第六十三話「地下迷宮」
見渡す限りの砂海と、一筋貫く河川のみが存在する殺風景な世界。
淡い緑光に包まれての転移を果たした俺たちを迎え入れる情景は、
そんな、何とも代り映えのしないものであった。
「此処は……?」
『回答。帝都「アルマニク」から11,2kmの地点です』
『少し考えれば分かることです。下らぬ問いで、一々作戦を妨げないで下さい』
周囲を見渡しての一言に、返ってくる回答と罵倒。
森霊娘にはやはり嫌われているようだな……、棘を持つ言葉がチクチクと刺さる。
「何にもないけど……。此処に迷宮への入口なんてあるの……?」
彼女との関係値については、今後の課題に据えるとして。
亜麻髪少女の呟く通り、地下迷宮への入口などと言う如何にもなオブジェクトは、
上下左右、360度を見回してみても、視界に捉えることは出来なかった。
『ああ。あそこに僅かな窪みが見えるだろう? あの内部に迷宮区が広がっている』
「「砂の中に……?」」
金騎士の示す先へと視線を向けると、そこには粗砂の渦巻く小さな凹溜。
確か魔素の乱れによって発生する、自然現象の一種であったと記憶しているが……。
「沈んで、戻れなくなるだけじゃないのか?」
『本来であればそうなのだが……。兎も角、見せた方が早いだろう。私の後に続け』
俺の疑問に対する回答もそこそこに。
金騎士は金色の兜を被ると、軽く跳躍、悠然と窪みの中へ沈んでいった。
そして、彼女の行動を認めた銀騎士と森霊娘も、何ら躊躇うことなくその後に続く。
「嘘だろ……」
「うぇー……。吸い込まれちゃったよ」
都合三人。
自然の成す砂地獄へと飲み込まれた事実に対し、俺たちは心底から戦慄する。
三人の様子を見るに、本当にそこが地下迷宮への入口で正しいのだろうが……、
生き埋め=死という固定観念を、そう簡単に覆すことなど出来やしない。
『リトラ‼ 何処に行こうとしてるのかニャ⁉』
『ざんねーん。我がスーパーシュラフ号の魔の手からは逃げられないのですー』
『ィ、イヤ、イヤですぅ‼ 放し、放――、ちょ――、ひぃやぁぁあぁぁ――――⁉』
未知への恐怖心から、思わず二の足を踏んでいると。
俺たちのすぐ横では、イヤイヤと抵抗する陰少女を猫少女と寝袋娘の二人が抑え込み、
無理矢理砂地獄へと連行していくと言う、滑稽な一幕が閉じられた所であった。
それにしても、寝袋から生えた足によって雁字搦めにされた陰少女の様相は、
何とも筆舌に尽くしがたい悲壮感の漂うものであったな……。
「お兄さん、先どうぞ‼」
「まあ、考えていても仕方ないか……」
兎も角これで砂上に残されたのは、俺たち二人だけ。
ならいっそ、このまま逃げてしまうことも可能なのではないか――、
などという思考が一瞬だけ頭を過ったが、すぐにそれを唾棄すると覚悟を決める。
俺は先に行くよう背中をグイグイ押してくる亜麻髪少女に辟易としながらも、
恐る恐る砂地獄へと右足を踏み入れ――。
「なっ――⁉」
想像よりも遥かに強い吸引力を以って、砂中へと引き込まれていった。
*
砂漠の地下には、異界が広がっている。
そんな荒唐無稽な伝承を裏付けるような光景が、俺たちの目には映し出されていた。
「っ……、此奴は中々――」
「キャアァァア――⁉」
無尽蔵の砂で埋め尽くされている筈の地下に、ポッカリと空けられた謎の縦穴。
その巨大な縦穴を上から下まで繋ぐようにサラサラと流れる螺旋状の粗砂が、
宛ら角度の大きい滑り台の如く、俺たちの身体を地下の世界へと誘っていた。
それにしても、重力に逆らっているとしか思えないような構造をしているのだが、
これが自然という絶対的存在の成す、神秘的現象と言った所なのだろうか。
それとも、何者かの手によって作為的に構築された空間であるのだろうか。
「あ‼ 景色が変わって――、って……」
そんな俺の思考を断ち切るかの如く、奇跡体験もやがて終わりを迎える。
縦穴自体が先細りになっているのか、
周囲の光景が徐々に細く狭くなっていくのを認識すると、次の瞬間――。
砂の螺旋の終着点。硬く冷たい床面へと、俺たちは乱暴に投げ出された。
「がっ――、砂が口内に……。と言うか、早く退いてくれ……」
「ぐえっ……。こういうことは、先に言ってよ……」
口内を蹂躙する砂の不快感に悶えた後、上から降ってくる少女に追い打ちを貰う。
一刻も早く背中から臀部を退けて欲しい所だが、意見としては概ね彼女に賛同出来る。
『こればかりは、言葉では伝わらないだろう?』
亜麻髪少女を引っぺがし上体を起こした後、声のする方へと視線を向けると。
そこでは騎士団の面々が、各々自由な姿勢で佇んでいた。
約一名、伸びている者も居るようだが、大凡全員無事であると言えるだろう。
