第四十七話「暴漢に襲われる美少女の図」
一人旅――初日。
俺は『風切馬』に跨って、何処までも広がる平原を駆けていた。
転移結晶さえあれば一飛びで済んだ話なのだが、
生憎とヴァロワール帝国内に登録済みの結晶は所持していない。
持っている商人や傭兵・冒険者がいないか探りを入れたが、どれも外れであった。
旅の荷物についてだが、最小限に抑えている。
武器は細剣と予備の短剣。
防具は戦闘服と外套を二着ずつ。
杖を新調するかは迷ったが、
帝国へと到着するのは、能力更新後となるのでやめておいた。
金銭は黒金貨を50枚ほど。
同一の大陸であれば換金の必要はない。
それと、不本意ながら化粧品の類。
帝国へと入国してからは、常に女の姿を保っておく必要がある。
最後に消耗品。
上級治療薬×10 魔力回復薬×5 万能治療薬×1 転移結晶《往訪》×1
それと、携帯用の栄養剤を幾つか購入してある。
アインが同行しない以上、魔物を食うという手段は使えないからな。
以上――、かなり周到な準備を終えた俺は、
凡そ七年振りとなる、ヴァロワール帝都への旅路を進んでいる。
『ヴァロワール帝国』―― 帝都「アルマニク」
またの名を〝砂上要塞〟
圧倒的女性優位という側面に気を取られがちだが、地理的特徴もかなり尖っている。
国土の八割を砂漠が占める帝国は、舞い踊る砂嵐や照り付ける太陽も相俟って、
物見遊山に適した自然環境であるとは言い難い。
しかし、砂漠を貫くように流れる『グレイス川』の恩恵で、
巨大なオアシスが乱立しており、都市内での生活は思いの外不自由なく行われている。
加えて、国内各地に点在する油田の存在。
物理的にも経済的にもかなり潤っているというのが、ヴァロワール帝国の実態である。
外部からの侵攻を許さない地形配置と、豊かな資源から成る軍事力。
こと防衛戦に関しては『オーラヘイム帝国』を凌ぐと言われている程の強国である。
そんな、安定した情勢を誇るはずの帝国に訪れた不穏な影。
何事も無ければ良いが、悪い予感というのは得てして的中するものである。
俺は魔術師の不吉な予言を反芻しながらも、何もない平原を駆け抜けていった。
*
一人旅――五日目。
リヴァリエ王国を立ってから既に五日が経過しているが、
特にこれといったアクシデントには見舞われていない。
整備された街道に沿って進むだけの単調な旅路。
途中、『人喰猿』や『角刺兎』といった低級魔物との邂逅はあったが、
両断して終わりの簡単な作業である。
只一つ懸念点があるとすれば、余り睡眠を取れていないことだろうか。
立ち寄った村の宿屋で一泊したものの、それ以外は目を瞑るに留めている。
最も警戒すべきは族の強襲であり、
眠っている間にチェックメイトという可能性も捨て切れないからだ。
こんな時アインが居れば、交互に寝るという手段が使えるのだが……
居なくなって実感するのは、意外と大きかった相棒の存在である。
まあ、それは兎も角。
暫く馬を走らせていると、比較的大きめの都市が見えてくる。
境界都市「フロンティア」
リヴァリエ王国領とヴァロワール帝国領の丁度境目に存在する独立都市。
独自の体制のもと運営されるこの都市は、
大陸における玄関口のような役割を果たしている。
ヴァロワールで産出される石油や、リヴァリエ近海で取れる海の幸。
その他多様な資源を移送するための要所として機能しているのである。
故に、特段目を見張るモノの無い都市でありながら、
数多の商人や傭兵・冒険者が集まる、重要な拠点となっている訳だ。
目的地は此処ではないが、ヴァロワール入国の準備を進める必要がある。
俺は騎乗していた馬から降りると、検問所の前へと歩を進めた。
*
検問所を抜けると、かなり活気のある街の風景が視界に入ってくる。
数多く散見されるのはやはり、商人とその護衛の傭兵・冒険者たち。
立地の影響か、その男女比は大凡一対一となっている。
街の全体像は何と言うべきか、良くも悪くも普通といった様子で、
赤や橙の暖色を基調とした建物群が、少し綺麗だと思えるくらいだろうか。
どちらかと言うと、機能性を重視したような都市設計となっている。
店の内訳は多い方から順に、宿屋・武具屋・道具屋。
加えて、帝国内とこの都市のみで見られる、水屋が軒を連ねている。
水屋とはその名の通り、ただ水を売っているだけの店である。
幾らオアシスが点在すると言っても、帝国における水の存在は他国よりも貴重で、
砂漠へと繰り出す際には、飲料水を予め確保しておく必要があるのだ。
しかし俺の場合、現状水魔術で生成出来るので、購入する必要は無い。
能力更新後は利用することになるだろうが、それは帝国に入ってからの話である。
そしてこの都市で一際目立っている建造物が、卸売り所である。
巨大な橙色の建物では日夜、多様な資源・製品の売買が行われており、
白熱する商人同士の戦いを見物していると、意外と楽しめたりするものだ。
しかし、今回の滞在予定日数は僅か一日。
余計なことに割ける時間など有りはしない。
そんな訳で、最初に厩舎へと向かった俺は『風切馬』を売却する。
帝都までは未だ日数が掛かる訳だが、『風切馬』は砂漠の旅路には適していない。
ではどうするのか?
