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生抜同盟 ―白黒傭兵の冒険手記―  作者: 白崎凪
第三章:蒼紅少女篇
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第五十四話「望まぬ自由」

 半年後:『スフォルティア』

 活気に満ちる帝都の商業区 ―― 大衆的な食事処の一角。


「痛って……。いつになったら治るんだ、これ……?」

「動かないでアレフ。綺麗に包帯が巻けないじゃない」

「ていうか、これくらい自分で出来るんだが……」

「あら、私の厚意を無下にするつもり?」

「いや……、別に、そういう訳では……」


 それは、実に稀有な光景。

 甲斐甲斐しくもアレフの肩周りへと包帯を巻く、ダレットの姿があった。


「それにしても、アイツは一体何だったんだろうな……」

「只者じゃないのは確かね。この私に、膝を付かせたんだもの……」


 アレフは上裸で少女から包帯を巻かれる構図に、若干の羞恥を覚えながらも、

 この状況を作り出した張本人の存在を思い出す。

 そしてアレフの呟きを聞いたダレットは、憤懣遣る方無いと言った様子で、

 その端正な顔立ちを歪ませると、包帯を巻く手に力を込めた。


「痛っ――⁉ やるならもっと優しくやってくれ……」


 時は一週間を遡る。

 ダレットの無双によって幕を閉じると思われた、ハイエステ王国の滅亡計画。

 圧政を敷く王族と一部貴族を滅し、共和制へと移行させようという謎の計画は、

 成功こそすれ、思わぬ苦戦を強いられる結果となった。


 その最たる要因が、王国に雇われたと推測される流れの傭兵。

 140cmにも満たない矮躯を活かした機動力と、

 その風体からは全く以って想像の付かない華麗なる短剣捌き。

 頭部までスッポリと覆う外套の所為で、その全体像を掴むことは叶わなかったが、

 フードの隙間から注がれる真紅の眼光は、

 人間を震え上がらせるには十分過ぎるほどの冷気を孕んでいた。


「次会った時が、アナタの命日よ」

「分かった、分かったから力を抜いてくれ……」


 未だ見ぬ仇敵の姿を想像して、手に込める力を増大させるダレットに対し、

 現在進行形で肩を破壊され続けているアレフが苦情を申し立てる。


 アレフの巻く包帯の発端は、傭兵の短剣を介して刻まれた毒の刻印。

 毒系統スキルの類であると推測されるそれは、

 侵食量次第で短時間の内に人間を死へと至らせる、不治の病である。

 一度食らったが最後、死ぬか、能力更新により効力が失われるまで、

 身体を蝕み続けるスリップダメージは、しかし一つだけ対処法が存在する。


 それは、解毒薬による毒の抑制。

 解毒薬を定期的に飲み続けるか、解毒薬を染み込ませた包帯で被毒部を覆うか。

 孰れかの対処法を取れば、体内での毒の巡りを遅らせることが出来る。 

 とは言え一度に大量の毒を注入されれば、延命虚しく命を落とす結果となるし、

 月初めの被毒である場合、月末まで身体が持たないという可能性もある。

 故に毒系統のスキルは明確なメタの存在しない、

 厄介な当たりスキルとして認識されている訳である。


 しかし今回のケースは不幸中の幸いと言うべきか、

 体内へと侵入した毒は少量、尚且つ時期は月の終わり。

 故にアレフも件の対処法に倣い、

 能力更新までの期間をやり過ごそうとした訳なのだが――。


「昨日の更新で、治るものと思ってたんだが……」

「何故でしょうね……。でも、少し良くなっているみたい。

 このまま治療を続ければ、自然と消滅するんじゃないかしら」


 本日の日付はと言うと、刑死者の月・二日。

 能力の更新を経て尚、毒の解除には至らなかったのである。


「あの短剣が、スキル付与武器って可能性は?」

「毒系統のスキルは、未だ再現には至っていないはずよ。

 それに模倣品だと言うのなら、解毒薬を使った時点で完治しているわ」

「そうだよな……」


 アレフの放つダメ元の問い掛けに、ダレットは淡々と言葉を返す。


 スキル付与武器(魔道具)は能力更新による煽りを受けないため、

 月を跨いで効果が継続していても何ら不思議はない。

 しかし反面、その対処方法は数多く存在するため、

 オリジナルほどの脅威としては機能しないのである。

 その辺りも、スキルの模倣品・下位互換と揶揄されている所以なのだが。


「まあ、考えるだけ無駄か……。ん……? どうしたんだ?」


 未だ謎多きスキルの実態について、これ以上考えていても埒が明かない。

 そう結論を下し、思考をシフトしようとしていたアレフは、

 ふと、ダレットの動きが止まっていることに気付く。


「――御免なさいね、私の責任だわ……」

「うぇ――?」


 それは、傲岸不遜な少女の紡ぐ謝罪の言葉。

 天地がひっくり返ってもあり得ないような台詞を耳にしたアレフは、

 何とも間の抜けた声を漏らすと、未だ嘗てないほどの動揺を見せる。


 何か裏の意味が有るのではないか。

 此処で言葉の選択を誤れば、肩を吹き飛ばされるのではないか。

 そんな疑心暗鬼にも似た心理状態に陥ったアレフは、

 その動揺を隠そうともせず、只己が疑問を少女へと投げ掛ける。


「な、何の話だ……?」

「――当然、この傷の件よ」


 ダレットがそう言って示すのは、見るも無惨な紫色に腫れ上がったアレフの肩部。

 と言うのもこの毒の刻印、アレフがダレットを庇った際に付いたモノなのである。

 

