第五十二話「天性のマジシャン」
『アレが噂の……。スッゲェ美人……』
『悔しいけど、何よあの肌ツヤ――⁉ 反則じゃない‼』
街路を歩いていると浴びせられる、民間人の羨望と嫉妬の眼差し。
と、同時――。
『離れとこうぜ。近寄ると何されるか、分かったもんじゃねえ……』
『見た目は最高なんだけどな……。棘の無い薔薇は無いってか?』
『お前ロリコンだったっけ? でも、アレは辞めとけ……。死ぬぞ――?』
対照的な畏怖の視線を向けてくるのは、歴戦の冒険者たちである。
「相変わらずだな……」
見る者によって温度が急変化する、ダレットへの視線。
アレフも初めは驚かされたが、理由を知ってからは納得している。
アレフの調べた所によると、ダレットは祖国を滅亡させているらしい。
ヴァロワール帝国の北方――、嘗て存在したとされる『ダグラス王国』
花の都として栄えていた王都の城郭は、一夜にして血の海と化したという。
舵を失った船は当然、海上を彷徨うことになる。
王国は最終的に隣国へと併合され、領土の一部と化したそうだ。
ダレットの本性を知るアレフとしては、そこまで驚く内容では無かったのだが、
そうでない人々からしてみれば、恐怖以外の何物でもないだろう。
そういった理由から、堅気の人間にとっては純粋な憧憬の的。
事情を知る者からすれば、畏怖の対象となっているという訳である。
まあそんな他者の評価など、当の本人は微塵も気に掛けていないようだが。
「アレが賭博場……。随分と賑やかなのね」
グルグルと思考を巡らせていると、やがてド派手な建築物が視界に入る。
純白の景色に紛れ込む、明らかな異物。
ダレットは賭博場を視界に収めると、興味津々といった様子で、呟くようにそう言った。
「お嬢様には少々、不相応かと思いますが?」
「行ってみないと、分からないじゃない?」
アレフの軽口にも、軽快に答える箱入り少女。
二人は煌びやかな扉を開くと、喧騒満ちる室内へと入っていった。
*
『クソッ‼ 覚えてやがれ――‼』
シャンデリア照らす、由緒正しき遊戯空間。
歓声と悲鳴の入り混じるフロアで、一際大きい男の怒声が響き渡っていた。
男の出で立ちは何とも奇抜な、下着オンリーの先鋭的スタイル。
露出狂を疑わせる中年の男は、恥辱に塗れた表情を浮かべると、
捨て台詞を吐きながら、逃げるように賭博場を去っていった。
「意外だな、直ぐ飽きるかと思っていたが……」
「貧乏人の財布が底を尽く瞬間……。それを見るのが一興なのよ」
「多分、楽しみ方間違ってるぞ……」
華奢な指で橙色のチップを弄ぶ少女と、彼女の傍らで控えるように佇む少年。
実に尊大な態度で、革張りの椅子に腰掛けるダレットの姿形は、
玉座に座していると錯覚させるほど優雅で、気品に満ち溢れていた。
『幾ら何でも強過ぎるだろ……。フォールド以外、殆ど全勝じゃねえか……』
『私はパスさせて貰うわ……』
一回りも年下の少女に対して、戦々恐々とする賭博師たち。
それもその筈――、ダレットは此処まで、一対一のポーカーで無双しているのだ。
しかもそれは、ルールを聞いて直ぐの出来事。
練習無しの即本番で、既に1000万s以上稼いでいるというのだから驚きである。
アレフはそんな天才の姿に辟易としながらも、自身の役目に従事する。
アレフの仕事は、次なる犠牲者――、もとい挑戦者を呼び入れること。
しかし既に噂が広まっているのか、呼びかけに応じる者は居なくなっていた。
と、その時――。
「僕もやって良いかい――?」
人垣を掻き分けて、自ら蜘蛛の巣へと足を踏み入れてくるのは、長身痩躯の男。
年齢は二十代に差し掛かった辺りだろうか。
魔法帽に魔法衣という、実に正統派な魔術師の装い。
