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生抜同盟 ―白黒傭兵の冒険手記―  作者: 白崎凪
第二章:白金技能篇
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第三十九話「戦いの果てに」

『――――さん! ――――インさん――――‼』


「ぁ――――?」


 何処か遠くから、声が聞こえる。

 天使――いや、悪魔が俺を迎えに来たのだろうか……


『――アインさん‼ 無事ですか⁉』


 徐々に明瞭になる意識の中、俺は幼い少年の声を認識していた。

 どうやら悪魔では無かったらしい。

 僅かに開けた視界には、赤髪の少年の姿が映し出されている。


 ――赤髪の少年……?


「――――⁉ レ……、レイ……か⁉」

『は、はい。――あの、お怪我は大丈夫ですか?』


 心配そうに覗き込んでくるのは、所々に傷を負った少年――レイ。

 帝都はこの有様だ。

 間違いなく命を落としたと、そう諦めていたのだが……


「――生きていたのか……。良かった……」


 込み上げてくる安堵感が、俺の心を支配する。


 レイたちは実際あと少しで、兵器群の餌食となる所だったのだが、

 突如それらが中央区へと収集されたことによって、一命を取り留めていた。


 しかし――


「――レナは……、どうしたんだ……?」


 隣に居るべきはずの少女の姿が見えないことに、

 一抹の不安を覚えた俺は、そう問い掛ける。


『無事です。今はあちらに……』


 レイの指差す方向には、俯くように座る、一人の少女の姿があった。

 その様子は少し心配だが、一先ず生きているのなら――それで良い。


「そうか……、良かった……」

『はい……、本当に……』


 レイは一瞬、複雑そうな表情を浮かべていたが、

 やがて「立ち上がれますか?」とでも言うように、手を差し伸べてくる。

 俺は有難くその手を取って立ち上がると、肩を並べて歩き出した。


 そういえば、身体がかなり軽くなっている。

 恐らくレイが、懐に仕舞ってあった上級治療薬を使ってくれたのだろう。

 俺は懐から新たに二つの上級治療薬を取り出すと、レイへと手渡した。


『あ、ありがとうございます――』

「レナにも飲ませてやってくれ」


 有事の時くらい、他人のモノを盗んでしまえる程度には、強かになって欲しい所だな。

 そんな現実逃避にも似た思考を抱きながら、俺たちは少女の元へ向けて歩を進めた。




           *




 アインが目覚めた地点から、少し離れた場所。


『――まだちゃんと、お礼も言えてないのに……』


 そこには首飾りを手に、泣き崩れる薄蒼髪の少女がいた。


 そして、その涙の零れ落ちる先には――


「っ――――」


 見るも無惨に(ひしゃ)げた、アレフの亡骸が転がっていた。


 胸に開けられた風穴からは、白い骨が剥き出しになっており、

 綺麗な顔も、髪も、乾き切った血液によって、褐色に染め上げられている。


 しかし、それでも辛うじて原型を留めているのは、

 偏に戦闘の余波を受けていないことが原因だろう。

 偶然か必然か、今となっては分からないが、

 ヘットとアインの双方が、亡骸を避けるように戦闘を行っていたのだ。


 そんな相棒の亡骸を前にしたアインは、その碧眼に決意を宿すと、拳を握りしめた。


「――金さえあれば……、まだ――。待ってろよ……」


 それだけ言うとアインは、少女の隣――亡骸の前へと屈み、

 開いたままになっている瞳孔に手を翳して、ゆっくりとその瞼を下ろした。


 そして、「ごめん」と短く謝罪の言葉を紡ぐと、

 その遺骨の一部を拾い上げ、大事そうに懐に仕舞った。


「あとは埋めておこう……。此処よりもリヴァリエが良いかな……」

『――うん……』


 本当ならアレフの故郷に連れて行ってやりたいと、そう考えたアインだったが、

 生憎とアレフは、自身の生い立ちを他人に聞かせたことは無い。


 一先ず、安定した場所にアレフを座らせたアイン。

 そんな彼の瞳は――未だ炎に包まれる戦車を見据えていた。


 一度死の淵から蘇った相手だ。

 確実に止めを刺さなければならない。


 そんなことを考えていると、ふと一人足りない存在がいることに思い至った。


「そういえば『パティア』はどうしているんだ……?」

『――「パティア」は絶対にやらなきゃいけない事があると……』

「――――⁉」


 レイが涙を湛えながら指差した先もまた、炎に包まれる戦車であった。




           *




『――――サマ。――――アナタ――――ットサマ――――?』


「ぁ――――?」


 何処か遠くから声が聞こえる。

 天使――いや、悪魔が俺を迎えに来たのだろうか……


『――あなタがヘットサマデスカ……?』


 徐々に明瞭になる意識の中、俺は何処か無機質な声を認識していた。


 ――パティアか……? 何てそんな訳ないよな……

 此処が冥界かどうかは知らないが、どの道俺は地獄行き。

 パティアに逢える道理なんて―― 一ミリたりとも存在しない。


『私はパティアと申シマス。――アナタ様のノゾむパティア様ではアリマせんガ』


 僅かに開けた視界――狭苦しい操縦席の中には、

 今にも崩壊しそうな、一体の機械兵の姿が映し出されている。

 左腕全壊、頭部半壊、全身融解。

 機動しているのが不自然なほど、悲惨な有様であった。


 ――しかし、機械兵か……


 大方、操っていた機械が叛乱でも起こしたか……?

