第三十八話「氷の花」
「くっ……⁉」
凄まじい速度で繰り出される黒炎の蹴撃は、
ヘットの頭部を粉砕――――することは無く、金剛石の障壁に阻まれていた。
しかし――
『ガシャーーン‼』
蹴撃の勢いを殺し切ることは出来ず、ヘットは瓦礫の山へと叩き込まれた。
アインの使用した派生技〝贖罪の黒山羊〟は、
範囲内の対象物と自身の位置を入れ替えるという単純な能力。
条件はただ一つ、互いの空間に余裕が有ること。
つまり、互いの体積範囲内に別の個体が存在する場合、能力は発動しなくなる。
例えば、相手の心臓のみと入れ替わろうと考えても、
周りの骨や肉体と自身が重なってしまうため、これは成立しない。
まあ簡単に言えば、モノがある所にモノは置けないという単純な理屈である。
そしてアインは、空中に残されていた金属片と入れ替わることで、
ヘットの背後を取ることに成功したという訳だ。
「――教団の次はお前か……。真っ当に死ねると思うなよ」
再びの瞬間移動で距離を詰めたアインは、憎悪の募った瞳でヘットを見据えると、
底冷えするような声で、そう言い放った。
それとほぼ同時――ヘットは自身を包み込むように金剛石の球体を生成する。
(どうするか……。相手の能力が把握出来ない以上、無暗に戦いたくはないが……)
一先ず、圧倒的硬度を誇る金剛石で防御姿勢を取るが、
炎属性相手には分が悪いと言わざるを得ない。
まあ、あの黒炎が炎属性かどうかは疑わしい所ではあるのだが。
刹那の思考の中で、そんな事を考えていたヘットは、一つの妙案に辿り着く。
その直後――
「そこでずっと引き籠っていろ。金剛石ごと燃え滓にしてやるからよ――」
そんなアインの、憎しみの籠った言葉と共に放たれる黒色の波動。
それは徐々に勢いを増していくと、金剛石の球体ごとヘットを飲み込まんとし――
〝聖火の戦車〟
――燃え盛る紅の聖火によって搔き消された。
「…………」
突如として顕現した、荘重たる火の戦車。
それは、装甲や履帯部分を耐火合金で構成された特別製であり、
黒炎を受けて僅かに黒ずんではいるものの、内部まで損傷が通ることは無かった。
火の発生源は外縁部――超速度で駆動する発火合金による摩擦熱。
それによって生み出された火種は、金属繊維を媒介とすることによって、
戦車を覆い尽くす炎の鎧と化していた。
「瞬間移動してみろよ。その場合、燃え滓になるにはお前の方だろうがな」
熱伝導を極力抑制した操縦席に座りながら、煽るように牽制するのは義腕の男。
ヘットは額から汗を流しながらも、
潜望鏡越しに見えるアインの姿を油断なく見据えていた。
「ちっ……、引き籠り野郎が……」
巨大な金属の塊を見上げる形となったアインは、
苛立ちを隠そうともせず舌打ちをすると、再び黒炎を放出する。
だがそれは戦車の機体を僅かに黒く染め上げるだけで、
その圧倒的火力を前に、掻き消されてしまった。
「諦めろ……。そんな――都合の良い能力なんざ存在しないんだよ」
自身のことを棚に上げて、尚も挑発を続けるヘット。
そこからは―― 一方的な展開が待ち受けていた。
*
『ガンッッッッ‼』
「くそっ……」
アインの放つ蹴撃が戦車の装甲を襲うが、僅かに凹んだだけで直ぐに元に戻る。
代わりに焼き爛れたような傷を負うのは、アインの右足であった。
既に戦闘開始から十分以上が経過しているが、
未だアインはヘットに傷一つ付けられないでいる。
にも拘わらず、アインは既に満身創痍の状態。
誰が見てもこの勝負は勝負にすらならない、そんな様相を呈していた。
戦車の、巨大な図体に見合わぬ高速機動に、搭載された数多の兵器群。
それにヘットの隙を見せない戦闘スタイルが加わって、
攻守万能、難攻不落の鉄壁要塞が完成していた。
そして――
「ガアァ――――⁉」
更に深刻なのは、アインの纏う謎の黒い炎。
周囲の物質を等しく燃やし尽くす漆黒の炎は、しかしアインの身体をも蝕んでいた。
