第四十二話「目覚め」
何処か見覚えのある天井。
光り輝くシャンデリアが室内を照らし、
開かれた窓からは、気持ちの良い潮風が入り込んでいる。
――此処は一体、何処だろうか……
地獄というには清白過ぎるし、天国というには現実的過ぎる。
「っ――――」
「「――――⁉」」
身体は――僅かに動くようだ。
しかし、乾き切った喉は水分を求めているのか、喘ぐような声しか出てこない。
未だ覚醒し切らぬ意識の中、俺は僅かに上体を起こすと――
「アレフ‼ 良かった……。無事で――」
「アレフ様‼」
心底安堵したような、そんな二人の顔を視界に捉えた。
どうやら俺は今、ホームにあるベッドの上に居るらしい。
それを認識した瞬間、金髪の少女が凭れ掛かるように、その身体を預けてきた。
「――痛いんだが……」
自分のものとは思えないほど重く感じる腕を動かして、彼女を何とか受け止める。
別に身体が悲鳴を上げているとか、そういう訳じゃない。
只――胸が軋むように痛む。
絶対に生きて帰ると、そう啖呵を切っておいてこのザマだ。
「御自身を大切にと……、あれほど……」
ギーメルはそう言うと、俺の胸に顔を埋めてくる。
一瞬見えた紅眼には涙が滲んでおり、その下には隈が出来ていた。
恐らく睡眠も碌に取っていなかったのだろう。
俺はそんなギーメルに対して、返す言葉を見つけられなかった。
しかし、どうしてだろうな……
大して時間を共にしていた訳でも無いというのに。
まあ走馬灯に映していた俺が言うのも、可笑しな話かもしれないが。
俺は「済まない」と小さく溢すと、ギーメルの背中をゆっくりと摩る。
そして横に立つアインへと視線を向けると、目下聞いておくべきことを問い掛けた。
「何故……、俺は生きている……?」
俺は義腕の男に心臓部を穿ち抜かれ、確実に命を落とした筈だ。
あれは、実は急所を免れていた――などという次元の話では無かった。
しかし今の俺は、健康そのもの。
見覚えの無い純白の寝衣に包まれた肢体に、欠落が有るとは到底思えなかった。
そうとなれば可能性は一つ。
『黄泉がえり』
俄には信じ難いが、他に説明の余地は無いだろう。
「直接見た訳じゃない……。けど、アイツが来ていたとしか……」
そんな俺の疑問を受け取ったアインは、神妙な面持ちでそう呟いた。
「アイツ……?」
「ゾディアック教の〝教皇〟……。こんな芸当、アイツにしか出来ない――」
「「――――⁉」」
ゾディアック教。
それは世界最大級の信徒を抱える宗教派閥の名だ。
その頂点は数々の逸話を残していることで有名だが、
その反面黒い噂が絶えない連中でもある。
「確かに教皇――様は蘇生術で有名ですが、噂の話なのでは……?」
少しだけ顔を上げたギーメルが、言い淀むように口を挟む。
ギーメルの言う通り、逸話の中には蘇生術に纏わるものも存在する。
しかし俺も正直、眉唾物だと思っていたのだが……
「いや……、事実だよ……」
対するアインの解答は、驚くべき――というほどでも無いか。
それ以上に俺が今、生存していることの方が、余程不可解なのだから。
しかし何故、アインはそう断定出来るのか。
疑問に思う所ではあるが、問い質すことは出来そうになかった。
何故なら――
アインが、言葉では言い表せないほど、複雑な表情を浮かべているからだ。
「そうか……」
他の可能性を見出せないので、一先ずそれを解とする。
ゾディアック教の教皇が俺を蘇生させたとして、目的は一体何だ……?
