第三十話「パティア」
レイ:12歳 レナ:11歳
『レイ様、お帰りなさいませ』
『アイン様、ようこそいらっしゃいました』
『おや? そちらの方は、どちら様でしょうか』
朽ちた扉を開き、室内へと足を踏み入れる俺たち。
それを甲斐甲斐しく出迎えてくるのは、一体の機械兵であった。
「そっか、アレフと会うのは実質初めてか」
「ああ、しかし凄いな。ここまで流暢に喋る機体は見たことがない」
万が一に備えて、アインを何日かこの家に滞在させておいたのだが、
俺はあれ以来訪れていなかったからな。
『昔はもう少し片言だったんですけど、時を経るごとにどんどん流暢になっていって……』
「言語学習機能というやつか……。末恐ろしいな……」
少年の説明を聞きながら、そんな感想を抱く。
技師の言っていた事も、強ちバカに出来ないのかもしれない。
まあそれは兎も角、俺たちが此処に来た目的は此奴に会う為ではない。
俺は部屋の奥へと歩を進めると、ベッドの前で立ち止まる。
「調子はどうだ?」
『は、はじめまして……。お、お薬のおかげで大分良くなりました……』
緊張しながらも、そう言って頭を下げてくるのは一人の少女。
彼女の水色の髪は未だ痛々しい様相を呈しているが、碧眼には光が宿っていた。
「別に畏まらなくていい。――それはそうと気持ちの切り替えは付いたのか?」
『――うん……。悲しいけど、これ以上お兄ちゃんに迷惑掛けたくないから』
俯きながらも、はっきりとした声でそう言い切る少女。
彼女は起床後、最愛の両親の喪失という苦難と向き合っている。
故に、もう一度塞ぎ込んでもおかしくない。
そう考えていたのだが、少女はそれを乗り越えたようだ。
「そうか……、お前は強いな。――そうだ、餞別にこれをやろう」
俺は懐から一つの首飾りを取り出すと、少女へと手渡す。
見舞いの品というやつだな。
女というのは得てして光物が好きだと、数少ない経験の中から学んでいる。
『い、いいの?』
『レナ様に、怪しいモノを渡さないで下さい』
すると背後から機械兵がやってきて、少女から首飾りを奪い取った。
『あー⁉ パティア、返してよ‼』
かなり過保護な機械のようだ。
まあそれだけ、主人の身を案じているという事なのだろうが。
『パティア! その人は僕たちの恩人なのですよ!』
『さ、左様でしたか。それは失礼致しました。
宜しければ、名前を登録しては頂けませんか?』
少年の叱責を受けた機械兵は、少し落ち込んだような声音でそう言うと、
俺に向けて右腕を差し出してきた。
右腕には三つのボタンが搭載されている。
恐らく特定の人間を主人として認識するための仕掛けが施されているのだろう。
俺は適当に左を選択すると、短く自分の名前を告げる。
「アレフ」
『アレフさん! そっちじゃないです‼ あー……』
『さあアレフ、共に働きますよ。先ずはお茶汲みからです』
「あ? どういう事だ?」
何故機械風情に呼び捨てにされなければならないのか?
