第六十五話「リベンジ」
陣形を微修正しました。
『ギャオォォオォォン――‼』
蒼く輝く一対の魔晶石を除いて、見渡す限り鈍色のモノトーンな景色。
天井まで高く聳える数本の柱と、地を照らす発光石が存在を主張する部屋の中心部。
俺と亜麻髪少女の二人にとって、少しばかり因縁のある相手がそこに居た。
「あー、アイツ⁉ ボクの尊い身体を傷付けた奴‼」
「またか……。と言うか、尊いって自分で言うのか?」
臨戦態勢を取る八人の姿を認め、猛々しく咆哮を上げる魔物――『遊泳蜥蜴』。
9~10mの巨躯を誇る奴が、唯でさえ硬い鱗を特注の鎧で包んでいると言うのだから、
尋常でなく厄介なことが容易に想像出来るというものである。
『ザイン、だったな。一先ず前に出るぞ』
「――ああ、分かった」
彼我の距離、凡そ150m。
このまま睨み合っていても仕方がないので、一先ず俺たち盾役が前へと進み出る。
その姿を認識した蜥蜴が紫色の粘液を射出してくるが、未だ届く距離ではない。
故に躱すこともなく、唯、一直線に駆け抜けていく訳なのだが――。
数秒疾走を続けていると、徐々に金騎士との間が開いていることに気付いた。
『もう少し、早く走れんか……?』
「悪いな。少しだけ待ってくれ」
敏捷力9の鈍足さを遺憾なく見せ付けた折、金騎士から一つ苦言を貰う。
このままでは唯の的なので、小さく手を上げると亜麻髪少女へと合図を出した。
(聞こえるー?)
(ああ。俺の脚部に風を纏わせて欲しい)
(やっぱり? ハイネちゃんが凄っごく怖くてさ……。まぁ、任せてよ‼)
『風纏‼』
(どうかな……?)
(完璧だ。やはり、感覚を共有しても平気なんだな?)
(え、あー……、うん。まあ、ちょっと頭痛いけど……)
(ヤバいと思ったら、直ぐに切断しろよ)
(うん、大丈夫。分かってるよ)
小さく手を上げる合図は、亜麻髪少女と【運命の共同体】を繋ぐサイン。
〖共鳴〗よりも強い繋がり、同一化の如き感覚を得られる【運命の共同体】は、
得られる甚大な情報量の影響で、使用者の10%程しか適応出来ないと言われている、
ある種のハズレスキルなのである。
「よし、もう大丈夫だ」
だが、亜麻髪少女がその10%に含まれているのなら都合が良い。
彼女からの支援を受けた俺は、遥かに軽くなった脚部を強く振り抜き、
再び金騎士との並走を始めた。
『やるな。戦闘の歴は長いのか?』
「ああ。そちらこそ、重装備の割に身軽だな。――っと……」
徐々に距離を詰めていくと、次第に届くようになる酸性の粘液。
俺は足元へと落下した粘液塊とそれに伴う飛沫をサイドステップにて躱すと、
より一層ギアを上げて蜥蜴への疾走を続けていく。
『私は右サイド、貴公は左サイドを頼む』
「了解」
そして彼我の距離、凡そ50m。
一頻り粘液塊を撒き散らした蜥蜴は、華麗に躱し続ける二人を認めると、憤慨。
痺れを切らしたように苛立ちの咆哮を上げ、四足歩行での突進を敢行してきた。
『ギャオォ――‼』
床は硬質、砂上や水上程の速度は出ていないが、
その巨躯から繰り出される質量攻撃を、まともに食らえば一溜まりもないだろう。
俺と金騎士は急速に肉薄してくる蜥蜴に対し、タイミングを合わせて盾を構え――。
『『ガギィィイィィン――‼』』
勢いと高い防御力に任せ、相殺。蜥蜴の動きを数秒封じることに成功した。
その際、寝袋娘のスキル【魔女の呪詛】による能力低下効果を利用しているのだが、
それでも蜥蜴の膂力は凄まじく、長く保たせることは出来そうになかった。
「っ……‼」
『――今だ、リトラ、リブラ‼』
若干力負け、ノックバック。このままではジリ貧だと感じ取った瞬間。
金騎士は絞り出すように叫ぶ。
そう、俺たちは何もツーマンセルで戦っている訳ではないのだ。
『や、や、やったりますよ――‼』
