第四十話「終劇 前編」
『ガシャーーン‼』
「「――――⁉」」
突如として崩壊を始める――炎纏の戦車。
黒く染め上げられた機体に刻まれた亀裂は、徐々にその勢いを増し、
装甲から内部の遮熱壁に至るまでを、縦横無尽に破壊し尽くした。
すると当然、操縦席に居たヘットと「パティア」の姿が露わとなる。
そして――
「――お前は……⁉」
対峙する――因縁の二人。
忘れもしない。
公国で目覚めてから、真っ先に調べ上げた―― 一人の男の容姿。
此の世の無駄を全て削ぎ落としたかの如き白髪に、光を灯さぬ黝簾石色の瞳。
その頭には純金の王冠、手には十字と円を象った王笏が携えられており、
そして何よりも、全身から放たれる覇気が、男を支配者たらしめていた。
男の名は「ツァディー・ソレム・スフォルツァ」
第八十四代『スフォルツァ帝国』皇帝の名を、縦にする人物である。
そして――
パティアの命を奪った――諸悪の根源だ。
ツァディーを見据えたヘットの黄眼は、
忘れかけていた憎悪の感情を、再び取り戻していた。
「貴様では話にならん……。
此処まで御膳立てしてやって――、こんな玩具一つで満足しておるとは……」
ツァディーは地面に転がる戦車の破片を踏み躙ると、ヘットを見据えてそう言い放つ。
「――お前だけは許さねえ……。絶対にその首を撥ねて――」
「――貴様の為に、あの女を娶ってやったというのに……。何の成果も齎さぬ愚物が」
ヘットの恨み言を遮って紡がれる、ツァディーの苛立ちを含んだ台詞。
それはまさしくヘットにとって、聞き捨てのならない言葉であった。
「お前……、何を言って――」
その瞳に動揺の色を宿したヘットが、言葉の真意を問い質そうとするが――
「あの女の側室入りも、公開処刑も、全てが儂の計画の内よ。
馬鹿な女は扱いやすい。私室に機密文書など放置する訳も無かろうに」
心底蔑んだような声音で紡がれる、ツァディーの言葉によって遮られた。
「――――⁉」
側室……、公開処刑……、計画……?
それじゃあ……
最初から――――パティアを殺すつもりで……
「――帝国民の虐殺計画は……」
「今まさに終わった所だろう……?
まあ、文書から貴様に関する記述は消去しておいたがな。
あの女は、自身が虐殺の原因となることも知らずに、正義面をして――」
「――ふざけるなよ……。パティアがどんな気持ちで――‼」
何故、俺に執着するのかは分からない……
でも、ようやく理解した。
此奴はパティアを利用したんだ。
――今、この状況を作り出すために。
ヘットはその瞳に、これまで以上の殺意を滾らせると、
全身から血を流しながら、ふらふらと立ち上がった。
「殺す――絶対に殺す」
「貴様は他者のことを、兎や角言える立場なのか?」
「……どういう意味だ――塵屑野郎」
「その足りない頭で考えてみよ。
あの女を虐殺の原因たらしめたのは、他でもない貴様自身。
それに――、貴様に会わなければ、あの女が死ぬことは無かったのだぞ」
――瞬間――
ヘットの脳内を数多の感情が、飛び交っていく。
俺に出逢ったから救われたのだと、パティアはそう言っていた……
でも、それは本当だったのか……?
もしかしたら、パティアと過ごした日々は必然の産物で、
俺の所為で彼女は死――
(ヘット君、私も流石に怒るよ。
確かに、私が帝国へ嫁ぐことになったのは必然だったのかもしれない。
でも――
あなたに出逢えたという事実は、決して仕組まれたものなんかじゃ無いんだから‼)
「――――⁉」
ヘットは、突如として脳内に響き渡る、パティアの諫めるような声を錯聴した。
パティアの声……?
