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生抜同盟 ―白黒傭兵の冒険手記―  作者: 白崎凪
第三章:蒼紅少女篇
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第五十六話「砂漠の洗礼」

「ふぁーあ……、ってあれ、もう起きてたの?」

「端から寝てないからな。――というか、寝れる訳がないだろ」

「何でよー。信用してくれて良いのに……」


 寝惚け眼を擦りながら、小さく欠伸を一つ。

 透明なテントから顔を出すのは、亜麻色の髪の少女である。


 寝ている間に着崩れたのだろうか。

 開けたマントと隙間から覗く瑞々しい柔肌は、何処か煽情的にも映るが、

 女性的な凹凸が少な過ぎる所為で、少しばかり残念な様相を呈している。


「ソイツは無理な話だな。ほら、これ食ったら行くぞ」


 俺は短くそう告げると、赤いターバンを巻き直す少女に栄養剤を投げ渡す。

 少女は同衾しなかったことに対して疑問を抱いているようだが、

 出会って数時間の相手を前に爆睡出来る、彼女の神経がどうかしているのである。


「わー、凄い‼ 色んな種類がある‼」

「食えれば良いって考えからは、卒業するべきかと思ってな……」


 複数の栄養剤を器用にもキャッチした少女は、目を輝かせると歓声を揚げる。

 今まで栄養剤は一番安いモノを選んでいたのだが、金銭的に困っていない以上、

 少し味覚を鍛えておくのも悪くないかと、漠然とそう思ったのである。

 食事は幸福度に直結すると、何処かで聞いたこともあるしな。


「ぱくぱく……、ごくん。――か弱いボクは、荷物持ちでもしようか?」


 見た目からは想像の付かないほど、豊かな味のサプリメントに舌鼓を打った後。

 意外と言うべきか、少女は荷物持ちの申し出をしてくる。

 確かに戦闘の際、重量のあるバックパックはかなり邪魔となるのだが――。

 

