表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
生抜同盟 ―白黒傭兵の冒険手記―  作者: 白崎凪
第二章:白金技能篇
42/86

第三十七話「黒色の山羊」

「ぁ――――」


 痛い――熱い――いや、寒いのか……?


 薄れゆく意識の中で、俺は何処か他人事のように、自分の置かれた状況を認識していた。


 銀色の義腕は、肋骨ごと心臓部を穿ち抜いており、

 胸にポッカリと空いた穴からは、今も止め処無く体液が零れ落ちている。

 更に喉から込み上げる真紅の奔流が目の前の男へとぶち撒けられると、

 急速に身体がその温度を失っていくのが分かった。


 もう助からないのは確実だろう……


 そして俺は今――


 数万倍に引き延ばされた思考の中で、記憶の欠片を懸命に拾い上げようとしていた。


 走馬灯という奴だろうか。

 今まで死にそうになった事は何度かあるが、これが初めての経験だな。


 そんな事を考えながら、犇めく数多の欠片を眺めていくが――


 しかし、気の利かない走馬灯だな……

 碌な思い出など、数える程しか存在しない。

 まあ大して良い思い出を作れなかった、俺の方に問題があるのだが。


 俺はその中でも一際輝く欠片を拾い上げると、死ぬ前の懺悔を始めた。



 先ず済まないな、ギーメル……、お前との約束を破っちまった。

 弱くもあり強くもある、そんな矛盾したお前をもう少し見ていたかったが……

 まあ、俺なんかが居なくても大丈夫だろう。


 あとは不本意だが、ダレット……

 お前とは因縁しかない気がするが、それなりに楽しかったさ。

 奴の言葉だけが気掛かりだが、お前なら切り抜けられるだろ?


 そしてアイン――


 ほんの一瞬の逡巡の後、俺はアインへと思考を繋いだ。


(――――⁉)

(必ず救えよ――アイン)


 短くそれだけ言うと、その繋がりを遮断する。

 痛覚が伝わってしまうので、本当は控えようと思っていたのだが、

 黙って死ぬのも寂しいと、柄にも無くそう思っちまった。


 俺はアインが何を救いたくて、懸命に生きているのかは知らない。

 只、何か大切なもののために命を賭すというのは(たっと)い事だと、

 そんな当たり前の事を、アインは思い出させてくれたんだ。

 いや、羨ましくて嫉妬していただけかもしれないな……


 最期に旅人だが――あいつは何処で何をしているのだろうか。

 まあ、俺が心配するような事は何も無いだろう。



 俺は全ての欠片を手放すと、現実へと目を向ける。


 どうやら、そろそろ時間切れのようだ。

 既に血液の30%以上が流出し、全身の感覚は殆ど残されていない。


 そんな中俺は、僅かに残された視覚を総動員させ、目の前の憎き男を見据える――


 いや、別に憎くは無いか……

 只、理念や目的を違えたというだけのことだ。

 それなら俺は俺の目的のために、少しでも抗わせて貰うとしよう。


 ――手向けの花だ、心して受け取れ鉄屑野郎。


「アイ……ス――」


 身体を包み込むように顕現した氷の結晶が、義腕の男へと迫る。


 しかし――


 速度を伴わない氷の浸食は、男の手によって容易に弾かれてしまった。


「ちっ……鬱陶しい。――もう死んでやがるか……」



 美しい銀髪を赤く染め上げた一人の青年は――その命を散らした。



 

           *




 地面へと放り出されたのだと、そう認識したのも束の間。


(――――⁉)

(必ず救えよ――アイン)


