ザイン、試しに扉へ向けて魔法を放ってみてくれ」

「分かったよ‼ 〝風切刃(ウィンド・カッター)〟‼」


 とは言え、人影と睨み合ったまま二の足を踏んでいても、状況は何一つ好転しない。

 故に、俺は亜麻髪少(ザイン)女へとそう指示を出したのだが……。


 やはりと言うべきか、風の刃は金属製の扉を前にして敢え無く撃沈。

 扉の開閉を制御していると思われる魔力検知センサー(仮)を反応させることもなく、

 唯、空中へと霧散していった。


「やっぱりダメ、だね……。ご、ごめんなさい。ボクが果物を勧めたばっかりに……」

「いや、俺も迂闊だったさ。それにしても――、クソッ。どうする……」


 結果を見届けて意気消沈する亜麻髪少(ザイン)女だが、果実の件に関しては俺の方にも非がある。

 そもそも彼女の護衛をするのが俺の役割だと言うのに、全く何をやっているんだ……。


「転移陣の類も見当たらないか――、となると、やはりアイツを倒すしか……」

「倒せる、かな? ちょっと、いや、すっごくヤバそうに見えるんだけど……」


 刹那の反省タイムを経て辺りを見回すも、これといった打開策は浮かんでこない。

 そうなると取れる手段は唯一つ、遠くで座する人影を倒すこと。

 だが俺の本能が、第六感が、けたたましく警鐘を鳴らしているのだ。


 奴には――、絶対に勝てないと。


『此度ノ(ツガイ)ハ、慎重カ臆病カ。マア良イ。ナラバ、此方カラ行カセテ貰オウ』


「「――――⁉」」


 と、八方塞がりの状況に方針を定められないでいると。

 中々攻めてこない俺たち二人に対し、ついに痺れを切らしたのだろうか。

 人影は幽鬼の如き様相でふらふらっと玉座から立ち上がると、

 何やら右手を左腰に添える抜刀の構えを取り――。


「は――?」

「え――?」


 次の瞬間。


 背後から、金属の柱が粉々に砕け散る音が聞こえてきた。

 それと同時、頬を伝う、一筋の汗。


(何が、起こった……)


 突然の出来事に、理解が追い付いてこない。

 しかし、頬を荒々しく撫でる突風と、

 軍服へと突き刺さる金属片の存在が嫌でも気付かせてくれる。

 そう――、奴の放つ居合切りが、俺たち二人の側を蹂躙していったという事実に。


『久方振リノ抜刀故、聊カ鈍ッテオル。運ガ良イナ、貴様ラ』


 くぐもった、しかし何故か良く通る声で言葉を刻む人影の正体は、

 振り返り、近くで見てようやく分かった――、骸骨の王様(スケルトン・キング)だ。

 2m程の体躯を真っ青なマントで包み、金色の王冠を戴いた、巍然たる白骨体。


(速い、速過ぎる……)


 俺たちと骸骨との間の距離は、目算でざっと300m以上はあった筈。

 にも拘わらずその長い距離を、奴は文字通り瞬く間に埋めて見せたのだ。

 正真正銘の化け物である。

 それに――。


(得物は、何処にあるんだ……?)


 現在、剣を打ち払うような仕草を見せている骸骨であるが、

 その白骨化した右手の先には何も握られていない。

 まさか、手刀で金属の柱を粉砕したとでも言うつもりなのだろうか。


(いや、今は関係ない)


 と、脱線しそうになる思考をすぐに引き戻す。

 何せ、知覚出来ない程の圧倒的速度で繰り出される攻撃だ。

 得物が石片であろうと素手であろうと、必殺の一撃であることに変わりはないのだから。


(ザイン、来い‼ 一旦逃げるぞ‼)


 刹那の時間で思考を巡らせ、導き出した最適解は逃げの一手。

 何処へ逃げるのか明確なビジョンは無いし、そも逃げ場など無いことは分かっている。

 だが先の一撃は運良く免れただけ、此処に居れば確実に死期が早まる。


(あ――。わ、分かったよ‼ と、取り敢えず――)『〝風纏(ウィンド・ウェア)〟‼』


 余りの衝撃から呆然としていた亜麻髪少(ザイン)女であるが、声を掛けるとすぐに駆け寄り、

 指示を出すまでもなく風魔法による支援を行ってきた。


(助かる。それとしっかり掴まっておけ、全速力で飛ばす)


