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生抜同盟 ―白黒傭兵の冒険手記―  作者: 白崎凪
第三章:蒼紅少女篇
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第五十七話「蜥蜴と蜥蜴」

 砂漠攻略が始まってから、五日程が経過しただろうか。

 俺たちは、一風変わった景色を見せる砂漠の上で休息を取っていた。


「想定よりも遅れているな。少し巻いていきたいが……」

「それにしても、魔物が多いよね。もうクタクタだよ……」

「お前、座って見てるだけだろ……。少しくらいは戦えないのか?」

「無理だよー。か弱い乙女に戦えって言うの?」


 細剣(レイピア)に付着した『蹴殺飛鼠(マーダー・ジェルボア)』の返り血を、少し血腥い手巾で拭いながら。

 相も変わらずバックパックを下敷きにして項垂れる少女と、

 そんな益体の無い会話を繰り広げる。


「まあ、別に良いが。疲れてるなら、もう少し休んでいくか?」

「んー、それはいいかな。大分涼しくなったから、頑張ってみるよ」


 照り付ける太陽は未だ猛威を振るっているが、周辺一帯の気温は低下している。

 と言うのも、俺たちが現在立っているのは『グレイス川』の沿川部。

 砂漠を貫くように流れる外来河川の恩恵によって、

 冷水と若干の緑が存在しており、気温の低下に一役買っているという理屈である。


 そしてこのまま川沿いを歩いていくと、

 国境と帝都との凡そ中間に位置する都市『クラリス』へと到着する手筈となっている。


「なら行くか――、って嘘だろ……」

「あちゃー……。ボクたち、とことんツイてないね……」


 何処か威勢に欠ける少女の返答を聞き、再びの行軍を開始しようとした――、その時。

 少し先の河川からぬるりと現れる、一つの巨大な影を視認した。


『ギャオォォ――‼』


 身の毛も弥立つような、野太い雄叫びを上げながら。

 俺たち二人を鋭い眼光で射貫く、魔物の名は『遊泳蜥蜴(スイミング・スキンク)』である。


 体長は9~10mと言った所だろうか。

 爬虫類特有の硬い鱗に覆われた砂色の身体と、水中呼吸を可能とする巨大な鰓。

 更には両手足に付随する、独特な形状の鰭と鉤爪の存在によって、

 土中・砂中・水中、あらゆる環境下でのスピード遊泳を可能としている。


 丁度、爬虫類と魚類の融合といった造形をしている魔物であるが、

 生物学上の分類としては、『砂蜥蜴(サンド・リザード)』の亜種であるとされているらしい。


「わー、ちょーレアじゃーん。やったー……」

「本物を見るのは初めてだな、スゲェ……」

「いや、何を感心してるのさ⁉ どうしよう、どうすんのこれ⁉」


 少女による棒読みの感嘆を尻目に、現実逃避気味の所感を一つ。


 滅多にお目に掛かれない希少生物として有名な、遊泳蜥蜴との邂逅であるが、

 戦力の乏しい現状では、アンラッキー以外の何物でもない。

 何せ此奴は砂漠地帯における、最強として名高い魔物であるのだから。

 生半可な覚悟で挑めば、痛い目を見る所か、死神を見る羽目となるだろう。


「まあ、無理だろうな。一先ず、沿川部から離れるぞ」

「賛成ー。あんな化け物、命が幾つあっても足りないしね……」


 物理による攻撃は、圧倒的硬度を誇る鱗によって阻まれ、

 魔法による攻撃も、体表を保護する特殊な粘液によって軽減されるという鬼畜仕様。

 仮に此奴を倒すのであれば、能力の高い戦士数十人による一斉攻撃が必要なのである。


 そして、そんな大層な戦力など持ち合わせている筈のない俺たちは、

 分が悪いとは理解しつつも、逃亡という手段を選択。

 急いで砂蜥蜴へと騎乗し、未だ此方を睥睨した姿勢の遊泳蜥蜴から、

 少しでも距離を取ろうとするのだが――。 


「ねぇ、お兄さん‼ サンちゃんが動かないんだけど⁉」

「サ――、こっちもだな。ちっ、完全に委縮してやがる……」


 少女の焦るような叫声の原因は、乗り物としての機能を停止させた二頭の砂蜥蜴。

 俺は咄嗟に細剣の束で蜥蜴の身体を鞭打つが、生憎と微動だにしなかった。

 恐らく似て非なる上位存在を前にして、戦々恐々としているのだろう。

 触れ合う肌越しに、小さき蜥蜴の抱く負の感情が犇々と伝わってくる。


『ギャオオオォォォオン――‼』


 と、すると――。

 そんな俺たちの戸惑う様子を見て、今が好機と捉えたのだろうか。

 遊泳蜥蜴は先程よりも遥かに大きい雄叫びを上げると、潜砂。

 大地を揺るがし、砂塵を撒き散らしながら、徐々に此方へと接近してくる。

 このままでは、俺たちの足元へと到達するのに、そう時間は掛からないだろう。


「――仕方ないか……。少し我慢しろ」

「わっ――、な、何をするのさ⁉」


 刹那の思考を経て。

 一つの妙案を思い描いた俺は、軽い少女を横に抱き上げると、勢い良く跳躍。


氷盤宙走(アイスステップ)


