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生抜同盟 ―白黒傭兵の冒険手記―  作者: 白崎凪
第三章:蒼紅少女篇
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第六十七話「虚か実か」


 蜥蜴を倒したことで開いた扉を潜り、階段を下りた先の二階層。

 その道中の構造は殆ど一階層と変わらず、恙なく攻略は進められていった。

 因みに出現する魔物は、


病魔蝙蝠(イルネス・バット)』… 生物の身体を蝕む瘴気を撒き散らす。

鉄糸蜘蛛(アイアン・スパイダー)』… 金属にも匹敵する硬度の糸を射出する。

三首妖蛇(トリプレット・スネーク)』… 三つの首と頭を持ち、首から上は半永久的に再生する。


 の三種類が主。

 各々が特殊な能力を有しており、更には金属製の装備を身に纏っていることから、

 本来かなりの苦戦を強いられる筈なのだが、流石は歴戦の騎士団員と言った所か。

 瘴気や糸が放たれる前に魔物群へと狙いを定め、

 太刀が、薙刀が、短剣が、氷槍が――、的確に奴らの弱点を穿ち抜いていった。


 そうして辿り着いた、二階層の最奥部。

 今度は、二本の剣を象ったレリーフの刻まれた巨大な扉の内側で。


「どういう仕掛けだ?」

「んー……。どれが正解か当てるってことかな?」


 部屋の内装は、人工の峡谷と形容するのが近しいだろうか。

 階段側と扉側の床を分かつように、底の見えない縦穴がポッカリと空けられており、

 その上に横断用と思われる三本の橋が架けられている。

 縦穴は部屋の端から端まで広く続いている故、

 階段へ辿り着くには、三本の橋の内の孰れかを選んで渡るしかないのだろうが……。


「宝箱か? 如何にも怪しいな……」

「あっちには……、って、うわっ⁉ 蛇がいるよ‼」


 どうやら三本の橋は、全てが同一な訳ではないらしい。

 右側の橋には豪奢な宝箱。中央の橋には何も無し。左側には一体の『三首妖蛇』。

 それぞれ橋の中間地点上に設置されているモノに、微妙な差異が見られるのだ。


「右側行きたいけど罠かなぁ……。でも、真ん中にも落とし穴があったりして……」


 うんうんと唸りながら呟く亜麻髪少(ザイン)女を横目に、俺も少しばかり思考を巡らせる。


 馬鹿正直に捉えるなら、右側が+。中央が±0。左側が-。

 故に右側一択となるのだが、そう単純な話でもないだろう。

 とは言え、深読みして左側や中央を選んでも、それが正解とは限らないのが怖い所だ。

 そもそも正解は一つなのか、複数なのか、将又存在しないのか。

 視覚から得られる情報だけでは、何とも判断出来ないのが現状である。


『いや、余り気にしなくて良い。中央の橋を通るだけで、この部屋はクリアとなるんだ』


 と、橋を凝視し思考する俺たちを見て。金騎士(オリア)が若干申し訳なさそうにそう言った。

 どうやら聞く所によるとこの橋、左右の人数が釣り合うように渡れば良いらしい。

 つまり今回の場合、

 0/8/0・1/6/1・2/4/2・3/2/3・4/0/4(左/中/右)の孰れかを選べば正解という訳だ。


 何とも不可解な仕掛けであるが、その法則を破ると部屋の床が全て消滅するのだとか。

 因みにそれらの攻略のヒントは、階層内に鏤められていたらしい。


「ん……? ていうか、魔法でビューンしちゃうとどうなるの?」

『否定。この部屋において、スキルの使用は禁じられています』


 亜麻髪少(ザイン)女の素朴な疑問に対して、今度は銀騎士(リブラ)が指を差しながら淡々と答える。

 彼女の示す先、部屋の両サイドへと視線を向けると、そこには対を成す蒼色の魔晶石が。

 印象的な内装の所為で見落としていたが、どうやらそれらは一階層のモノとは異なり、

 賭博場(カジノ)の魔道具のような役割を果たしていると言うのだ。


『行きましょう。これ以上この場所に居ても、仕方がありません』


 まあ、攻略法が分かっているのなら、それに倣うのが最善であろう。

 俺たちは眼下、何処までも続く暗闇に恐怖しながらも、中央の橋を渡っていった。





               *





 そして、続く三階層。

 この階層もこれまでと大した差異は無く、順調に踏破することが出来た。

 相違点を挙げるとするならば、二種類新たに魔物が加わったことくらいだろうか。


一匹餓狼(ローン・ウルフ)』… 目に付いたもの全てを食らい尽くす。餌の分だけ能力上昇。

鱗粉痺蝶(パラライズ・バタフライ)』… 生物の身体感覚を大きく鈍らせる鱗粉を放出する。


 どちらも厄介な魔物である筈なのだが、無惨にも瞬く間に塵芥と化していった。

 で、肝心の最奥部。

 やはりと言うべきか、三本の剣を象ったレリーフの刻まれた扉の内側では。


「割と普通だな――。いや、少し暗いか……?」

「んー……。何かちょっと、薄気味悪い感じが……」


 部屋の構造は二階層とは異なり、特筆すべき点のない直方体の平坦な仕様。

 しかし、発光石の埋め込まれている間隔がこれまでよりも広い所為か、否か。

 少しばかりおどろおどろしい雰囲気を醸し出していた。


「先に聞いておくか。この部屋はどうすれば抜けられる?」

『うむ、幻惑系の試練でな。部屋の中心へ赴くと、その者にとって都合の悪い幻覚を見せられるようになっているんだ。そして、それを部屋内の全員が乗り越えるとクリアという扱いになる』