俺は過去、奴らと接点を持った記憶は無い。
故に、蘇生などという施しを受ける道理も無い筈なのだが……
「駄目だ……、全く以て見当が付かない」
「アイツのことだ、どうせ碌な理由じゃない……。けど――」
アインが何事か小さく呟いていたが、俺の耳には届かなかった。
考えても分からないことを考え続けるほど、無駄なことはない。
アインに聞いておくべきことは、まだまだ有るからな。
それはそうと――
「あの……、そろそろ離れてくれないか……?」
「駄目……です。約束を破った罰――」
先程から、しがみ付いたままの姿勢を取っている金髪の少女。
別に嫌という訳ではないが、ずっとそこに居られると俺も身動きが取れないからな。
それに――――、いや何でもない。
しかしそんな彼女も、限界を迎えていたようだ。
暫く抵抗する素振りを見せていたが、やがて気を失うように眠りに落ちた。
恐らく張り詰めていた気が抜けたのだろう。
ギーメルには悪いことをしたな……
そんなことを思いながらも、彼女の胴体と脚に腕を添えて、横抱きの姿勢を取る。
そして、そのままシーツの上に寝かせると、上から布団を被せておいた。
「もう少し安静にしとけよ……」
「いや、大丈夫だ。事の詳細を教えてくれ」
横になっていた所で、訛った身体が元に戻る訳ではない。
俺は点滴を外した後、ゆっくりと立ち上がると、
睡眠の妨げにならぬよう、居間を目指して歩き出した。
「大丈夫か……⁉」
途中でバランスを崩して、アインの手を借りることになってしまったが、
まあ、ご愛嬌という奴だな。
「アレフの意識が無くなった所から話すぞ……」
「ああ、頼む」
アインの口から紡がれる、俺が死んだ後の成り行き。
アインの説明を要約するとこうだ。
① 俺の残した「氷の種子」が機能し、義腕の男と相討ち。
② 何とか生き延びていた、レイ・レナ・「パティア」によって助けられる。
③ 義腕の男に止めを刺しにいった所、謎の人物と邂逅。
④ 謎の人物の能力(【泡沫】の上位互換的な)によって、身動きが取れなくなる。
⑤ 謎の人物がレイを殺めようとするも、義腕の男が身代わりになる。
⑥ 能力が急激に強まり、意識を刈り取られる。
⑦ 目覚めた後、再生した俺と散り散りになった「パティア」を含む全員で脱出。
その際、転移結晶は再び使用可能となっており、義腕の男の亡骸は姿を消していた。
⑧ リヴァリエのホームに戻ってから、俺は五日ほど眠り続けていたらしい。
正直疑問に思う所しかないが、アイン自身も把握し切れていないのだろう。
そして――
「そう……か……」
自分でも驚くほど、乱される感情。
レイとレナ、その双方が生きていたというのは、素直に喜ばしい。
しかし「パティア」の機体は修理の施しようがないほど、破壊し尽くされていたようだ。
それが俺にとっても少し、物悲しくあるのだろう。
あれはそう――、生命体と言って差し支えないほどの存在だったのだから。
「二人は何処に?」
「今は買い出しに行ってる。一先ずこの家に滞在してもらうよ」
生きているのならこの家に居るはず、そう思って聞いたのだが、
レナまで外出しているとは――、大丈夫なのだろうか……?
まあ、それはそうと――
「戦争の方は?」
「公国の完勝だ。領土とか諸々全て公国に帰属するらしい。
まあ生き残りが居ないんだから、当然と言えば当然だけどさ」
大方予想通りの解答が、アインから返ってくる。
厳密には生き残りが居ない訳では無いようだが、
そいつらは公国の捕虜となったか、運良く逃げ延びたかのどちらかだろう。
国を丸ごと乗っ取られるなど、今の時代珍しいことでもない。
それから暫く、アインの説明に耳を傾けていたが、
やがて「カランカラン」という、玄関口の扉に取り付けられた鈴の鳴る音が聞こえた。
『『――――⁉』』
居間のソファーに座る俺を見て、硬直する二人の少年少女。
『アレフさん――‼ 目覚められたんですね……』
『良かった……、本当に……』
安堵したような表情で、俺を見据える赤髪の少年――レイと、
美しい碧眼に大粒の涙を湛える、薄蒼髪の少女――レナ。
何で此奴らは……、こうも他人のために泣けるのだろうか。
「ああ、御蔭様で……。アインを助けてくれたらしいな――、礼を言う」
レイとレナがアインを助けなければ、俺たち二人は此処に居なかったかもしれない。
運命とは実に、酔狂なものである。
「その車椅子は……?」
そして俺の視線はレナの座る、金属製の車椅子へと向けられる。
「ああ、二人が決めたんだ。『パティア』をレナの脚にするって……」
『何となくだけど、分かるんです……。此処にはもう「パティア」は居ない……』
外見だけ寄せた機械兵を、再び造ることは簡単だろう。
しかしそれは「パティア」に似た何かであって、「パティア」ではない。
それならばレナの半身として、今後も添い遂げる方が良いと考えた結果だそうだ。
恐らく、かなりの葛藤の末の選択だったのだろうが……
「そうか……。しかし、外に出ても平気なのか――レナ?」
『――だ、大丈夫……。脚は上手く動かないけど、痛くはないから……』
泣き止んだのを見計らって、レナへと問い掛ける。
レナは落ち込んでいるのを隠すような口調でそう答えると、弱々しく笑ってみせた。
恐らく目覚めたばかりの俺に、気を遣ってくれているのだろうな……
当然だが二人共、「パティア」を失った傷は癒えていない。
しかし、それ以上に短期間で色々なことが起こり過ぎた所為で、
そんな悲痛な出来事を、自身の中できちんと認識出来ていないのだろう。
「パティア」の消失を再認識した時、二人がそれを乗り越えられるのか。
心配ではあるが、俺に出来ることも言えることも、特に無いだろうしな……
「……今日は御馳走を作ってやるよ――――、アインが」
別に深い意味は無い。
只――、何かで気を紛らわせないと、やっていけない時だってある。
少しずつでも良い。
向き合っていって欲しいと、心の底からそう思った。
*
――深夜――
未だ目覚めぬギーメルを横目に見ながら、俺は正体不明の頭痛に悩まされていた。
「っ――――」
記憶――見知らぬ記憶。
一組の男と女の、愛と悲恋の物語。
まるで映写機が投影するスライドのように、断片的に紡がれる情景の中には――
黒く燃え盛る炎に包まれる、アインの姿が映し出されていた。
「――アインの横に、俺は居るべきじゃないのかもしれないな……」