 足元へと厚い氷の板を生成し、それを思い切り蹴り上げた。


「わわっ、凄い⁉ 空を走ってるよ⁉」

「騒いでると、舌を噛むぞ」


 水属性の応用魔法『氷盤宙走』は、大気中の魔素を氷の足場へと変換し、

 それが重力によって地面へと落ちる前に、踏み台として上昇力を得る。

 この行為を延々と繰り返すことで、疑似的な空中歩行を可能とする技である。


 かなりの集中力と魔力、そして技術を必要とする魔法であるが故、

 使える人間・場面は限られる訳だが、今回の逃走劇には打って付けである。


『ドオォォン‼』


 すると、その直後。

 直前まで俺たちの居た場所が、砂蜥蜴ごと巨大な咢によって飲み込まれるのを認識した。

 あのまま地上で二の足を踏んでいた場合、俺たちも同様に餌となっていたことだろう。


「同類でも容赦なしかよ……」

「ごめんね、サンちゃん……。でもこれで、スイちゃんも追ってこれないよね――」


 然しもの危険生物も、空中までは追ってこれまい、と。

 意識の大半を空中歩行へと割きつつも、安堵の溜息を吐いていた、次の瞬間。


「避けて――‼」

「――――⁉」


 実に逼迫した様子で紡がれる、少女の叫び声が耳を叩く。

 俺は考えるよりも先、声に従って右前方へと新しい氷の足場を生成すると、

 今し方乗じていた足場を強く踏み抜き、無我夢中にそこへと飛び移った。


 と――、同時。

 俺たちの左側を超速度で通過していくのは、球状の粘液塊である。


「そんな芸当も出来るのか。勉強不足だったな……」

「言ってる場合⁉ ほら、次は二つ来るよ‼」


 一瞬だけ地上へと視線を向けると、頭部のみを露出させた状態で砂中を泳ぎ、

 俺たち二人を猛然と追跡する、遊泳蜥蜴の姿が視界に映る。

 そして、その巨大な口から射出してくるのは、悍ましい紫色をした粘液の塊。

 恐らくだが、強力な酸性の液体であるのだろう。

 地上へと不時着した粘液が、砂を溶かす様子が「遠視」越しに見て取れた。


「引き続き、下を見ていてくれ」

「りょーかい、任せといてよ‼」


 地上からの攻撃を警戒しつつの空中歩行は、流石に困難を極めるため、

 不本意ながらも少女に見張り役を任せると、氷の足場渡りへと神経を集中させる。

 俺たちの側を通過する粘液塊は三つ、四つと徐々にその数を増していくが、

 二人の協力を以ってすれば、避け切れない程の攻撃ではなかった。


「右! 上! 上! 左! あはは‼ 意外と楽しいかも‼」

「真面目にやってくれ……、死にたいのか?」


 何故か腕の中から、楽しそうな少女の笑い声が聞こえてくるのだが、

 命を賭した逃走劇を繰り広げていることを、正しく理解しているのだろうか。


 とまあ、それは兎も角として。

 今此処に、巨大な蜥蜴との長いデスレースが幕を開けた。





              *





 デスレース開始から、五時間ほどが経過しただろうか。


「マズいな……」

「何で諦めないのさ‼ ボクたち痩せてるから、絶対美味しくないのに‼」


 俺の焦燥に呼応するかの如く響き渡る、余裕を無くした少女の悲嘆の声。

 小一時間ほど逃げ果せれば諦めるだろうと、そう高を括って開始された逃走劇であるが、

 思いの外に遊泳蜥蜴は俺たち二人にご執心のようで、

 約五時間が経過した現在に至っても、変わらぬ追走を続けているのである。