『好機。合わせます、リトラ』
決意を宿した声で叫ぶ陰少女は、両手で薙刀を握り締めると刺突の構えを取り、
淡々と間隙を狙っていた銀騎士は、短剣を逆手に握り直すと大上段に構え。
高々と跳躍した二人は己が持てる力の限り、鎧の隙間部分へとそれらを突き立てた。
『ギャォ――⁉』
圧倒的硬度を誇る鱗だ。致命傷を与えられたと言うことはないだろう。
だが、蜥蜴の身体へと刻まれた傷跡は、確実に奴の生命を蝕んでいく。
『退避――‼』
与えられた痛苦から、蜥蜴が暴れ出すよりも前に。
俺たち四人は全力で退避行動を取ると、凡そ50mの地点まで後退した。
と、その際、怒れる蜥蜴と視線を合わせ〖魅了〗を掛けておくことを忘れない。
視線を交えるだけではその巨躯も相俟って、大した効果は見込めないだろうが、
やらないよりかはマシであろう。
そして――。
「暴風‼」
『氷柱槍』
二人の少女の紡ぐ詠唱文が耳を叩く。
と、同時に顕現する、旋風と氷晶のマリアージュ。
連携の取れた波状攻撃に蜥蜴は対応出来ていない様子だったが、
その魔法耐性の高さ故、殆どダメージは通っていないように見えた。
『やはり、腹からでないと攻撃は通らんな』
『いっつもは大体、団長さんが無理矢理撃ち抜いてたからニャ……』
尚も後退を続け、100mの地点。
一先ず八人集合した俺たちは、二手目の攻撃手段について思考を巡らせる。
魔法を防ぐ粘液は身体中を被っているが、鱗と鎧が守っているのは側背部のみ。
故に蜥蜴を引っ繰り返すことさえ出来れば、容易に仕留められる訳なのだが……。
「あの巨体を覆す術、か……」
「無理、じゃない? 何tあるのさ……」
当然問題となってくるのは、その圧倒的質量だ。
正面からのアプローチではまず微動だにしないだろうし、
下手に潜り込もうとすれば、一瞬で押し潰されるのがオチだろう――。
いや、待てよ。攻撃が通るのは、本当に腹部だけなのか……?
『ふむ……。やはり時間は掛かるが、少しずつ削いでいく方針でいくか』
『そうですね。では、再び陣形を整えましょう』
仕方ないと言った様子でそう結論を出す金騎士に、森霊娘が即刻同意。
一同異論は無いようで会議は纏まりつつあるのだが、
今後の迷宮攻略、及び帝城への侵入作戦まで視野に入れれば、
此処で時間と労力を割くのは得策とは言えない筈だ。
「少し待て。私に一つ考えがある」
故に俺は一つ、思い浮かんだ作戦を語ることにした。
*
作戦の概要を話し終え。
此方を警戒する蜥蜴も、そろそろ動き出そうかという頃合い。
『何を勝手なことを――‼』
何とか聞く耳を立ててくれた森霊娘であったが、
結局、最後には我慢の限界と言った様子で詰め寄ってきた。
「失敗しても私が死ぬだけだ。貴女方にとって、何ら不都合は無いだろう?」
『っ……。そう、ですが……』
だがそう返すと、バツが悪そうに少し引き下がる。
俺を疎む彼女にとって、俺がリスクを負う作戦は歓迎の筈だと、そう思っていたのだが。
『いや、あるさ。我々は貴公らを傭兵として雇ったのだからな。
むざむざと、貴重な戦力を失う訳にはいかないだろう?』
二人の会話を聞いていた金騎士は、両者の間に割って入るようにして仲裁。
それから、『だから』と短く接続詞を挟むと、尚も続けて――。
『私も前に出るよ。ハイネとて、貴公に死んで欲しいと思っている訳ではない筈だ』
『姉様――⁉』
『ハイネもいい加減、意地張るの止めたら~? 今は仮にも仲間なんだし~』
『そうニャ。仲良くしようニャ』
金騎士の有難い申し出に、思わぬ所からの援護射撃。
元々俺主体の作戦で、騎士団の面々はサポートに回って貰う予定だったのだが、
前線へと参加する人数が増えれば、その分成功率は上がるだろう。
『くっ……、仕方ありません。〝姉様〟の安全のため、協力します』
