第五十五話「少女と少女」
「と、まあそんな所だな」
「中々に強烈な御方ですね……」
思い出せる限りの昔話を語り終え。
途中ギーメルの若干引き気味の相槌を貰ったが、
まあ、それが正常な反応であると言えるだろう。
「あの、アレフ様……」
「ん? 何だ?」
沈黙流れること、凡そ十秒。
ギーメルは少しの間口籠っていたが、やがて意を決した様子で問い掛けてくる。
「アレフ様はダレット様のことを、どう思っていらっしゃるのですか?」
「どう思ってる、か……」
それは何とも難しい問題だな。
俺のアイツに抱く感情は、好きか嫌いかで言い表すことは出来ないだろう。
「今の俺が存在するのは、アイツの御陰だとは思っている。
只、今の俺の在り方が正しいとは、余り考えていないがな」
ダレットという人物が俺の人格形成において、多大な影響を齎したのは確かである。
しかし、それを好影響と捉えるか、悪影響と捉えるか。
世間一般からすれば後者な気もするし、個人的な見解から言えば前者な気もする。
結局、自分の中でアイツの存在を上手く消化出来ていない以上、
どうとも言い切れないのが現状なのだろうな……。
「では、今の私がこうして生きていられるのも、
ダレット様の存在あってこそ、ということになりますね」
「そうなる……、のか?」
俺の曖昧な回答を聞いたギーメルは、少し感慨深げにそう言ってくる。
俺が当時のまま、何も殺せない傭兵を続けていたのなら。
何処かで野垂れ死んでいてもおかしくはないし、
リヴァリエ対オーラヘイムの戦争に参加していなかったかもしれない。
その場合、ギーメルの生死が定かでないのも確かなのだが、
仮定の話で物事を考えるのは、余り意味が無いような気はする。
「三年間の束縛。それに対する憎しみの感情は無いのですか?」
「今は無いな。あるのは只――、畏怖と尊敬だけだ」
先の回答が望むものでは無かったのか、今度は角度を変えた問いが飛んでくる。
それにしても憎しみ……、か。
命令の都度、憤りを感じることはあったが、
余りそれを引き摺ることは無かったように思う。
例えばエイリアル森林での一幕。
『金色百足』の成体が見たいなどと言い出して、俺をその為の餌として吊るした時は、
本気で殺してやろうかと思ったが、後々考えてみれば笑い話として昇華出来る……。
いや、出来るか?
あれ以来、虫系統の魔物が完全なトラウマになっているのだが……。
まあ、それは兎も角。
あの女と出逢う前の俺の幸福度がゼロだった所為で、
それ以上下がりようが無かった、という理屈だと個人的には解釈している。
「成る程……。アレフ様は虐げられるのがお好き、と……」
「なあ……、人の話はちゃんと聞くべきだと思うぞ……」
そんな俺の述懐を聞いたギーメルは、軽く相槌を打つと謎の曲解を見せる。
魔道具越しに、ペンを走らせる音が聞こえたのは、気のせいだろうか……。
「しかし、不可解ですね……。
ダレット様はヴァロワール帝国と、何か御縁があったのでしょうか?」
「さあな……。只、俺と行ったのが初めてじゃないのは確かだろう」
暫しの閑談に花を咲かせた後。
その声を真面目なものへと変えたギーメルが、一転、そんなことを問い掛けてくる。
凡そ三ヶ月に及んだ、オアシス観光ツアー。
その時のアイツは帝国の文化や風土について、実に勝手知ったる様子であった。
あの女がダグラス王国を滅ぼしたのは、凡そ十四年前。
そして俺と出逢ったのは、凡そ九年前。
間の五年で、ヴァロワール帝国と密接に関わっていたとしても、別に違和感はないが。
「詳細に関しては、お聞きにならなかったので?」
「ああ。とてもじゃないが、聞ける雰囲気では無かった」
ダレットという人物像が、如何にして形成されたのか。
