表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
生抜同盟 ―白黒傭兵の冒険手記―  作者: 白崎凪
第三章:蒼紅少女篇
58/86

第五十話「とある鮮烈な思い出」

 九年前:『オーラヘイム帝国』―― 迷宮都市「ラベリン」


 龍骨山脈の地下部で次々と発見された迷宮群。

 その最寄りの宿場町として繁栄している巨大都市。


 一攫千金を目論む傭兵や冒険者、屈強な男たちで賑わうこの町を、

 一人歩く少年の姿があった。

 十代にも満たない少年の矮小な体躯は、聊かの場違い感を演出している。


「10万sか、割に合わないな……」


 少年――アレフは、通りすがりの傭兵から掏った金貨袋を確認しながら、

 軽い嘆息と共に、そんな愚痴を溢していた。

 

 金貨袋の中には白金貨が10枚見えるだけ。

 実に貧相な懐具合である。

 この程度では一ヶ月保つかどうか。

 今後の生活を考えると少々心許ない、そう思考していた矢先――。


 荒れ狂う男の怒声が、アレフの耳を叩いた。


『待ちやがれ、てめえ――‼』

「――――、失敗か……」


 瞬時に理解する、スリの失敗。


 金貨袋を盗まれたことに気付いた傭兵が、アレフを追い掛けてきたのである。

 何故、アレフが犯人であることを特定出来たのかは闇の中であるが。


 凄まじい勢いで背後から迫ってくる、ツギハギ鎧の傭兵男。

 前方には彼の仲間と思われる、同じくボロ鎧を着用した男が二人。

 アレフの退路は、既に断たれてしまっている。


『お前らしいな? 俺様の金を奪いやがったのは――⁉』

「…………」

『何とか言ったらどうなんだ、このクソガキ――‼』


 怒気を孕む叫声を上げながら、アレフへと肉薄した傭兵の男は、

 その右拳を大きく振り被ると、思い切り顔面へと叩き付けた。


「っ……」


『バキッ‼』という鈍い音と共に、吹き飛ばされるアレフの肢体。

 アレフはその勢いのまま、建物の壁面へと叩き付けられると、

 力無く崩れ落ち、全身から血液を流し始めた。

 咄嗟に取った受け身も虚しく、何本か骨がやられている。


「…………」


 それでも尚、沈黙を貫くアレフの姿。


 相手が一人であるならば、抵抗することも可能であったのだ。

 幼いアレフとはいえ、持ち前の才能(センス)と四年弱の傭兵生活も相俟って、

 そこらの傭兵とは渡り合える程の実力は有している。

 しかし、相手は三人組。

 それに、能力の判然としない相手と一戦交えるのは、得策であるとは言えない。


 そんな様々な事情を加味した上での、忍耐という選択。

 男の気が済むまで殴らせれば、溜飲も下がり、今後粘着されることも無くなるだろう。

 地を這い、泥を啜る生活の中で、アレフが身に着けた哀しき処世術である。


『誰の金に手ぇ出したか、その身に思い知らせてやるよ……』


 未だ怒り冷めやらぬといった様子で、アレフへの追撃を試みる傭兵の男。

 当然周囲の人間もその光景を目視しているが、止める所か囃し立てる始末。

 蛮族の国において、窃盗や喧嘩など日常茶飯事なのである。


 しかし、そうは言っても此処は往来のド真ん中。

 然しもの傭兵も殺すまではしないだろうと、

 そう覚悟を決めたアレフが、男による蹂躙劇を受け入れんとしていた――。


 その時――。



「大丈夫かしら?」


 目の前に立ち塞がる、一人の少女の姿を視界に捉えた。

 少女は羽織っていた鈍色の外套を脱ぎ捨てると、その美しい容姿を露わにする。


 鮮烈。


 強いて表現するなら、その一言以外有り得ない――、苛烈な風貌。 

 朱色と黒色の入り混じる頭髪は、一本の簪によって美しく束ねられており、 

 薄翠色の透き通る瞳は、全ての人間を虜にする魔性の輝きを放っている。


 見た目で判断するならば、その年齢は十代に差し掛かった辺りだろうか。

 しかし、豪奢な真紅のドレス越しでも窺える、その煽情的な肢体は、

 妖艶な色香を振り撒き、見る者の感覚を惑わしていた。


『な、何だてめえは……?』

「幼気な子供を虐めるなんて、うら――、見過ごせないでしょう?」

『は……? 元はと言えば此奴が……』

「言い訳を聞く趣味は無いわ」


 少女の人間離れした美しさに見惚れていた傭兵も、やがて動き出そうとする。

 が、それが実行に移されることは無かった。


