第四十四話「教会」
『レヴィアルス城』――「ギーメルの私室(仮設)」
綺麗に整えられた室内には、殆どモノが置かれていない。
しかし見る者が見れば、以前よりもその空白が埋まっていることに気付くだろう。
そんな私室の中。
天蓋付きのベッドに横たわる金髪の少女と、
執務机の椅子に足を組んで座る藍髪の美女、二人の姿があった。
「『ようやくお目覚めか――』じゃないですよ……、まったく。
どうして病み上がりの人が、私を徹夜で見守っているのでしょうか……」
純白の枕に顔を埋めながら話すギーメルは、今朝の情景を思い起こしていた。
重い瞼を開くと、真っ先に視界に入る銀髪の青年。
錬金術の書を片手に佇む青年――アレフは、どうやら昨日からベッドの側に居たらしい。
本人は「散々眠ったから大丈夫」などと言っていたが、そういう問題ではない。
それがとても心配で、でも何処か嬉しいような。
そんな複雑な感情を抱くギーメルであった。
「惚気話を聞かせたいなら他所でやんな。
こっちはアンタの所為で、色々と大変だったんだから……」
机の上に飾られた宝石細工を指で弄りながら、少し不機嫌そうに返すコフ。
彼女はベッドの方へと視線を向けると、尚も続けて言った。
「アンタ、見掛け上は誰にでも良い顔するからね。影武者やるのも楽じゃないんだよ……」
「もう少し言い方というものがあるのでは……?
その件に関しては悪いと思っていますが……」
半身を起こしたギーメルは、少し傷付いた様子でコフを見据える。
しかし、そんな視線もお構いなしのコフは、頬杖を突くと、続けて提案した。
「というか――そんなに気になるなら、婿入りでも何でもさせれば?
救国の英雄様なら、ギリギリ釣り合うんじゃない?」
「なっ――⁉ そ、それは聊か早計では……?」
不意打ちを食らったように、顔を赤らめる金髪の少女。
そんな彼女の心中は、薄紅色に染まり切っている――という訳でもなかった。
というのもギーメルは、自身のアレフに抱く感情を理解出来ずにいる。
好きか嫌いかと問われれば、好きだ。
時間を共にしたいかと問われれば、Yesと答えるだろう。
しかしそれは、今は亡き肉親や義父にも言えること。
果たして彼女の抱く感情は、恋愛の情なのか、友愛の情なのか。
凡そ人間関係に乏しい彼女にとって、酷な問いであると言えるだろう。
そんな複雑な思考を巡らせたギーメルは、
「それに」と短く前置きを入れると、続けて言った。
「彼らはまた、直ぐにでも旅立ってしまうのでしょうね……」
それはギーメルが感じ取った、確信にも近い諦念。
基本的に傭兵は、一つの場所に留まることはない。
職業病とでも言うのだろうか。
元々金を稼ぐことが目的だったとしても、それが孰れ生活の一部となる。
故に目的を遂行した後も、一般的な生活に戻れないということが多々あるのだ。
それはアレフとアインの二人とて、例外ではない。
「アンタも準備しときな。直、忙しくなるよ」
「ど、どういう意味ですか……?」
「さあね……。今は休んでた分、きっちり働きな――」
ギーメルの呟きを聞いたコフは、意味深にそう告げると、
これ以上話すことはないと言わんばかりに、席を立った。
そして――
「〝黒山羊〟とは、余り関わらない方が良いんだけどね……」
コフの憂うようなその言葉は、ギーメルの耳には届かなかったようだ。
*
同刻――中心街の少し外れ。
人も疎らな街路を早足で歩く、黒髪の青年の姿があった。
「ようやく貯まった――50億s」
何処でくすねてきたのか、幾つかの金剛石を換金した青年は、
その足取りのまま、目的の建造物へと向かっていた。
純白に染められた街並みの中で、明らかな異彩を放つ銀色の建造物。
そう――、リヴァリエに存在する、ゾディアック教の教会である。
青年は教会の前まで辿り着くと、煌々と輝く銀色の扉を無造作に開け放った。
教会の内装は外観同様、絢爛な造りとなっている。
天界へと届くほど高く設計された天井には、美しい宗教画が描かれており、
意匠の凝らされたステンドグラスからは、鮮やかな太陽光が差し込んでいる。
また、入口上方を彩るパイプオルガンと、荘厳たる金色の祭壇は、
如何にゾディアック教が力を有しているか、その象徴としての役割を担っていた。
そんな教会の内部――
司祭が不在であるのか、中には数人の修道女が佇むのみであった。
『迷える人の子よ、汝が――』
突如開け放たれる扉に困惑しながらも、修道女の一人が青年へと問い掛けようとする。
しかし青年はそれを遮ると、自身の懐へと手を伸ばし、一つのロザリオを取り出した。
すると――
『あ……あなた様は……⁉ し、失礼致しました――‼』
「御託はいい。教皇――様は戻られたか……?」
『つ、つい先日御戻りになられたと――』
「そうか……」
只、それだけの会話。
一刻も早くこの場を立ち去りたい様子の青年は、短く返すとUターンする。
そして――
青年の持つ謎の符号を象ったロザリオは、砕けそうなほど、強く握り締められていた。