 結果的に退けることに成功した件の傭兵であるが、しかしその戦闘は熾烈を極めた。

 華麗な短剣捌きと共に行使された、詳細不明の奇怪な能力。

 動揺に付け込んだ傭兵の一閃が、ダレットの身体を切り裂かんとしたのである。 


「素直に謝罪されると気持ち悪いな……。しかし、どういう風の吹き回しだ? 

 頭でもお打ちになられましたか? お嬢様――?」

「アレフは私を何だと思っているのかしら?

 でもそうね、確かにらしくは無かったわ。忘れて頂戴」

「いや、絶対無理だろ……」


 余りの違和感故か、思わず軽口を交えて答えるアレフに対し、

 記憶の消去を求めるダレットが、やや不満気にそう呟く。

 

 しかし「忘れろ」と言われても、それは無理な話である。

 何せこれが出逢ってから初めて耳にする、ダレットの弱音であったのだから。

 そんな貴重な音声を記録しておけば……、と思うアレフであったが、

 ダレットへの借金が積もり積もっている現状、

 録音の魔道具などと言う高価な代物を購入出来るはずもない、と――。


(いや、俺は何を考えてるんだ……)


 余りの動揺から謎の思考に陥り掛けていたアレフは、

 しかしウェイトレスがテーブル席へと近付いてくると、正気を取り戻す。

 と同時、巻き終わる包帯。


『お待たせ致しました。此方、日替わり定食になります』


 ウェイトレスの差し出してくる定食の内容は、パンにスープ、得体の知れない肉塊。

 お世辞にも豪勢とは言い難い内容であるが、お嬢様はお気に召すのだろうか……。


「しかし珍しいな。こんな貧乏人の食事で良かったのか?」

「そうね……。庶民の感覚を知っておきたかったのよ」


 安価な食事処を希望したのは、他の誰でもないダレット自身。

 口に合わなかったからと言って、きつく当たるのは辞めて欲しいと。

 そんなアレフの心配など置き去りにして、穏やかな食事の時間は過ぎていった。





             *





 数十分に及ぶ食事は終わりを迎え。

 後は勘定を済ませて、店を出ようかという頃合い。

 突如として――、その爆弾は投下された。


『おい、聞いたかよ。ヴァロワールの女帝が崩御したらしいぜ?』


 それは食事処へと入店してきた、傭兵同士の他愛ない会話。


『は? マジかよ。何で? 暗殺とか?』

『ああ。噂によると暗殺したのは二人組の傭兵らしい。それもガキの』

『へっ、何だよそりゃ。流石に眉唾だろ。相手はあの戦乙女様だぜ?』

『俺もそう思うけどよ。でも、殺されたのは本当みたいだぜ。

 何でも既に周辺国が、帝国を攻め落とす準備を始めてるんだとか』

『じゃあ、俺たちも行くか? あーでも、あの国攻めにくかったよなあ』


 二人の傭兵は大声で言葉を交わし合うと、やがて奥の席へと移動していく。


 人間の死を話題としながら、何と無神経な会話なのか。

 そんな不快感を覚えるのが、正常な感性であると言えるだろうが、

 傭兵にとって権力者の死というのは、金稼ぎのチャンス以外の何物でもないのである。


「――――」

「ヴァロワールの戦乙女って言えば――、って、大丈夫か?」


 傭兵の会話を耳に挟んだアレフは、何処となく聞き覚えのある二つ名に反応を見せる。

 と同時、テーブル向かいの正面。

 その酷く整った顔立ちを、僅かな蒼と白で染め上げる少女の姿を視認した。


「アレフ、私たちの旅は――、今日で終わりよ」

「は――、どういうことだ……?」


 それはダレットの口から発せられた、パーティの解散宣言。

 余りにも唐突。

 余りにも不可解。

 アレフは「何を言っているのか分からない」といった様子で小さく頭を振ると、

 本日二度目となる動揺を見せる。


「アナタを解放してあげると言ってるの。良かったわね、これで自由よ」


 都合三年。

 傲慢な少女の為すがままとなってきたアレフにとって、

 それは正しく福音とも呼べる解放宣言。

 長らく待ち望んでいたはずの、自由の権利を受け取ったアレフの返す言葉は――。


「ふざけるなよ――⁉ 俺は未だ、一度もお前に――」

「勝ってない――、かしら? そうね、でも十分よ。

 一ヶ月以上持ったのだってアナタが初めて。良くやってくれたと褒めてあげるわ」


 激昂。アレフは珍しくもその憤りを前面に押し出すと、

 テーブルを強く叩き付け、正面に座るダレットへと詰め寄る。

 当然周囲の視線を独り占めするが、そんなことはどうでも良いと言わんばかりに。

 しかしそんなアレフの反応を予期していたのか、 

 対するダレットはその叫声を遮ると、至極冷静に言の葉を紡いだ。


「賛辞なんて求めてない。俺は、只――」


 自分が今、何を思っているのか。