 ハハッ……

 だとしたら、何て滑稽で無様なんだ……


 ――実に俺らしい死に様じゃねえか。


「――はあ……、早く殺せよ。それとも機械にも、嬲る趣味とかあんのか……?」


 ようやく動くようになった口を使って、そんな降伏宣言を唱える。


 皇帝の野郎を今すぐぶち殺したい所だが、どの道この身体じゃあ無理だろう。

 今も少しずつ、生命の源が零れ落ちているのが分かる。

 それに奴を殺した所で――パティアの命は戻ってこないのだから。


『コロスつもりはありマせん。あなたサマ宛ての伝言ヲ預カッテオリます故』


 そう言うと機械兵は、少し距離を詰めてくる。


 伝言? 一体何の話だ……


 しかしさっきからこの機械、自棄にペラペラと喋るじゃねえか。

 今話題の、給仕用の機械兵という奴だろうか。

 そんな心底どうでも良いことを考えていると、再び機械兵が喋り始めた。


『あなたサマ宛ての伝言、再生シテも宜しイデショウカ……?』

「勝手にしろ……。俺はもう寝る」


 もう限界だ。

 身体も動かず、当然起きる気力も無い。

 最期の見届け人が機械兵という、何とも形容し難い状況だが、

 一人寂しく死ぬよりはマシかもしれないな……


『ソレでは再生イタシます』


 機械兵の紡ぐ言葉に合わせて、「ザー」というノイズが流れ始める。


 その直後――


『あー……。マイク此処で良いのかな……』


「「――――――⁉」」


 突如耳を打つのは、ノイズ交じりの音声。

 誰が聞いても出来の悪い録音だと、そう文句を言うことだろう。


 しかしその音声は――――俺の心を強く揺さぶっていた。


 間違いない。

 間違えるはずもない。


 これは――――パティアの声だ。



『久し振りだね、ヘット君‼ 言葉遣い、変じゃないかな……? 

 毎日敬語ばっかりだったから、忘れちゃってるかも……』



 何故……?

 どうして……?


 俺の理解を置き去りにして、尚も音声は紡がれていく。



『ヘット君がこの音声を聞いてるってことは、私はもうこの世には居ないんだと思う。

 でも安心して‼ ヘット君の心の中で、私はちゃんと生き続けてるから‼

 ……なんて、気休めにもならないのは分かってるよ――』



 音声。

 パティアが俺に残した遺言(メッセージ)……?

 あの手紙と同じ――



『でもね――ヘット君。

 私はあなたに生きて欲しいんだ。

 今すぐ死にたいって言うんだったら、私にはそれを止める権利も資格も無い。

 私も同じ立場だったら、そうするかもしれないから』



 生きていて欲しい……?

 自分は何も言わずに死んだ癖に……

 そんなの余りにも――――自分勝手だ。



『でもさ――

 人生なんて一瞬なんだから、楽しまなきゃ損だよ‼

 それで、その後は永遠に二人で暮らせば良いでしょ⁉


 どう? 名案だと思わない⁉


 という訳で、私は先に天国で待っています‼

 あれ……? ちゃんと行けるよね、私も?

 悪いことしてないと思うし……


 だから、ヘット君も悪いことしちゃ駄目だよ?

 優しいヘット君のことだから、少し心配だったりするんだけどさ……』



 二人で……暮らす……?

 夢みたいだな……そんなの……

 天国なんて存在するのかも分からない。


 でも。


 少なくとも君は。


 待っていてくれたのか――こんな俺のことを……



『それとヘット君、最期に――

 これだけは口で伝えておきたかったんだ。


 私はあなたに逢えて幸せでした。

 大好きだよ、ヘット君――――』



 音声はそこで終わりだった。


 一方的に押し付けられる、幾つかの利己的な願い。

 でも俺は、君のそんな我儘を――


『ワタクシにハ、お二人のことは何モワカリまセン。

 デスガ――

 パティア様はアナタ様のオ話をする時、トテモ幸せそうな顔ヲしテイマシタ』


「っ…………」


 俺は何もかも間違えてしまったんだ。


 復讐なんて、パティアは望んでいない――

 そんなことは理解していた筈なのに……


 後悔しても――もう遅い。


 済まない……


 俺は君の元へは行けそうにないよ――――パティア。


「ぅ――――――――」


 今の俺を見たら、パティアは何て言うだろうか……

 いや、もう会ってすらくれないだろうな……



 狭苦しい操縦席の中には、子供のように泣き(じゃく)る義腕の男と、

 静かに佇む一体の機械兵の姿があった。


 

 そして――



「もう終わりだ、ヘット・ヴィクトール。貴様には生まれ変わって貰うとしよう」


 燃え盛る戦車へと近付く、一人の老年の男の影があった。






 




 


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