「む、魔物がよく使う奴じゃん‼」


 前層の反省を生かして早々に問い掛けると、金騎士(オリア)が例の如く答えを返した。

 しかし、幻覚を見せられる、か……。

 亜麻髪少(ザイン)女の言う通り、対象の消し去りたい過去の記憶を無理矢理引き出したり、

 ありもしない光景を捏造して対象の脳内に刷り込むという魔物は一定数存在する。

 故に今回の試練、それらの能力の延長線上として考えて良いのだろうか――。


『ここの幻覚はより一層凶悪だよ~。精々、油断しないようにね~』


 と、そこで寝袋から顔を覗かせる寝袋娘(ユースフィーネ)から、間延びした声で忠告が入った。

 いや、違うか。俺たちが今攻略しているのは、謎多き地下迷宮だ。

 一介の魔物が用いる粗末な奇術と比較するのは、危機感に欠けると言うものである。


「大丈夫そうか? 無理なら少し、時間を取ろう」


 騎士団の面々は何度か経験しているようなので心配は要らないだろうが、

 俺たち二人はその限りでは無い。

 そう思って亜麻髪少(ザイン)女へと、軽く確認を取っておく、と――。


「うーん、ちょっと怖いなぁ……。じゃあ、こうしよっか‼」


 彼女はそう言って俺の肩へと凭れ掛かると、その華奢な右手を左手へと絡ませてきた。

 男としてはやや小さい俺の手より、一回り以上も小さい少女の幼気な手。

 それは、今にも壊れてしまいそうなほど脆く、儚く感じられたが、

 しかし、人一人包み込むには十分過ぎるほどの、確かな温もりを孕んでいた。


「君……。まあ、良いか。大丈夫なら行くぞ」

「お姉さん、手、凄い綺麗だね。何か、自信無くしちゃうんだけど……」


 自分でやっておきながら恥ずかしそうに頬を赤らめる亜麻髪少(ザイン)女の所為で、

 此方まで気恥ずかしくなるが、これで彼女が安心出来ると言うのなら別に良いだろう。

 俺たちは、付き合い始めのカップルのような(多分)絶妙な距離感を保ちつつも、

 部屋の中心部、対を成す魔晶石の結ぶ地点へと歩を進めていく。

 そして――。


『では、幸運を祈る』


 そんな金騎士(オリア)の、祈願の言葉と共に。

 俺たちは、蒼く輝く神秘的な光に包み込まれていった。



――――――

――――

――

―。



『あれ……。俺は今、何を……?』


 ゆっくりと瞼を開くと、そこは――、見渡す限り純白の世界だった。

 空も海も、地面さえも存在しない虚無の空間。

 俺は生まれたままの姿で、いつ終わるとも知れない自由落下を続けている。


『ッ……』


 ぼんやりとした意識の中、為されるがままに身を委ねていると。

 突如として頭部に感じる凄まじい疼痛。

 そして、その痛みと呼応するようにして、

 視界の隅に、何処か見覚えのある人影が浮かび上がっていく。


「アレフ様……」


 この声は、ギーメル、だろうか……。

 靄がかったような人影の姿形は酷く曖昧であったが、

 その鈴を転がすような美しい声色は、聞き間違えよう筈もない、彼女のものだ。


『何故……』


 脳髄を劈く激痛に苛まれながらも、俺は声の主へ向けて漠然とした問いを放つ。

 と、すると――。


「裏切られた、とは思っていません。ですが私は、ただ、ただひたすらに――。

 己が人生を、呪うばかりでございます……」


『――――⁉』


 それはギーメルの声で紡がれる、哀切に満ちた言葉。

 何に対する言及なのか、何を思っての台詞なのか。

 言葉の真意については、何一つとして理解出来なかったが、

 暗澹(あんたん)たる少女の嘆きは、俺の胸へと、心臓へと。

