第四十三話「女帝国家」
翌早朝。
「どうして、起こして下さらなかったのですか……」
「いや……、別に無理する必要ないだろ……?」
「――本日は私、王城へと戻らなければならないのです……」
何処か恨めしそうな表情で、アインの作った目玉焼きを口に運ぶ、金髪の少女。
どうやらギーメルは、俺が目覚めるまでという条件で、
友人に影武者を頼んでいたらしい。
彼女の友人というのは、〝幻影狼〟――『コフ・パンタシア』
幻惑系統の第一人者である奴からすれば、影武者程度、造作もないのかもしれないが――
事実上の最高権力者が、そんなことで良いのだろうか……?
「俺あの人苦手なんだよね……。何か――、こう本能的に無理……」
空気を読まずに、そんなことを呟くアイン。
此奴はリヴァリエ入国の時も、自棄に怖気付いていたが、何か理由があるのだろうか。
過去に対面していた、というような雰囲気でも無かったが。
「面識があるのですか? きちんと話せば、良い人だと分かる筈ですよ」
「少しだけね。まあ、契約関係って感じ……?」
そう――、俺たちは何故か、奴の護衛をすることになっている。
王室御用達の研究者となった奴を、今更俺たちが護衛する意味も無いと思うのだが……
「珍しいですね……。彼女が手ずから、人と関わろうとするのは……」
「そうなのか? 何と言うか……、割と自由なタイプに見えたが」
孰れにせよ、奴の御眼鏡に適う何かが、俺たちにあったということなのだろう。
それが名誉なものか、不名誉なものかは分からないが。
「それについては直接聞いてみます。
それと――アレフ様、今日は安静になさって下さいね!」
「ん……」
ようやく朝食を食べ終えたのか、台所へと移動したギーメルは、
律儀に食器を洗いながらも、窘めるようにそう言ってくる。
別に一日くらい安静にしていても構わないのだが、生憎と俺にはこの後予定がある。
なので、肯定とも否定とも付かない曖昧な対応で誤魔化しておいた。
「はあ……。聞いていませんね……」
訂正――、誤魔化せてはいなかったようだ。
ギーメルはジト目でこちらを見詰めた後、洗い終えた食器を棚へと戻す。
そして居間の方へと戻ってくると、壁に吊るしてあった透明の外套を手に取った。
「それは……?」
「これですか? これは、コフさんと共同開発した〖変身〗の魔道具です」
そう言うとギーメルは、手に持っていた透明の外套を羽織って見せる。
すると直後――
「「――――⁉」」
先程までギーメルの居た場所には、
藍色の髪に透き通るような黒眼を湛えた、魔性の美女が佇んでいた。
聳え立つ絶壁は豊かな双丘へと、その姿を変えている。
「凄いな……」
「色々と悪さ出来そう……」
そんな愚直な感想を漏らす、俺たち二人。
恐らくスキル〖変身〗を模した魔道具なのだろうが、その再現度が尋常でない。
元々幻惑系統は再現するのが難しいことで有名なのだが、
それを全く感じさせない出来映えである。
流石はSランク研究者コンビ――
そう言いたい所だが、手放しに称えられないのもまた事実である。
魔道具は便利な反面、幾らでも悪用可能という表裏一体の産物。
これがもし、〖暗殺〗などといったスキルを模した魔道具だったとしたら。
そんな代物が普及すれば、この世界は混沌に包まれることになるだろう。
「分かっております……。ですが、幻惑スキルによってこの国が救われたのも事実。
一先ず二人だけの研究として、外部には伝わらないように配慮しておりますので」
複雑な表情を浮かべながらも、その瞳に決意を宿す藍髪の美女。
全くの別人にしか見えないのに、声は一緒なので違和感が尋常じゃない。
まあギーメルと、彼女の認めた友人のことだ。
万が一は起こり得ないと思うが……