いや、違うな。
俺の中のパティアならこう言うだろうという、自分勝手な押し付けだろう。
俺は何処までも利己的で、救いようがない……
でも――
俺だって信じたい。
君と出逢ったのは、運命だったんだって……
それなら――、もういいだろう。
此奴の声を、これ以上聞いていたくない。
終わりにしよう。
「お前を殺して――俺も逝く」
ヘットは、憎悪に支配されていたその瞳に、僅かばかりの意思を宿らせると、
ツァディーを睨みつけ、戦闘の構えを取った。
「最後まで救いようのない男だ――。死してその力を返上するが良い」
そんなヘットに対して、道端の塵でも見るかのような視線を向けたツァディーは、
手に持っていた王笏を高々と掲げ――
「誰だ……? どうなっている……」
戦車へと歩を進めていた、アインたちとの邂逅を果たした。
*
「レイ……、レナを任せた」
アインは横抱きしていたレナをレイへと預けると、兄妹を庇うように一歩前に出る。
それと同時に兄妹の元へと合流する「パティア」。
「生きていたか……」
「今は未だ、貴様に用は無い。だが――、丁度良い。一人贄となって貰おう」
油断なく互いを牽制し合いながらも、アインへと視線を向ける二人の男。
「お前は――」
一先ず状況の把握を優先したアインが、ツァディーへと問い掛けようとした――
――刹那――
〝支配者の威光〟
「平伏せよ」
「「「「「――――――⁉」」」」」
荘厳な声で紡がれる短い勅命によって、
この場に居合わせた、ツァディーを除く五人は、例外なく地面へと縫い付けられた。
((何だこの重圧は――⁉))
動くことすら許されない、圧倒的重圧に包まれた空間。
物理的な負荷が掛けられている訳では無い。
只、心が拒絶してしまうのだ。
立ち上がることを。
抗うことを。
しかしそんな中でも、懸命に藻掻く一人の男の姿があった。
ヘットは掛かる重圧を押し退け、必死にその手を伸ばすが――
「――――⁉ 何故……、従わない……⁉」
身動きが取れなくとも、能力の行使は可能。
そう考えたヘットは、周囲の残骸を掻き集めんとしていたが――
既にそれらは、ヘットの支配下には置かれていなかった。
「無機物とて強者に従う。――只、それだけのことよ」
地面を這い蹲るヘットを見下ろしながら、そう吐き捨てるツァディーは、
やがて興味を失ったのか、兄妹の方へと歩を進めると、再び王笏を掲げた。
「おい……、やめろ……」
『レナ……だけは――やめ……て』
『サセマ……セン』
状況が全く飲み込めない様子のアインは、
しかし、一つだけはっきりと、理解出来ることがあった。
それは――目の前の男が、兄妹を殺めようとしているということ。
「その雄姿に、免じてやろう……」
レナを庇うように、必死の抵抗を見せるレイ。
それを一瞬だけ視界に捉えたツァディーは、
標的をレイに絞ると、その掲げた王笏を勢いよく振り下ろす。
『……ダメッ――‼ ――お兄……ちゃん‼』
(くそっ、何で動かねえ――‼)
必死に自身を奮い立たせるアインだったが、
身体は縛り付けられたように動かず、黒炎も既に彼の元を離れている。
金色の王笏から放たれる不可視の一撃によって、レイの身体は粉微塵にならんとし――
「贖罪の山羊」
『パアァァァァン――‼』
「「「「――――⁉」」」」
寸刻先までレイが倒れていた場所には――血塗れになったヘットの姿があった。
「ガハッ――――‼」
弾け飛ぶような音と共に失われた、ヘットの胸部。
不可視の一撃は、内臓ごとヘットの体内を蹂躙すると、
肉片を周囲に撒き散らしながら、地面へと吸い込まれていった。
そして、喉から込み上げてくる、生命の源が地面へとぶち撒けられる。
徐々に薄れゆく意識の中、ヘットは何処か他人事のように自身を俯瞰していた。
ハハッ……
何やってんだろうな――俺。
散々殺した、帝国民の内の一人。
それにこんなことしたって、延命にすらならないだろう……
でも、考えちまった。
きっと君なら――こうするだろうって……
ごめんよパティア――
俺は君の願いを、何一つ叶えられなかった……
そんな後悔とも懺悔とも取れる思念を残して――ヘットはその短い生涯に幕を閉じた。
同刻――
「何故……」
「下らぬことを……。どの道、死ぬ運命は変わらぬ」
刹那の混乱に包まれるのは、重圧に満たされた空間。
動揺を露わにするアイン。
何が起きたのか分からず、呆然とするレイ。
涙を滲ませながら、気を失っているレナ。
兄妹へと手を伸ばした恰好で、静かに佇む「パティア」。
そして、その瞳に無理解を示すツァディー。
皆各々の反応を見せる中、最初に動き出したのは――ツァディーであった。
「沈め」
「「「――――⁉」」」
短く紡がれる、重々たる勅命。
それは、先程よりも遥かに強力な重圧空間を形成すると、
地に這い蹲る、三人の意識を無慈悲にも刈り取っていった。




