第六十一話「作戦会議」
『女帝陛下の救出作戦に協力して貰うぞ』
「救出……」
「何でボクたちが……?」
赤騎士は赫灼たる紅の双眸に幾許かの憤怒を宿すと、そう強く言い放った。
それにしても騎士団は、女帝陛下の救出に舵を切るのか……。
彼女との再会を目的とする俺としては、
そのこと自体も、救出作戦に参加出来ることも、願ってもない話であるのだが、
赤騎士の口上を聞いての素直な所感は、少女の言葉、これに尽きるだろう。
『当然、そなたらだけではない。
此処に居るオリアとリブラ、それから数人の暗部の連中も同伴する』
『済まない。救出作戦を行うには、少々人手不足でな』
「人手不足……? 私たちでなくとも、幾らでも団員は居るだろう?」
訝しむような俺たちの視線に、二人の騎士は続けて補足説明を行ってくる。
流石に俺と少女のツーマンセルと言うことは無いようだが、
人手不足とは一体どういう意味であろうか。
中間都市である『クラリス』には多くの騎士団員が駐在している上、
国境沿いに配備されている人員も合わせれば、その数は膨大。
一介の旅人である俺たちに、重要な役目を任せる必要など全く以って無い筈である。
『陛下の身の安全を第一として、我ら騎士団は表向き教団側に投降する姿勢を見せる。
そして、その隙に少数の精鋭部隊が帝城へと侵入し、
陛下の救出完了次第、反旗を翻すというのが、此度の作戦の概要であるのだが、
しかし前提として帝城には、騎士団員に関する情報を記したリストが存在する。
それと照合されれば、投降の場に居ない団員の存在が浮き彫りとなってしまう故、
帝城への侵入作戦を任じられるのは、リストに記載されていない人間、
つまりそなたらのような外部の人間のみとなってくる訳だ』
赤騎士の良く通る声で紡がれる作戦の概要によって、
ようやく俺たちの同伴を受け入れた意図を理解する。
確かに女帝陛下の安全を優先するなら、その作戦が最も効果的であるだろうし、
リストが存在する以上、騎士団員を駒として自由に動かせないのも頷ける話である。
「成程……。いや、しかし、二人はリストに記載されていないのか?」
俺たちに重要な役目を任せる理由については理解したが、
今度は騎士団の団員である筈の「オリア」と「リブラ」の両二名が何故、
帝城への侵入作戦に参加出来るのか、という新たな疑問が浮かび上がってくる。
『私たちは他国からの流れ、先代の女帝陛下に運良く拾われた孤児であるのだ。
便宜上ルミナスだけは、騎士団長としてリストに登録されているが、
それ以外の面々は公に存在しない、謂わば透明人間として処理されている。
この事実を知るのは陛下の支持派閥、それも限られた人物だけであるのだが』
「そうか……、聊か配慮に欠ける問いであったな。済まない」
「団長さんが孤児って……、なんか想像付かないや」
過去を偲ぶようにそう語る金髪の騎士は、少しだけその表情に影を落とす。
恐らく彼女らの存在は、今現在のような有事の為の布石でもあったのだろう。
「それにしても……。陛下の支持派と排斥派の対立は、思ったよりも根深そうだな」
本来共有するべき人員の情報を秘匿している。
その背景からも、両者間の軋轢が窺えると言うものである。
それに派閥の誕生は「ダレット」の即位が原因であると考えていたのだが――。
『ああ。先代女帝も外様の君主であった故、昔から下らぬ内輪揉めが絶えぬのだ』
俺の言葉を受け取った赤騎士は、心底から忌々しいと言った様子でそう答えると、
尚も続けて――。
『此度のゾディアック教団による占拠は、排斥派の差し金と見て間違いないだろう。
大方、裏で教団と金銭契約を結び、戦乙女と騎士団の双方を手中に収める。
そして帝国の民に対しては、教団側の暴挙として説明するつもりなのであろうな』
「排斥派の主軸は、やはり皇族か?」
『ああ、そうだ。本来国を治める立場にあった者らが、
二世代にも渡ってその座を譲り渡しているのが現状。
必然と言えば必然であるが、奴らにとっては面白くないのだろう。
まあしかし、無能な犬ほど良く吠える。血筋など、唯の飾りに過ぎぬと言うのに』
明確な侮蔑を孕んだ赤騎士の声に、思わず息を呑んでしまう。
それにしても確かに、皇族が現女帝を疎んでいるという事実がある上、
教団側の動機を見出せない以上、そこに雇用関係があると考えるのは自然であろう。
しかし、あと一歩で帝国自体を陥落させられるという現状、
金銭はその対価として釣り合うのだろうか……?