伸び切った茶髪と淡緑色の瞳は美しく、顔立ちもそれなりに整っているが、
何処となく陰鬱な雰囲気を感じさせる、そんな危うさを抱えた男である。
『おっ、また一人哀れな犠牲者が』
『やっちゃって下さいよ、姉さん――‼』
新しいカモの登場に、沸き立つ野次馬たち。
自分の損失は受け入れられないが、他人の不幸は蜜の味なのである。
「君が、ダレット君か……。レートはs10000/s20000でどうかな?」
そんな周りの声などお構いなしといった様子の男は、
懐から大量のチップを取り出すと、ポーカーテーブルの上へとバラ撒く。
『新入り、やるじゃねえか――⁉』
『その腕前に自信有りってとこか?』
想定以上のハイレート賭博を前に、更に沸き立つ野次馬たち。
男は軽く手を振ってその声に応えると、ダレットの正面へと腰掛けた。
「ええ、良いわよ」
「それじゃあ――」
互いの了承を皮切りとして、いざ尋常に勝負。
と、思われた次の瞬間。
「――――⁉」
ダレットの背後へと、何気なく向けられた男の視線。
淡緑色の瞳が銀髪の少年の姿を捉えると、驚愕――、大きく見開かれた。
男は『ガタンッ‼』という騒音を奏でながら、勢い良く椅子を蹴り上げると、
大股でテーブル周りを旋回し、アレフの眼前へと迫り寄る。
そして――。
「君は一体……、何だ――?」
「は……?」
男はアレフの肩を強く掴むと、焦燥と期待の入り混じった声でそう問い掛けた。
あわや額合わせになるか、という至近距離。
アレフは、男の的を射ない問い掛けに困惑しながらも、何とか言葉を紡ぎ出す。
「――――? 何が言いたい?」
「まさか……。いや、そんなはずは……」
自分から話し掛けておきながら、会話を成立させようともしない長身の男。
男はアレフの返答を聞き流すと、顔を後ろへと引き、何度も何度も繰り返し思考する。
そして最終的には考えが纏まったのか、アレフの顔を正面から見据えると、
再びの問い掛けを敢行せんとし――。
「君は――」
「この私を待たせるとは、良い度胸ね」
穏やかな声音に僅かな苛立ちを内包する、少女の一声によって遮られた。
ふと我に返った男が隣に視線を遣ると、そこには静かに佇むダレットの姿。
彼女の物腰は一見柔らかそうに見えるが、
これ以上待たせるのであれば殺す、とでも言わんばかりの無言の圧力を放っていた。
「ごめんごめん。僕としたことが、少々取り乱してしまったようだ」
そんな少女の様子を見て危機感を覚えたのか、男は戯けたようにそう言うと、
撤退――、そそくさと元居たテーブルの席へと戻っていく。
そして、テーブル上に置き去りとなっていたチップを掴むと、高らかに宣言した。
「じゃあ行こうか、レッツギャンブルと――」
今此処に――、盤上の戦いの火蓋が切って落とされる。
*
結論から言おう――、この勝負、勝負にすらならなかった。
「いやー、強いね。完敗だよ、完敗」
「期待外れも甚だしいわ……」
清々しい表情で拍手をしながら、相手を称える長身の男と、
珍しくも落胆した様子を見せる、二色髪の少女。
対照的な両者の姿であるが、結果はダレットの完勝。
男の前に積み上げられていたチップの山は、既に跡形も無く消え去っていた。
『何だったんだ、此奴?』
『さあ……、どっかのボンボンじゃないか?』
少なからず運要素の含まれる賭博で、此処までのワンサイドゲームがあるのか、と。
そう思わせるほどの惨状に、野次馬たちは純粋な疑問を抱く。
しかし話題の渦中に居るはずの男は、どこ吹く風といった様子で口笛を吹くと、
ダレットに向けて臆すること無く話し掛けた。
「敗者は只消え去るのみ……。と、言いたい所なんだけど、一つ良いかな?」
「何かしら……」
