第五十九話「世界の悪戯」
・紛失しなかった(アレフの携帯していた)貴重品の類。
細剣・戦闘服・金銭・万能治療薬・転移結晶・〖念話〗の魔道具
夜は更け、月光が水面に映り輝く時間帯。
俺たちは都市の中心部――、美しく飾られた石造りの建物で、
優雅なショッピングと洒落込んでいた。
「お姉さん。ど、どうかな……?」
「ああ、とても良く似合っているぞ」
「せめてこっち見てから言ってよ‼」
背後からの憤りの声に仕方なく視線を遣ると、そこにはあざとくポーズを取る少女の姿。
快活な印象をより際立たせる橙色のマントは、幼気な少女に良く似合っているが、
今現在重要なのは、彼女のファッションショーに付き合うことではない。
俺は美辞麗句を並べ立てると、眼前の化粧品棚へと再びの視線を落とした。
「こっちも命に関わる問題だ。悪いが集中させてくれ」
「そこまで真剣だと、ちょっと引くんですけど……。あっ、これも可愛い‼」
女物の化粧品と睨み合う俺の姿に、亜麻色髪の少女は少しばかり慄いて見せるが、
しかし次の瞬間には別の衣装へと意識を向け、甲高い歓声を上げる。
というか事あるごとに感想を求める割に、結局参考にもしようとしないのだが、
此奴は一体何を考えて俺の意見を欲しているのだろうか。
とまあ、そんなことはどうだって良い。
俺は熟考の末、商店一押しのアイシャドウパレットをその手に取ると、
己が世界に入らんとしている少女へと向けて、軽く釘を刺しておくことにする。
「あと少しで能力更新があるんだ。出費は程々にしといてくれ」
「えー……。服の代金は、お姉さんが出してくれるんでしょ?」
「そうだが……、元々私一人の旅の予定であったからな。余り手持ちに余裕は無いんだ」
本日の日付はと言うと、教皇の月――、二十一日。
時計の長針がグルリと一周した頃、恒例の能力更新が行われるのである。
その結果次第で、武器やら防具やらを購入しなくてはならない訳なのだが、
今後の見通しが立っていない以上、出来る限りの節約をしておきたい所である。
「うーん……、これにしようかな。丁度値引き中だし、砂漠と同化出来るかも?」
「『砂隠駝鳥』くらいしか騙せないだろ……。まあ、悪くはなさそうだが」
幾度とない試着を繰り返し。
少女が最終的に選択したのは、頭までスッポリと覆えるタイプの黄色系マントである。
価格は80万sと決して安くはない代物であるが、
砂漠由来の素材や魔晶石等で拵えている故、致し方ないと言えるだろう。
本来であれば、能力に合わせて服のタイプを選ぶのがセオリーなのだが、
少女曰く「カワイイを損なう」とのことで、重装備は断固として拒否されている。
「ありがとう、大切にするね‼」
幾つかチョイスした化粧品類と共に、少女の着るマントの会計を済ませた後。
亜麻色髪の少女は溌溂と感謝の言葉を紡ぐと、俺の眼前で優雅に一回転。
角度によっては金色とも見える布をひらひらと靡かせながら、
少し気恥ずかしそうに微笑んで見せた。
「ああ、そうしてくれ」
元々弁償という意味合いで購入することにした衣装であるのだが、
此処まで喜んでくれるのは悪い気がしないと。
そんな不思議な感慨を抱きながらも、俺たちは閉店間際のブティックを後にした。
*
そして、それから小一時間が経過した頃。
上級治療薬や栄養剤、その他必需品を補充し。
手痛い出費ながらも転移結晶を追加で購入、クラリスの外縁部で登録した後。
最低限の機能を備えた宿屋の一室で、俺たちは二人、机を挟んで向かい合っていた。
「む……、緊張するね!」
「ああ。――ところで、能力の開示はどうする?」
「うーん、どうしよっか……。お兄さんが良いなら、ボクも良いよ!」
心の準備は万端、いざ能力更新、というタイミングなのだが、
パーティーを組む上で、能力を共有するかという点は非常に重要となってくる。
何せ自身の能力を開示するという行為は、全裸で弱点を晒すも同義であるのだから。
故にかなり迷ったのだが、目の前の少女に俺を貶めるつもりがあったのなら、
俺が意識を失っている間、幾らでもそのチャンスはあったことだろう。
