第四十一話「終劇 後編」
「最初からこうしておけば良かったのだ……」
只、一人屹立する空間。
ツァディーは、心底億劫そうな様子でそう吐き捨てると、
再びレイへと向けて王笏を掲げんとする。
「ちょっと待てよ。――それは、アイツが来てからでも良いんじゃないか?」
すると突如何もない空間から、長身痩躯の男が姿を現した。
男はその橄欖石色の瞳を一瞬、嫌悪に歪ませたが、
すぐにツァディーへと視線を向けると、そう提案する。
「次から次へと……。別に、どちらでも構わん――」
「なら呼ぶぞ――『転移』」
ツァディーの苛立つような返答を聞いた長身の男は、
短く詠唱を唱えると、翠色の光と共に姿を晦ます。
それと同時――
入れ替わるように、一人の人物がその姿を現した。
「尻拭いを私にさせるとは……。偉くなったものよな――ツァディー」
深淵を湛えるかの如き漆黒の頭髪に、同じく黒曜石色の瞳。
全身を赤と白を基調とした聖職衣に包まれており、
頭には三重の冠、手には三つの十字架を象った杖が握られている。
明らかに異質な雰囲気を纏うその人物は、
ツァディーを見据えると開口一番、そう言い放った。
「此れも想定の範囲内だ。――奴は未だ目覚めておらぬ故」
「言い訳など要らぬ――。……しかし、『魂の残滓』が足りぬようだが」
「分かっておる……、少し待て」
事情を解するが故の会話を交わす、老年の男たち。
ツァディーは一瞬、遠くに見えるアレフの方へと視線を向けたが、
すぐにレイへと向き直ると、何度目とも分からぬ王笏を振り翳した。
再び放たれる不可視の一撃が、今度こそレイを蹂躙せんとし――
『ガシャーーン‼』
レイの前に立ち塞がった、一体の機械兵によって阻まれた。
『マスター……イガイノ……メイレイナド、キイ――――』
既に壊滅的な状態にあった「パティア」の機体が、粉々に砕け散る。
不可視の一撃はその機体を貫通したものの、勢いを保つことが出来なかったのか、
レイへと届くことは無く、またも地面へと吸い込まれることとなった。
『マダ……マダ……ガガガ』
頭部が切り離された状態で、尚も鋼鉄の瞳に紅の意思を宿す一体の機械兵。
果たして何処に内在しているのかも分からぬ意識の底で、
「パティア」はその役目を全うせんと、懸命に藻掻いていた。
コノママデハ、レイサマガ……
ワタクシハ、オフタリヲ……オマモリスル……タテ。
パティアサマ……アナタ……サマ……ノ――――
刹那の間、機動していた「パティア」だったが、
徐々にその光を失っていくと――やがて動かぬ金属の塊と化した。
「面倒だな……、何度邪魔をすれば気が済む――。……何があった?」
苛立ちを隠せない様子のツァディーだったが、
ふと横を見ると考え込む仕草を見せる、一人の男の姿が視界に入る。
「信じられぬ……。――あの機械にも、『魂の残滓』が見受けられるのだ」
認められないといった様子で、そう呟く聖職衣の男。
それを聞いたツァディーは、一瞬その瞳に疑念を宿したが、
それならばと言わんばかりに、男へと提案を行った。
「――ならそいつで構わん。あの兄妹は、未だ使い道があるだろうて……」
「…………」
渋々といった様子で小さく頷いた聖職衣の男は、やがて金色の光を纏い出すと、
持っていた杖を大きく振り翳し、詠唱を始めた。
〝我は教皇〟
古の寓意画の示す所、其れ即ち慈悲也
創造主たる父に祈祷し、救世主たる子を信仰せよ
第三の位格たる、聖霊の恩寵に満たされし時
金銀輝く二対の鍵は、外界を指し示すだろう。
教皇の正位置 ――『三位一体』
五節の詠唱文と共にその勢いを増す、光の奔流。
そして――
〝魂の選別〟
聖職衣の男の紡ぐ荘重たる命によって、その光は解き放たれると、
地に伏す、ヘットと「パティア」の身体を優しく包み込んでいった。
光に包まれた身体は、やがて『魂の残滓』を具現化させる。
二対の『魂の残滓』は暫くの間、宙を彷徨っていたが、
やがて鳥を象った白光に導かれると――
遠くに鎮座する、アレフの亡骸へと吸い込まれていった。
その直後――
ヘットの身体から新たに具現化された金色の結晶体が、
超速度でアレフの亡骸へと吸い込まれていく。
「「――――⁉」」
想定外の出来事に、一瞬の動揺を見せた老年の男たちだったが、
やがて冷静さを取り戻すと、呟くように言葉を紡いだ。
「ほう……、そうなるか。流石は『特異点』といった所だな……」
「異端なる零が何を示してくれるのか……」
そんな幻想的な光景を最後まで見届けた二人の男は、
特に言葉を交わすことなく、別々の方向へと姿を晦ました。
*
(また此処か……、居るのか師匠?)
(ああ……)
(だったらまた生き返らせてくれよ……なんてな)
(さっき俺は何もしていないが……。どの道――もう手遅れだ)
師匠と呼ばれた人物は、寂しそうな声音でそう答えたが、
すぐに切り替えると、考え込むように黙り込んだ。
(地獄って実在すんのかね……。――どうした師匠?)
(お前は、どうやって善悪が定められていると思う……?
よく言うだろ? 誰かを救うための殺人は果たして善悪どちらなのか……って)
(知るかよそんなこと……。状況とか色々あるだろ……)
(そうだな……、この問題に正解なんて無いさ)
そう言った師匠は一拍の間を置くと、尚も続けて語り始めた。
じゃあよ、一体誰が善悪を定めていると思う……?
〝教皇〟か?
〝正義〟か?
〝審判〟か?
どれでもねえ――――この〝世界〟だ。
……という訳で行ってこい――お前の女が待っているぞ。
(え――――?)
師匠の言葉の終わりと共に、天界へと旅立つ―― 一つの魂。
それは戸惑うように旋回しながらも、最期まで美しい薄紅色の光を帯びていた。
済まない……、俺の所為で―――
そして――
お疲れ様――――ヘット・エレオス・ヴィクトール。