 凍てつく刃の如く、深々と突き刺さっていく。


 そして――、そこからは怒涛であった。


「アレフ君……」


 この声は、彼の旅人、だろうか……。


「僕は、君に期待していたんだよ。でもそれは、どうしようもなく間違いだった。

 初めてかもしれないな――、心の底から何かを葬り去りたいと思ったのは……」


 それは旅人の声で紡がれる、悔恨に満ちた言葉。――また一つ、刃が刺さる。


「アレフ……」


 この声は、アイン、だろうか……。


「俺とお前は、出逢うべきじゃあ……。いや、生を受けるべきじゃなかったんだ。

 なぁ、アレフ――。俺は今、どんな顔をしている……?」


 それはアインの声で紡がれる、苦悶に満ちた言葉。――また、一つ刃が刺さる。


「お兄さん……」


 この声は、ザイン、だろうか……。


「お兄さんに……、お兄さんに、一体、何が分かるって言うのさ⁉ 

 命さえ盤上に賭けてない、唯の部外者の癖に――‼」


 それはザインの声で紡がれる、憤懣に満ちた言葉。――また一つ、刃が……。


『もう、聞きたくない……』


 彼らが何に嘆き、怒り、苦悩しているのかは分からない。

 だが、己の心が、魂が。

 気狂いの如く叫声を上げているという事実だけは、手に取るように分かった。


『ならいっそ、此処で……』


 極度に擦り減った心魂は、その所有者に生へ縋り付くことを放棄させる。

 俺は汚れに汚れ切った両手を首にゆっくりと掛け、自死を選――。


『――――、温かい……」


 否。自分自身の首を絞め上げる直前。

 左の手の平から伝播する温もりが、全身を抱き締めるように包み込んでいった。

 そして俺は、己という存在、己が持つ目的を徐々に思い出していく――。


「そうだ……。俺はただ、ダレットと、もう一度出会う為に――」



―。

――

――――

――――――



「――――」


 止まっていた心臓が、再び脈を打ち始める。

 空気を求めて喘ぐ肺は急速に膨張を始めると、酸素を血液へと譲り渡す。

 そして、今し方鼓動を始めた心臓を介して、全身の細胞へと行き渡らせた頃、

 アレフの心身は、徐々にその機能を取り戻していった。


「ッ――」


 ゆっくりと瞼を開くと、そこは――、鈍色のモノトーンな世界だった。

 どうやら俺は、幻惑の世界から脱出することに成功したらしい。


「成程、此奴はキツイな……」


 未だ脳髄を蝕む痛苦に、俺は額へと右手を当てながら先の体験を振り返る。


 知人からの呵責の数々は幻聴の類だろうが、

 試練の本命は恐らく、あの精神汚染にあるのだろう。

 心臓を直接抉られる……、いや、抉られるよりも更に惨い生き地獄は、

 確実に対象の自死を促すような効果を齎していた。

 まあ、あの世界に生死という概念が存在するのかは定かでないが……。


「して、他の者は……」


 だが、既に乗り越えたのなら、これ以上考えていても意味が無い。

 そう切り替え周囲へと視線を向けると、騎士団の面々は未だ地に伏したままであった。

 どうやら、俺が一番乗りのようだ。

 ともすれば個々人によって試練の内容、及び尺は変化するのかもしれない。


「――――」


 と、ようやく精神が落ち着いてきた頃。

 俺は、左手の繋がる先――、すぐ側で横たわる亜麻髪少(ザイン)女へと意識を向けた。

 思えば彼女の存在が、俺を生き地獄から救ってくれたのだろう。

 その事実に対して感謝の念を抱きつつ、安否を確認しておこうと――。


「待て……、生きているか――⁉」

 

