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生抜同盟 ―白黒傭兵の冒険手記―  作者: 白崎凪
第三章:蒼紅少女篇
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第五十三話「ジョーカー1枚、クイーン2枚」

 幾許かの、月日は流れ。

 絶景湛えるレヴィアルスの街並みは、少しばかりその色を変えていた。


「やあ。今回は早い御帰りだね、兄貴」

「そうか? 三ヶ月以上は経ってるだろ」


 賭博場前に設置されたベンチにて、久々の対面を果たすのは、

 相も変わらずローブ姿のベートと、純白の戦闘服に身を包むアレフ。


 レヴィアルスの賭博場を甚く気に入ったお嬢様の影響で、

 定期的にリヴァリエを訪れているアレフ一行であるが、

 当然、賭博ばかりに興じている訳ではない。

 アレフはこの二年間で、様々な出来事を経験していた。



『龍骨山脈』

 丸腰で山頂へと放り出され、命辛々の脱出を敢行し――。


『エイリアル森林』

 古文書に記載されていた、四種の神器を求めて樹海を彷徨い――。


『スフォルツァ帝国』

 防衛戦争に参加しては、ハイテク戦車を乗り回し――。


『オーラヘイム帝国』

 迷宮攻略では、巨大ゴーレムの集団と大立ち回りを演じ――。


『ヴァロワール帝国』

 着せ替え人形と化しながらも、オアシス観光を堪能し――。


『マルセイユ神聖帝国』

 ゾディアック教の総本山では、宗教への冒涜活動に勤しんだ。



「あの女と会ってから、未だ二年半しか経ってないのか……」

「はは……。色々とやることが多いから、そう感じるんだろうね。

 僕は全く以って正反対だよ。刻一刻とリミットが迫っていく――」


 余りにも濃密な生活を振り返るアレフを見て、ベートは力無く笑う。

 その淡緑色の瞳は、何処か遠くを見据えているようで――。


「お前、やつれてないか……?」

「まあ、色々とあってね……。そういう兄貴は、大分良い顔になったと思うよ」

「さあ、どうだかな……」


 ベートの『詮索するなオーラ』を受け取ったアレフは、

 大人しく引き下がると、自身の変化に思考をシフトする。


 アレフ自身、大きく変わったということは自覚している。

 性格もやや好戦的なものとなり、何より人を殺せるようになった。

 ――と、アレフは認識しているが、これは半分正解で半分不正解である。

 何せアレフはその防衛本能から、過度なアドレナリンを分泌することで、

 殺生に対する忌避感・罪悪感を、無理やり押し潰しているだけなのだから。


 とは言え人も魔物も殺せず、碌な食料に有り付けなかった以前と比べて、 

 生活的にも精神的にも安定しているのは確かであろう。

 人を殺めることが良いことだとはアレフも考えていないが、

 生きるためには、時に他者の屍を越えていく必要もあるのである。


「そういう意味では、感謝すべきなのかもな……」

「そう思えただけでも、強くなったって言えるんじゃないかい?」


 グルグルと巡る思考の中で、ダレットへの僅かな謝意を覚え始めた所。

 ベートによって、新たな議題が提示される。


「強くなった……か」


 この二年半、確かにアレフは変容を遂げた。

 が、強くなったかと問われれば、それについては首を傾げざるを得ない。

 精神面は未熟、戦闘面もダレットとの模擬戦において一度も勝利を収めていない。

 アレフの自由を賭けて行われる、一ヶ月に一度のスキル禁止の決闘劇。

 回を重ねるごとに、両者間の差が埋まるような感覚はあったが、

 ダレットが本気を出していない以上、実感できる成長も雀の涙である。


「それでどうなんだい、進展の程は……?」

「何の話だ……?」


 己が無力さに辟易とするアレフを見遣ると、ベートは話題の転換を図る。


「姉御とは二年以上も同棲しているんだろう?