「うえー……、気持ち悪いよー。服の中が、すっごいムズムズするー‼」
すると直後、今しがた引き離したばかりの少女が、
全身を掻き抱きながら床面を転がり、悶絶している様子が視界の隅に映った。
確かに口内だけでなく衣服の中まで、所構わず砂が侵入してきている所為で、
今すぐにでもシャワーを浴びたいと思う程度には不快感を覚えている訳だが。
『そうだな……。ハイネ、頼めるか?』
と、そんな彼女の悲痛な叫びを聞いた金騎士は、
少し考えるような仕草を見せた後、森霊娘へと向き直るとそう言った。
『はい姉様――、水薄布』
そして頼みを受けた森霊娘の方は軽く首肯、両の手に魔力を集結させていくと、
俺以外の面々を水のベールで優しく包み込み――。
『水弾』
俺に対しては、特大の水球を解き放ってきた。
「…………。いや、贅沢は言わんが」
バシャッという音を立てながら、頭上で破裂する特大の水塊。
化粧を落とす訳にもいかない俺は、水が顔面へと流れるのを何とか防いだが、
その所為で顔以外の全身がずぶ濡れとなってしまった。
『魔物を前にして惰眠を貪っていたアナタに、作戦など務まる筈がありません』
「――ああ、そう言うことか」
何とも無慈悲な森霊娘の所業に、思わず眉を顰めていると。
彼女は心底から蔑むような表情を浮かべると、その美しい眦を決してそう言い放った。
しかし、成程。排他的という意味なら亜麻髪少女に強く当たらないのは何故かと、
そう不思議に思っていたのだが、今の一言で辻褄が合った。
恐らくクラリス入都の際、遊泳蜥蜴を討伐した団員の中に彼女はいたのだろう。
そして、そこで俺の間抜けな寝顔を視認。共闘するに値しないと判断したのだろうな。
「迷惑を掛けたな。二度と同じようなミスを犯さぬよう、全力で努めさせてもらおう」
『負い目があるのなら、大人しく引き下がるのが礼儀でしょう。図々しい事この上ない』
確かにこの件は俺に非があると反省し、少々下手に出てみたのだが、
やはりと言うべきか取り付く島もないな……。
これ以上会話を続けても埒が明かないので、一先ず周囲へと視線を移すことにする。
「しかし、どうなってるんだ、此処は……?」
俺たちが今滞在しているのは、何ら変哲のない直方体の部屋の一角。
天井に一本、落ちてきた縦穴が空いているのと、
部屋の奥側、「此処からお進み下さい」とでも言わんばかりの通路を除けば、
壁面へと等間隔に埋め込まれた発光石が辺りを照らすだけの、
何とも空虚な空間がそこには広がっていた。
「床と壁は――、硬いな」
「砂、じゃないよね……? 何だろう?」
そして、床と壁の双方を指の関節部で軽く小突いてみたのだが、
返ってくるのは高く響くような音色だけ。
材質は砂ではなく石……、いや、それよりも硬い鉱石の類だろうか。
「なぁ……、此奴は一体、誰が造ったんだ?」
何ら変哲のない――、地上の文明レベルと遜色ない空間を前にして、
俺は気付けばそんなことを呟いていた。
迷宮という存在は通常、自然や魔物等の営みによって形成されることが多い。
しかしこの地下迷宮においては、部屋全体の画一的な構造や加工された素材など、
明らかに人の手が加わっているような痕跡が見受けられるのだ。
『詳しくことは判明していない故、断言は出来ぬが……。
神器を封印するためだけに造られた施設であると言うのが、我々の見解であるな』
小さな呟きを拾った金騎士は、金色の兜を被り直すとそう言った。
俺は人目に付かない封印場所として、この場所を選んだものと思っていたが、
確かに神器などという御大層な代物であれば、
専用の器が造られていたとしても、余り違和感は無いかもしれない。
『今、その話をする必要がありますか? アナタ、もしかして教団側のスパイでは――』
『ハイネ、それ以上は止めておけ。
貴公も済まないな……。だが、叶うことなら大目に見てやって欲しい』
迷宮の成立について思考していると、尚も振り下ろされる森霊娘からの言の刃。
少しばかり話が作戦から脱線していた節は認めるが、
己が身を置く場所の情報くらい把握しておきたいと考えるのが道理ではないだろうか。
とまあ、そんなことを言えば第二の刃を頂戴するのは目に見えているので、
大人しく金騎士からの仲裁を受け入れると、軽く視線を逸らしておいた。
『よし、それでは行くか。――リトラ、これ以上空寝を続けるなら、置いていくぞ?』
『え――⁉ あ……、その……。お、お、置いてかないで下さいぃ――‼』
気を取り直しての出発宣言と共に下される、何とも無慈悲な戦力外通告。
結局最後まで締まらなかったが、何はともあれ、俺たちの迷宮攻略がスタートした。