「そうだな……。いや、止めておこう」

「あ、その顔は『どうせ持ち逃げするだろ?』の顔だな‼ ボクを何だと思ってるのさ‼」


 俺の返答を聞いた少女は、何とも似ていない声真似で、俺の気持ちを代弁してくる。

 荷物を預けていた奴が突如として失踪する。

 なんてことは、パーティを組んでいるとよくあるらしいからな。

 別に少女のことを特別怪しんでいる訳ではないが、

 信頼に足る要素も何一つないので、全てを預ける訳にはいかないという理屈である。


「それなら……、有事の際、貴重品以外を頼む」

「むむ……。まあ、いいさ。後で縋り付いても、持ってあげないからね‼」


 妥協案。何もさせないと文句を言ってきそうなので、一部荷物の分配を提案する。

 それにしても、殊勝なのか高飛車なのか図り得ない態度であるが、

 高が荷物持ち如きで、何を盛り上がっているのだろうか。


 とまあ、そんなことはどうだって良い。

 俺たちは協力してテントを畳むと、近くの岩場へと繋いであった蜥蜴へと騎乗。

 燦々照らす太陽を瞼に焼き付けながら、砂の大海へと繰り出していった。





               *





 砂漠縦断の旅――、初日。


「暑いよお兄さん……、水頂戴……」

「またか……。ほら、ゆっくり飲めよ」


 軽やかに砂上を駆ける蜥蜴へと、その細身を任せながら。

 まるで溶けるかのように項垂れるのは、明らかに威勢を失った少女である。

 一先ず蜥蜴の動きを止めると、水魔術で飲料水を生成。

 予め購入しておいたカップへと注ぎ、今にも干涸びそうな少女へと手渡す。


「ごくごく……、ぷはぁー‼ 生き返るー‼」

「それにしても暑いな……。頭がおかしくなりそうだ」


 未だ数時間しか経過していない砂漠の旅路であるが、

 端的に言えば、暑い・辛い・怠いの三拍子。

 身を焦がすような灼熱の太陽が、俺たちの身体をジリジリと蝕むかと思えば、

 舞い踊る砂の粒子が衣服や口内へと侵入し、得も言えぬ不快感を与えてくる。


 一応暑さ対策として、軽く水魔術で周囲の気温を下げてはいるものの、

 魔力も無尽蔵ではないので、焼け石に水程度の効果しか持続させることは出来ない。


「そんな様子でよくもまあ、帝国を目指していたもんだな?」

「お兄さんの意地悪……。――ん? あれって?」

「ああ。どうやら、敵襲のようだ」


 俺の皮肉を受け取った少女が、頬を膨らませて抗議――。

 したのも束の間。

 俺たちの進路上、複数の小さい影が近付いているのを視認した。


「狐か……、最悪だな」

「うえー、やだよー……。ボクは応援してるから、お兄さん頑張って‼」


 律儀にも列を成して接近してくる、魔物の名は『放熱妖狐(ラジエーション・フェネック)』。

 砂漠地帯に生息するキツネ属の小型の魔物で、

 怪物の坩堝と言われる砂漠においても、危険度の高い存在として認知されている。


 此処は逃げるのが得策――、と言いたい所だが、

 こと今回においては荷物、もとい少女の存在がある。

 機動力に長ける魔物とのチェイス劇は、分が悪いと言わざるを得ないため、

 真っ向から対峙し、打ち倒す必要があるのである。


「はぁ、面倒だな……」


 俺は蜥蜴から下乗すると、少女へと荷物を渡し、一つ深呼吸。

 アイボリーを湛える狐たちは次第に減速すると、凡そ50mの地点にて停止した。

 恐らく、此方を囲むべく隙を見計らっているのだろう。

 行動の端々に感じられる知性も、此奴らが厄介な敵たる所以である。


『『『キュイキュイ』』』


 可愛らしく鳴き声を上げながら、油断なく隙を窺う狐の集団。

 此方を見詰める円らな黒瞳には思わず毒気を抜かれるが、

 此奴らは正真正銘の肉食獣である。


 その特徴は何と言っても、巨大な耳から放出される灼熱。

 魔防の低い人間であれば、一瞬の内に燃え滓としてしまう程の猛炎を体内にて生成。

 視界に捉えた獲物を中距離からこんがりと焼き、

 骨の髄まで貪り尽くすという実にグルメな魔物でもある。


『キュー。キュイキュイ――‼』


 ついに痺れを切らしたのだろうか。

 集団の内の一匹が、両の耳を大きく膨張させると、勢い良く解放。

 火炎放射器もかくやと言う威力、速度で放たれる螺旋状の炎が眼前へと迫る。


「暑いだろ、クソ狐が……」


 俺は即座にサイドステップを踏んで回避すると、反転攻勢。

 両の手に魔力を込め、視界に捉えた有象無象へ向けて、研ぎ澄ました氷柱を解き放つ。


氷柱光線(アイシクルレイズ)


『『キュェ……⁉』』


 幾重にも枝分かれした氷の柱が、無慈悲にも狐たちの身体を刺し穿っていく。

 命中したのは半数、十と言った所だろうか。

 その矮躯へと風穴を開けられた狐たちが、

 断末魔を上げながら絶命していく様子が見て取れる。


「凄いよ‼ お兄さん、頑張れー‼」

「頼むから黙っていてくれ。集中出来ないだろうが……」


 と、その時。

 実に能天気な様子で応援の言葉を紡ぐ、少女の声が耳を打った。

 背後――、気付けば少女はいつの間にか、かなりの距離を取っている。

 バックパックを下敷きにして寛ぐ様は、実に腹立たしく感じられるが、

 離れてしまった以上、狐たちを通す訳にはいかない。


『『キュイェ――‼』』


 先の攻撃を受けて、標的を少女へとシフトしたのだろうか。

 狐たちはバラバラに散ると、俺の脇をすり抜けようと波状攻撃を仕掛けてくる。

 同胞を殺された恨みからか、その鳴き声に含まれる怒気は格段に増していた。


氷山障壁(アイスバーグ)


 少女の能力や潜在力は定かでないが、狐たちと引き合わせる訳にもいかない。

 そこで俺と少女の間を隔てる防壁を生成、狐たちの進路を極力塞いでおく。


 突如として地中より顕現した氷の山岳に、一瞬の困惑を見せる狐たち。

 その隙を見逃してやる程の慈悲を、生憎と俺は持ち合わせていない。

 俺は腰に帯びる白く輝く細剣(レイピア)を鞘から抜くと、身体の正中線上に構えた。


「らぁっ……」


 砂に足が埋まる速度よりも速く、地面を強く蹴り上げると、

 動揺を見せる狐目掛けて、右手に持った細剣を真っ直ぐに突き出す。


 少し扱いの難しい細剣であるが、攻撃速度と殺傷能力はピカイチ。

 全身隙だらけの狐が必殺の速攻を避けられる筈もなく、

 アイボリーの毛皮を無慈悲にも貫通すると、その勢いのまま心臓部を穿ち抜いた。

 当然、視界を埋め尽くすは、噴水の如く溢れ出す鮮血である。


「ちっ、着替えておけば良かったか」


 返り血で赤く染まる外套を見て、軽く愚痴を溢しながら。

 俺は周囲を見渡すと、次の獲物目掛けて更なる加速を実行する。


 術者である俺を狙う個体、氷壁を溶かそうとする個体、氷壁を回り込もうとする個体。

 そのどれもが等しく串刺し、見るも無惨な肉塊と化していく。

 余り見ていて気持ちの良い光景ではないが、

 魔物に情け――、いや、敵に情けは無用である。


 そうして、戦闘開始から凡そ十分が経過した頃。

 ニ十匹の妖狐は全て砂へと還り、砂漠地帯における洗礼は終わりを迎えた。


「いやー、凄かったね‼ よっ、実力派‼」

「何目線だ……。というか、お前は大事ないか?」


 太陽の熱で徐々に溶けつつある氷壁を、グルリと回り込み。

 その細腕を組みながら、うんうんと頷く少女は、何処か感慨深げである。


「大丈夫だよ。それにしても、流石は一人で王国を滅ぼしただけのことはあるね」

「あ? ああ、因みにそれ嘘だぞ」

「えっ‼ そうなの⁉」

「当時組んでた(?)奴に、全ての功績(悪事)を押し付けられただけだ。」

「へえー、そうなんだ。まあ、二人でも十分規格外だけどね……」


 酷く感心した様子で言葉を紡ぐ少女に対し、真実を突き付ける。

 少女の言う通り、ハイエステ王国滅亡は俺一人の戦果として歴史に刻まれているのだが、

 当然そのような事実は存在しない。


 では何故、真実が捻じ曲げられているのか。

 答えは簡単、「ダレット」本人による情報操作である。

 何故そんなことをしたのかは全く以って分からないが、

 御陰で俺は一部の界隈から、滅国の狂人であるとして畏怖されているのだ。

 まあ、それが役に立ったケースもあるので、一概にどうとも言えないのだが。

 

「いいから行くぞ、大分ロスった」

「はいはーい。ラジャー‼」


 閑話休題。

 今考えるべきは、目下砂漠の踏破である。

 俺たちは気を引き締め直すと、軽く準備、再びの旅路を歩み始めた。


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