第三十九話「戦いの果てに」
『――――さん! ――――インさん――――‼』
「ぁ――――?」
何処か遠くから、声が聞こえる。
天使――いや、悪魔が俺を迎えに来たのだろうか……
『――アインさん‼ 無事ですか⁉』
徐々に明瞭になる意識の中、俺は幼い少年の声を認識していた。
どうやら悪魔では無かったらしい。
僅かに開けた視界には、赤髪の少年の姿が映し出されている。
――赤髪の少年……?
「――――⁉ レ……、レイ……か⁉」
『は、はい。――あの、お怪我は大丈夫ですか?』
心配そうに覗き込んでくるのは、所々に傷を負った少年――レイ。
帝都はこの有様だ。
間違いなく命を落としたと、そう諦めていたのだが……
「――生きていたのか……。良かった……」
込み上げてくる安堵感が、俺の心を支配する。
レイたちは実際あと少しで、兵器群の餌食となる所だったのだが、
突如それらが中央区へと収集されたことによって、一命を取り留めていた。
しかし――
「――レナは……、どうしたんだ……?」
隣に居るべきはずの少女の姿が見えないことに、
一抹の不安を覚えた俺は、そう問い掛ける。
『無事です。今はあちらに……』
レイの指差す方向には、俯くように座る、一人の少女の姿があった。
その様子は少し心配だが、一先ず生きているのなら――それで良い。
「そうか……、良かった……」
『はい……、本当に……』
レイは一瞬、複雑そうな表情を浮かべていたが、
やがて「立ち上がれますか?」とでも言うように、手を差し伸べてくる。
俺は有難くその手を取って立ち上がると、肩を並べて歩き出した。
そういえば、身体がかなり軽くなっている。
恐らくレイが、懐に仕舞ってあった上級治療薬を使ってくれたのだろう。
俺は懐から新たに二つの上級治療薬を取り出すと、レイへと手渡した。
『あ、ありがとうございます――』
「レナにも飲ませてやってくれ」
有事の時くらい、他人のモノを盗んでしまえる程度には、強かになって欲しい所だな。
そんな現実逃避にも似た思考を抱きながら、俺たちは少女の元へ向けて歩を進めた。
*
アインが目覚めた地点から、少し離れた場所。
『――まだちゃんと、お礼も言えてないのに……』
そこには首飾りを手に、泣き崩れる薄蒼髪の少女がいた。
そして、その涙の零れ落ちる先には――
「っ――――」
見るも無惨に拉げた、アレフの亡骸が転がっていた。
胸に開けられた風穴からは、白い骨が剥き出しになっており、
綺麗な顔も、髪も、乾き切った血液によって、褐色に染め上げられている。
しかし、それでも辛うじて原型を留めているのは、
偏に戦闘の余波を受けていないことが原因だろう。
偶然か必然か、今となっては分からないが、
ヘットとアインの双方が、亡骸を避けるように戦闘を行っていたのだ。
そんな相棒の亡骸を前にしたアインは、その碧眼に決意を宿すと、拳を握りしめた。
「――金さえあれば……、まだ――。待ってろよ……」
それだけ言うとアインは、少女の隣――亡骸の前へと屈み、
開いたままになっている瞳孔に手を翳して、ゆっくりとその瞼を下ろした。
そして、「ごめん」と短く謝罪の言葉を紡ぐと、
その遺骨の一部を拾い上げ、大事そうに懐に仕舞った。
「あとは埋めておこう……。此処よりもリヴァリエが良いかな……」
『――うん……』
本当ならアレフの故郷に連れて行ってやりたいと、そう考えたアインだったが、
生憎とアレフは、自身の生い立ちを他人に聞かせたことは無い。
一先ず、安定した場所にアレフを座らせたアイン。
そんな彼の瞳は――未だ炎に包まれる戦車を見据えていた。
一度死の淵から蘇った相手だ。
確実に止めを刺さなければならない。
そんなことを考えていると、ふと一人足りない存在がいることに思い至った。
「そういえば『パティア』はどうしているんだ……?」
『――「パティア」は絶対にやらなきゃいけない事があると……』
「――――⁉」
レイが涙を湛えながら指差した先もまた、炎に包まれる戦車であった。
*
『――――サマ。――――アナタ――――ットサマ――――?』
「ぁ――――?」
何処か遠くから声が聞こえる。
天使――いや、悪魔が俺を迎えに来たのだろうか……
『――あなタがヘットサマデスカ……?』
徐々に明瞭になる意識の中、俺は何処か無機質な声を認識していた。
――パティアか……? 何てそんな訳ないよな……
此処が冥界かどうかは知らないが、どの道俺は地獄行き。
パティアに逢える道理なんて―― 一ミリたりとも存在しない。
『私はパティアと申シマス。――アナタ様のノゾむパティア様ではアリマせんガ』
僅かに開けた視界――狭苦しい操縦席の中には、
今にも崩壊しそうな、一体の機械兵の姿が映し出されている。
左腕全壊、頭部半壊、全身融解。
機動しているのが不自然なほど、悲惨な有様であった。
――しかし、機械兵か……
大方、操っていた機械が叛乱でも起こしたか……?