 浮いた話の一つや二つ、あるんじゃないのかって話さ」

「あり得ない話だな。試しに手でも出してみろ、一発で俺の首が飛ぶぞ?」


 ダレットという少女は意外と言うべきか、貞操観念が異様なまでに高い。

 首上と四肢以外で肌を見せたことはなく、湯浴み中の浴室などは絶対聖域。

 一歩でも足を踏み入れれば、恐らくアレフの頭部が宙を舞う。

 アレフにとって特段不都合は無いが、単純な疑問は残ると言った所である。


「まあ兄貴も大概、健全とは言い難いからねぇ」

「否定はしないが……」


 アレフとて年頃の男児、そういった欲望を秘めていない訳ではないのだろう。

 しかしこれまでの短い人生の中で、

 色恋沙汰に脳のリソースを割けるほどの余裕は、生憎と持ち合わせていなかった。


「そんな兄貴に一つ提案。――僕と一緒に駆け落ちしないかい?」

「は……?」


 暫しの会話に花を咲かせた後。

 ベートは突拍子もなく、不可解な提案をアレフへと持ち掛けた。

 それは本来仲睦まじき男女が、運命に抗い選択する愛の逃避行。


 アレフは「何の冗談だ」と言い掛けて、その言葉を喉奥へと押し留める。

 何故ならベートの表情は筆舌に尽くしがたい程、逡巡に満ちていたからである。

 本気ではないが、冗談でもない。

 そんな複雑な心境が窺えるベートに対し、アレフの返す言葉は――。


「――悪いが俺に男色のきらいはない。他を当たってくれ」

「そうか、兄貴の女形も見てみたかったけど……。まあ、忘れて良いよ」


 一拍置いたアレフは、提案の核心を避けるように断りの言葉を紡いだ。

 アレフも『駆け落ち』という単語が、比喩表現であることは理解しているが、

 此処はベートの配慮に倣うのが、最適であると判断した結果である。


「――ジョーカーが二枚、あれば良かったんだけどね……」


 小さく刻まれるベートの呟きは、大海からの潮風によって掻き消された。





               *





 同日夜――賭博場内。


『ショーダウン――‼』


「おい、流石におかしいだろ……?」

『搾取する側からされる側に堕ちる気分はどうだい? 負け犬さんよお――⁉』


 テーブル上に開示されるアレフの役は、ジャックのフォーカード。

 対して正面に座る賭博師の役は、クイーンのフォーカード。

 何とも非現実的な対面であるが、それ以上に不可解なのは――。


「十連続で数字のワンランク負けとか、天文学的確率かよ……」


 二十分ほど前。

 ダレットの命によって参加を余儀なくされた、超絶ハイレートのヘッズアップ。

 序盤アレフの優勢で展開していたゲームは、

 しかしワンゲームを境に、その流れを急変させることになった。


 始まりはアレフの完成させた、5~9のストレート。

 かなり強力な手役だが、賭博師は6~10のストレートで対抗してきたのである。

 スートまで同一という対面に驚くアレフであったが、まあそんなことも有るかと納得。

 しかしその後も同様の展開が続き、今に至るという訳である。


 連続した時点でイカサマを疑うアレフであったが、そのロジックが見破れない。

 カードへの細工やギャラリーとの内通と言った行為がないかと、

 入念にチェックをしていたが、特段怪しい点は見付けられなかった。

 またディーラーがグルである可能性を考慮して、此方も注視していたが同様。

 残念ながらイカサマはその証拠を提示出来ない限り、

 イカサマとは見做されないのである。


「なあディーラー、明らかな不正行為だと思うんだが……」

『不正行為の確証が得られない限り、此方も対応することは出来ません』

「見苦しいわよ。負けそうになったから、イカサマを疑うなんて……」

「クソッ……、楽しそうな面しやがって……」


 ダメ元でディーラーへと訴え掛けるが、当然の棄却。

 そんなアレフの様子を見て心底楽しそうな表情を浮かべるのは、

 隣のテーブルの椅子に傲岸不遜な態度で腰掛ける少女である。