 そして支援を受けた俺の方は彼女を横抱き、【矛盾の転換】で敏捷力をブースト。

 地面を蹴って高く跳躍すると、凡そ50mの地点にて佇む骸骨との距離を取りに掛かる。


『ヤハリ臆病ノ類カ。廃レタ世界ヲ救イシ勇者トシテハ、少々力不足カモシレヌ』

「チッ、さっきからゴチャゴチャと……。俺が世界を救うだと? 笑わせるな。

 テメェの頭蓋骨ぶち抜いて、クソ不味い出汁頂戴してやるのが精々だろうよ」

(お兄さん、綺麗な容姿が台無しだよ……)


 思わずそんな挑発が口を衝いて出るが、心臓はバクバクと強く脈を打ったままだ。

 しかし、今少しでも弱気になれば、途端に押し潰されてしまうだろう。

 途方も無い、恐怖心に。


『ナラバ口先ダケノ愚物デハ無イト、ソノ力ヲ以ッテ示シテ見セヨ』


 声帯も無しに何処から声を出しているのか。

 骸骨は至極冷静にそう言い放つと、再びの抜刀の構えを取る。


 一方、横抱きする亜麻髪少(ザイン)女の視界からその情報を得た俺は、

 横方向への回避では奴の太刀筋から逃れられないと即座に判断。

 全身から、ふっと力を抜き――。


『シッ――――』


 瞬間、頭上を一筋の斬撃が通過していった。

 いや、違うか。飛ぶ斬撃などある筈がない。

 骸骨の身体諸共、だ。


「クソッ、出鱈目野郎が……」


 吐き捨てるように溢しつつ床へと着地、そのまま間髪入れずにバックステップを取る。

 正確無比とは言えない点が唯一の救いだが、速度に関しては他に類を見ないチート仕様。

 その余りの速さ故、得物と骸骨の全身との区別が付かない始末なのだ。


 とは言え今回は少しだけ、奴の軌道を目で追うことが出来た。

 俺の培った動体視力も、中々捨てたものではないかもしれない。


(でもどうするの⁉ このままじゃ――)

(分かってる。分かってるが……)


 このままではジリ貧、そんなことは当然理解している。

 だが現状、骸骨に対してまともな攻撃を通す術が無いのもまた事実。

 何せ近付けば近付くほど、同時に奴からの攻撃も此方へ通りやすくなるのだから。


『逃ゲテイルダケデハ、余ニ傷一ツ付ケラレヌゾ』

「うるせぇ残骸野郎。じっくりコトコト煮込んでやるから、黙って待ってろ」


 前方、余裕綽々でそんなことを宣う骸骨に、焦燥を抑え切れず吐き捨てる。

 ダメだ、このままではダメだ。

 冷静さを欠いていては、避けられる攻撃も避けられなくなる。


(ザイン。〖暗殺〗を使って、呼吸と気配を断て。一度姿を晦ませるぞ)

(う、うん。頑張ってみるね‼)


 素早く深呼吸、胸のざわつきを沈めると、亜麻髪少(ザイン)女へと簡潔に指示を出す。 

 スキル【運命の共同体】の真骨頂は感覚の共有にあるが、

 副産物として、対象の持つ〖銀〗以下のスキルも同時に使用することが出来る。

 しかしその能力は一方通行なので、俺が彼女の風魔法を拝借することは叶わないが。


「「――――」」


 姿を晦まし、音を断ち。

 気配まで断ち切った俺たちは方向転換、直前まで骸骨の座っていた玉座を目指す。

 ともすれば、何かしら脱出へのヒントがあるのではないか。

 そんな、淡い期待を抱いて。


(チッ、構えやがったか。ゆとりのねぇ骨だな……)

(ひぃっ――。ボ、ボクたちが見えてるのかな⁉)


