第三十二話「意味無き戦」
「スフォルティア城」――皇帝の私室
兵士たちの悲鳴が響き渡る帝城の一角で、密談を交わす二人の男の姿があった。
「君も詰めが甘いよね。
僕が転移結晶を無効化していなかったら、皆逃げちゃってたんじゃない?」
真紅に染まる窓外の景色を見下ろしながら、そう話すのは長身痩躯の男。
彼はその橄欖石色の美しい瞳を細めると、もう一人の男を見据える。
「貴様に拒否権など有りはせんよ。全ては〝世界〟の御心のままだ」
落ち着いた様子でそう答えるのは老年の男。
彼は黝簾石色の瞳を一瞬長身の男へと向けたが、
直ぐに興味を失ったのか、手に持っていたティーカップの紅茶を呷り始める。
「そりゃあね、最終的な目的は君と一緒さ。
でもね……、――お前等みたいな外道と一緒にしないで貰えるかな?」
「今まさに帝国の民を危機に陥れているのは、貴様じゃないのか?」
「責任転嫁も此処まで来ると笑えないね。僕は死人の出ないやり方も提示したじゃないか」
長身の男は心外だとでも言わんばかりに大きく身振りを取ると、
戯けるようにそう言った。
「人民など幾ら死んでも構わん。この帝国も只の箱庭に過ぎんのだからな」
「その考え方が古いと言っているんだ。絶望こそが全てではないぞ」
「貴様は何処までも甘いな。その甘さが大切な者を失わせたのではないのか?」
矢継ぎ早に紡がれる言葉に淡々と返す老年の男。
それを聞いた長身の男は、その薄翠眼に憎悪を宿した。
「――塵屑野郎が……」
一触即発の空気が室内を支配する。
暫くの間睨みを利かせていた長身の男だったが、やがて矛を収めた。
「此処まで御膳立てしてやったのだ。これが最期の機会だぞ『ヘット・ヴィクトール』」
「はあ……、哀れなヘット君。全てが老害の掌の上だとも知らずに……」
*
「スフォルティア」――居住区
徐々に変わりゆく景色を視界に捉えながらも、俺たちは走り続けた。
「な……、何だよこれ……」
「どうなってやがる……」
数多の建物が立ち並ぶ居住区――だったと思われる区域。
現在そこにあるのは、無数の瓦礫と――人間たちの遺骸だけであった。
「レイ達は⁉」
「――――⁉ 嘘だろ……」
アインの叫び声と同時、俺は跳躍すると「遠視」を用いて少年達の家を探す。
貧相な区画に存在する木造の朽ちた建造物、
その代わりに目に入ったモノは―― 一機の戦車であった。
俺は即座に〖共鳴〗でアインと視覚を共有する。
それを視認したアインは、凄まじい勢いで疾走を始めた。
「そこを退けよ‼ 鉄屑がぁぁぁ‼」
宙を舞うアインは持っていた短剣で自身を傷付けると、
その勢いのまま、戦車目掛けて直剣を投げ飛ばす。
極限まで威力を高めた一撃は、戦車の装甲を貫かんとし――
幾重にも重ねられた氷の壁に阻まれて静止した。
「おい‼ 何で止めるんだ⁉」
「少しは冷静になれ‼ 三人が下敷きになっていたらどうするつもりなんだ‼」
俺は先行するアインの元へ急ぐと、戦車に向けて魔法を行使する。
「氷蝕」
指先から放たれた水の奔流は、戦車の中へと浸食すると、
重厚な機体を内側から凍てつかせる、氷結の鎖と化した。
『ガガガガ……』
身動きが取れずに、只振動するだけの鉄の塊。
そんな存在を横目に、俺はアインへと向き直った。
「探すぞ」
「あ、ああ……」
それから十分程が経過しただろうか。
俺たちは三人の痕跡すら見つけられずにいた。
「居ねえ……」
「死体も無いという事は、帝城に逃げた可能性が高いか……」
周りの惨劇を見るに、侵入者が殺戮を行ったという事だろうか。
帝国の本隊が事を起こした可能性も考えたが、如何せん理由が無い。
ただ、幾つか疑問に思う事がある。
それは――全ての死骸に共通して銃痕が刻まれていることだ。
上空か何かから多銃身機関銃をぶっ放したのであれば、合点がいくのだが、
中には心臓部を一発撃ち抜かれただけの遺骸も存在している。
仮に複数人による潜入だとしても、
一人一人殺していては、とてもではないが時間が足りないだろう。
それに魔法などのスキルの痕跡が一切存在しないのも不合理である。