「でもさー……。どうやって、陛下を人質にしたんだろうね?」
『そこが最も不明な点であるが……、最低でも司教クラスの人間は居るであろうな。
もしくは、教皇本人が出張っている可能性も捨て切れぬ』
俺の思考回路など置き去りにして、順調に会議は進んでいく。
因みにゾディアック教団には、最高位聖職者である〝教皇〟をトップとして、
その下に十一人、一説によると十二人の〝司教〟が存在するらしい。
教皇の腹心、敬虔な信徒である奴らは、奇怪な技を使うとのことで有名なのだが、
表舞台へと出てくることは、余りないと言われている。
『孰れにせよ、陛下は何かしらの罠に嵌められている可能性が高い。
故に一度救い出すことさえ出来れば、後は全てを殲滅してくれるだろうよ』
それは一種の信頼の形……、だろうか。
そう言い放つ赤騎士の紅眼には、
対抗・嫉妬・敬愛の色を纏った、気高き好敵手の姿が映し出されていた。
『何せ我に何度も膝を付かせた、忌まわしき宿敵であるのだからな』
『ハハッ……、宿敵か。実の妹のように、何かと気に掛けていたではないか』
『それは君のことであろう……。まあ、昔の話は良い。
そなたも何か、問うておくことはないか? あるなら申せ』
金髪騎士からの横槍に、少しだけバツの悪そうな表情を浮かべた赤騎士は、
話題を逸らすためか否か、俺にも質問がないか問い掛けてくる。
「作戦の概要は把握したが……、帝都へはどうやって侵入する?」
『数年前まで四種の神器が一、〝風光霊剣〟が封印されていた地下迷宮。
その内部の一角に、帝城の背部へと繋がる抜け道が存在する。
無論この情報は、支持派の人間しか存じぬものである故、安心するが良い』
「地下迷宮か、成程……。いや待て、四種の神器は実在するのか?」
赤騎士の語る裏ルートの存在に納得し掛けるが、一つ引っ掛かる単語があった。
四種の神器とは何とも懐かしい響きであるが、眉唾物では無かったのだろうか。
『ああ。先代女帝が持ち帰り、今は巡り巡って現女帝が所持しておる』
『私も一度見たことがあるが……、アレは剣なのか? クリスタルのように見えたが』
『推測。魔力を込めることで、形状が変化するものと思われます』
しかし三人の反応を見るに、神器の実在は真実であると考えて良いだろう。
それにしても先代の女帝陛下は、色々と裏で暗躍していたようだな。
孤児の保護もそうだが、神器の存在も同様に秘匿してあったと考えるのが妥当。
であれば、迷宮の存在が公になっていないことにも、納得がいくと言うものである。
『地下迷宮の踏破に時間が掛かることを考慮して、そなたらは結晶で入口へと転移。
オリアの持つ魔道具にて随時連絡を行い、時を合わせて帝城への侵入を敢行せよ』
「迷宮って、何だかワクワクするね‼」
「遊びに行く訳ではないのだぞ? まあ、気を張り過ぎるのも逆効果ではあるが」
迷宮という単語に色めき立つ少女の姿に嘆息、少しばかり気を削がれるが、
極度の緊張で身体が強張ってしまうよりかは、マシな心理状況であると言えよう。
『此処まで情報を包み隠さず与えた故、そなたらに作戦への拒否権など無いぞ。
万一、断ると言うならば――、事が終わるまで牢屋へと幽閉させてもらおう』
「あ、殺すとかじゃないんだ……」
「勿論、協力するさ。端からそのつもりで、話を聞いていたのだからな」
