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生抜同盟 ―白黒傭兵の冒険手記―  作者: 白崎凪
第三章:蒼紅少女篇
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第六十八話「迷宮の園」


「方角確認! 視界良好! ヨーソロー‼」


 階段――。ではなく、転移の(術式が刻まれた)魔法陣を介して辿り着いた四階層。

 俺たちはと言うと、無限とも思える大海原を小型船で横断していた。


「まさか砂漠の地下に、こんな場所があるなんてね‼」

「淡水なら未だしも海水とは……。いや、真面目に考察するだけ無駄なのだろうな」


 四階層(と言って良いのか定かではないが)の景観は一言で表すと、青・蒼・碧。

 小型船が浮いて見える程の透明度を誇る海水が見渡す限りを埋め尽くし、

 頭上を仰ぐと無骨な天井の代わりに雲一つない青空が広がっている。


 正しく大自然そのものと言った様子の空間は、

 これまでの閉塞感を伴う一~三階層とはまるで異なり、

 心身共に癒してくれる、そんなセラピー効果があるようにも感じられた。


『まあ、現状はそうだな。壁や床らしきものも、未だ見付かっていないんだ』


 と、船内からデッキへと出てきた金騎士(オリア)が、太刀を腰に差しながら話し掛けてきた。

 因みに、三階層の試練部屋から転移を果たした俺たち一行であるが、

 最初に放り出された場所は、緑生い茂る小さな孤島の上であった。


 辺り一面を青一色に囲まれた、絶海の孤島。

 その沿岸には「これを使って移動しろ」とでも言わんばかりの小型船が停泊しており、

 それを騎士団の面々が代わる代わる操舵して現在に至るという訳である。


「しかし、魔物は普通に居るんだな」

「だね。その魔物って、食べれたりするのかな?」

「どうだろうな。まあ、食えなくはないだろうが……」


 己が細剣(レイピア)の先端で串刺し状態となっている『暴食鱓(グラトニー・モレイ)』を眺めながらの発言に、

 共に見張りをしていた亜麻髪少(ザイン)女が、好奇の眼差しでそう返してくる。


 と言うのも、この四階層。

 青一色のフロアというだけあって、魚系統の魔物が多く生息しているのだ。

 で、此奴らも揃って金属製の装備を身に纏っている訳なのだが、

 それを外してしまえば、市場でも見掛ける普通の食材、食えないことは無いだろう。

 まあ、それで食中毒になっては目も当てられないので、現状やろうとは思わないが。


「あ! ねぇねぇ、見て見て‼ 遠くに陸が見えるよ‼」


 と、そんなどうでも良いことに思考のリソースを割きつつ、暫し見張りを続けていると。

 舳先附近へと移動していた亜麻髪少(ザイン)女から、興奮した様子で報告が入った。

 その声に従って俺も目を凝らしてみるが、視界は透き通るような青色を映すのみ。

 そこで彼女と感覚を接続、〖鷹の目〗によって拡大された視界を共有すると――。


「ようやくか……。ん、どういうことだ?」


 そこには、試練の扉が一枚、

 小さな孤島の上でポツンと、内と外とを隔てるでもなく屹立していた。



「うーん……。ナニコレ?」


 そして数刻後――、件の孤島へと着岸した俺たちの眼前には、

 高さ8mにも及ぶ巨大な扉が、()()で聳え立っている。

 扉とは本来「部屋を外界と遮断する」役割を担っているモノの筈なのだが、

 この空間には「部屋」などいう概念は存在しない。

 扉の裏側を覗き込んでみても、只、緑生い茂る大地が広がるのみであった。


「扉――。いや、これも転移陣の類か……?」


 試練の扉には、例によって四本の剣のレリーフが刻まれているが、

 これまでとの相違点として、共に刻まれた緑色の魔法陣の存在が挙げられる。

 そしてその魔法陣は、三階層で利用した転移の魔法陣と同じ形状をしているのだ。


『正解だ。此処を潜ると、また別の空間へと飛ばされるようになっていてな』