 彼我の位置関係からして骸骨を横切る必要はあるが、部屋の広さは十分。

 別に心配は要らないだろう。

 後は、奴が俺たちの存在を捉えているか、だが……。

 奴は何ら躊躇うことなく右手を動かすと、三度抜刀の構えを取って見せた。


『ソノ程度ノ小癪ナ足掻キデ、我ガ剣戟カラ逃レラレルモノカ。侮ルナヨ――、小童』


「「――――⁉」」


 そして、そんな言葉と呼応するようにして更に膨れ上がる、骸骨のオーラ。

 それは常人であれば気絶してしまいそうな程、濃密で暴力的な王者の威光。

 確証は無い。だが先の疑問に対し、自信と絶望を持ってyesと唱えよう。

 奴は寸分違わず、俺たちを捕捉している。


「マズい――」


『シッ――――‼』


 極度の緊迫感に苛まれたのも束の間――、無慈悲にも放たれる致命の斬撃。

 けたたましく鳴り響く警鐘の赴くままに身体を動かすが、

 ステイタスの範疇を大きく超えた理不尽を前にしては、それも悪足掻きの域を出ず――。


「ぐっ――⁉」


 不可視の刃は、俺の左大腿を容赦なく切り裂いていた。


 だらりと折れ曲がり、千切れそうになる左脚。

 噴き出す生き血。

 露わになる、肉の断面。


 激しく燃えるような激痛に耐えかねて、俺はそのまま床面へと倒れ込む。


「ガアァ――⁉」

「アァァ――⁉」


 そして耳を打つのは、己と少女の奏でる絶叫。


 そう、か……。

 感覚を共有している弊害で、亜麻髪少(ザイン)女にも痛みが伝播しているのだ。

 すぐにでも、接続を切らねぇと……。


「はぁ……、はぁ……。――ま、待って、直ぐに治療薬(ポーション)を‼」


 感覚を切り離し、平静を取り戻した亜麻髪少(ザイン)女は、懐から上級治療薬(ハイポーション)を取り出す。

 左大腿に刻まれた切創はかなり深いが、全神経の断裂には至っていないため、

 上級治療薬でも治療自体は十分可能。

 とは言え、切断面同士の癒合には時間を要すため、目下の戦闘は絶望的であるが。


『〝風縫(ウィンド・ソウ)〟』


 治療薬の半分を傷口に、半分を口内に。

 体内外からの治療を施した亜麻髪少(ザイン)女は短く呪文を唱えると、次に傷口の縫合を試みる。

 縫合と言っても縫い付けるのではなく、あくまで繫ぎ止めた状態を維持するための処置。

 魔力の緻密な操作によって生み出される風のベールは、

 未だ血液を垂れ流す切創を優しく包み込むと、糸と包帯のような役割を果たして見せた。


「っ――、助かった。礼を言う」

「ううん、ごめんなさい。ボクがお荷物な所為で……」

「そんなことはないさ。お前が居なかったら、俺は今頃地獄の果てだ」


 応急処置が終わり、心身蝕む激痛も多少は和らいだ頃。

 俺はゆっくりと上体を起こし、亜麻髪少(ザイン)女の頭をポンと撫でる。

 実際彼女の存在が無ければ、俺は今頃細切れとなっていたことだろう。

 それほどまでに、風魔法と視界の共有による恩恵は大きい。


「で――、のうのうと静観決め込んでやがるアイツは何なんだ?」


 そして、現在地から凡そ100mの地点。

 そこには、悠然と佇立する骸骨の姿が。

 地に伏している時も霞む視界で奴を捉えていたのだが、生憎と微動だにしていなかった。

 恐らくだが、俺の治療が終わるのを待っていたのだろう。

 何処までも、舐めた野郎だ。


『ソノ反応速度ニ免ジテ、見逃シテヤッタガ――、次ハ無イゾ、偽リノ〝恋人〟タチヨ』 

「どうせなら、そのまま免じてくれても良いんだぜ?」


 とは言えさしもの骸骨も、傷が完治するまでは待ってくれないらしい。

 奴はそう言うと――、それしか能がないのだろうか――、

 本日四度目となる抜刀の構えを取り始める。


「お兄さんはじっとしてて‼ ボクが時間稼ぎを――」

「無理に決まってるだろ。いいか、俺に一つ考えがある」


 攻撃のモーションに入る骸骨を認め、亜麻髪少(ザイン)女が慌ててそう提案してくるが、

 そんな無謀はさせられないし、そも出来やしないだろう。

 しかし俺の左大腿には、今も凄まじい激痛が走っているため、

 先のような全力疾走は行えないのもまた事実。

 

 では、どうするか。

 答えは簡単。

 痛みで走ることが出来ないのならば、痛みを無くせば良いだけの話だ。


「ザイン、俺に〖魅了〗を掛けろ」

「え――?」


 俺は当惑に揺れる亜麻髪少(ザイン)女の瞳を覗き込むと、短くそう告げたのだった。


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