 何故なら――。


『パチンッ――』


『『『――――⁉』』』


 少女の鳴らした華奢な指先。

 たったそれだけで、場に居合わせた全ての人間が――、泡を吹いて倒れ始めたのである。

 少女とアレフの二人を除いて。


「大丈夫? ケガは……、ありそうね」

「――――」


 少女は血塗れのアレフを見据えると、心配するような言葉を掛ける。

 そして一方のアレフはというと、今度は驚愕の余りか沈黙を貫いていた。





              *





 場所は移り、薄暗い倉庫の中。

 嘗て商館の保管庫として機能していた建物も、

 時代の流れと共に風化し、今では廃墟と化している。


 人気のない密室に、うら若き二名の男女。

 当然、甘味と酸味の入り混じる、青春(アオハル)な雰囲気が流れ――てはいなかった。


「聞いてるの?」

「…………」

「助けて貰っておいて無視っていうのは、どうかと思うのだけれど……?」

「…………」


 血を流したままのアレフと、対話を試みる美少女の構図。

 アレフは満身創痍の状態で、少女に無理矢理引っ張られてきたこともあり、

 彼女に対する敵愾心をMAXにしているのである。

 当然そこには、先程少女が齎した超常現象に対する警戒心も含まれている。


「もう、仕方ないわね……」


 諦めたような声で小さく呟いた少女は、

 美しい二色(ツートン)の髪を束ねていた簪を外すと、その華奢な手で掴む。


 と同時――、刹那の一閃。


「は……? アァ――⁉」


 目にも止まらぬ速度で弧を描く金色の簪は、

 アレフの右親指を――、根元からスッパリと切断した。


「あ、やっと喋ってくれた」


 右手を抑えながら悶絶するアレフを見遣ると、少女は嬉しそうに一言。

 鮮血を帯びながら地面へと落下する母指は、沈黙を貫いたアレフへの罰か否か。

 孰れにせよ、少女にとっては物理的にも精神的にも、造作もないことなのである。


「冗談よ。はいこれ、万能治療薬(エリクサー)


 アレフは激しい痛みの中で、少女の言葉を認識する。

 冗談、とは一体何のことであろうか。

 たった今、紛れもない身体の一部が失われたというのに。


 そんな思考に陥っていたアレフであったが、

 少女の手によって治療薬を浴びせられると、忽ち全身の傷が癒えていく。

 身体を蝕む痛苦は浄化され、アレフの顔色は徐々に生気を取り戻していった。


「か、感謝する……」


 このまま無言を続けると、今度は腕ごと持っていかれる。

 そう直感したアレフは、慌てて謝礼の言葉を口にする。

 明らかに尋常でない少女の存在は、しかし、現状トータルで見ればプラス。

 礼を言うくらい、確かに人として当然の振る舞いであると、そう思い直し――。

    

「別に感謝の言葉なんて、要らないのだけれど」

「………」


 思わず額に青筋を立てそうになるのを、既の所で回避するアレフ。

 謝礼を求めていないのなら、今の一幕は一体何だったというのか。

 そんな理不尽な少女の存在は、アレフの心中を大きく搔き乱していた。


 と、同時。


 殆ど失われていた筈の感情を、取り戻しつつあることに驚く。

 持ち物を全て簒奪された際も、男娼として売り飛ばされた際も、

 特段何も感じていなかったアレフであるが、

 今この時だけは、自棄に感情が昂っているのを自覚していた。


 そんなアレフの心情を知ってか知らずか、少女は続けて言葉を紡ぐ。


「それよりもちょっと戦ってみない? アナタの自由を賭けて」

「自由……?」

「そうよ。私がアナタを助けたのだから、アナタは既に私のモノ。違う――?」

「は……?」


 少女の言葉に、思わず絶句するアレフ。

 何と傲慢。

 何と自己中心的。

 違うも何も、とんだ勘違い女である。


 これまで様々な傭兵や冒険者たちを見てきたアレフであったが、

 それでも他に類を見ない――、理不尽の権化。

 しかし、此処で否定しようものなら、即座に第二の刃が飛んでくるだろう。


「違……わない」

「それで良いのよ。でも――、アナタが勝ったら、解放してあげるわ」

「負けたら……?」

「解放しない、それだけよ」


 渋々といった様子のアレフに、淡々と返す二色髪の少女。

 何とも不遜なもの言いであるが、アレフに拒否権など存在しないのである。

 