「それに現段階では効果も控えめで、費用も嵩んでいるのです……」
ギーメルの説明によれば、効果は十分につき間隔一時間というスキルの劣化版。
掛かった費用も一枚辺り一億sと、かなり高額な品となっているようだ。
とはいえ性能は十分過ぎるほど高く、
費用についても徐々に改善されていくことを考えると、
末恐ろしいと言わざるを得ないが……
「――だったら猶更、早く行かないとマズいんじゃないのか……?」
「アレフ様に魔道具の説明を迫られたと、そう言い訳しておきますので」
晴れやかな笑顔を浮かべながら、そんなことを宣う藍髪の美女。
別に間違ってはいないのだが、誘導された感が否めないな……
結局それから一時間の間隔を置いて、ギーメルは王城へと戻っていった。
*
それから暫く経った頃。
俺はというと、喧騒に包まれる王都の中心部を闊歩していた。
どうやら国政については恙無いようで、王都は活気に満ち満ちている。
王城の立て直しも順調。
新たに手に入った領土が上手く機能していることで、
今まで見掛けることの無かった、様々な商品群が店頭を彩っている。
まあそんな訳で、俺が今向かっているのは賭博場。
朝八時頃目覚めたレイに猛反対されたが、何とか説き伏せて抜け出してきた。
因みにアインは朝から用事があったようで、ギーメルの後に続くように外出している。
俺の目的は当然、翠眼の魔術師に会うこと。
アイツが何故、俺たちに戦争への参加を促したのか等、
結局分からず終いだったことも含め、幾つか聞いておきたいことがある。
身を以て体感した、義腕の男の常軌を逸した能力。
謎の人物が用いていた精神掌握系の能力。
ゾディアック教の教皇が行使したと推測される蘇生術。
これらは恐らく、《白金》スキルに該当するものだと考えて良いだろう。
《白金》スキルとは一体何なのか。
素直に話すとは思えないが、最悪無理にでも聞き出しておきたい所だ。
それに――
(このままだと、姉御は死ぬことになるよ……。間違いなくね――)
似非魔術師がバトルロワイヤルの最中残した、意味深長な台詞。
正直、俺にはその言葉を信じることが出来なかった。
俺が十人束になっても敵わない、あの女に勝てる奴が居るのかと。
しかし《白金》スキルと対峙した今なら分かる。
その可能性を、否定し切ることは出来ないのだと。
それにあの女の能力も《白金》スキル関連である可能性が高い。
会って話を聞ければ、何か見えてくるかもしれないからな……
そんな思考を巡らせていると、いつの間にか賭博場の入口へと辿り着いていた。
『おっ、王子様じゃねえか⁉
なあ、久々にバトロワ参加しろよ‼ お前に全額賭けてやるから‼』
すると賭博場から出てきた、冒険者然の男と鉢合わせになる。
確か魔術師の知り合いの――まあ、名前は知らないが。
「悪いがその予定はない。それと――、ベートを見なかったか?」
『あー、ベートの野郎ねえ……。そういやここ最近見てねえなあ。
でも、アイツは腐ってもSランカーだろ? どっかで狩りでもしてんじゃねえの?』
知らないといった様子で、軽く身振りを取る冒険者の男。
まあ、唐突に姿を消した辺りから、正直予想はしていたが。
しかし、参ったな……
「そうか、分かった」
世間話をするつもりもないので、短くそれだけ言って男と別れることにする。
去り際に情報料として白金貨を渡しておくと、後腐れなくて良い。
『サンキュー‼ さあて、もう一発打ちにいくか‼』
二枚の白金貨を受け取った冒険者はUターンすると、再び賭博場内へと駆けていく。
そんな賭博狂を横目にしながら、俺も賭博場の中へと歩を進めた。
*
酒場というのは、数多の情報が飛び交う場所だ。
その日起きた出来事や、小耳に挟んだ情報を面白可笑しく語り合い、