そもそもアイン自身、纏う炎の根源が何処にあるのかを全く理解していない。
只自身の本能と憤怒に従い、能力の行使に至っているに過ぎず、
制御は疎か、停止することすら出来ないのが現状であった。
能力に対する理解。
それがヘットとの間に存在する、致命的な差であると言えるだろう。
そして、黒炎がアインの身体を蝕んでいることに一早く気付いたヘットは、
戦闘スタイルを防衛中心に構築している。
時間さえ稼げば、アインは孰れ自滅するだろうと。
そんな三重苦の状況での戦闘を強いられるアインだったが、
その瞳は未だ諦念を宿してはいなかった。
〝贖罪の黒山羊〟
全力で空中への跳躍を果たしたアインは、ヘットの操る戦車ごと対象に指定する。
戦車と位置を入れ替え、身動きの取り辛い空中へと誘うのが目的だ。
しかし――
瞬間移動能力は――発動しなかった。
「全ての芽を摘むのが戦闘の基本だ。――どうやらそれが解答のようだな」
目を凝らして見れば、辺り一帯には金剛石の粒子が鏤められていた。
瞬間移動の能力には、何かしらの道筋があるはずだと考えたヘットは、
幾つかの可能性を予測し、予め布石を打っておいたのである。
金剛石の粒子はその内の一つに過ぎない。
「じゃあな……。――地獄で会おうぜ」
空中において身動きが取り辛いのは、アインもまた同様。
すぐさま回避行動に移行するが、捕食者の瞳は既に獲物の無防備な肢体を捉えていた。
〝白黒の獅子女〟
ヘットの紡ぐ声に合わせて形状を変化させる白と黒、二対の金属塊。
それらは美しき獅子女の像へと形を変えると、
まるで生命を宿しているかの如き様相で、アイン目掛けて襲い掛かった。
「っ…………」
圧倒的速度を誇る金属の奔流を前に、焦りを募らせるアイン。
しかし、瞬間移動を封じられた彼に取れる手段など有る筈もなく、
そのまま異形の怪物を象りし像の餌食とならんとする――
――刹那――
――二対の獅子女の像は、突如その動きを止めた。
「――――ぁ……?」
突然の出来事に困惑するアインは、思わず声を漏らす。
まるでその命を散らしたかの如く、急に動かなくなった金属塊。
そして眼下の戦車も同様に、その機能を停止させていた。
同刻――
「ぁ――――、な……、何だ……これは……」
熱気に包まれる操縦席の中、ヘットは心臓部を抑えながら藻掻き苦しんでいた。
(氷の種子)
アレフが死に際に残した、氷の種子。
それはやがて芽吹き、花と化す。
「氷の種子」はアレフが独自に開発した、遅効性氷蝕魔法。
それは金属で繋がれたヘットの心臓部へと侵入すると、
時間差で彼を蝕む、氷の腫瘍と化した。
(最期まで手の掛かる奴だな――行けよアイン)
寸刻の間、呆けていたアインだったが、
そんなアレフの、心底呆れたような声を錯聴した。
「――――⁉」
アレフが語り掛けている訳では無いのは、当然理解している。
只、唯一の相棒の遺言を受け取ったアインは、その瞳に闘志を宿した。
〝堕落の扃鎖〟
アインの紡ぐ声に呼応して、燃え盛る黒炎が固形化し二対の鎖と化す。
それは眼下で今も炎を帯びている、金属の塊に照準を合わせると――
戦車の装甲ごと、ヘットの身体を穿ち抜いた。
「アガァッ――⁉」
心臓部の腫瘍をどうにか取り除こうとしていたヘット。
しかしそれは叶わず、身体に二つの風穴を開ける結果となった。
(――此処で死ぬ訳には……)
未だ達成せぬ復讐劇に思いを馳せるヘットだが、自然の摂理に勝てる道理は無い。
暫くの間、抵抗を見せていたものの――やがてその意識を手放した。
そしてアインは、ゆっくりと地面へ落下していくと、横向けになって倒れる。
「何が手の掛かるだよ……、ふざけんな……」
そう呟くアインの目元には、薄っすらと涙が滲んでいた。
先程までアインを蝕んでいた黒炎は既に姿を晦ましたが、
身体に掛かっていた甚大なる負荷がリセットされた訳では無い。
最期まで気高くあった相棒を思いながら、アインもまた、その意識を手放した。