だからと言って信頼を置くというのも、聊か安直過ぎる気もするが、
互いの能力を知っておくことで広がる連携の幅は、計り知れないものがある。
「あ! 光ってきたよ‼」
「さあ、運試しと行くか」
そんな、刹那の思考を巡らせている内に。
幾度となく顕現する不思議な光は、俺たちを導く希望の道筋か否か。
ゆらゆらと歪む蒼光が手の甲を包み込むと、淡く光る文字列を刻んでいった。
―――――――――――――――――――――――――
〈名称〉アレフ
【体力】84
【魔力】75
【攻撃力】3
【防御力】91
【魔法攻撃力】7
【魔法防御力】94
【敏捷力】9
【運力】21
≪スキル≫【矛盾の転換】〖暗殺〗〖魅了〗「簒奪」
―――――――――――――――――――――――――
「嘘、だろ……。こんなことあるか?」
唖然、そして絶句。
右手の甲をまじまじと見詰めていた俺は、思わず言葉に詰まってしまう。
ステイタスの偏りが余りにも酷過ぎるし、それに――。
「おー、割と良いかも! ――ってどうしたの、そんな変な顔して?」
しかし、そんな少女の訝しむような声によって、俺の意識は現実へと引き戻された。
「いや……。まあ、見れば分かる」
「あ、ちょっと待ってね。――よし、良いよ!」
百聞は一見に如かず。
平静を取り戻した俺は手の平を返すと、少女の視界に入るよう眼前へと翳す。
一方の少女はと言うと、何やら手の甲を指で軽く擦っていたが、
やがて納得したのか小さく頷くと、それを此方へと見せてきた。
――――――――――――――――――――――――――――――
〈名称〉ザイン・ウィンクルム
【体力】66
【魔力】69
【攻撃力】27
【防御力】38
【魔法攻撃力】74
【魔法防御力】85
【敏捷力】29
【運力】93
≪スキル≫【運命の共同体】〖風精霊の語部〗〖鷹の目〗 ——
――――――――――――――――――――――――――――――
「魔法特化だが、悪くはなさそうだな」
「え⁉ 何これ、本当にランダムなの⁉」
互いの能力値を見せ合って、それぞれ素直な所感を漏らす。
身を乗り出すようにして俺の手の甲を覗き込む少女は、
酷く驚いたような表情を見せているが、まあそれも無理はないだろう。
俺も今まで偏りの大きい能力値を幾度となく経験してきたが、
此処まで露骨な数値のステイタスを見るのは、今回が初めてであるのだから。
「しかも【矛盾の転換】って……‼」
「ああ、俺の記憶が間違っていなければ……」
それに俺たちが驚いているのは、何もステイタスだけが原因ではない。
俺は先程購入したばかりの最新版技術教本を開くと、
目的の項目へと辿り着くまで延々とページを捲り続けた。
―――――――――――――以下、技術教本より抜粋――――――――――――――――
【矛盾の転換】…【攻撃力】と【防御力】、【魔法攻撃力】と【魔法防御力】、
【体力】と【敏捷力】を全て入れ替える。インターバル十秒。
【運命の共同体】… 半径五百m以内の対象一人と感覚を共有する。
その際、対象の〖銀〗以下のスキル全てが使用可能となる。
〖暗殺〗… 自身と接触しているモノを透明化する。
自身と接触しているモノから発生する音を、最大80%減らすことが可能。
〖魅了〗… 対象を魅了状態(洗脳状態)にする、精神攻撃の一種。
発動条件:視線の倒錯・感情の揺らぎ。
解除条件:物理的な衝撃・一部スキルによる解除。
〖鷹の目〗… より遠くまで見通すことが出来る。
視界に捉えた対象一人をロックオン状態にし、
視界から外れた後も、第三者視点から監視することが可能(最大一時間)。
〖風精霊の語部〗… 風属性魔法の通過点。
「簒奪」… 視界に捉えた無機物を確率で奪取する。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「運が良いと言えばそうなんだが、ステイタスの転換はかなりのリスクを伴うな……」
「だね……。体力9・防御力3じゃあ、流れ弾だけで死んじゃうよ‼」
今回のステイタスとスキル【矛盾の転換】は、気味が悪い程に噛み合っているが、
一概に優秀であるとも言い切れない、諸刃の剣のような構成となっている。