 途方も無い激痛と共に、一瞬だけ伝わって来たアレフの思念。

 それを受け取ったアインは、すぐさま〖共鳴〗を繋ぎ直そうとするが――


 叶わなかった。


〖共鳴〗はどちらか片方が拒絶の意思を示している場合、

 接続する事が出来ないようになっている。


「ぅ――――」


 アインは目の前に立ち塞がる特大の氷壁を眺めながら、

 信じたくもない現実と直面していた。


 ――アレフは身代わりとなったのだ。


 今まさに心臓を穿たれんとするアインと、その立場を逆転させて。


 なんで……

 いや、考えるまでも無いだろう。

 アレフは色々と文句を言いながらも、結局は俺のことを助けてくれる。


 なんでこうなった……

 ようやく倒したと思った敵が唐突に覚醒し、襲い掛かってくる。


 ――そんなの、余りにも理不尽過ぎる。



「「「あああああああああああああああああああああああああああああああ――‼」」」



 置き去りになっていた思考が、徐々に現実へと追い付いていくと、

 アインの脳内は、絶望・哀切・憤怒・怨嗟・憎悪

 数多の負の感情によって塗り潰されていく。


 それと同時――


 アインの身体の内側から、どす黒い炎が放出された。

 その炎はアインを飲み込むように展開すると、周囲を闇へと染め上げていく。


 ――彼もまた、忌むべき理不尽の権化へと成り下がろうとしていた。


「何で……、全部俺から奪うんだ……?」


 アインの内に潜む憎悪が増していくのに従い、黒炎もその勢いを強めていく。

 それはやがて絶対零度の氷壁を包み込むと、凄まじい速度で飲み込んでいった。

 燃やしているというよりかは、消滅させていると言った方が適切だろうか。


「何が起きている……?」


 明らかに尋常でない眼下の光景を見下ろしていたヘットは、短くそう呟いた。


 隔てる壁を失った両者は、再びの対面を果たす。


 そして――


 アインの澱み切った藍玉色(アクアマリン)の瞳は、宙を舞うアレフの遺骸を捉えていた。


「ぁ――――」


 その胸には大きな穴がポッカリと開けられており、

 白い頭髪も、黒い外套も、等しく真紅の血潮に染め上げられていた。


『グシャッ――』


 それはやがて地面へと到達すると、鈍い音を立てて崩壊する。


「「「ハ……ハハ……、アハハハハハハハハハハハハハハハ――‼」」」


 どうしてだろうか……

 悲しいのに

 苦しいのに

 巫山戯(ふざけ)た笑い声しか込み上げてこない。


「あ……? 壊れちまったのか……?」


 黒炎に包まれながらも、嘲笑を続ける青年を視界に捉えたヘットは、

 ほんの少しばかりの同情をその瞳に宿すと、続けて言った。


「悲しき怪物って所だな……。今楽にしてやるよ」


 ヘットは未だ闇に染められていない兵器たちを再集結させると、

 それらを――光り輝く金剛石(ダイヤモンド)へと性質変化させた。


 死の淵から生還したヘット。

 彼がその中で会得した能力は、宛ら錬金術といった所だろうか。


 どんな鉱物も一瞬にして、上位の鉱物へと変化させる。

 そんな神をも恐れぬ所業を可能とした男は、

 既に人間という枠組みを凌駕せんとしていた。


 ヘットは兵器から創造した金剛石を細かく砕くと、空中へと満遍なく展開する。


 ご存じだろうか――


 大気中の水蒸気が冷やされて氷晶となり、それが降りしきる酷く幻想的な景色。

 人はそれを、細氷(ダイヤモンドダスト)と呼ぶ。


金剛石の降氷晶(グラキエス・アダマス)


 ヘットの紡ぐ声に合わせて、一斉にアインへと襲い掛かる細石(さざれいし)


 それらは日光に照らされながら、美しくも残酷な景色を描き出すと、

 凄まじい勢いで対象を蜂の巣にせんと迫り――


贖罪の黒山羊(カペル・フーガ)


 アインの姿が――消えていた。


「――――⁉」


 突如その姿を消したアインを前にして、動揺を見せるヘット。


 素早く移動したという次元では無い。

 高次の存在へと至ったヘットですらも、認識できない動作。


 つまりこれは――


「瞬間移動か……⁉」


「死ね」


『ゴッッッッ――‼』


 ヘットの後ろ側へと回り込んでいたアインは、

 その脚に黒炎を纏わせると、頭部目掛けて勢いよく振り下ろした。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