 恐らく――、というか間違いなくこれはダレットの差し金だろう。

 そもそも目の前の賭博師に、億越えの予算があるとは思えないし、

 どちらかの全財産が尽きるまでという、超ハイリスク賭博に参加する訳がない。

 また、此方の手役の把握とカードの操作を同時に行っている時点で、

 賭博師単独のイカサマでないことは明白である。

 以上の条件を照らし合わせてみると、ダレットの仕業でまず間違いないのだが、

 理解した所でどうすることも出来ないのが現状である。


「楽しいわよ? 貧乏人の破産する姿が、一興だと言ったでしょう」

「性悪女が……」


 ダレットの言葉に絶望するアレフは、せめてもの報いとして悪態を吐く。

 しかしそんな負け犬の遠吠えは、熱気渦巻くフロアの喧騒によって霧散していった。

 その後もゲームは進行したが、当然のように相手の賭博師が連戦連勝。

 結果アレフは全財産――、二億二千四百万sを失う羽目となった。


「これでアナタも一文無しね。縋り付いて首を垂れるなら、恵んであげても良いわよ?」

「お前……、碌な死に方しねえぞ……」


 これまでダレットが金銭面において寛容だったのは、この時の為の布石だったのかと。

 そんな由々しき事実に今更気付くが、時既に遅し。

 二年半に及ぶ努力の結晶は、何処の馬の骨とも知れぬ賭博師の手に渡り、

 アレフはこの日――、無一文の放浪人と成り下がった。





              *





 アレフが失意の底を這いずりながら、一人帰路に就いた後。  

 革張りの椅子に座る少女へと近付く、一人の男の姿があった。


「ソレ『異化詐魔(イカサマ)トランプ』だろう? 中々酷いことをするね……」

「あら、気付いてたのかしら? でも、アナタとの誓約には抵触していない筈よ」

「そうだけどさ……。でもだとしたら、何で引っ掛からなかったんだい?

 賭博場内には、能動スキルと魔道具の使用を禁じる結界が張られてる筈だけど?」

「それについては、企業秘密よ」


 ベートは命知らずにも少女の隣で停止すると、己が疑問を投げ掛ける。


『異化詐魔トランプ』とはその名の通り、

 魔力を込めることでカードを変化させる、幻惑系魔道具の一種。

 精巧さが売りのイカサマ道具であるが、賭博場内では当然使用を禁じられている。


 世界各地に存在する賭博場には、

 製作者不明のハイスペック魔道具が数多く収容されている。

 列強の研究者ですら再現することが出来ないと言われる、至高の逸品。

 その内の一つが魔力検知の結界であり、

 外部の魔道具及びスキルの使用を、厳しく取り締まっているのである。


「そうか……、これが約束の品だよ。じゃあ、僕はこれで」

「少し待ちなさい。――何故、彼を欲したのか……。

 それに明らかに不利な条件で勝負を挑んだのか……。教えてくれるかしら?」

「――前者は企業秘密で。後者は兄貴に賭けてみたかった、只それだけさ……。

 ありがとう姉御、勝負を受けてくれて。御陰で諦め――、いや決心が付いたよ……」


 渡すべきモノを渡し、潔く退場しようとしていたベートは、

 鈴の鳴るような声で呼び止められると、静止。

 真剣な表情でダレットを振り返ると回答し、最後には礼の言葉を紡いだ。   

 

「アナタが何に苦悩しているのか、知らないし、知ろうとも思わない。

 でも何故でしょうね……。アナタのことは案外嫌いになれなかったわ」

「はは……、それは光栄だね。今度また会えたら、直接勝負してくれないかい?」

「ええ、良いわよ」


 それは、傍若無人な少女が贈る最大級の賛辞。

 そんな形無き栄誉を受け取ったベートは、軽く頬を緩めると、

 別れの言葉ではなく再開への言葉を刻み、今度こそ賭博場を後にした。

 

 この日を境にベートは――、二人の前へと姿を見せなくなった。



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