一見すると、攻撃スタイルと防御スタイルを両立出来る万能型。
敵に仕掛ける時は攻撃、逆に仕掛けられている時は防御といった具合に、
スタイルを使い分ければ良いと、そう考える者もいるかもしれないが、
此処でスキルの制約である、十秒のインターバルがネックとなってくるのである。
戦闘、特に対人戦においては、コンマ数秒が生死を左右する分かれ目となってくる。
その中で十秒間という長い時間、
一切の防衛力を捨てるという行為は、死への階段を下る行為に他ならないのだから。
「ちょっとさ、試しにスキル使ってみてよ!」
「…………? 別に構わないが」
色々と脳内でシミュレーションを行っていると。
少女は何やら悪戯を思い付いた子供のような表情で、俺にスキルの使用を促してきた。
余談であるが、ステイタスという要素は身体感覚と直結していたりもする。
例えば、攻撃力が高いと全身に力が漲るような感覚、
敏捷力が低いと足に枷を付けられているような感覚といった具合にだ。
故にどの道、転換後の身体感覚を確認しておく必要はあった訳なのだが――。
「成程……。身体は軽くなったが、明確な不安感が――」
「えいっ!」
「は……?」
俺がスキルの使用を行った直後。
少女の気の抜けた掛け声と共に『ピシッ』と――、骨に罅の入る鈍い音がした。
「っ……‼ 何しやがる、クソガキ……」
瞬間認識するのは、少女の指弾きが腕の骨を襲ったという事実。
軽い悪戯程度の攻撃で傷付いてしまう身体の脆さにも驚きであるが、
今現在重要なのは、意図せずして得られた検証結果を吟味することではない。
部屋の奥側、少女がベッドの方向へと逃げるのを視認した俺は、
一先ず彼女を追い掛けることにした。
「おい……。冗談でもやって良い事と、悪い事があるだろ?」
「ご、ごめんなさい。ちょっとした出来心で……」
「出来心だと……?」
「そ、そんなにいきり立って……。
も、もしかして、そのままボクを欲望のままに凌辱するつもりなの……?」
「何を言って――」
激痛苛む左腕を庇いながら。
俺はベッドへとゆっくり近付き、軽く対話を試みるが、いまいち会話が噛み合わない。
「ボク、初めてだから……、その、優しくしてね……?」
「ア、アレフ様……、な、な、何を為さっているのですか?」
するとその直後。
鈴を転がすような声が、少女の手元から聞こえてきた。
「――――⁉ クソッ……」
急いで己が懐を確認するが時すでに遅し、〖念話〗の魔道具は無くなっていた。
恐らく先の一悶着の隙に、懐から掏ってギーメルとの通話を繋げたのだろう。
何とも手癖の悪いことだが、本当に面倒なことをしてくれる。
「えーっとだな……、いや、違う。そこのガキの言うことを真に受けるな……」
「そ、そ、そういうことは、りょ、両者の合意を経てですね――」
「やっぱり無理‼ 助けて、お姉さん‼」
「お前な……、俺のタダでさえ狭い交友関係をぶち壊したいのか?」
今にも吹き出しそうな表情で、迫真の演技を続けるマセた少女と、
先日の弁明など忘れたかのような、ピュアな反応を見せるメルヒェン少女。
恐らく目の前のマセガキは、俺とギーメルの双方を揶揄っているのだろう。
何とも由々しきカオスな状況である。
「ちっ、良いから返せ‼ 今なら許してやる!!」
「ひ、酷いよ……、そんな乱暴にするなんて……」
目の前にしてみれば、只の大根役者にしか見えない少女であるのだが、
注視すると魔道具が極力俺の言葉を拾わないよう、軽く小細工しているのが窺えた。
故にギーメルの側から聞けば、
俺の怒声と少女の言葉のみが伝わるようになってしまっているのだろう。
このままでは、俺のなけなしの尊厳が失われることに繋がりかねない。
故に右手で少女から魔道具の奪取を試みるのだが、
此奴がステイタスの割に案外すばしっこく――。
『貴公ら……。いや、その何だ。邪魔をしたな……』
カオスは新たな人物の登場によって、より深く極まっていく。
扉を開けた状態のまま停止し、ベッドの上で揉み合う二人の姿を認めた金髪の女性は、
心底気まずそうな声音でそう呟いた。




