第三十一話「饗宴」
「スフォルティア」――郊外
混乱に包まれる市街地を掻き分けて辿り着いた、帝都の外周部。
帝都内に居た傭兵たちが徐々に集まっており、
その前方には帝国の正規兵が所狭しと整列している。
現時点で兵力は、合計一万といった所だろうか。
因みに、三大国では義勇兵のシステムは採用されていない。
強国故にその必要性が無く、またそれが人口増加に一役買っていたりもする。
『私は師団長マリウス・アルテールだ! 傭兵の諸君、よくぞ集まってくれた‼
帝国の本隊が集うまでの僅かな間、持ち堪えて欲しい!
報酬は弾ませて貰う故、期待しておくがいいぞ!」
拡声器を用いて声を遠くまで飛ばす、金髪翠眼の美男子。
純白の軍服に身を包み、両手には大きめの狙撃銃が携えられている。
余談だが傭兵の報酬は、最低保証ありの出来高制である。
といっても、誰が何人殺したなどと把握する事は出来ないので、
戦闘中にどうにかしてアピールをする必要がある。
また、死んだ場合や逃げた場合は、当然だが報酬は0になる。
ただ、勿体無い精神で引き際を誤っては元も子もないので、
その判断力が、傭兵に求められる重要な資質の一つであると言われているのだ。
まあそれは兎も角、尚も続けられる師団長の口上に耳を傾ける。
どうやら配置について話しているようで、
魔法系統スキルや高位の射撃スキルを持つ者は、
外壁の上からの攻撃・及び補助が許されるらしい。
「アレフはどうするんだ?」
「俺も下でいい。お前の後ろから援護する形だ」
アインと連携をスムーズに行うためには、
スキル〖共鳴〗の範囲内に捉えておく必要があるからな。
暫くして各々が配置へ着いた頃、俺はアインと感覚の共有を開始する。
(お、来た。――やっぱ気持ち悪いな……)
(我慢しろ……、今の内に多少慣らしておくぞ)
スキル〖共鳴〗で共有できる感覚は多岐に渡る。
例えば〖念話〗のような意思疎通は勿論、味覚の伝達といった芸当まで可能となる。
しかしその反面、聴覚や視覚、痛覚といった感覚まで繋げてしまうため、
かなりの負荷が身体に圧し掛かることになる。
中には二倍と化した情報量に耐え切れず、意識を失ってしまう者もいる程だ。
故にどうしても共有したい時だけ発動するというのが、セオリーとされている。
周囲の会話が入り乱れる感覚を味わいながら、俺は「遠視」で西方に視線を向ける。
まだ少し遠いが、公国の軍隊が少しずつ見えてきているな。
(見えたぞ……。数は――四万~五万といった所か)
(防衛戦とはいえ、ちょっときつくねえか? 本隊早く来てくれよー)
アインの言う通り、防衛戦という事と帝国兵の装備を加味しても、
このままでは厳しい戦いになるだろう。
正規兵たちは銃や手榴弾といった小型兵器を携えているようだが、
肝心の大砲や戦車といった大型兵器は未だ合流していない。
それに――
《白金》スキルがもし、リセットされないのだとしたら……
未知のスキル故に、俺たちの常識を超えてくる可能性は十二分に有り得る。
それにスキルの切り替わるタイミングを狙って、攻め込んでいるなら合点はいく。
どんな猛者でも、手に入れたばかりのスキルを100%使いこなすことは出来ないからな。
そんな事を考えていると、肉眼でも捉えられる距離まで軍隊が接近してくる。
そこで俺は右手を前に翳すと、前方の地面に薄い水の膜を張り巡らせた。
「水薄布」
俺が言葉を発するよりも早く、意図を汲み取ったのか一人の傭兵が先頭へと躍り出る。
『俺がやるぜ!「放電」‼』
短い詠唱と共に放たれる強力な紫電。
その電撃は地面を伝って凄まじい勢いで軍隊へと迫る――
しかし、それは軍隊へと届く前に霧散した。
「そう上手くはいかないよな」
結界系統のスキルだろうか。
まあそれは兎も角、今の一撃が戦いの狼煙となった。
*
「オラッッ‼ ――くそっ、まだかよ……」
アインの振るう直剣が、迫りくる公国兵の頭を撥ね飛ばす。
周囲でも似たような光景が繰り広げられており、
戦士たちの怒号と悲鳴が鳴り響いていた。
現時点で、既に戦闘開始から二十分以上が経過している。
(何で一向に本隊が来ねえ‼ ――ガアァッ⁉)
(分からない……、――――⁉ 少し待て‼)
俺は何か嫌な予感を覚えながらも、
今し方傷を負ったアインとその周囲に向けて魔法を放つ。
万物の根源にして流動性の象徴
我は水精霊の巫也
汝が彼の者の魂を昇華せん時
成聖の恩寵が全てを包み込むだろう
〝神聖水癒〟
四節の詠唱文と共に生成される水の輪が負傷者たちを包み込むと、
彼らの負っていた傷は忽ち塞がっていく。
それにしても詠唱文が長い。
回復魔法と上級(金)魔法だけは何故か長文詠唱を必要とするのだ。
まあ、効果が効果だけにポンポンと放たれては堪ったものではないのだが、
一対一の戦闘などでは、先ず使わせては貰えないだろう。
(助かった……! しかしどうするべきだ?)
