第六十六話「戦士の休息」
何とか『遊泳蜥蜴』を討伐した一行は、広大な部屋の一角で休息を取っていた。
『やるね~、お姉さん。もしかして、かなりのやり手?』
『ミャーは最初から信じてたのニャ』
『す、凄かったです……。わ、私なんて、無抵抗の相手を殺しただけの卑怯者で……』
「いや、そんなことは無いさ。息の根を止めるまでの手並み、見事なものだったぞ」
上級治療薬を呷りながら療養を続けていると、三人の少女から声が掛かる。
俺はそんな彼女たちの賛辞(?)に対して適切な言葉を選んで返すと、
やや遅れて合流した亜麻髪少女と森霊娘の二人へと視線を移し――。
「助かったよ。礼を言う」
「うんうん、もっとボクに感謝すると良いよ‼」
『後衛としての責務を果たしたのみ……。いえ、貸しとしておきましょうか』
そう、短く謝礼を告げた。
この二人の防御魔法が無ければ、俺は今頃肉片と化していた所だろう。
森霊娘まで助力してくれたのは意外であったが、
彼女は仕事に私情を挟まない性質なのかもしれない。
「それはそうとさ……、さっきは凄かったよね‼」
「ああ、そうだな」
閑話休題。
亜麻髪少女は、部屋の両サイドに対を成す魔晶石の元へと駆け寄っていくと、
無邪気な子供のように興奮しながらそう言った。
と言うのも。件の蜥蜴が命を散らした瞬間、二つの魔晶石は蒼白い光を帯び始め、
それぞれ蜥蜴の死骸目掛けて光線を放出したのである。
そして、蒼光に包まれた死骸はと言うと、儚くも消滅。
魔晶石へと吸い込まれるようにして、跡形もなく消え去ったのだ。
「魔晶石が一度吸収して再構築する、と言うことなのか……?」
『恐らくな。だが奴の反応を見る限り、記憶を引き継いでいる訳ではないようだぞ』
「んー……、毎回リセットされてるんだ。何か、良く分かんないや」
蜥蜴を再召喚するロジックについて考察してみるが、皆目見当も付かない。
結局、「魔晶石の奥には〝教皇〟が居て、蜥蜴の蘇生作業を行っている」
などと言う意味の分からない思考に陥った折、俺は考えることを放棄した。
『まあ、それについては今後の研究に期待するとして――。
今から計六時間、此処で睡眠を取るぞ。見張りは二人ずつ、九十分交代で頼む』
金騎士の方は一早く放棄していたようで、一同へと向き直るとそう言い放った。
「ここでかぁ……。ちょっと床が硬いけど、しょうがないよね……」
『ユフィちゃんには寝袋があるので、関係ないのです~』
「あ、ズルい‼ ボクも入れてよ‼」
既に迷宮攻略開始から十時間以上が経過しており、疲労もかなり蓄積されている。
故に今、他の魔物の存在しないボス部屋(仮)で睡眠を取るというのは、
至極合理的な行為だと言えるだろう、が――。
「四時間半か。そちらの面々は、それで足りるのか?」
『案ずるな。皆、それなりに慣れている故』
『アナタの方こそ大丈夫なのですか? 随分と軟弱な御身体をされているようですが』
俺の率直な疑問に対する、金騎士の回答と森霊娘の煽り文句。
いつ何時休息が取れるか分からない迷宮内部では、
「休める時に休む」がセオリーとされているため、一応問い掛けたのだが、
金騎士が大丈夫と言うのなら大丈夫なのだろう。
一刻を争う現状、例え身体を休める目的であっても、悠長にはしていられないからな。
「なら良いさ。それと、最初の見張りは私にやらせてくれないか?
〝軟弱な身体〟故、腕の骨が未だ繋がり切っていなくてな」
『そうか。では、もう一人は此方から出そう。ハイネ、やるか?』
『姉様……。一人、戦力が減ることになりますよ』
己が腕を抱きながらの発言に、返ってくるのは遠回しの殺害予告。
正直ペアの相手は誰でも良いのだが、襲われるとなれば流石に話が変わってくる。
『ハハッ、それは困るな。ならば、私がやろう』
「ああ、宜しく頼む」
森霊娘からの物騒な返答に対して、金騎士は思わずと言った様子で苦笑して見せる。
だがまあ、彼女と二人で組む形が一番丸いだろうな。
他の面々の俺に対する心証は、蜥蜴との一戦を通して少しは良化したように思えるが、
内心では森霊娘と同じように拒絶の感情を抱いていてもおかしくはない。
「あ。お姉さん、おさきー」
『ねぇ、二人共~。ユフィちゃんの桃源郷から出てって下さ~い』
『まあ、そんな固いこと言うニャって』
と、俺たちが見張り役について話し合っていると。
ギュウギュウ詰めの寝袋から顔を出した亜麻髪少女が、手を振りながらそう言ってきた。
一人用と思われる寝袋に三人入っていると言うのだから、かなり窮屈そうに見えるが、
まあ、俺が首を突っ込む問題でもないだろう。
故に軽く手を振って応えるに留めると、金騎士と二人見張りの準備を進めていった。
*
一同が寝静まった頃――、少し離れた場所の石柱へと凭れ掛かりながら。
『感謝するよ。貴公の御陰で、随分と時間を短縮出来た』
「それはお互い様だろう。此方も急がねばならぬ理由があるのだからな」
俺と金騎士は栄養剤片手に、長い見張りの時間を雑談に費やしていた。
『急がねばならぬ理由、か……。差し支えなければ、貴公らの目的を教えてくれないか?
