★第四十八話「蒼紅の少女」(改変前)
改変前の話なので、読まなくても大丈夫です。
「助けて‼ お兄ちゃん――‼」
少女の助けを求める声が、街路に響き渡る。
彼我の距離――凡そ二百m。
視認出来る男の数――三人。
各々が、直剣・斧・槍を装備しており、
傭兵稼業の傍ら、後ろ暗いことにも手を染めている、
そんな、無法者らしさを感じさせる風貌であった。
境界都市「フロンティア」における治安は、性別によって感じ方が大きく異なる。
と言うのも、この都市における犯罪は、性犯罪が圧倒的多数を占めているのだ。
帝国から来訪する、娼婦・商人・傭兵・冒険者。
彼女等を狙う、強姦魔や人攫いが多く存在しているという理屈である。
『あ――?』
『何だ――?』
『誰か居んのか――?』
少女の叫び声を耳にして、警戒心を露わにする三人の暴漢たち。
しかし、迫りくる俺の存在には、未だ気付いてはいないようだ。
先手必勝、俺は大気中の魔素を水へと変化させると、
急速冷凍、男たちを凍てつく氷の檻へと幽閉する。
「氷結牢」
『『『――――⁉』』』
突如として顕現する氷の牢獄。
それは、戸惑う男たちを包み込むと、奴らの自由を奪っていく――。
『火炎槍‼』
残念ながら、一筋縄ではいかないようだ。
三人の内、主犯格と思わしき人物が、炎の槍で氷の檻を相殺してくる。
しかし、他の二人は抗う術を持ち合わせていなかったようで、
瞬く間に氷の牢獄に囚われると、見るも寒々しい氷像と化した。
『クソッ……。火炎――』
その光景を視認した槍の男は、小さく悪態を吐きながらも、
二人を拘束する氷の檻を融解せんと試みる。
しかし、それを黙って見過ごすような失態は犯さない。
俺は両手に生成した氷柱を適度に研ぐと、氷像目掛けて解き放った。
「氷柱光線」
『パキィン‼』
破砕音と共に砕け散る、二人の暴漢の片脚。
命までは奪っていないが、氷が溶けた時点で、途方も無い激痛が二人を襲うだろう。
『てめえ、よくも……。無限焼却――‼』
もう戦力にはならないと判断したのか、槍の男は二人の救助を後回しにすると、
敵意を剝き出しにしながらも、無数とも言える炎の弾丸を放ってきた。
「っ……」
想定よりも速い。
精度こそ余り高くは無いが、それを補って余りある程の攻撃速度。
更に、「数打てば当たる」とでも言わんばかりに繰り出される無数の炎弾を、
全て回避し切ることは出来ず、幾つか諸に食らってしまった。
燃え広がると大惨事なので、急いで水魔法で鎮火しておく。
『――良い女じゃねえか……。だったら、二人並べて楽しんでやるよ――‼』
どうやらフードの一部が焼け落ちて、顔が見えてしまったらしい。
槍の男はそう言って此方を睥睨すると、
心の底からの嫌悪感を抱かせる、そんな下卑た笑みを浮かべた。
そして――。
『鎖状烈火――‼』
男の紡ぐ詠唱と同時。
地を這い、壁を伝う炎の鎖が顕現する。
それは、烈火の如き勢いで燃え広がると、俺の身体を焼き尽くさんと迫った。
しかし俺も、二度同じ轍を踏む程、愚かではない。
「水結界」
伝播速度を考慮して構築した、水の結界によって相殺する。
と同時、辺り一面を白く染め上げる水蒸気。
途端に悪くなる視界は、男の策略か否か。
真実の程は分からないが、どの道一度体制を立て直す必要がある。
俺は勢い良くバックステップを取ると、白濁の檻を抜け出さんとし――。
蒸気を切り裂いて眼前へと迫る、男の姿を視界に捉えた。
その手には、青い炎を纏った短剣が握られている。
『チェックメイトだぜ――、氷の魔女』
やはり策略の内だったようだ。
俺の正面を狙う炎纏の短剣――と、背部を狙う炎纏の長槍。
「探査」が有れば生物の存在は認識出来る。
故に蒸気の中でも、男の居場所は筒抜けだった訳だが、
背後に回り込んでいた槍の存在までは、知覚することが出来なかった。
短剣と槍による挟撃、それが男の編み出した策なのだろう。
勝ち誇ったように、口の端を吊り上げる男。
殺す気は無いのか、短剣の切っ先は肩口に照準を合わせている。
両方を対処している余裕はない。
俺は長槍の方へと神経を注ぐと、魔術による迎撃を試みた。
すると当然、短剣に対して無防備になる。
『新しい愛玩具ゲッ――』
「氷手裏剣」
否、対処する必要がないのだ。
『ガアァッッ‼』
男の背後に鏤めておいた、星形の氷晶。
それらは男の四肢を刺し貫くと、そのまま地面へと縫い付けた。
何故自身にも出来る発想が、他者には出来ないと思い込むのか。
自身の策略に信頼を寄せるが余り、相手の策略を軽視するのは愚の骨頂である。
男は暫くの間、苦悶の表情を浮かべていたが、
やがて力尽きたのか、その意識を手放した。
「大丈夫か……?」
「…………」
それを最後まで見届けると、街路の隅で蹲る亜麻色髪の少女に声を掛ける。
辺り一帯は氷と炎の共演によって、見るも無惨な様相を呈しているのだ。