 嗜虐心の塊のような少女の所有物になるなど、命が幾つあっても足りない。

 そう考えたアレフは即断即決、抗うことを決意する。

 戦いにおける定石、それ即ち先手必勝。

 アレフは懐に忍ばせてあった短剣に手を掛けると、

 一閃――。少女の脚部目掛けて、漆黒の剣戟を見舞う。


 あわよくば踵骨(アキレス)腱を穿たんという、致命には至らぬ不意打ち。 

 一応は、恩義のある相手だ。

 殺しまでする必要は無いだろう、と。

 そんな甘い考えで放たれる剣尖が、少女を捉えられる筈も無く――。


 次の瞬間、少女の姿はアレフの視界から消えていた。


「期待外れ、かしら……?」


 動きを先読みしていたのか、少女はアレフの背後へと回り込むと、

 投擲――。華奢な指先から放たれる超速度の簪は、

 アレフの頬肉を軽く削ぐと、倉庫の壁面へと突き刺さった。


「――――⁉」 


 驚愕――、と同時、アレフは己が認識の甘さを痛感する。

 間違いなく、少女は殺す気で狙っていたのである。

 虫の知らせとでも言うべきか、アレフの感じ取った濃密な死の予感。

 咄嗟の回避行動が無ければ、脳髄は今頃串刺しとなっていたことだろう。


「へえ、意外と動けるのね……。何故、さっきは抵抗しなかったのかしら?」

「――後々面倒になるからだ」


 額からダラダラと冷や汗を流しながらも、少女の問い掛けに応えるアレフ。

 恐らく先程の傭兵の話をしているのだろうが、そんなことはどうだって良い。

 今はこの女から逃れる術を、一つでも多く考えなければならない――と。


「嘘ね。――アナタ、殺すのが怖いんでしょう?」

「――――⁉」

「優しさとか、そんな高尚なモノでもない――。只、臆病なだけ……」

「――お前に何が分かる……」


 少女の嘲笑うかのような言葉を聞いたアレフは、その瞳に始めて憤りの感情を灯す。

 直前まで脳内で展開されていた、逃げの思考が全て吹き飛んでしまうほどの憤怒。


「やっと良い顔になったわね」


 そんな少女の嬉しそうな言葉も、既にアレフの耳には届かなかった。

 周囲の世界を置き去りにして、己が思考の檻にその身を委ねる。


 速く。

 より速く。

 今の能力で出来るのは、只速く疾走すること。

 美しい容姿も、培った経験も、少女の前では全て塵芥に同じ。

 ならば、全てをかなぐり捨てて突貫するのみ。


 アレフは一歩、そしてまた一歩と、強く地面を蹴り上げると超速度で少女へと迫る。

 その姿は正しく、獰猛な獅子に立ち向かう小さな猟犬のようであった。


「ガァァ――‼」


 らしくもない咆哮を上げながら、勢い増して疾走するアレフ。

 しかし――、その決死の刃が少女へと届くことは無かった。


「悪くない……。けど、まだまだね」

 

 少女が懐から取り出した、二対の扇。

 両手に構えられたそれらは美しい舞いを演出すると、

 垂直方向へと伸びる小規模の竜巻を発生させた。

 自身の上空――、顕現した竜巻を諸に受けたアレフは、

 強烈な風圧に抗うことなど出来る筈も無く、地面へと縫い付けられる。


「ぐっ……」


 少女の足元へと無様にも這い蹲るは、牙を捥がれた哀れな猟犬。

 豪奢なハイヒールと床面による圧迫を受けて、端正な顔立ちが痛苦と屈辱に歪む。

 しかし、そんな絶望的状況において尚、アレフの瞳は鋭く少女を睨み続けていた。


「アナタ気に入ったわ。私好みの男になるまで調教してあげる」


 未だ諦念を宿さぬアレフの眼光を受け取った少女は、

 絢爛たる扇を口元に当てると、嗜虐的な笑みを浮かべて尚も言い放つ。 


「私の名前は『ダレット・アルドール』。以後よろしくね?」


 

 これがアレフとダレット――、災厄の出逢いの始まりである。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