流石に観光と言うのは方便であろう?』
前々から気になっていたとでも言うように、腕を組みながら問うてくる金騎士。
そう言えば入国の際、目的は観光と言ったのだったな。
現状を鑑みるに、その回答だけでは明らかに不自然であろう。
「――いや、元々は観光のつもりであったよ。だが、少々事情が変わってな……。
実は帝城に勤めている研究者の知り合いが居るんだ。彼女の安全を確保したい」
『そうか、驚いたな……。だが、それなら心配は要らん。
元凶が我が国の皇族である以上、貴重な技術者には手を掛けないだろうよ』
咄嗟に捻り出した回答に対して、金騎士は安心させるような口調でそう返してくる。
それから彼女は少しだけ表情を引き締めると『故に』と前置き、尚も続けて――。
『申し訳ないが城内の人員を救うのは後回し、女帝陛下を解放してからになる。
貴公らの目的については理解したが、独断で行動することは了承出来ないぞ』
何処か確かめるように、諭すように。真摯な瞳で釘を刺してきた。
まあ、彼女の心配も尤もであろう。
何せ俺と亜麻髪少女の二人が勝手な行動を取れば、城への侵入作戦自体が破綻しかねず、
女帝陛下が殺されてしまうという最悪のケースに陥る可能性もあるのだから。
とは言え、俺の知人が陛下本人である以上、彼女の心配は杞憂に過ぎないと思うが……。
「それくらい、分かっているさ」
『そうか。なら、もう何も言わん』
金騎士の目を見て強く宣言をすると、彼女は吹っ切れたように小さく微笑んで見せた。
そして、それから暫く他愛のない会話を繰り広げた後。
今度は俺の方から、気になっていた事柄について問い掛ける。
「先代の女帝陛下って……、どんな人物だったんだ?」
『ん、先代様か? そうだな……、良く言えば大らか、悪く言えば雑な御方だったよ』
何処か懐かしむような表情を浮かべる金騎士は、酷く優しい声音でそう答えた。
色々と暗躍していたらしい先代女帝について、少し知っておきたいと思ったのだが、
彼女の反応から察するに、相当慕われていたようである。
『「自分より他者」がモットーのような、お人好しな御方でな。
私たちは皆、陛下の類稀な優しさと、その強さに救われたんだ』
「強さ、か……。そう言えば〝魔獄の戦乙女〟という二つ名を聞いたことがある」
『ああ、陛下はとにかく魔法の扱いが上手くてな。
陛下直々に稽古を付けて下さった際は、何度も床を舐めさせられたものだよ』
尚も紡がれる思い出話に耳を傾けながら、俺は軽く思考を巡らせる。
金騎士も森霊娘も赤騎士も、そして恐らくはあの女も。
皆一様に先代女帝の保護を受け、育てられたという認識で正しいのだろう。
そうなると、何故あの女が俺と逢うことになったのか、という疑問は残るが……。
『それと、研究者としての才も凄まじかった。流通している魔道具の一部は――』
『何やら首飾りを後生大事に付けていたよ。どのような代物なのかは教えて――』
『占いが好きな御方でな。時折、その日に起きる出来事なんかを予測して――』
と、聞き手に徹していると。
金騎士はあれも語りたい、これも語りたいといった様子で捲くし立ててきた。
「そ、そうか……」
姉御肌な印象であっただけに思わず気圧されてしまったのだが、
どうやら彼女のスイッチを入れてしまったらしい。
そのクールな容貌と目を輝かせながら先代女帝について語る様は、
少しばかりアンバランスな様相を呈していたが、彼女は何処か童心に帰ったようで。
見ていて心温まるような、そんな不思議な感慨を、俺は気付けば抱いていた。
『す、済まない。つい、話し込んでしまって……』
「いや、大丈夫だ。もう少し聞かせてくれ」
ふと我に返った金騎士は頬を赤らめると、バツが悪そうに謝罪の言葉を述べてくる。
だがまあ、他者の平和な昔話を聞くのも、偶には悪くないだろう。