 首を傾げる俺たちを尻目に、金騎士(オリア)が何処か答え合わせをするように言い放つ。

 そして彼女は何ら躊躇うことなくその手を伸ばすと、扉へと軽く魔力を込め、

 都合四度目となる開錠の合図、迸る淡緑色の光を顕現させた。

 すると――。


「うーん……。ナニコレ?」


 軋むような音を立てて両開きした扉の奥には、海と大地――、ではなく。

 何と形容するべきか、ゆらゆらと曖昧に蠢く歪みのような空間が広がっていた。


「これを潜るのか……。して、試練に当たり、何か準備しておくことはないか?」

『否定。この階層の試練は、非常に単純、且つ安全なものとなっています』

「安全……? 試練なのに?」


 おどろおどろしく変貌した扉を前にして、不安を募らせる俺と亜麻髪少(ザイン)女であったが、

 騎士団の面々は至って冷静、陰少女(リトラ)でさえ何処か待ち侘びるように佇んでいる。

 しかし、安全とはどういう意味であろうか。

 これまでの試練は曲がりなりにも、挑戦者の命を奪うような仕組みとなっていたが……。


『だ、だ、大丈夫ですから‼ は、早く行きましょう‼』


 と、二の足を踏む俺たちを見かねてか、陰少女(リトラ)が急かすように背中を押してきた。

 彼女の珍しく積極的な姿勢には驚かされるが、別段悪意のようなものは感じられない。

 と言うかそもそも、今更疑って掛かった所で全く詮の無い話であろう。


「じゃあ行こっか。急がないとだもんね‼」


 もう既に恥じらいは無いのか、亜麻髪少(ザイン)女はそう言うと再び華奢な手を絡ませてくる。

 そして、躊躇なく扉の内部へ消えていく騎士団員たちの後に続いて、

 俺たち二人も、漆黒を湛える不思議空間へと足を踏み入れていった。





               *





 自分という概念が再構築される――、そんな転移の感覚を経て。

 己が視界に映し出される景色は酷く美しく、何とも現実離れしたものであった。


「わぁ、凄い‼ こんなの見たことないや‼」

「いい加減、頭が痛くなってきたな……」


 眼前――、七色に煌めく幻想的な入り江は、

 空想上の生物『人魚(マーメイド)』の棲み処とでも形容するのが相応しいだろうか。


 巨大な貝殻と珊瑚礁、それら自然と一体化するようにして設計された純白の建物群。

 重力を無視して上空に架かる水のアーチでは、色とりどりの魚たちが優雅に泳いでおり、

 時折上がる水飛沫と燦々照らす太陽の存在も相俟って、美しい天弓を描き出している。


 レヴィアルスの風景も中々のものであったが、それとは比べるべくも無い。

 人工と自然の調和、その終着点とでも言い表すべき光景が、そこには広がっていた。


「して、此処で何をすれば良いのだ?」

『特には。半日自由に時を過ごせば、自ずと次層への道が開かれるようになっている』

「え……? それが試練なの?」


 暫し眼前の景色に見惚れていた俺たちも、やがて我を取り戻す。

 そして、そんな当たり前の疑問を溢すのだが、返ってくるのは不可解な回答だけ。


『嵐の前の静けさ、とでも言うのでしょうか。次層からは攻略の難易度が高まる故、用心して下さい』

『襲ってくるような魔物も居ニャいし、初めはミャーたちも驚いたものニャ。――って、リトラ‼ 何処行くのニャ⁉』

『ユフィちゃんは、お休みモードに入るのです~』


 オフモードへと切り替え始める自由な少女たちの姿を見て、

 俺もようやく階層のコンセプトを理解する。

 成程、此処は闇夜の灯火、迷宮区における安息所という訳か。


『まったくリトラの奴、先走りおって……。まぁ良い、我らはこれから身体を清める。貴公らも共にどうだ?』


 今し方、入り江へのダイビングを果たした陰少女(リトラ)を横目に。

 金騎士(オリア)は軽く嘆息しながらも、俺たち二人に向けてそう勧誘してきた。

 確かに一同の衣服や身体は、流れる汗や魔物の体液によって汚れ切っている。

 故にこの場所で不快感をリセットするのは、至極自然な行為だと言えよう――。

 