寝静まる時間帯だとはいえ、直ぐにでも野次馬が集まってくるだろう。
そうなると非常にマズい。
俺は、反応を示さない少女の手を取ると、出来るだけ遠くへと逃走を始めた。
*
人目を憚って辿り着いた、路地の一角。
件の地点からはかなりの距離があり、尚且つ人通りも皆無という絶好の場所。
俺は適当な石垣の上に腰を下ろすと、上級治療薬で火傷の治療を試みる。
序に、隣で独り言を紡いでいる、少女の方にも手渡そうとするのだが……。
「飲むか?」
「あーあ、もう最悪……。折角のドレスが台無し……」
少女はどこ吹く風といった様子で、自身の身嗜みを憂いていた。
見れば確かに、綺麗な紫紺のドレスは破け、瑞々しい柔肌が露出している。
それと、首から下げられた金色のロザリオが、煌々と光り輝いているのも目に入る。
が、問題はそこではない。
「…………」
助けを求めていた時とのギャップに、思わず閉口してしまった。
「どうしたの? そんな顔して……。
あ――、もしかして『助けたお礼にベッドイン‼』的な展開を期待してたんだ?」
「いや、そうではないが――、少し驚いただけだ……」
先程までの様子は何だったのかと、そう問い掛けたくなるような悪戯な笑みで、
此方を覗き込んでくる亜麻色髪の少女。
推定年齢は13~14といった所だろうか。
女性的な艶やかな色気の他にも、何か別種の魅力を併せ持っている、
そんな不思議な雰囲気を感じさせる少女であった。
その瞳は珍しい、尖晶石色と燐灰石色、淡い蒼紅のオッドアイをしている。
「そっちが本当の君ってことで良いのか……?」
聞くまでも無いような気はするが、一応聞いておく。
それにしても〝君〟という二人称を使うのは何年振りだろうか。
女が〝お前〟と言うのは少し品が無いと、そう考えた上での選択である。
それと当然だが、声も女のモノに寄せている。
イメージは『騎士団所属の女騎士』といった所か。
まあ、それは兎も角。
「アレは違うけど……、コレもそうとは言い切れないというか……。
んー、まあいっか――‼ どうだった? さっきの迫真の演技――‼」
煮え切らない様子で、暫くの間思考していた少女だったが、
やがて考えることを放棄すると、意気揚々と何やら感想を求めてくる。
何がまあ良いのかは分からないが、演技とは先程の助けを求める様子のことだろう。
ということは、今の彼女が自然体であると考えて良いのだろうか。
まあ、そんなことは大した問題ではない。
重要なのはもう一つ。
確認しておかなければならないことがある。
「君は気付いているのか……?」
少女の言葉に含まれる違和感。
思い返してみれば、最初から気付いていたとも考えられる。
助けを求める余り適当に言ったのだと、そう思っていたのだが……。
「ん……? ああ――、私、男女の機微には敏いから。普通は気付かないと思うよ」
あっけらかんといった様子で、そう言い放つ亜麻色髪の少女。
どうやら俺の性別は、最初から見抜かれていたらしい。
女装+フードという状況下で、だ。
正直、女装に関してはかなりの自信があったのだが、
見る者が見れば気付くものなのかもしれないな。
今後はより一層、危機感を持って行動していく必要がある。
そんな月並みの決意を胸にした所、追加で一つ、疑問を覚える。
「そうか……。しかし何でお前は、こんな時間に一人で……?」
「何でお兄さんは女装してるのか、教えてくれる? それとも只の趣味?」
「――趣味ではないが……。言えないな」
「でしょ? だったら私も教えらんないかなー。秘密が女性を美しくするってね――‼」
軽い目配せと共に、やんわりと拒絶の意思を示す亜麻色髪の少女。
別に言いたくないのなら深追いする必要もないが、
仮にこの都市の住人でないとすれば、かなり不可解な存在である。
娼婦・商人・冒険者、況して傭兵といった装いには、余り見えないのだが。
「じゃあ私、そろそろ行くね。助けてくれてありがとう――‼」
少しの間、他愛もない会話を交わしていた俺たちであったが、
やがて少女は身嗜みを整えると、薄暗い路地を歩き始める。
どうやら此処でお別れのようだ。
助けた手前、このまま別れるのもどうかと思ったのだが、
当人曰く、護衛などは不要らしい。
そんな彼女は、何か思い出すような仕草を見せると、振り返って一言。
「あ、そうだ一応お礼にアドバイス。――そんな〝複製品〟じゃあ、何にもならないよ?」
「――――?」
少し声のトーンを落として紡がれる、少女の助言(?)。
複製品? 何もならない?
一体彼女は、何を言いたいのだろうか……。
「それじゃ、またね――‼」
最後に別れの言葉を言い残すと、颯爽と去っていく少女。
どうにも掴み所が無い、そんな不思議な少女であった。
果たして――、また出会う機会はあるのだろうか……。
(どうせなら、見捨ててくれれば良かったのに……)