「なあ……、この戦車――どうやって此処まで来たんだ?」
そして最も不可解なのが、この戦車の存在。
戦車は履帯部分が大破しており、既に走行不可の状態。
当然だが操縦室の中は、蛻の殻であった。
侵入者が帝国の戦車を奪い、壊れたから乗り捨てた。
いや、場所もそうだが何もかも辻褄が合わない。
「駄目だ……、分からない。一先ず帝城の方へ急ごう」
幾つかの可能性を考えたが、しっくり来る答えは出てこない。
俺はアインに指示を出すと、不安な感情を押し殺し帝城へと疾走を始めた。
*
帝城に近付くに連れて、徐々に増える遺骸の数。
それに伴って今度は――兵器の残骸が地面に散見されるようになった。
これではまるで――
兵器と人間たちが争っていたかのような……
そんな非現実的な思考に囚われていると、突如前方に一つの影を視認する。
奴も俺たちに気付いたのだろうか、
虚ろな瞳で此方を睥睨すると、話し掛けてきた。
「――傭兵か……。何用だ?」
年齢は二十代後半といった所だろうか。
乱れに乱れた翠色の頭髪に、精魂尽き果てたかの如き黄玉色の瞳。
その身に纏う瑠璃色の軍服は返り血に染まり切っており、
垣間見える奴の両腕は、肩から先が存在しない――義腕であった。
「人を探している。出来ればそこを退いてくれないか?」
明らかに尋常でない存在を前に一瞬竦むが、穏便に切り抜けられるならそれが良い。
俺は奴を刺激しないよう、出来るだけ丁寧に語り掛けた。
「そうか……、悪いが此処から先に生者は居ない。残念だったな」
「「――――⁉」」
奴は感情を伴わない声音でそう言うと、尚も続ける。
「可笑しいよな? 笑っちまうよな?
あれだけ憎んでいたはずなのに、殺してみても何も感じない。
復讐ってのは感情に区切りを付けるものだと、そう思っていたんだがな……」
奴はそれだけ言うと、これ以上話すことは無いと言わんばかりにその場へと座り込んだ。
「は……? どういう事だよ、生者は居ないって……。
レイは⁉ レナは何処に居るんだよ⁉」
「知るかよ、その辺に転がってるんじゃないのか?」
アインが激高した様子で問い詰めるも、奴の不遜な態度は変わらない。
「お前が殺したという事か? 帝国の民を」
「だからそう言っているだろうが。――全部俺が始末した」
「――どうしてそんな事が出来るんだ……⁉ 何の罪もない――無辜の民たちを‼」
「無辜の民? 何だそれは? この国の人間は全員がお人形だったとでもいうつもりか?」
奴は初めてその黄眼に憎しみの感情を宿すと、続けて言った。
「それにお前たち傭兵に言われる筋合いはないはずだ。
金のためだけに人を殺す、殺人鬼風情が」
「――――――」
俺はそう言う奴に、返す言葉を持ち合わせてはいなかった。
――しかし、アインは違ったようだ。
「俺たちにだって、理念はある……」
短くそれだけ言うと、アインは義腕の男目掛けて突貫した。
「待てアイン‼」
「煩わしいな……。まあいい、死にたいなら死ねばいいさ」
〝殺戮兵器の創造主〟
男の紡ぐ声に合わせて、周囲に散らばっていた兵器の残骸が一点に集結する。
それらは融解しながら交じり合うと、一つの巨大な大砲と化した。
「ああ、それと気を付けた方が良いぞ」
兵器の作動前にケリを付けようと、一気に距離を詰めるアイン。
アインの振るう刃は、男の胴体を切り裂かんと迫り――
「――――⁉ 『氷結盾』‼」
瑠璃色の直剣が氷の障壁を貫いて、アインの腹部を浅く切り裂いた。
「ガッッ――――⁉」
「全ての鉱物は、俺の支配下だ」
義腕の男を前にして、無防備に倒れるアイン。
このままでは大砲による一撃を、諸に喰らってしまうだろう。
「水縛縄‼」
俺の指先から発射された、螺旋状の水縄がアインを縛り付ける。
一度体制を立て直すべく、此方へと引き寄せようとするが――
「お前は中々器用なようだな。だが……」
アインに集中していて、全く気付かなかった……
『ドオオォン‼』
「カハッ――――⁉」
背後から近付いていた小爆弾が、無慈悲にも炸裂した。