 当事者であるアレフ自身、理解には及んでいない。

 初めの内はダレットによる束縛から、只、抜け出そうとしていたはず。

 しかし無条件の解放は、今までの艱難辛苦を侮辱されているようで。


 それにアレフはダレットの存在を畏怖しながらも、同時に尊敬の念も抱いていた。

 何事にもブレることのない少女の心根。

 己が意思の柱をバキバキに圧し折ったアレフにとって、

 それは酷く眩しいものに見えたのである。


「私はヴァロワール帝国に用があるのよ。分かったなら失せなさい」

「だったら俺も――、連れていけよ」


 だから、気付いた時にはそんなことを口走っていた。


「アレフも知っているでしょう? ヴァロワール帝国は男子禁制の国家よ」

「条件付きで、だろ? 変装すればバレないし、何なら籍でも何でも入れれば良い」

「――面白いことを言うのね……。でもダメよ、その身体で何が出来るって言うの?」


 後先考えないアレフの言葉に、ほんの僅かその目を見開くダレットであったが、

 しかし、彼女の意向がブレることはない。

 ダレットはアレフの肩部――、綺麗に巻かれた包帯を指し示すと、

 少しばかりその語尾を強めて、明確な拒絶の意思を表明した。


「何って、人を殺すことくらいは出来る」


 しかしその程度で引き下がれる〝賢者〟であったならば、

 アレフは今、この場に立ってはいないだろう。

 アレフは三年前の自分なら考えられなかったような言葉を吐くと、

 自身の感情、その答えを探るように尚も続けて――。


「勝負しろよダレット。――勝ち逃げは許さねえぞ」

「そうね……、ええ良いわよ」


 只一つ、最後の決闘の果たし状を突き付けるのであった。





             *





 その結末は――、語るまでもないだろう。

 健康体+ハンデ付きという状況下で、一度も勝つことの出来なかった相手に、

 被毒体+ハンデ無しという状況下で、勝てる道理など無いのだから。


 場所は移り、廃工場の内部。

 既に役目を終えた鉄の破片が、その存在を声高に主張する広大な部屋の一角。

 全身傷だらけの満身創痍、完膚なきまでに叩きのめされた、アレフの姿があった。


「割と本気で戦ったわよ。これで満足かしら」

「強いな……、全部」


 冷たい床面へと仰向けになるアレフは、自身を見下ろす少女の姿を視認すると、

 口の端に血の泡を浮かべながらも、そんな得も言えぬ所感を漏らす。


(俺は結局、何も無い〝零〟のままなのだろうか……)


 アレフ自身、ダレットに敵わないことは当然理解していた。

 それでも最後に勝負を挑んだのは、己の畏敬する少女に一矢報いることで、

 自分という空虚な存在に、何か意味を見出せるような気がして。

 要するに利己的な自己肯定のために、ダレットとの決闘を利用したのである。

  

「飲んでおきなさい。――それじゃあ、私は行くわ」


 そんなアレフの心中を知ってか知らずか。

 ダレットはその手に持っていた万能治療薬をアレフの側へと置くと、

 誰も気付かないほど僅か、声のトーンを落とし、別れの言葉を刻んだ――。


「少しだけ、待ってくれないか」

「――余りしつこいと、その首落とすわよ」


 のも束の間、掠れた声で言葉を紡ぐアレフによって引き留められる。

 この期に及んで未だ何か言うことがあるのかと、そう訝しむダレットであるが、

 しかしアレフも、只彼女を苛立たせるために呼び止めた訳ではない。


「違う、餞別だ。要らなきゃ捨ててくれ」


 そう言ってアレフが懐から取り出すのは――、五つ葉を象った首飾り。

 戦闘の余波で一枚の葉が欠け落ちているが、未だその翠色の輝きは失われていなかった。

 

「…………?」

「記憶力は良い方だと自負してる。お前と初めて逢ったのが、三年前の今日この日だ」

「あ……」


 それはアレフが初めて誰かの為に購入したモノ。

 ベートからの受け売りであるが、堅気の人間と言うのは時の周期を大切にするらしいと。

 

「色々と言いたいことはあるが――、一応、感謝はしている」

「そう……。さようなら――、アレフ」


 少し驚いたような表情で、翠色に輝く首飾りを受け取ったダレットは、

 意外にもそれを華奢な首元へと付けると、最後には別れの言葉を刻んだ。

 

 そんな彼女の頬は少しだけ、ほんの少しだけ、赤く染まっているようにも見えた。



 

 その一週間後――、〝情熱の戦乙女〟が侵略国を滅ぼし、

 ヴァロワール帝国の新女帝に即位したという一報を受けることになる。



 

王国の下りは後述します。

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