 既に魔力回復薬(マジックポーション)は全て飲み干し、俺の集中力も底を尽き掛けていた。


「ちっ……、掠ったか」

「ちょっと待って、回復薬――、っと、左に避けて‼」


 碌な睡眠が取れていないのも、尾を引いているのだろう。

 半歩分回避の遅れた俺の脚の一部が、酸性の粘液によって紫色に染まる。


 爛れた脚部は途方も無い激痛を訴えてくるが、粘液は外部破損特化の代物らしく、

 回復薬さえ飲んでおけば、時間経過で完治させることが出来る。

 とは言え、致死量の粘液を食らってしまえば、

 回復する間もなく命を落とす結果となる故、気を抜くことなど出来やしないが。


「あっ⁉ 都市が見えてきたよ‼」


 激痛苛む脚部に鞭を打ちつつ、終わりの見えない逃走劇を続けていると。

 地平線の彼方、視界の最奥。

 グレイス川が扇状に広がり、多くの緑を侍らせる湖を形成しているのを視認した。

 そして、その周辺を埋め尽くす美しい空間こそが、中間都市『クラリス』の正体である。


「後少しで……」


 クラリスにさえ到達することが出来れば、

 駐在している帝国騎士団の連中が、蜥蜴を討伐してくれるだろう、と。

 そんな一筋の光明を見出している、矢先のことであった。


「クソッ……、此処に来て――」

「わわっ⁉ お兄さん、落ちてるって⁉」


 それは何とも無慈悲な――、魔力の枯渇。

 左前方、新しい氷の足場が顕現しないことに気付くも、覆水は盆に返らない。

 頼りの足場を失った俺たちは、圧し掛かる重力に抗える道理などある筈もなく、

 必然――、落下への一途を辿っていった。


「此奴は、本気でヤバいな……」


 このまま落下を続ければ、地上に待ち受ける蜥蜴の咢に一直線である。

 俺は目下確実に迫る砂の地面に焦燥感を募らせつつも、

 絶望的な現状を打開する為の策はないかと、刹那の思考を巡らせていく。

   

 一度食われてから、細剣で蜥蜴の体内を蹂躙――、ダメだ。

 図体がデカ過ぎる所為で、殺し切るよりも先に俺たちが消化されるだろう。


 スキル〖共鳴〗で痛覚を共有後、自傷――、論外だな。

 魔物の痛苦耐性は人間よりも優れている上、そもそも魔物は〖共鳴〗の対象外である。


 となれば――。


(転移結晶を使うしか……)


 振り出しに戻る結果となるが、此処は転移結晶での逃亡を図る他ないだろう。

 空中での転移はリスクが伴う上、魔術師の予言にリミットがある可能性を考慮すると、

 余り取りたくない手段ではあるのだが……。

 不確定事項の為に命を落とすのは、余りにも愚かな行為である。


「今から、結晶で逃げるぞ‼ しっかりと掴まっておけ‼」 

「にゃっ⁉ あ、あー……。でも、それは困るかな……」


 迷っている暇など、ありはしない。

 俺は懐から緑の結晶を取り出すと、腕の中の少女を強く抱き寄せる。

 それを受けて少女は何かを呟いている様子であったが、

 生憎と迫りくる蜥蜴の強烈な咆哮によって掻き消されてしまった。


 そして俺が用意した短剣の束で、転移結晶を砕こうとした――、次の瞬間。


「ちょっと、ごめんね?」

「――――?」


 突如として明滅し、暗転する視界。

 何が起きたのか? そんな疑問すら感じさせない圧倒的速度で。 

 

 俺の意識は、刈り取られていた。



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