「助かる。それと、そろそろ時間切れのようだぞ」
味方が居ないことを悟ったのか、森霊娘は『姉様』の部分を強調しながらも首肯。
そして、彼女の了承を受け取った俺は、作戦目標を見据えるとそう呟いた。
警戒心と復讐心とを天秤に掛け、此方を睨んだままの姿勢を取る『遊泳蜥蜴』。
あと数秒もすればその天秤は後者へと傾き、勢い良く突貫してくることだろう。
「では、行くか」
『そうだな。ユースフィーネ、済まないが頼む』
『はいは~い』
手早く陣形を整え、俺たちは再びの疾走を開始する。
そして――。
失われし命、傀儡の哄笑。
何色にも染まらぬ無垢の神秘は、偏執と排斥を以って儚く潰える。
神意を騙りし偽りの審判は、如何で之を漆黒と下すのか。
是。然らば〝悪魔〟との契りを交わし、純然たる妖の力を発現させん。
〝代償呪蝕〟
間延びしない、静謐な声で紡がれる四節の詠唱文が耳を撫でる。
と、同時。寝袋娘と蜥蜴の身体の双方が、漆黒の瘴気に包み込まれていくのが見えた。
『う~……。流石のユフィちゃんでも、結構キツイね……』
呻くようにそう呟き、床面へと倒れそうになる寝袋娘を猫耳娘が介抱。
スキル【魔女の呪詛】による能力低下作用は非常に強力である反面、
術者自身にも悪影響を齎すような、リスキーな術が多くなっているのだ。
しかし、命まで蝕む訳ではない故、蜥蜴を彼女の元まで通さなければ良い話。
俺は献身する彼女に感謝しつつも〖暗殺〗を起動、作戦通り姿と気配を晦ました。
『凄いな。そこまで気配を断てるのか』
「生きるために必要だったからな。育ちが余り良くない故」
『そうか、意外だな。てっきり貴公も、上流階級の成り下がりかと思っていたが』
並走途中、突如として消えた隣人を認めると、金騎士が遠慮なくそう言った。
姿を晦ませるのはスキルによる作用だが、気配の消失に関しては経験の成せる業。
故にそう言った反応にもなるのだろう。
『ギャオォォオォォン――‼』
と、それはさておき。彼我の距離、再びの50m。
此方から見える景色は先程の接敵と何ら変わりないが、
怒れる蜥蜴の視界は、金騎士と後ろを追随する銀騎士・陰少女の姿を捉えるのみで、
透明化した俺の存在までは認識出来ていないだろう。
『では、我慢比べといこうか』
そう言って意気込む金騎士は単身、蜥蜴の進行路へと立ち塞がる。
そして、その姿を認めた蜥蜴は刹那の逡巡を見せたが、
盾役の減った今が好機だと判断、尚も突進を続けていき――。
『ガギィィイィィン――‼』
『くっ……。やはり、重いな……』
再び衝突する矛と盾。
寝袋娘の御陰で蜥蜴の攻撃力は格段に低下しているが、今回の盾役は金騎士一人。
やはりと言うべきか徐々に押し負け、ズルズルと地を擦りながら後退していく。
『解放‼』
『聖水癒‼』
と、透かさず猫耳娘と森霊娘からのサポートが入る。
詠唱を終えた二重の回復魔法が金騎士の身体を優しく包み込むと、
不利な状況を徐々に打開、両者譲らぬ均衡状態へと縺れ込んでいった。
『まだまだ……』
豪奢な兜の所為でその表情を窺えぬ、彼女の姿を横目にしながら。
俺も当然、黙って突っ立っている訳ではない。
俺はタイミングを見計らって【矛盾の転換】を起動すると、蜥蜴の右側面へと旋回。
そして、腰に帯びる純白の細剣を鞘から抜くと、それを床面と平行に構え――。
「ハァッ――」
蜥蜴の眼球目掛けて刺突――、穿ち抜いた。
『ギャオォァァ――⁉』
「っ……。先ず、一つ」
蜥蜴の凄まじい絶叫を耳にしながら、バックステップを踏んで後退。
一先ず、金騎士の背後へと退避する。
風穴の空いた眼球から体液を垂れ流す蜥蜴は酷くご乱心のようで、
その巨大な体躯を震わせながら、全身で痛苦と憤懣を表現していた。
「ハハッ……。どんな気分だ?」