ハハッ……
だとしたら、何て滑稽で無様なんだ……
――実に俺らしい死に様じゃねえか。
「――はあ……、早く殺せよ。それとも機械にも、嬲る趣味とかあんのか……?」
ようやく動くようになった口を使って、そんな降伏宣言を唱える。
皇帝の野郎を今すぐぶち殺したい所だが、どの道この身体じゃあ無理だろう。
今も少しずつ、生命の源が零れ落ちているのが分かる。
それに奴を殺した所で――パティアの命は戻ってこないのだから。
『コロスつもりはありマせん。あなたサマ宛ての伝言ヲ預カッテオリます故』
そう言うと機械兵は、少し距離を詰めてくる。
伝言? 一体何の話だ……
しかしさっきからこの機械、自棄にペラペラと喋るじゃねえか。
今話題の、給仕用の機械兵という奴だろうか。
そんな心底どうでも良いことを考えていると、再び機械兵が喋り始めた。
『あなたサマ宛ての伝言、再生シテも宜しイデショウカ……?』
「勝手にしろ……。俺はもう寝る」
もう限界だ。
身体も動かず、当然起きる気力も無い。
最期の見届け人が機械兵という、何とも形容し難い状況だが、
一人寂しく死ぬよりはマシかもしれないな……
『ソレでは再生イタシます』
機械兵の紡ぐ言葉に合わせて、「ザー」というノイズが流れ始める。
その直後――
『あー……。マイク此処で良いのかな……』
「「――――――⁉」」
突如耳を打つのは、ノイズ交じりの音声。
誰が聞いても出来の悪い録音だと、そう文句を言うことだろう。
しかしその音声は――――俺の心を強く揺さぶっていた。
間違いない。
間違えるはずもない。
これは――――パティアの声だ。
『久し振りだね、ヘット君‼ 言葉遣い、変じゃないかな……?
毎日敬語ばっかりだったから、忘れちゃってるかも……』
何故……?
どうして……?
俺の理解を置き去りにして、尚も音声は紡がれていく。
『ヘット君がこの音声を聞いてるってことは、私はもうこの世には居ないんだと思う。
でも安心して‼ ヘット君の心の中で、私はちゃんと生き続けてるから‼
……なんて、気休めにもならないのは分かってるよ――』
音声。
パティアが俺に残した遺言……?
あの手紙と同じ――
『でもね――ヘット君。
私はあなたに生きて欲しいんだ。
今すぐ死にたいって言うんだったら、私にはそれを止める権利も資格も無い。
私も同じ立場だったら、そうするかもしれないから』
生きていて欲しい……?
自分は何も言わずに死んだ癖に……
そんなの余りにも――――自分勝手だ。
『でもさ――
人生なんて一瞬なんだから、楽しまなきゃ損だよ‼
それで、その後は永遠に二人で暮らせば良いでしょ⁉
どう? 名案だと思わない⁉
という訳で、私は先に天国で待っています‼
あれ……? ちゃんと行けるよね、私も?
悪いことしてないと思うし……
だから、ヘット君も悪いことしちゃ駄目だよ?
優しいヘット君のことだから、少し心配だったりするんだけどさ……』
二人で……暮らす……?
夢みたいだな……そんなの……
天国なんて存在するのかも分からない。
でも。
少なくとも君は。
待っていてくれたのか――こんな俺のことを……
『それとヘット君、最期に――
これだけは口で伝えておきたかったんだ。
私はあなたに逢えて幸せでした。
大好きだよ、ヘット君――――』
音声はそこで終わりだった。
一方的に押し付けられる、幾つかの利己的な願い。
でも俺は、君のそんな我儘を――
『ワタクシにハ、お二人のことは何モワカリまセン。
デスガ――
パティア様はアナタ様のオ話をする時、トテモ幸せそうな顔ヲしテイマシタ』
「っ…………」
俺は何もかも間違えてしまったんだ。
復讐なんて、パティアは望んでいない――
そんなことは理解していた筈なのに……
後悔しても――もう遅い。
済まない……
俺は君の元へは行けそうにないよ――――パティア。
「ぅ――――――――」
今の俺を見たら、パティアは何て言うだろうか……
いや、もう会ってすらくれないだろうな……
狭苦しい操縦席の中には、子供のように泣き噦る義腕の男と、
静かに佇む一体の機械兵の姿があった。
そして――
「もう終わりだ、ヘット・ヴィクトール。貴様には生まれ変わって貰うとしよう」
燃え盛る戦車へと近付く、一人の老年の男の影があった。