 いや、待て。それは不味い。


「――悪いが、私は遠慮しておこう」

「えー。お姉さん、水浴びしないの?」


 疲れからか思わず受諾しかけるが、直ぐに冷静さを取り戻すと、断りの言葉を入れる。

 正直な所、化粧を落とす程度で変装はバレないような気もするが、

 ウィッグの存在やその下まで晒してしまっては、論外も良い所であろう。

 故に水浴びはタイミングを見計らって、単身で行う必要がある。


(案外バレないかもよ? これを機に、身も心も女にってね‼)

(お前……。今の状況、分かっているのか?)


 脳内へと直接流れ込んでくる揶揄い交じりの戯言に、悪戯っぽく笑う亜麻髪少(ザイン)女の姿。

 彼女は俺の当惑する様を見て楽しんでいるようだが、

 今回に限っては冗談で済む話では無いので、今直ぐにでも悔い改めて欲しい所だ。


「先に探索をしておきたい。未知の場所でリラックスという訳にも、いかないだろう?」

『そうか、残念だ。先代陛下曰く〝裸の付き合い〟と言うものがあるらしいのでな』

「恐らくだが、そういう意味じゃあ無かった筈だぞ……」


 俺たちとの会話を続けながらも鎧を脱いでいく金騎士(オリア)に焦燥、話の切り上げを図る。

 しかし、後ろの面々も脱衣を始めている現状、居心地悪いことこの上ないのだが……。


(早くこの場から立ち去りたい。お前も適当に合わせてくれ)

(え~……。修羅場みたいなの期待してたのに……)

(――――。バレたら、本当の意味での修羅場になるだろうが……)

(んー、しょうがないなー。貸しにしといてあげるよ)


 何とも不毛な念を送り送られ、問題の亜麻髪少(ザイン)女はと言うと――。


「じゃあ、ボクもそうしよっかな‼ でも……、ボクたちって、別行動しても良いの?」

『別に構わん。どの道定刻まで、この空間から出ることは叶わないのだからな』


 一先ず協力の姿勢を見せてくれた彼女に安堵、俺は軽く胸を撫で下ろす。

 因みに金騎士(オリア)曰く、この入り江を含めた『楽園パラダイス』は隔離空間になっているとのことで、

 その端まで歩を進めると、透明の壁のような何かに阻まれる仕組みとなっているらしい。


「そうか。では、後ほど会おう」

「じゃね。また後で‼」

『ああ。貴公らも、しっかりと身体を休めておけよ』


 何ともこれまで以上に不可解な空間であるが、

 半日のみの滞在であれば、然程気にするようなことでも無いだろう。

 故に俺たちは軽く別れの挨拶を済ませると、そそくさとその場を後にした。

 と――。


『――――』


 半ば逃げるようにして歩を進め始めた折、他の騎士団員たちとはやや距離を置いて、

 銀騎士(リブラ)が銀色の鎧をその身に纏ったまま、悠然と屹立しているのを視界に捉えた。

 しかし、彼女は水浴びをするつもりが無いのだろうか。

 美しい光沢を放っていた鎧も、魔物の返り血で赤黒く染まっているようだが……。


「貴女は水浴びをしないのか?」

『肯定。私の場合、身体が壊れてしまいますので』


 近付き、そんな率直な疑問を呈する俺に対して、

 落ち着いた声で、だが少し言い淀むようにそう返す銀騎士(リブラ)

 その様子は、余り追及して欲しくないのだろうか。

 いや、彼女の表情に大した変化は見られないので、唯の思い違いかもしれないが。


『杞憂。当然、鎧の方は後で清めておきます』

「そうか。色々と事情があるのだな」

「ふむ。あるんだねー」


 銀騎士リブラの言葉選びにはかなりの疑問を覚えるが、俺とて地雷を踏み抜きたい訳ではない。

 故に謎の相槌を打つ亜麻髪少(ザイン)女の手を引くと、

 美しい貝殻と珊瑚礁に飾り付けられた建物群へと向けて、再びの歩みを進め始めた。


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