『何だ、戦闘になると人相が変わる性質か?』
「あー……。まあ、そんな所だ」
何本か骨の折れた右腕を庇いながら、何処か自問するようにそう呟く。
それにしても迂闊だったな。危うく口調が元に戻る所であった。
『っ――。済まないが、余り保ちそうにない。手早く済ませてくれ』
「分かっている」
と、今はそんなことを考えている場合ではない。
俺は使い物にならなくなった右手から左手に細剣を移すと、今度は左側面へと旋回。
荒れ狂う蜥蜴の眼球へと照準を定め、跳躍、再び刺突の構えを取ると――。
「ハァッ――‼」
右眼に深々と細剣を突き刺し、視力を刈り取った。
『グギ――、ギャオァァアァァ――⁉』
これで奴の視界は、全て黒く染め上げられた筈。
とは言え、目が見えなくなった程度で蜥蜴を無力化出来るとは、俺も考えていない。
では、どうするのか。
答えは単純。此処まで乱せば、アレが通る。
「精神魅了」
床面へと着地。軽く後退した俺は〖暗殺〗を解除すると、蜥蜴の精神掌握を試みる。
スキル〖魅了〗の発動条件は「視線の倒錯」or「感情の揺らぎ」。
当然、難易度の高い後者の方が高い効果を見込める訳なのだが、
その大きさの如何によっても効果の程は変動する。
『ギャオ――?』
そして現在、奴の心の動揺はMAXレベル。
故にその巨大な体躯を鑑みても、全身を操るのは造作もないことであった。
「翻れ」
遊泳蜥蜴の支配を終えた俺は、短く、簡潔に命を下す。
そして抵抗不可、絶対服従の命令を受けた奴の方はと言うと、
現在進行形で感じている筈の激痛など存在しないかのように姿勢を正すと、
側面からゴロンッと床を転がり、腹を上にする服従のポーズを取って見せた。
「よし、これで――」
後は銀騎士と陰少女の二人が止めを刺すだけ。
そう言おうとして緊張の糸を断ち切った、次の瞬間――。
「――――⁉」
正面。切り離された蜥蜴の尻尾が、槍の如く超速度で迫っているのを視界に捉えた。
そう言えば、聞いたことがある。
蜥蜴は窮地に陥った際、尻尾を自切して逃亡することがある、と。
だが今回の場合、目的は逃亡ではなく、己を貶めた憎き仇に一矢報いるためであろう。
俺は少々、遊泳蜥蜴の精神力・執着心を甘く見ていたのかもしれない。
「ッ――。不味いな……」
回避行動を取ろうとするも、身体が上手く動かない。
両腕は途方も無い痛みを訴えているし、両脚も先の着地と後退で挫いてしまっている。
このままでは、硬質且つ巨大な尻尾に全身を貫かれ、命を落としかねないだろう。
『貴公、避けろッ‼』
同じく尻尾の存在に気付いた三人の騎士が、此方へと疾走するも間に合いそうにない。
俺は目下確実に迫りくる生体凶器を認めると、己が人生の終焉を悟り始め――。
「風結界‼」
『氷山障壁‼』
否。人生の終焉を悟ることは無かった。
(大丈夫――⁉)
分厚い氷壁に阻まれて減速した特大の尻尾は、風の成す結界に遮られて静止する。
二人の少女による二重魔法は、蜥蜴の必殺の一撃を目と鼻の先で食い止めていた。
そして、脳内へと直接語り掛けてくるような心配の言葉。
(――助かった、礼を言う)
(何で合図出さないのさ⁉ ボクのこと、忘れてたでしょ⁉)
そう念じてプリプリと怒る亜麻髪少女だが、今現在も痛覚は共有している筈。
故に途方も無い激痛を与えてしまっている筈なのだが、彼女は大丈夫なのだろうか。
(あ、ちょ――)
これ以上長く続けると、彼女の精神や身体に悪影響が出かねない。
そこで明確な拒絶の意思を示し【運命の共同体】を強制的に切断しておいた。
『検知。無事を確認。行きましょう、リトラ』
『は、はい。う、う、うりゃぁぁ――‼』
そして、俺の無事を認めた銀騎士と陰少女はUターンして疾走。
尚も服従のポーズを取り続ける蜥蜴に対して、躊躇なく止めを刺した。