(……勿体無いがお暇させて貰おう。これ以上居るのは危険だ)
俺たちがこの戦いに参加したのは、帝国の大戦団あってのこと。
それが期待できないとなれば、余りにもリスクが高すぎる。
(俺が隙を作――――)
アインに思念を送ろうとした瞬間、頭上から濃密な死の気配を感じ取った。
「――――⁉」
眼前に迫っているであろう一人の兵士が、俺に向けて何かを振り下ろしてくる。
大人しくやられる訳にもいかないので、右手に水を纏わせると――
「氷柱爪」
急速に冷凍された俺の手刀が、兵士の心臓部を穿ち抜いた。
『『ガアッ――――――⁉』』
突貫の勢いのまま翻筋斗を打つように倒れた兵士は、
言葉を発する事も出来ず、数秒後には絶命した。
地面には一本の刀が転がっている。
「折角の隠蔽スキルが泣いてるぞ?」
「探査」で検知出来なかったので恐らく上位の隠蔽スキルだろうが、
あれだけ殺気を振り撒いていては全く以て意味が無い。
(大丈夫か?)
(ああ――、俺が隙を作る。その間にお前は転移の準備をしろ)
気を取り直してアインへと指示を出した俺は、再び詠唱の準備を始める。
万物の根源にして流動性の象徴
我は水精霊の巫也
汝が彼の者の魂を消滅せし時
邪悪なる厄災が全てを破壊し尽くすだろう
〝禁忌氾濫〟
四節の詠唱文と共に生成される荒れ狂う水の奔流は、
周囲に存在する敵味方関係無しに飲み込むと、彼らを押し流していく。
『て、てめえ‼ ――ゴボボ……』
帝国の兵士だろうか。
恨み言を吐きながら流されていくのが見えるが、
死にはしないだろうから、頑張って欲しい所だ。
(やり過ぎだろ……。まあいいや、行くぞ‼)
空中へと退避していたアインが、転移結晶片手に此方へと向かってくる。
アインは持っていた短剣の柄で、結晶を砕くと――
(おいっ! 何でだ⁉ 光が出ねえぞ‼)
(何を言って――――⁉)
そんな慌てたような声を聞いて、俺はアインの視覚に焦点を当てる。
そこには砕けた、只の硝子の破片が散乱していた。
(どうなってるんだ……?)
(転移結晶って壊れることあんのか⁉)
結晶の不備の可能性についてアインが言及してくるが、
転移結晶が使えなくなったという事例は聞いたことが無い。
(なあ……、街の方はどうなっている?)
(――――‼ ま、まさか⁉)
使えなくなった転移結晶。
一向に姿を見せない帝国の本隊。
この二つを照らし合わせた時、この国で何か良からぬ事が起きているのではないか。
そんな、確信にも似た思考が俺の脳内を駆け巡った。
そして俺の思考を受け取ったアインは――全速力で街の方へと駆け出していた。
(おい、待てアイン‼ くそっ……)
未だ血飛沫舞う戦場を掻き分けて進む白黒の傭兵。
鬼気迫る表情を見せる相棒を追い掛けて、俺は帝都へと疾走した。
*
「スフォルティア」――製造区周辺
無骨な建物が立ち並ぶ、職人の領域。
そんな帝都の象徴とも言える区画は今――未曽有の地獄絵図を描き出していた。
『ガガガガガガガガガ‼』
『ドンドンッッ‼』
『『キャアァァァァアァァ⁉』』
鳴り響く数多の銃声と、人間たちの断末魔。
蜂の巣となった壮年の男に、頭を吹き飛ばされた老婆の遺骸。
そんな血塗られた街路に屹立する、一人の男の影があった。
「ハハッ……、こいつは壮観だな……。塵が一気に浄化されていく」
彼は整った顔立ちを愉悦に歪ませると、尚も続けて独り言つ。
「もっと踊れよ……、帝国の塵共が‼ 〝機械神の饗宴〟‼」
彼の紡ぐ言葉に合わせて、帝都内の叫喚はより勢いを増していく。
「あの時はゲラゲラゲラゲラと散々笑ってくれたよな……?
てめえらを守るべく立ち上がった一人の女を前にして‼」
彼は愉悦の表情を今度は憎悪に歪ませると、尚も続けて言い放つ。
「いいだろう、だったら俺が代わりに笑ってやるよ……」
『ギャハハハハハハハハハハハハハ‼ 全て死ね‼』
悲鳴の中に入り混じる、嘲笑の叫び。
しかしそう笑い飛ばす彼の黄眼は――得も言われぬ虚無感に囚われていた。
(済まない、師匠……。俺は貴方の言う〝世界〟を見る資格は無いようだ)
(そして君の願いを踏み躙った俺を許してくれ――パティア)




