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生抜同盟 ―白黒傭兵の冒険手記―  作者: 白崎凪
第二章:白金技能篇
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閑話「If or Heaven」

ヘットとパティアの話です。

 

 昔から、寝起きは良い方だ。


 毎日、決まって同じ時間に目が覚める。

 夢の中では、自分を蔑む人々の声が聞こえてきて、

 その声から逃れようと、飛び上がるように起きてしまう。


 でも、いつからだろうか――


 それが愛おしい、天使のような声へと変わったのは……




 天井。


 何度も見上げた、純白の天井。


 窓から吹き込む柔らかな風が頬を撫でると、俺の意識は覚醒への一途を辿る。


 そして――    


 徐々に明瞭になる視界の隅で、幸せそうに眠る最愛の人を認識した。


『ヘット……、そっちじゃないよ――。むにゃむにゃ……』


 寝ているのか疑わしくなるほど、鮮明に言の葉を紡ぐのは、一人の淑女。


 太陽に照らされて光り輝く薄紅色の長髪が、俺の心を支配したかと思えば、

 身を包むネグリジェが少し(はだ)けて見える美しい鎖骨に、視線を奪われてしまう。


 その寝顔は幼い少女のように純粋無垢で、

 思わずメチャクチャにしてしまいたくなる、そんな魔性の魅力を放っていた。


 愛おしい彼女をずっと見ていたい、そんな衝動に駆られた俺は、

 しかし、その欲望を心惜しくも断ち切ると、華奢な肩を揺すり話し掛ける。 

 

「なあ、パティア……。今日は折角の二人の休日だろ? 何処か出掛けたくはないか?」 


『ん……』


 俺の声が届いたのか、薄っすらと瞼を開けて此方を見据える――パティア。 

 彼女の丸い瞳は、いつ見ても惚れ惚れするほど、綺麗な(オレンジ)色をしている。


『えー……、じゃあヘットが起こしてよ。おはようのキ――』


 未だ覚醒し切らぬ意識の中で、悪戯っぽく微笑む桃髪の淑女。 

 そんな彼女の言葉を受け取った俺は――、迷わずその唇へと口付けをした。


『――――⁉』


 不意打ちを食らったように赤面するパティアは、暫しの間抵抗を見せていたが、

 やがて観念したのか、その細い身体を俺に委ねてくる。


 良いよと言われて、我慢する方が無理な話なのである。


 柔らかい唇の感触を心行くまで堪能した後、

 俺たちは、自然の奏でる美しい旋律を耳にしながら、早朝の甘いひと時を過ごした。 

 

  