答えは単純、砂漠用の『砂蜥蜴』に乗り換えるだけである。
『砂蜥蜴』はヴァロワールの砂漠地帯に生息する魔物の一種で、
温厚な性格・素早い動き・大きさの幅という、
三拍子揃った、正に乗り物に成るべくして生まれた生物である。
故に砂漠の移動手段として重宝されており、特に帝国へと向かう旅人は、
この街で『砂蜥蜴』を購入するのがセオリーとなっているのだ。
その例に漏れず、俺も蜥蜴を購入する必要があるのだが、
街を出立するのは明日なので、一先ず宿屋を探すべく動き出す。
この街の宿屋は、中心部からやや離れた場所に点在している。
故に路地を抜けて、奥へと進む必要があるのだが、
余り奥へと行き過ぎると、風俗街へと突き当たってしまう。
帝国内に遊郭が存在しない関係上、出稼ぎに来る帝国民も多いようで、
結果として色街がかなりの発展を見せているのだとか。
そんな風俗街の一歩手前。
比較的人気の少ない街路へと歩を進めると、一件の宿屋の前で足を止める。
宿屋の名は『栗鼠の隠れ家亭』
場所柄もあってか、少し寂れたような外観の建造物である。
見て回る手間も惜しいので、即断即決。
俺は少し錆び付いた金属製の扉を開くと、宿屋の中へと入っていく。
部屋の内装は至って簡素。
最低限の設備と清潔感を兼ね備えた、B級宿屋といった様相を呈している。
俺はそんな宿屋の床面に旅の荷物をばら撒くと、ベッドへと倒れ込む。
疲れからだろうか、先程から凄まじい眠気が襲ってきているのだ。
このまま意識を手放したい、そんな欲求に駆られるが、流石に理性が許さない。
俺は一瞬でシャワーを済ませると、再びベッドへと戻り、泥のように眠りに就いた。
*
一人旅――六日目。
早朝四時という微妙な時間に目覚めた俺は、鏡台の前へと腰を据えていた。
平凡な鏡に映し出される銀髪の淑女は、趣向を変えた自身の姿である。
銀色のウィッグを背部まで丁寧に梳かし、目元には薄めのアイシャドウ。
元々白い肌は化粧水で艶を出し、唇には紅を差しておく。
アイン曰く、俺の顔立ちは中性的なものらしいので、厚化粧をする必要はない。
服装に関しては、結局黒の外套を羽織ったままにしている。
女性らしさを演出するには、露出というのも一つの手ではあるのだが、
砂漠を横断する予定の今回においては、論外極まりないので却下である。
そんな訳で、一通りのチェックを終えた俺は、ヴァロワール入国の準備を進めていた。
何故、現時点から女装を行う必要があるのか。
これは、帝国の厳し過ぎる入国規制に起因している。
本来国境というのは曖昧なものであり、入国自体は容易に出来るのが常である。
それもその筈、広大な面積を誇る領土への侵入路を全て取り締まることなど、
事実上不可能であるからだ。
その代わりとして、各都市への入場はしっかりと取り締まっているというのが、
一般的な国家の様式なのである。
一方で、ヴァロワール帝国においては、その双方が厳しく取り締まられている。
国直属の騎士団が国境附近に幅広く展開しており、
男の入国であると見るや否や、即刻帝都へと連行、長時間の審査が行われるのである。
そんなことをすれば当然、帝都の守りが希薄になってしまう。
故に、一般的な国家は入国規制を諦めている訳だが、
それを可能とするのが、一騎当万『情熱の戦乙女』の存在である。
先代女帝『魔極の戦乙女』も一騎当千の雄として有名であったが、
彼女をも凌駕する存在を擁する帝国だからこそ、取れる処置といった所だろう。
そして、長時間拘束される訳にもいかない俺は、
前以って準備を行っているという理屈である。
そんなことを考えていると、旅の準備が全て整う。
必要なモノをバッグへと詰め、再度身嗜みを確認した俺は、
外套に付随しているフードを深く被ると、宿屋の窓から外へと飛び出した。
宿の主人は俺を男として認識しているので、念のための処置である。
仄かな明るさを湛える、早朝の街並み。
人通りはなく、虫のさざめきだけが響き渡る街路を、足早に進んでいく。
すると――
「いやっ――‼ やめて――‼」
突如として上げられる少女の悲鳴が、俺の耳を叩いた。
方向は前方。
丁度このまま進むと、鉢合わせになる形だ。
『こんな時間にうろついてちゃ危ないぜ?
何せこの街には、俺たちみたいな悪いお兄さんが一杯いるんだからよ――』
『未だ小せえが、こりゃあ上玉だな⁉』
『お嬢ちゃん、俺たちと良い事しねえか? ケヒヒヒ……』
「遠視」を使って視認したのは、
地面に組み伏せられる亜麻色髪の少女と、三人の男たち。
その様子を見るに、強姦か人攫いの現場だと考えて間違いないだろう。
逡巡。
以前の俺ならスルーしただろうが、
図らずもアインとギーメルの顔が浮かび、迷いが生じる。
「助けて‼ お兄ちゃん――‼」
すると、少女が俺を認識したのか、助けを求めてきた。
未だ「探査」の範囲には入っていない筈なのだが……
「探査」の互換スキルか、同じく「遠視」系統スキルを持っているのだろうか。
少女の声を聞いて、視線を巡らせる三人の暴漢たち。
面倒なことに、どうやら俺も巻き込まれてしまったようだ。