気にならなかったと言えば嘘になるが、無理に聞き出そうとするのは自殺行為である。
そもどんな奴でも隠したい過去の一つや二つ、持っているのが常であるのだから。
「それでは、考えても仕方がありませんね……。
ところでアレフ様は今、どちらにいらっしゃるのですか?」
「ヴァロワール帝国の南東端、砂漠地帯の一歩手前だ」
「そうですか……。――あ、明日も連絡して下さいね‼
砂漠についてのお話、色々と聞かせて下さい‼」
「あ、ああ……。まあ、善処する」
所在地についての説明を軽く行った後。
ギーメルの有無を言わせない連絡の所望に若干気圧されるが、
しかし此処は非常に便利な言葉で、白黒付けずに返しておく。
連絡を入れること自体は吝かでないのだが、如何せん場所が場所である。
そう毎日連絡を入れるほどの余裕があるとは思え――。
「アレフ様のそれは『しない』と同義なので、きちんと約束して下さい」
「っ……、約束する」
そんな俺の心中を見透かすかのように。
ギーメルは魔道具越しにも窺えるジト目で不満を表現すると、
確実に言質を取るべく追い打ちを掛けてくる。
どうやら俺に拒否権などは無いらしい。
正反対に思えるギーメルと「ダレット」の二人であるが、
その姿勢は何処か似通っていて、案外気が合いそうだと。
そんな謎の感慨を抱くのであった。
と、その時。
「うー、寒いー……。もうそろそろ、良いでしょ?」
「もう少し待――」
「ん……? どなたの声ですか?」
華奢な肩に両の手を添えながら、テントへと入ってくる少女の姿。
何故かは分からないが、非常にマズい気がする。
「何で昼と夜でこんなにも気温が違うのさ……。ん? あれ、未だ終わってなかった?」
「アレフ様……。どういうことか、説明して頂けますか……?」
「待て、恐らく何かを勘違いしている」
少女の溢す愚痴を、魔道具越しに拾ったのだろうか。
ギーメルはその声に明確な棘を含むと、詰るように俺へと説明を求めてくる。
「ははーん……、もしかして彼女さん? 遠距離恋愛ってやつだ‼」
「ち、違います‼ 未だ……、現段階では……」
「ややこしくなるから、お前は喋るな……」
そしてギーメルの詰問を耳にした少女は、揶揄うようにそんなことを宣う。
と、それに相対するは、ギーメルによる尻すぼみの否定の言葉である。
「別に何でもない。此奴とは少し取引をして、護衛を任されているだけだ」
「そうだよ……、安全と引き換えにボクの身体を――、いたっ⁉」
「止めろ、メルヒェン少女が信じるだろうが」
やはりと言うべきか、話を拗らせようとしてくる少女に鉄槌。
頭部に軽いダメージを貰った少女は、地面へと大袈裟に倒れると、
ゴロゴロと俺の周りを転がり始め、謎に抗議の意思を示してくる。
そんな俺たちの遣り取りを耳にしていた、もう一人の少女はと言うと――。
「そ、そうですよね……。アレフ様も年頃の男性ですし……」
と、此方もやはりと言うべきか、己が妄想の世界にその身を投じていた。
「おい……、お前の所為で、要らぬ誤解を招いたんだが。どうしてくれるんだ?」
「冗談だって……。でも、安心して良いよ。それは、絶対にあり得ないからさ……」
「…………? そ、そうなのですか?」
暫しの間、無言の抗議を続けていた少女は、
しかしやがて起き上がると、少しばかり声のトーンを落としてそう言う。
その言葉は何事にも揺るがない、固い意思に基づく独白のようで。
「あ、でも今日は一緒に寝させてもらうね。おっさきー‼」
「なっ……⁉」
「いい加減にしろ……。お前は俺に何か恨みでもあるのか……?」
「あるとも! 窒息死未遂の恨みがね‼」
折角除去した地雷を、ものの数秒で埋め直す少女に落胆。
結局、ギーメルの誤解を解くまで、かなりの時間を要してしまった。