そう疑問に思っていると、少年が説明を始めた。
『右が主人登録、真ん中が客人登録、左が使用人登録のボタンです……。
貴族の家とかだと、使用人として機械が用いられることがあるんです』
共に働く人間を認識する機能という事か。
しかし何故戦闘用なのに、そんな機能が付いているんだ……
「そう言う事は先に言え……」
『す、すみません……』
「ノータイムで登録してたじゃねえか……。まあ頑張れよ給仕君」
どうやら再登録不可らしく、俺は何故か機械兵と共に茶を汲む羽目になった。
*
『やり直しです。もう一度』
「ちっ……、此奴鉄屑にしてやろうか……」
狭苦しい台所。
俺たちは二人―― 一人と一体、お茶汲みに励んでいた。
居間からはアインと少年少女の談笑する声が聞こえてくる。
きっと滞在していた数日の内に打ち解けたのだろう。
それは何よりなのだが……
『どうしてそうも急勝なのですか? もう少し待ちなさい』
機械兵が中々解放してくれない。
逃げようとするとがっちりと腕を掴んでくるし、
壊すわけにもいかないので、割と詰みの状況に陥っているのだ。
暫く無言で機械の言い成りになっていたが、徐々に嫌気が刺してくる。
そこで俺は、一つ気になっていた事を機械兵に問い掛けた。
「なあ……、一つ質問して良いか?」
『何でしょうか?』
「お前にとってあの二人は何だ?」
特に深い意味はなかった。
ただ此奴が混乱するなり、定型文を吐くなり、
そんな姿を見て、溜飲を下げようとしていたのだろう。
その問いを聞いた機械兵は、俺を真っすぐに見据えると話し始めた。
「最初は創造主たるお二方の命によって、レイ様とレナ様の護衛をしておりました。
ですが、お二方を見守らせて頂く間に、
何か親心のようなものが、芽生えたように感じられたのです。
私機械が親などと言うのは差し出がましい事だと理解しています。
ですがいつかそのような存在になれたらと、今はそう願うばかりです」
真剣な表情で言葉を紡ぐ能面の人形。
そんな矛盾した存在を前にして、俺は気軽に聞いてしまったことを少し後悔していた。
(此奴にとって二人は我が子も同然という訳か……)
日に日に窶れていく少年を労わりながら、身を粉にして働く存在。
寝た切り目覚めることのない少女を、夜通し見守っている存在。
それはもう、二人の親と言って差し支えないのではないか。
そんな事を頭の隅で考えてしまっていた。
「くそっ……、聞くんじゃなかったな……」
感情など芽生えるはずのない只の鉄の塊。
しかし何故此奴の言葉は、これ程までに重く圧し掛かってくるのだろうか。
『手が止まっていますよ。頑張りましょう』
何事も無かったかのように、そう言い放つ機械兵。
だが、もう少し言い成りになってやっても良いかもしれない。
そんな事を考えていると、突如として鳴り響く警報が俺たちの耳を叩いた。
『冒険者ギルド、並びに傭兵ギルドより緊急警報です‼
帝都東領より「ミンキアーテ公国」のものと見られる軍隊が接近中の模様‼
住民の皆様は転移結晶を使うか、帝城への避難を‼
冒険者、傭兵の方々には防衛線への参加を要請します‼』
耳を疑うようなアナウンスが、帝都内の拡声器から発せられる。
『ピー、危機を感知。主人二名の保護を、最優先に設定します』
それと同時に、機械兵の拘束が解かれた。
「どういうことだ……?」
凄まじい速度で移動した機械兵に続いて、俺も居間へと急ぐ。
そこには兄妹を守るようにして仁王立ちする機械兵と、アインの姿があった。
「アレフ、聞いたか⁉ 一体どうなってるんだ?」
「分からない……。くそっ、どうするべきだ……」
色々と疑問に思うところはある。
何故、能力更新が行われた今なのか。
そしてどうやって帝国の情報網を搔い潜ったのか。
どちらも重要な要素だが、今考えても答えは出ない。
『う……うぅ……。折角お兄ちゃんとまた会えたのに……』
『だ、大丈夫だよレナ! お兄ちゃんとパティアが付いてるから‼』
泣き出してしまった少女を宥める少年。
そんな光景を横目に、俺は一人思案する。
(帝国の軍隊もすぐに編成されるはず……。間違いなく勝ち戦だろう)
「行くぞアイン、一先ずは様子見だが」
「了解だ。二人の事もあるしな!」
このまま王国へと転移する道も考えたが、軽く様子を見てからでも遅くはないだろう。
「もしもの時はこれを使え。二人は任せたぞ、――パティア」
「言われるまでもありません、アレフ」
懐から出した転移結晶をパティアに放り投げると、
俺たちは戦場となるであろう郊外へ向けて走り出した。