その後も入念に作戦の確認を行い、時計の短針が一を示した頃。
赤騎士は念のため釘を刺してきたが、断るつもりなど毛頭ない。
『それと、武具は好きなものを持っていけ。先払いの分の報酬という奴だ』
赤騎士は続けてそう言うと、軽く指を鳴らして銀髪の騎士へと合図を送る。
そして意図を汲み取った彼女によって、部屋の奥にある荘厳な扉が開かれると、
その内部――、数多の武器・防具類によって埋め尽くされた空間が露わとなった。
「うわー、凄い‼ 選びたい放題じゃん‼」
「杖と軽い装飾品だけにしておけ――、っておい!」
流石は大陸有数の金持ち国家とでも言うべき、七色の輝きに満ちた武具庫の内部。
そんな煌びやかな光景を見て年相応(?)にも興奮したのだろうか。
少女が小走りに中へと消えていくのを見送ると、俺もその後に続いて歩を進めた。
*
帝都「アルマニク」―― アルマニク城
『おい、貴様‼ 話が違――、アァァァアァ――⁉』
『チッ、食って糞垂れるだけの蛆虫が。オレ様は今、イラついてんだよ』
豪奢な絨毯の終着点、美しいドレスに身を包む貴族然とした女は、
一人の男が放つ怒りの業火によって、無惨にも焼き尽くされた。
『オレ様の手を煩わせんなっての』
一つの生命が燃え滓へと変貌する過程になど目もくれず。
蒼髪の男は眼前、暖色系統の扉を荒々しく開け放つと、
向かって正面、執務机の上へと鎮座するフードの人物と対面を果たす。
『おい、ノードゥス‼ いつまで待たせるつもりだ⁉
オレ様は早く嬢ちゃんと遊びてぇんだが‼』
「騒がしいなぁ、リオは。君の仕事は未だ終わってないでしょ?」
『仕事ったって……。どうせ雑魚の相手をするだけだろ?
オレ様にも特異点様と戦わせてくれよ』
「あのさぁ……。君も雑魚の癖に、強者アピールするのやめてくれない?
さっきだってウチが居なかったら、それはまあ無惨にも死んでたでしょ?」
その華奢な指先で淡緑色の結晶体をグルグルと廻すフードの人物は、
心底から見下したような声音でそう言うと、窓の外へと視線を向けた。
『チッ、好き勝手言ってくれんねぇ?
オマエ等、唯の駒に成り下がったからって、気ィ立ってんじゃねぇのか?』
「何? その薄汚い舌を捩じ切られたいの?」
『おー、怖ぇ。でもオレ様に怒るのは筋違いだろ。明確な元凶様が居る筈だぜ?』
途端訪れる、一触即発の空気。
それを一早く感じ取った蒼髪の男は、その良く回る舌で怒りの矛先を他へと誘導する。
そして室内を一通り見回し、最後に壁際へと視線を遣ると、続けて――。
『しっかし、殺すには惜しい身体付き……。――って、凄っげぇ睨むじゃん』
「――――」
蒼髪男の視線の先には、両の手足を特殊な鎖で縛られた一人の淑女の姿。
彼女は全身に数多の切り傷と打撲創を刻みながらも、
その淡緑の瞳に戦意を絶やさず、男の存在を真っ直ぐに射抜いていた。
「賑やかしなら間に合ってるから、出てってくんない? ウチ君のこと嫌いなんだよね」
『はぁ……。気付けばこんな生意気になっちって……、先輩は悲しいぜ』
本気で疎まし気な台詞に、蒼髪の男は冗談めかしてそう返すと、
何処か逃げるような所作でその場を去っていった。
そして、残されたフードの人物の方はというと――。
「恨むんなら、己が弱さを恨みなよ。くれぐれも〝世界〟だけは恨まぬように」
誰にともなく呟いた独り言を、虚空へと刻むのであった。