時に重要な情報を思い掛けず漏らす。
俺はそんな、賭博場の一角に併設されている酒場へと足を踏み入れていた。
酒場の内装は何と言うべきか、雰囲気のある造りとなっている。
カウンターでは、白のシャツに黒のベスト、蝶ネクタイというフォーマルな恰好をした
老年のバーテンダーが静かに佇んでおり、
シックに飾り付けられた、テーブル席及びカウンター席では何人かの賭博師たちが、
昼間から酒を飲み交わしていた。
また、酒場の奥には幾つかのダーツボードが設置されており、
此処でも賭博に興じている、手遅れな連中が屯している。
俺はそんな中から一つのテーブルに目を付けると、その空席へと腰掛けた。
「少し相席良いか?」
『あ……? 誰かと思えば――、惨敗王子が何の用だ?』
少し機嫌が悪いのか、睨みを利かせながら此方を見据える一人の男。
腰に携帯している直剣から察するに、此奴も堅気の人間ではないのだろう。
まあそんなことはどうでも良いので、単刀直入に用件を述べる。
「ヴァロワール帝国に関して、何か知っていることはないか?」
『ヴァロワール? そんな都合良くある訳――。いやあるな……、最近聞いた話が』
「なら、教えてくれ」
そう言いながら俺は、男の目の前に白銀貨を一枚叩き付ける。
俺は何も、闇雲に情報を集めようとしていた訳じゃない。
魔術師が居なかったとしても、奴なら何か情報を残している可能性があると、
そう考えた上で、酒場へと足を運んでいる。
『ヴァロワール帝国の税率が急激に引き上げられたらしい。
その所為で、近々叛乱が起きるかもしれないって話だぜ?』
白銀貨を奪うように懐へと仕舞った男は、俺を見据えると話し始める。
しかし、税率の引き上げか……
いまいち的を射ないが、何か帝国で不穏な動きがあることは確実だろう。
「他には?」
『ゾディアック教団員の出入りが、頻繁になっているそうだ。
増税と何か関係があるんじゃないかって、専らの噂だぜ。
ん……? ていうかお前行くつもりなのか、ヴァロワールに?』
「さあな……」
加えて此処でも耳にする、ゾディアック教の名前。
様々な方面へと手を出している教団のことだ。
別に驚くようなことではないが、昨日の今日だと流石に勘繰ってしまうな。
『俺も一度行ってみたいが……、命は惜しいからな……』
しみじみといった様子でそう呟く、傭兵然とした男。
その発言の意図は恐らく、ヴァロワール帝国の特殊な国家事情に在る。
女帝国家『ヴァロワール』
総人口の九割以上を女が占める、圧倒的女性優位の国家。
帝位の継承権を持つのは女だけという、かなり歪な権力構造を有しており、
男の入国は基本的に禁じられている。
この国に男として入国する方法は、大きく分けて三パターン。
一、結婚して居住する。
女だけでは繁殖出来ないので、やむを得ない処置と言えるだろう。
只、不倫した場合即刻打ち首という、中々に過激な法律が定められていたりもする。
二、商人や教団員として入国する。
最も簡単で手っ取り早い手段だが、当然長居することは出来ない。
後者に関しても余程上位の人間以外は、女の教団員で構成されているからな。
三、男娼として入国する。
最も現実的で且つ長期滞在も可能な手段だが、あまりオススメは出来ない。
何故ならこの国における男娼の扱いは、一般的な遊郭の娼婦と比べても、
芳しいものとは決して言えないからだ。
余程のマゾヒストなら良いかもしれないが、生憎と俺にその趣味は無い。
まあ、そんな訳で入国がかなり難しいことで有名なのが、
ヴァロワール帝国という国家なのである。
俺があの女と別れた理由の一つが、この理不尽な国家の仕組みにあったりするのだが……
「はあ……、久し振りにアレやるか……」