「――ダレット君とそこの君……。僕を二人の、弟子にしてくれ――‼」
ダレットとアレフの二人を指差して、繰り出される男の要望。
突拍子も無く放たれた男の叫声に一瞬静まり返るフロアであったが、
一拍置いてその沈黙も破られる。
「嫌よ」
「は……? いや、何故俺も……?」
短く断りの言葉を紡ぐダレットと、頭上に?マークを浮かべるアレフ。
そんな二人の返答など耳に入っていないのか、男は尚も続けて語り始める。
「ダレット君、僕は感銘を受けたよ。その確固たる遊戯の才能にね。
それから君、君という存在に興味が湧いた。是非とも話を聞かせてくれ――‼」
矢継ぎ早に繰り出される、何とも薄っぺらい賛辞の嵐。
男はその勢いのまま、自身を売り込むように二人の元へと歩みを進める。
が、しかし――。
「おいっ‼ 辞めとけ――」
「軽薄な男は、嫌いなのよね……」
アレフの忠告も虚しく――、男は左腕を根元からバッサリと切断された。
「ギャアァァ――‼」
ダレットの右手には、血濡れの短剣。
圧倒的速度で放たれる剣尖が、男の左腕を無慈悲にも頂戴したのである。
男は悲鳴を上げながら床面へと倒れ込むと、右手に取り出した巨大な布で切断面を覆う。
しかし高々布一枚で、四肢の断絶がカバー出来る筈も無い。
純白の布は一瞬で真紅に染まり切り、その隙間からは勢い良く鮮血が噴き出していた。
このままでは、出血過多で命を落とす危険性も有る。
アレフは咄嗟に、所持していた上級治療薬を男へと振り掛けようとするが――。
「なーんてね。あーら不思議、元通りさ」
『『「――――⁉」』』
布を取り去りながら紡がれる男の一声によって、行動停止を余儀なくされた。
見れば男の腕は綺麗に接着し、床に転がっていた筈の生腕も姿を消している。
「タネも仕掛けもないマジックショーだよ。しかし、悪かったね……」
一連の流れに理解が追い付かない、アレフと野次馬たち。
ダレットの暴挙もかなりの衝撃であるが、それを上回る衝撃は男の再生劇。
長身男の左腕は間違いなく切断されていたはず。
にも拘らず目を離した隙――、いや、瞬きの刹那。
まるで時を戻したかの如く、完璧なる接合を果たしたと言うのだから。
そんなギャラリーの驚愕など露知らず。
男は「少しばかり焦ってしまったようだ……」と後悔の念を口にすると、
今度は至極真剣な表情を浮かべ、同じ淡緑を湛えるダレットの瞳を正面から見据える。
「腕の一本や二本ならくれてやる。勿論、再生なんて野暮な真似はしない。
だから……、頼むダレット君――」
「――勝手になさい」
男の誠意が伝わったのか、否か。
真偽の程は定かでないが、ダレットは頷くこともせず、只了承の意を伝えた。
しかし、蚊帳の外であるアレフにとっては、何が何やら全く以って理解出来ない。
混乱の最中行われた二人の遣り取りが、先程とは打って変わるモノであったのは確か。
しかし、それが何故なのか。
単純なダレットの気紛れなのか、その要因を推し量ることなど出来る筈も無かった。
暫く頭を悩ませていたアレフも、やがて思考を放棄する。
理解することを諦めたアレフは、ダレットへと視線を向けると苦言を呈した。
「俺の意思は……?」
「アナタに人権なんて無いでしょう」
「いや、そこまで言うか……?」
そして、無慈悲にも棄却されるのであった。
「僕の名前は『ベート・オリゴー』。宜しく頼むよ、姉御、兄貴――‼」
ダレットの承諾を受けた男――、ベートは高らかにそう宣言すると、
未だ動かずにいるアレフの隣へと移動し、肩を組んでくる。
ダレットにはやらない辺り最低限の危機意識は有るようだが、
何とも感情の起伏が激しい男である。
まあ何はともあれ――、この日アレフに不本意ながらも一人の弟子が誕生した。