              *




『「いただきます」』


 手を合わせて、食材に感謝を述べる。

 そんな何とも利己的で、日常的な風景が広がるのは、とある一軒家の居間。 


 食卓を彩るのは、円柱型の生地と果物の搾り汁のみ。

 ふわふわに仕立てられたそれは、所謂スフレパンケーキという奴だ。

 パティアの友人だという御夫婦に教えてもらったのだが、これが何とも難しい。

 完璧に仕上げるまでに半年もの時間を要したことからも、

 その努力が垣間見えるというものだろう。


 まあ、そんな苦労も彼女の笑顔を見れば、全て吹き飛んでしまうのだが。


『美味しいっ‼ やっぱりヘットは、主夫の才能があるよ‼』


 パンケーキを口へと運んだパティアが、目をキラキラと輝かせながら褒めてくれる。


 基本的に時間の合うときは相互に食事を作り合って、

 それを称え合うというのが、俺たちの間に存在する習慣となっている。

 (もっと)も俺は軍隊の師団長、パティアは宮廷画家としての務めがあるので、

 毎日のように食事を共にするという訳にはいかないのだが。


『軍服姿のヘットはカッコイイけどさ……、あんまり無理して欲しくないかな……』   

「いや、それは流石に……。俺のプライドが許さないというか……」

『えー……いいじゃん、別に専業主夫でも――』


 可愛く頬を膨らませながら、そう訴える桃髪の淑女。


 因みにパティアは、国家有数の天才画家である。

 故に、俺が働きに出る必要は無かったりするのだが――

 流石にパティアに養ってもらうだけの、ヒモ男には成りたくないからな……


 そんな他愛ない会話を続けていると、時間とは過ぎていくものだ。

 時に食べさせ合いながら、なんてやっているとそれは更に加速する。


 四十分にも及ぶ長くも短い朝食を終えた頃、パティアが徐に問い掛けてきた。


『そう言えば、今日は何処行く? 水浴びとか……?』 

「それも魅力的だが――、実はもう決まってるんだ。付いてきてくれるか……?」

『――ん? 良いけど……』


 頭に?マークを浮かべつつ、了承の意を示すパティアに愛おしさを感じながらも、

 俺は一世一代の大勝負に出るべく、その神経を研ぎ澄ませていた。





               *





『わあ……。何だか、懐かしいなあ……』

「そうだな……」


 太陽も頂点へと上りつつある時刻。


 俺たちはというと、城下町の外れへと足を運んでいた。

 周囲には数件の質素な住宅が存在するだけの、町から見放された地区。

 凡そ男女のデートには似付かわしくない、そんな寂れた空間が広がっていた。


 しかし此処は俺たちにとって、掛け替えのない大切な思い出の場所である。


 何せパティアと――、初めて出逢った場所なのだから。


『此処で死んだ目をした、ヘット少年と出逢ったんだね……』

「うっ……、改めて言われると恥ずかしいな……」


 そう言いながら、感慨深げにうんうんと頷く桃髪の淑女。

 先程までの妖艶なネグリジェに代わって、

 身に着けられた緑色のワンピースは、何処か快活な印象を齎している。


 俺はそんな彼女を真っ直ぐに見つめると、短くその名前を呼んだ。


「パティア」


『……はい』


 今から何を言われようとしているのか、恐らく勘付いているのだろう。

 頬を僅かに赤く染めたパティアは、静かに、続く俺の言葉を待っていた。


「二人で幸せになろう――パティア」


『――――‼』


 一瞬――、世界が止まったかのような錯覚を覚える。


 ドクドクと高鳴る鼓動だけがその存在を声高に主張し、

 幾度となく重ねてきた練習(シミュレーション)の記憶が、全て空白に染め上げられていく。


 しかし、いつまでも突っ立っている訳にはいかない。

 もう俺は、あの日の俺とは違うのだから。


 短く告白(プロポーズ)の言葉を紡いだ俺は、その美しい朱眼に涙を湛えるパティアの前に跪くと、

 懐から取り出した純白の箱を開き、輝く指輪を彼女へと捧げる。


 指輪に選んだ宝石は当然、日長石(ヘリオライト)

 太陽のようなパティアに、ピッタリの宝石だ。

 それと俺たち二人の、輝かしい未来への願いも込められている。


 俺が求めるのは、パティアの幸せと――、ついでに俺自身の幸せ。

 俺の思い描く幸せな未来図に、パティアが居ないなんて事はあり得ない。

 彼女もそう思っていてくれたら嬉しいと、

 そんなことを思いながら、尚も言の葉を紡いでいく。


「俺一人でも強くなれるんだって、教えてもらったよ……。

 でも、幸せを掴むには――、君と二人でなければ無理だ」


 何とも自分勝手な物言いであると、自分でもそう思う。


 でも知ってしまったんだ――


 君の優しさを。

 君の温もりを。


「俺と――、結婚して下さい」


『はい――、お願いします』


 パティアの美しい瞳から、大粒の涙が零れ落ちる。


 宙を舞う雫の行く先を見届けた俺は、彼女の小さな手を優しく包み込むと、

 その華奢な薬指に、朱色の輝きを放つ指輪を嵌めた。



 これから先、どうなるのかは分からない。

 この世界は、不条理に満ち溢れている。


 それなら――


 世界が、常に変わり続けるというのなら、

 せめて自分の意思だけは、変えずに生きていこうと思う。


 もう――、迷いなんて要らない。

 全部守ると、そう決めたのだから。




此れにて二章完結です。

お読み頂きありがとうございました。

少し忙しく、投稿が遅くなっていますが、

三章もお付き合い頂ければ幸いです。


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