 彼女の顔を覗き込んだ俺は、何か様子がおかしいことに気付いた。

 そう、彼女は――、呼吸をしていないのだ。


「肺が――、いや、心臓も動いていないだと……」


 紳士的でないと理解しつつも胸に耳を近付けるが、心音が一切聞こえてこない。

 無呼吸。心停止。それ即ち、数刻後の死を意味する状態である。


「クソッ――、どうすれば良い……」


 状況から鑑みるに亜麻髪少(ザイン)女は、試練の影響でこうなったと捉えるべきだろう。


 いや、そんなことはどうだって良い。

 いや、原因を解明しなければ、治療の施しようがない。

 いや、原因が分かった所で、専門知識のない俺には何も出来ない。


 目まぐるしく思考が巡っていく中で、俺の脳内はグチャグチャに入り乱れ、

 徐々に冷静な判断を下せなくなっていく。


「ダメだ、焦るな……。何か今、出来ることは――」


 焦燥感に飲み込まれては、助けられる命も助からない。

 俺は目下出来る事として、亜麻髪少(ザイン)女の身体を慎重に抱き寄せ、安定を図る。

 そして、妙薬たる万能治療薬(エリクサー)を飲ませようと、

 懐から取り出した小さな瓶を彼女の唇に近付けた――、その瞬間。


「ぅ――」


「――――⁉」


 亜麻髪少(ザイン)女の桃色の唇は、ほんの僅かにだが動き、小さな呻き声を紡いだ。

 そして、それを皮切りとしてか否か、彼女の身体は少しずつ生命活動を始める。


「無事か――⁉ 呼吸は? 脈は?」


 次第に大きくなる生命の灯に安堵の溜息を吐き掛けるが、未だ安心出来る状況ではない。

 俺は、再び亜麻髪少(ザイン)女の胸部へと耳を(そばだ)てると、

 ドキドキと規則正しくリズムを刻む、確かな生命の鼓動を確認した。


「ぁ……れ……。お、お兄ちゃん……?」


 すると、ようやく意識を取り戻したのだろうか。

 亜麻髪少(ザイン)女はゆっくりと瞼を開くと、絞り出すような掠れた声でそう呟いた。

 そして次第に現状を把握していくと、その可憐な(かんばせ)を急速に紅潮させ、


「――ちょ、ちょっとお兄さん⁉ な、な、な、何をしてるのさ⁉」

「す、済まない……。いや、無事なら良いんだ」


 慌てふためくような亜麻髪少(ザイン)女の反応に、思わず俺もたじろいでしまう。

 別段他意は無かったのだが、確かに絵面的には言い逃れの出来ないアウトな現状である。

 俺は一先ず誤解を解くべく顔を引くと、彼女の寝惚け眼を真っ直ぐに見据え――。


「お兄さんって、意外とむっつりなんだ……。って――、どうして泣いてるの?」

「え……?」


 そんな亜麻髪少(ザイン)女の揶揄い交じりの質問に、俺の中の時間が一瞬だけ停止する。

 と、同時。彼女の魔法衣にポツリと落ちる、一粒の涙。


「――ああ、これか。少しばかり、悪い夢を見ていた所為だろう」


 涙。

 いや、これは擦り減った精神を癒すために、水滴が生じただけだろう。

 この涙には、それ以上の意味なんて無い筈だ。


「そっか、ボクもだよ……。ねぇ、お兄さん。もう少し、こうしてても良い?」


 その件についてこれ以上言及する気はないのか、亜麻髪少(ザイン)女は軽く確認を取ると、

 返答を聞く前に俺の胸の内へと顔を埋め、何処か安心したように身体から力を抜いた。


「えへへ……。温かいね」


 そう言ってはにかむ彼女の血色はとても良く、

 先の容体は試練の一環、俺の早とちりだったのだと安心させてくれるものであった。


 そして、それから暫くして。

 騎士団の面々が無事意識を取り戻すと、第三の試練はクリアとして認められたのだった。


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